リーヴル②
「そうです。諦めたくはないです。霞ヶ丘さんとつきあうことができるよう、頑張ります」
「他人と関わろうと、佐姫乃さんはしないのにですか?」
「そうです。今霞ヶ丘さんは困っているんです。それで他人と関わろうとしないんです。それで僕は『とあるおひめさまのものがたり』に出てくる侍女のように、霞ヶ丘さんを助けたいです」
響さんは佐姫乃さんのことを好きで助けたくて、聖さんは佐姫乃さんと聖さんのことを離したい。
あっそっか。聖さんは響さんのことが好きで、響さんは佐姫乃さんのことが好き。三角関係だ。
それできっと聖さんは響さんに助けて欲しいのだ。佐姫乃さんという他人じゃなくて、自分のことを助けて欲しい。そう聖さんは願っているんだ。
だからこそこのことを言わないといけない。2人が今気にしている『とあるおひめさまのものがたり』も関する本当のことを。
「私は『とあるおひめさまのものがたり』は自分で何とかするお話だと思います。確かに侍女はお姫様を助けました。でもそれはお姫様が侍女に困っていることを打ち明けたからだと思います」
「でも自分が困っているだなんて、他人に言うのは難しいです。だから侍女がお姫様のことを助けたのではないでしょうか?」
「私もそう思います。他人に助けを求めるだなんて、今は特に難しいです」
響さんと聖さんは否定する。侍女がお姫様のことを自主的に助けたと考えるのなら、こういう風に思ってしまうのだろう。
「そうですね。難しいです。困っていると伝えても、誰も助けてくれないことが多いです。しかも困っている人を傷つける言動をする人も多いです。だからこそ『とあるおひめさまのものがたり』はそんな難しいことを行っているから、すごいのです。侍女はお姫様が困っていると言ったから助けたのです。恐らくお姫様が何も言わなければ、侍女は何もしなかったはずです」
「いやでも付き合いが長ければ、お姫様が何も言わなくても侍女は気づいたかもしれません」
「そうですかね? 『とあるおひめさまのものがたり』は今まで関わったことのないタイプの人に助けを求めることができるのが良かったです。そうです、おひめさまの他人に助けを求めることの出来る素直さが物語を作っているのです。そしてその素直さが今生きていく上で大切かもしれません」
響さんの追求を、なんとかやり過ごそうとする。
本当はここまでSSの内容について語る予定はなかった。響さんや聖さんが言っていることと私の言っていること、両方とも読者の意見で、本当のところは分からない。
それでも反論したくなった。この前雪路さんに同人誌に載っていたSSのことで力説していたけど、今回も同じ事をしている。
これはきっと偶然だ。何らかの意図があるわけじゃない。
「響さんにとって佐姫乃さんはお姫様なのでしょうか、佐姫乃さんにとって響さんは頼ることの出来ない存在だと思います。第一佐姫乃さんが響さんと会いたいと思っているわけがないかもしれません」
聖さんが私の意見に賛同したのか、響さんを責め始める。
「いつかは会うことができるはずです」
「そのいつかって、いつですか? どうしたら変わるんですか?」
聖さんと響さんが軽い口喧嘩を始めた。
さっきからの話をまとめると、佐姫乃さんは響さんと会ってくれないらしい。それで聖さんにすれば会ってくれない佐姫乃さんよりも自分の方を大事にしてほしいのだろう。恋って本当に難しいな。
「傷はいつか癒えます。そうしたらまた会えるはずです」
「そんなの無理です。それに佐姫乃さんは響さんの手助けを必要としているんですか? 佐姫乃さんは1人でなんとかするか、響さん以外の助けを借りると思いますよ」
「そんな佐姫乃さんは僕以外の人に助けてもらおうと考えることはしないよ、1人でなんとかしそうですが」
「はいはい、店内で喧嘩しない。ここは一応ケーキと本を楽しむお店だから、口げんかはほどほどにね」
紺色に染めた髪をポニーテールにした、中性的な顔立ちをした人が2人の話を止める。
「喧嘩じゃないです、普通に話しているだけです」
「すみませんでした」
響さんは落ち着いた顔で反論して、聖さんは頭を下げて謝罪をした。
「気にしないでください。そもそも佐姫乃は誰とも会いませんから、宝山寺さんだけじゃなくて、私も最近は会っていないです。ところでこちらの方々は佐姫乃さんの知り合いですか? 私はこのお店の店長、谷田春帆です。よろしくお願いします」
「鳥居前聖です。響さんと同じ会社でした」
「私は奈良佐帆子です。この同人誌の作者を探している。実は記憶喪失です。同人誌だけが記憶の手がかりで、それで作者さんなら知っているかなと思っているのです」
響さんの名字が宝山寺で、聖さんの名字が鳥居前。そして霞ヶ丘佐姫乃という共通の知り合いが2人にはいる。あれっおかしいな。この3人の名字には何かしらのつながりがありそうだ。そう考えると、谷田さんや私の名字が浮いている。
「この同人誌は当店にも置いていますよ。佐姫乃が持ってきたので、私は誰が作者かは知りません」
「霞ヶ丘佐姫乃さんって方が、この本の作者を知っているかもしれないってことですか?」
このお店に置いてあるのは、響さんや聖さんが持っているのと同じく、佐姫乃さんからもらった本らしい。
となるとますます佐姫乃さんに会いたくなる。複数の人に同人誌を配っているんだ、作者と直接関わりがあったに違いない。
「そうです。でも聞いても答えてくれないかもしれません。佐姫乃、他人を拒絶していますから」
「春帆さんも佐姫乃さんと会えないんですか?」
聖さんは驚いたように春帆さんを見る。春帆さんは大して驚かず、私達をぐるーっと見渡す。
「そうです。恐らく就職してから何かあったんじゃないかと思うんです。大学時代はそうじゃなかったですから。そこで佐姫乃に直接同人誌のことを聞いてもらえないでしょうか? そっちの方が可能性は高そうです」
佐姫乃さんは人と話してくれない。こうなると同人誌の作者は誰かとか、佐姫乃さんに聞くのは難しそうだ。
うーん、どうしよう。でも今はこれ以外の方法が無いから、やってみよう。
 




