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リーヴル  作者: 西埜水彩
第三章 佐姫乃さんと春帆さん
12/20

新生活と再会

「おはようございます」


 着替えてリビングに向かうと、春帆(はるほ)さんと(せい)さんがすでにいた。


「おはようございます。佐姫乃(さきの)から返信はありましたか?」


「ありませんでした。既読スルーです」


「ここ最近既読スルーばっかりですね。こればっかりは仕方ないです」


 朝のやり取りを行ってから、朝ご飯を食べる。


 トマトスープ、野菜炒め、ご飯。これらの料理の準備をしてくれたのは佐姫乃さんだそうだ。とはいっても料理をしている佐姫乃さんを見かけたわけじゃないので、私にはよく分からない。


「毎日のように思うんですけど、『琥珀糖』について答えるのは難しくないはずです。それなのにこうも回答を拒否するのに、何か理由があるかもしれません」


 聖さんも佐姫乃さんの考えていることが分からないらしい。


「一応佐姫乃と小中が同じですが、私も佐姫乃がこうも他人と関わりを拒否する理由が分からないです。他のことならともかく、同人誌の作者に関することが精神的な負担と結びづらいですから、どうしてなのか気になります」


 春帆さんは困っているように考える。


 このようなやり取りは、私がここで住んでから何度も繰り返されている。私が佐姫乃さんに『琥珀糖』の話を聞く。佐姫乃さんが既読スルーをする。既読スルーされたことを、私が聖さんや春帆さんに愚痴る。


 何度このループを繰り返せば、私は『琥珀糖』の情報を手に入れることができるのか、それが分からない。でも早く知りたい。これだけが、私の失った記憶に関する唯一の手がかりなのだから。


「そうですね。とにかく粘り強く頑張ってみます。早く私のことを知りたいですし」


 そうしてこの家から早く出ていきたい。佐姫乃さんが私の記憶を取り戻す邪魔をしているものだからと、春帆さんはこの家に退院した私を泊めてくれている。でも私は春帆さんや佐姫乃さんとは本来赤の他人だ。聖さんのように元々知人だったわけじゃないので、泊めてもらっていることに少々罪悪感がある。


「私すら会ってくれないので、仕方ないかもしれません。家事や本関係の業務をしているので、死んではないと思いますよ」


 この家の主である春帆さんとも会わないとは、佐姫乃さんは本当に引きこもりなんだな。


 佐姫乃さんは私達が出かけている間に家事をしているらしい。佐姫乃さんは『リーヴル』にどんな本を置くか選ぶ仕事がメインで、それだけでは少ないから家事もしているんだって。


 これ以外は特に会話することもないので黙って食事をして、歯をみがいたり髪を整えたりと外出の準備をする。


 仕込みがあるという理由で春帆さんが最初に出ていき、仕事探しや今後住む家探しかそれとも暇つぶしか理由は分からないけど聖さんも出る。


 特に急がなくていい私は、ゆっくり準備をして最後に出た。


 することが思いつかないので、今は『リーヴル』でお手伝いをしている。


 開店準備を手伝って、イートインコーナーでお客さん対応をし、お店の片付けを手伝う。そしてお客さんに『琥珀糖』の話を聞くのも忘れない。


 これが病院から出た私の、今のところの日常だ。


「おはようございます。奈良(なら)さん、このお店に来たんですね」


「お久しぶりです、さーかさん」


 なんと開店してすぐ、さーかさんがやってきた。


「そうです。教えていただきありがとうございました」


「ところで『琥珀糖』の作者は見つかりました?」


「それはまだです。霞ヶ(かすみがおか)佐姫乃さんが手がかりを持っているという話を聞きました。ただ佐姫乃さんとコミュニケーションが取れなくて困っています」


「そうだったんですか、それは大変です。雪路(ゆきじ)さんは霞ヶ丘さんのことを知っています?」


 さーかさんが振り向くと、ちょうどそこに雪路さんがいた。


 だぼっとしたパーカーに太めのパンツという全体的にゆったりとしたファッションの雪路さんは、とても綺麗な人に見えた。ゆったりとしてちょっとださめかもしれない服装なのに、綺麗さが損なわれない。もしかして雪路さんはかなり顔立ちが整っているのかもしれない。


「どこかで聞いたことがあるような気がする。霞ヶ丘さんって」


 どうやら雪路さんは佐姫乃さんのことをよく知らなさそう。目を閉じて考えている。


「そうだ、ここはケーキ屋ですよね。ということでケーキ選びましょう、雪路さん」


「それもそうかもね」


 話を切り替えて、2人はショーケースに向かう。


「えっとこのアップルタルトとチョコケーキをお願いします」


 さーかさんが春帆さんにケーキを注文している。


 その間雪路さんはイートインスペースにある本を見つめている。あれっ、雪路さんはケーキ頼まないのかな? まっさーかさんがケーキを2つ頼んでいるから、それを分けるのかもしれない。


「ケーキ食べましょう。ケーキですよ」


「さーかはテンションが高いです」


「だって久しぶりのケーキですよ。せっかくなので高めです」


 イートインスペースでうきうきとさーかさんは注文したケーキを食べ始める。


 あれっ、もしかしてさーかさんだけケーキを食べている? まあ1人2つと2人で一つずつはお店的に同じだから、別に問題無いはず。


「コーヒー飲みますか? サービスなのでただです」


「あっお願いします。雪路さんに渡してください」


 さーかさんが即答したので、私はコーヒーを雪路さんに渡す。


「ありがとう。そういえば奈良さんって東京のブックカフェで働いていなかった? 東京のブックカフェで見かけたような気がする。うーんあまり覚えてないから、確かじゃないけど」


「東京のブックカフェですか?」


 全くピンとこない。そりゃあ私はコーヒーをいれることはできる。だけどこれは誰でもできることで、カフェで働いていたからできるわけじゃない。


「あと霞ヶ丘さんも思い出した。春日(はるひ)さんの元カノだ。そんな話をどこかで聞いたような気がする」


 うまく思い出せないらしく、コーヒーを飲んだまま考えている雪路さん。


 春日さん、それは春日小春さんのことだろうか? その人が雪路さんに『琥珀糖』を遺した人だ。雪路さんは春日さんの死を認められないらしいので、これ以上この話はしないほうが良い。


「まあまあせっかくケーキ屋に来たんですし、あやふやな過去を取り戻すよりも別のことを考えましょう。このケーキめっちゃ美味しいですよ」


 さーかさんは呑気にケーキを食べている。アップルタルトは食べ終わったらしく、お皿に残っているのはチョコケーキだけだ。


 でも私は呑気にはなれない。それくらい気になることが多いから。


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