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リーヴル  作者: 西埜水彩
第三章 佐姫乃さんと春帆さん
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『あまやかなうそ』

 職場を休み、私は友達の家で本の整理を手伝っている。この友達は幼稚園に入る前からの付き合いで、おまけに幼稚園から中学まではずっと同じといういわゆる幼なじみだ。そして四月からは一応雇用主ってことにもなるのかな? なんせ私は四月から彼が店長を務めているブックカフェで働くことになっているから。


 本当はお店で働くというよりも、彼が住んでいる家の管理をすることが仕事なんだ。そういうわけでお店では接客は全くしなくて、一日中一人で本をこの家の中で整理整頓して、お店に並べる本を選ぶだけ。他人と話す必要がほとんどなくて、精神的に楽な仕事といえばそうだ。他人と必要以上に接しなくて良いから、すごく楽。


「今日はホンマに来てくれてありがとうな。ところでストーカーはついてこおへんの?」


「先輩なら業務が忙しいからこおへんって」


 本の整理をしながら、友達が聞いてくる。ここで登場するストーカーや先輩は、簓木(ささらぎ)さんのことだ。簓木さんは気がつけばそこにいるし、兵庫に遊びへ行く時も時々なぜかいる。そういう経緯から簓木さんは私の兵庫の友達からすっかりストーカー扱いされてる。いや本当は簓木さん、いい人なんだけどね。ただ視界に入ってくる回数が多いことや、私よりも私のことに詳しいんじゃないかなっていうくらいの執着心があるだけで。


「ところで本当に職場辞めてくれるん? そしてここへ来ると」


「ホンマのホンマやで。まあうちの親も三月末に兵庫へ引っ越しするし、それなら東京よりも兵庫へいた方がええかなと思って」


 友達が目を輝かせて聞いてくる。この友達もかなり私に対して執着してきて、私が職場に入ってからずっと、いつ辞めて兵庫に戻ってきて自分のお店を手伝ってくれるのかって聞いてきたくらいだ。なんせメールが一日五十件、電話が一日二~三件、これが毎日だもん。いやはや本当に彼は本当に暇人ですな、そう毎日思ってたくらいだ。


 それに私の親は元々東京にいるのは一時期だけの予定だったため、今回めでたく兵庫へ戻ることが決まった。そこで実は職場を続けるなら一人暮らしをしなくてはいけないとこだったんだ。兄はさっさと一人暮らしを決めてしまったから東京に残るけど、私はどうしようか迷っていた。


 本当は友達の要請を無視して、一人暮らしをして職場を続けようと思っていた。でも結果的にそれを選ばず、職場を辞めて、兵庫へ家族と一緒に戻ってくることにしたんだ。


「じゃあちょっとお店に本運ぶね。ホンマ兵庫に戻ってくれてありがと。ホンマにうれしい」


「まあタイミングがあったから、やねんけどな」


 友達は感謝の言葉を口にして、本が入った段ボール箱を手にして部屋を出ていく。その様子を見送ってから、私は再び本棚の整理を始める。これから彼は本をお店に持ってきて並べて、お店に並べてある本を家に持って帰るんだ。そこでしばらくの間彼はこの家にはいない。そこで私はひとりぼっちで、色々と今までのことを自然と考えてしまう。


 私が職場を辞めよう、そう決意したのは夢の影響だった。


 私以外誰もいない職場。私が延々と1人で仕事をしている、そんな夢。


 きっとこれは仕事を続けるのが間違っているから、見たと考えたんだ。そもそも私は魔物なんてわけわからない存在を暴力でただ排除するという考えがあまり好きじゃなくて、それを疑問も持たずに業務をこなしている周りの人にも不信感を持っている。


 でもさみんなが『1+1=3』といえば、そうなるんだ。


 そこで私が考えているような『魔物をひたすら暴力を排除することはおかしい』や『魔物がどういう物なのか考えた方がいい』とか、そういう考えが職場では間違っているんだろうな。そう思っていたから、私にとって職場は単なる居づらい場所だった。


 そのうえその居づらさをなんとか誤魔化そうとしていた。要するに自分で自分に嘘をついていたんだ。そして嘘をついていた方が業務はしやすかったし、それでなんとか魔物を倒すことだってできた。


 わたあめのようなあまやかなうそ、それに私はひたすらとりつかれていたんだ。職場で働くことは幸せでとても居心地が良くて、魔物をみんなで倒すことこそが正しいんだって。


 だからこそ、それが嘘だと気づいてしまったから、もう職場でいることはできなかった。もう私は職場の人を誰も信じることはできない。一人でこっそりと、辞めるんだ。そしてもう二度と職場には関わらない。東京にだって、もう二度と来ないだろう。なんせ親は兵庫に戻るんだし、兄以外の親戚は全員兵庫県に住んでいるんだから。


 鳥井(とりい)さんのことはどうしよう? 私は自分自身が職場にいづらいと薄々感じていたからこそ、同じようにいづらそうにしていた鳥井さんには幸せになって欲しかった。とはいえ私自体できないことを他人に押しつけるなんて、傲慢だよね。そりゃ今だって私はできないけど、鳥井さんは職場で楽しく仕事をして欲しいって願っている。


じゃあ私は鳥井さんのことを温かく見守っていこう。例えそれで鳥井さんが職場のことを辛いと思って辞めたり自殺したりしたとしても、仕方ないんだ。私には、鳥井さんに職場で仕事をする楽しさを教えることなんてできないから。


 本当はこんな本音気づきたくなかったよ、いつまでもわたあめのようなあまやかなうそに騙されていたかった。それでももうそれが全て嘘だということに気づいてしまったから、どうしようもできないんだ。今の私には、職場と絶縁して、一生できることならほとんど人と関わらずに生きていくしか選択肢はないんだ。

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