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リーヴル  作者: 西埜水彩
第三章 佐姫乃さんと春帆さん
14/20

新生活と再会

【恋愛や会社関係で上手くいかなくなり、人と関わらなくなったのですか?】


 これに対して、うさぎのスタンプが返ってきた。いつもと違い、既読スルーじゃない。何か佐姫乃さんに心境の変化があったのだろうか?


 今日は『リーヴル』が休みの日。私は佐姫乃さんに『琥珀糖』の作者は誰なのかを聞くために頑張っている。


 何度挑戦しても、佐姫乃さんとの対話はできない。それでもこれ以外に『琥珀糖』の手がかりは見つからないから、頑張るしかない。


【『琥珀糖』で好きなSSは何ですか?】


 これにも答えは返ってこない。


 既読スルーされたことを確認した後、スマートフォンを持って部屋から出る。


 今寝泊まりしている部屋は、元々あまっていたらしい。それもあってか空間のほとんどは本のぎっしり詰まった本棚で、図書館で暮らしているような気分を毎日感じている。


 そんなことだから暇つぶしがいつでもできる。ここには読んだことのない本がたくさんあるのだから。


 でも読書をするために、私はこの家へ来たわけじゃない。早く『琥珀糖』の作者を知りたい。そのためにも私は部屋から出て、キッチンへと行く。


「あっ今マンチェスタープディングを焼いているところです、食べますか?」


 キッチンでは春帆さんが何かをオーブンにいれたところだった。


「マンチェスタープディングって何ですか?」


「カスタードの上にメレンゲを載せた焼き菓子です。このお菓子は佐姫乃がよく読んでいた雑誌に載っている小説に登場した物で、マイナーなのもあってあまり食べることができません。そこで佐姫乃なら興味があるかなと思ったんです」


 どうやら春帆さんは佐姫乃さんのためにお菓子を作って居るみたいだ。


「佐姫乃さん以外の人が食べて良いんですか?」


「良いですよ。1人では食べきれませんから。それに聖さんはお菓子が苦手って言ってましたので、食べないそうですし」


 お菓子が苦手な人って珍しいな。いや今はそんなことよりも佐姫乃さんのことだ。


「このお菓子を作ってるってこと、佐姫乃さんに連絡しましたか?」


「連絡しました。ありがとうってスタンプが返ってきて終わりです」


 どうやらケーキの話に対しても佐姫乃さんはスタンプで済ましてしまうみたいだ。


 それほど人との関わりを拒絶している。昔からの友達に対しても、言葉を使わないのだから。


「どんなことを伝えたら、会話できますかね?」


「うーん思いつかないです」


 春帆さんは洗い物を始める。どうやらお菓子作りは一端終わりみたいだ。


「そういえば佐姫乃さんは『琥珀糖』のどんなSSが好きなのか、ご存じですか?」


「そういえば聞いたことがありません。でも『あまやかなうそ』ではないかと思います」


「仕事を辞める話ですね。どうしてそう思うのですか?」


「佐姫乃の状況と話が似ている気がするんです。人間関係に疲れて仕事を辞めるなんて、まるで作者が佐姫乃のことを観察して書いたんじゃないかなって思います」


「そうですか? 確か『あまやかなうそ』は現代ファンタジーですので、違うところがあると思います」


 魔物を倒す仕事に嫌気がさした主人公が友達の手伝いをしながらぐちを言う話。それと佐姫乃さんの人生に関わりはない。


「確かに魔物はファンタジー要素が強くて非現実です。でもこの物語の主人公は4月から友達の家の管理、特に本の仕事をしているってことです。そこが佐姫乃と同じです」


「確かにそうかもしれません」


 雪路さんも自分の境遇と同じだから、あるSSに執着していた。それなら佐姫乃さんも自分と同じような人が出てくるSSに執着しているってことだろうか?


「自分と違うお話が好きって人もいますし、これだけでは佐姫乃さんが『あまやかなうそ』が本当に好きかどうか分からないです」


「それもそうですね。じゃあ聞いてみましょうか」


 春帆さんはスマートフォンを取りだして、操作を始める。


「これでどうでしょうか?」


 春帆さんはスマートフォンの画面を見せてくれる。


【『琥珀糖』の『あまやかなうそ』って話が好き? 佐帆子さんは佐姫乃さんがこのSSのことを好きかどうか疑っているみたい】


「これなら文章で返信がきそうです」


 はいかいいえで答えづらいだろう、疑っている云々は。そこをどう返すのか楽しみだ。


「あっスタンプだけです。OKと書いてあります」


「今佐姫乃さんは会話したくない事情があるかもしれません?」


 疑い云々をスルーしただけかもしれない。それよりも会話をしたくないところが気になった。


 普通ならある程度は人と関わる。ビジネスの場というよりはプライベート感が強い今も人との関わりを拒絶しているような状態。そこは何かしらの問題があるはず。


 人との関わりが少ないから、佐姫乃の行動の理由を知っている人はいないかも。佐姫乃さんだけがなぜこういう状況になっているのか知っているのだ。


「この『あまやかなうそ』は主人公がいっぱい考える子で、慎重なのです。佐姫乃さんも慎重で、他人と思い切って関わることができないかもしれません」


「それはそうかもしれません?」


 春帆さんは私の考えを否定しない。


 ひょっとしたら『あまやかなうそ』の後、主人公は引きこもりになっているかもしれない。


 本が友達、本だけが友達。それで人間とは関わりたくない、そういう状況になっているとか? そこが『あまやかなうそ』の主人公と佐姫乃さんが同じところなのかな。


 うーん、佐姫乃さんが引きこもって他人と関わるのを拒絶している理由が全く私に分からない。


「もしかして佐姫乃さんは『あまやかなうそ』に自分のことを重ねているのでしょうか?」


「その可能性はあります」


 ということで春帆さんが、佐姫乃さんにそのことを質問する。


【『あまやかなうそ』の主人公みたいだって、佐姫乃は思う?】


 でも当然のことながら既読スルー。まあ今まで既読スルーかスタンプばっかりだったから、しゃーない。


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