9話
地上に出てからは私はオスカー様の馬に乗せてもらい王城の医務室へと向かった。
常日頃怪我をすることなどない私は、王城の医務室に入るのは初めてであり、少し緊張していると、中から優し気な男性の声が聞こえた。
「次の方どうぞ~」
私達は中へと入ると、丸眼鏡をかけたくるりとウェーブのかかった柔らかな雰囲気の医者が中にはいた。
白い白衣に身を包んでおり、栗色の髪と瞳のまだ二十代と思われる男性であった。
「医師のディック・バンです。騎士団の、オスカー殿と魔法陣……射影師、の、メリル嬢ですね」
部屋に入る前に助手の方に聞かれて答えた問診票を眺めてから口を開いた。
「では、オスカー殿から見ましょう」
「いや、メリル嬢から頼む」
オスカー様の言葉に、ディック様は眉間にしわを寄せると笑顔で言った。
「うんうん。メリル嬢を先にという心意気はいいのだけれど、君の手当てが先だ。さぁ腕を出して」
迷うオスカー様に私もお願いするように告げた。
「先に治療を受けてください。お願いです」
オスカー様は小さく息をつくと、椅子に座り腕をディック様へと差し出した。
「洋服はハサミで切りますね。では治療をしていきます。メリル嬢、少し時間がかかるので外で待っていてください」
「わかりました」
私は一度席を立つと廊下へと出て、オスカー様の治療を待つ。
大丈夫だろうかという心配と、そんなにひどい腕で抱き上げさせてしまったのだろうかと罪悪感を抱く。
オスカー様の傷を悪化させるようなことになっていたらどうしよう。
騎士にとって腕は大事だ。それなのに、大丈夫だろうかと心配になる。
しばらく待っていると、治療を終えたオスカー様が出てくる。腕には包帯が巻かれている。
「大丈夫ですか?」
駆け寄りそう尋ねるとオスカー様は笑顔でうなずく。
「あぁ。このくらいはただのかすり傷だ」
そうオスカー様が言うと、診察室の中から声が響いた。
「かすり傷ではないですよー。ちゃんと明日も診察に来てくださいね」
その言葉に、オスカー様へと視線を移すと視線をそらされた。
私は頭の中で、この人は人への気遣いの為ならば嘘をつける人なのだと把握し、今後オスカー様が怪我をした時には絶対に安静にするように伝えようと決めたのであった。
「メリル嬢も怪我見せてください~」
「あ、はい!」
私は診察室へと入ると、椅子に座る。そして擦りむいていた手と膝を見てもらってから消毒をしてもらう。
人にけがを治療してもらうのは久しぶりだなと思っていると医者が口を開いた。
「今回は小さな怪我でしたが、令嬢があまり傷を作るのは良くないですよ~」
「あ、はい」
「結婚もあるでしょう。傷物などと言われては大変ですからね~」
「……はい」
ちくりちくりと、胸に刺さる言葉。
「女性は怪我をするようなことには参加しないのが一番です。はぁ。どうして女性を危険な現場にオスカー殿は連れて行ったのか」
ため息をつきながらそう言われ、私は口を開こうとする。
「あ、あの」
「どうしました? あ、もしかして断れなかったですか? 私から話しをしましょうか?」
「あ、いいえ。あの、私が受けた仕事なので」
「え? でも、女性なのに……失礼ながらメリル嬢はメイフィールド家のご令嬢でしょう? 無理せずにご実家に帰った方がいいのでは? 危険な仕事を女性がするべきではないですよ」
この人は、私が男だったらこんなことを言わないのだろうな。
きっと、悪気があって言っているわけではない。これがこの国の常識であり、私がこうやって働いている方が非常識に見えるのだ。
だけれども、私は拳をぐっと握りこむ。
擦り傷くらい、どうってことはない。
私は自分で選んで今の仕事に就いたのだ。女だからという理由ではこの仕事をやめることもオスカー様から頼まれた仕事を断ることもしない。
私は自分に出来る仕事をしたい。
「お気遣いありがとうございます。治療もありがとうございました。では失礼します」
私がそう言って立ち上がろうとした時、ディック様に手を取られ、私は動きを止めた。
ディック様はにやりと微笑むと言った。
「メイフィールド家の出来損ないっていうのは本当みたいですね。ふふふ。私で良ければ結婚相手になりますよ? どうですか? そうすればあなたも出来損ないとは言われないでしょう」
たまにこういう人が現れる。
私は見た目も、性格も、名家のメイフィールド公爵家には相応しくない出来損ないだと言われる。けれど、私の血は確かにメイフィールド家のものであり、だからこそ家同士のつながりの為に婚姻を望む男性はいる。
そうした男性の瞳は野心に満ちていて、私の心は冷えていく。
「私は魔法陣射影師として生きていくつもりですので、お断りします。手を離してください」
ディック様は眉間にしわを寄せるとにやにやとまた笑う。
「あぁ、もしかしてオスカー殿が好きなのですか? あはは! 無理ですよ。彼は第二王子殿下であり、この国のいずれ守護神となる男ですよ? 貴方では無理だ」
一言もそんなことは言っていないのに、私は勝手に推測されて言われたことにむっとしてしまう。
そんなことは最初から理解しているし、いくら胸がときめいても、自分には不相応な人だと分かっている。
なので、恋愛対象としては見ないようにしている。というか、そもそもの問題として恋愛事態私には無理だと諦めている。
「離してください!」
「おい。何をしている」
「あ」
私の声が外にまで聞こえたのだろう。オスカー様が慌てた様子で扉を開け、私達を見て声を荒げた。
「どういうつもりだ」
オスカー様は私とディック様との間に割って入り、私を庇うように背に回した。
ディック様は慌てた様子で両手をあげて言った。
「あぁ、いえいえ、メリル嬢をただ少し話をしていただけですよ」
「話? 一体何の?」
「いや……ほら、怪我をする仕事なんて危ないでしょう? 傷物になったら結婚なんて出来ないし、そもそも結婚をしないで働いくなんて、令嬢は結婚する事こそが幸せだというのに……オスカー殿もそう考えるでしょう?」
ディック様にそう言われ、オスカー様は眉間にしわを寄せたまま言った。
「……怪我をさせてしまったことは申し訳なく思っている。だが、その話が何故結婚の話に? 貴族の令嬢が結婚するのが幸せとは、誰の意見だ? 現在メリル嬢は自分の力で今の仕事についている。それを何故医者である君が言う必要がある?」
オスカー様はあくまでも冷静にそう言う。
「いやぁ、でも……結婚しない女性は……ね?」
同意を求めるようにディック様はそう言うけれどオスカー様が首をかしげる。
「結婚しない女性はというが、メリル嬢は今は仕事をしているが結婚しないとは言っていない。それに、結婚しない人生の選択も、もちろんあるだろう。だがそれは彼女が決めることであって、会ったばかりの君がいうことか?」
真っすぐに言い返すオスカー様の言葉に、私はぐっと握りこんでいた拳をゆっくりと解く。
私は、オスカー様の言葉に内心かなり驚いていた。
こんな考えの貴族の男性にいるのか。
ディック様はオスカー様に同意してもらえると思っていたのだろう。オスカー様の様子に何も言えなくなったのか顔色を悪くする。
「あ、えーっと、いや、あぁそうだ。薬を処方しておくので受け取ってくださいね。では、次の診察があるので、外へ出てください」
追い出すようなその言葉ではあったけれど、私はオスカー様の腕を取って言った。
「オスカー様、ご心配おかけしてすみません。行きましょう」
「……まだ話は終わっていないが……」
オスカー様がディック様を睨みつけると、それにひえっと小さく声を漏らしディック様は言った。
「えっと、その、あの、わ、私が気を害してしまったようですね。すみません。その、謝りますから」
表面上だけの謝罪。
私のような女の前では、横暴な一面を見せたのに、強い男性の前ではこうも違うのだなと思う。
オスカー様の腕を私は引いた。最後に一瞥をしてから診察室を二人で出る。
私はオスカー様を見上げると、真っすぐに見つめて言った。
「オスカー様って、素敵な人ですね」
私には言えなかった言葉を、真っすぐに言ってくれた。
自分で言い返せなくて少し情けなく思っていたのだけれど、オスカー様が言ってくれたおかげで少しだけ自分の気持ちが救われる。
「ありがとうございます」
そう伝えると、何故かオスカー様は少し顔を赤らめており、どうしたのだろうかと思ったのであった。
自分の生きたいように生きることがきたらとても幸せ(*´ω`*)
それがむずかしいから悩むのだけれど。
とりあえず、蒸し暑い時にクーラーの中でひやひやできる幸せを噛み締めときます。