7話
「間に、合わない」
その光を見た瞬間、私はそれを悟った。
現在魔法陣に詳しい人間はここに私一人であり、この調査に魔法使いが同行しているわけではない。
それもそうである。現在アルベリオン王国では数名の魔法使いが在籍しているものの、王国を守るために尽力しており、調査にすぐに同行できるほど日程が開いていないはずだ。
筆頭魔法使いアルデヒド様は有名であり、その弟子たちも優秀だと聞く。だが、そんな弟子ですら、魔法使いと名乗れるものはほんの一握りである。
魔法使いとはそれほどまでに貴重であり、王国の柱の一つなのだ。
魔法使いを育てようとアルベリオン王国も力は入れているものの、そもそも体内に持つ魔力の量は生まれつきであり増やせるものではない。
ただ、そんな魔法使い見習い一人でもここにいたならば、状況は違っていたのかもしれない。
そう一瞬考えるけれど、すぐにそれは間違いだなと思う。
魔法使い見習いでは難しいだろう。
現在この地点に描かれている魔法陣の数と、その魔法陣の精度は魔法陣見習いでどうにかできるレベルのものではない。
私は一分一秒も無駄にはできないと、その場で判断すると、魔法陣射影用の紙をローブの内側のポケットから取り出した。
「オスカー様! 皆を集めてください!」
鬼気迫る私の声に、オスカー様は聞き返すことなく同意するようにうなずくと声をあげた。
「皆! 急ぎここへ集合!」
オスカー様の声に皆がざわめき始めた。それはそうであろう。今現在何が起こっているのか皆分からないであろうから。
分からないというのはある意味幸せなことだと、私は冷や汗をかきながら思う。
「突然どうしたんだ?」
「オスカー殿! 何かあったのですか?」
「魔法陣射影師殿は、え? 何を……」
皆が困惑の声をあげる中、私は魔法陣を射影する紙を数枚並べ、それを前に呼吸を整える。
「一体何があったのです?」
「オスカー殿、魔法陣射影師殿に聞いていましょう」
その言葉にオスカー様が答える。
「ダメだ。静かに待機!」
オスカー様の声に皆がその場に待機するけれど、その表情は困惑しているようだ。
突然の待機であるからそう思うのも仕方ないだろうが、今は説明をしている暇さえない。
時間は有限。
私は呼吸を整えると全神経を集中していく。
私は魔法陣射影用の羽ペンを構えると、空中に向かって魔法陣を射影し始める。
その瞬間、私の魔法陣射影綴りが空中に浮かび、私の魔法陣に反応するように青白く輝く。
そして置いていた紙が浮き上がり、空中に浮かぶ魔法陣の前で光り輝く。
呼吸すら忘れて、私は描く。
「基礎魔法陣射影完了、古代魔法陣射影開始、同時に転写開始!」
青白い魔法陣の線が空中に広がり、巨大に花が咲くかのように広がっていく。
強い風が吹き荒れ始め、私はその中、魔法陣を描き続ける。
「古代魔法陣射影転写! 転写時誤個所修復!」
インクが切れる瞬間、私は描き切った。
「射影完了!」
次の瞬間、魔法陣が光り輝く。それは美しいけれども、ただ美しいだけのものではない。
「なんだなんだ? おいおい。お前一人で何をやっているんだ! こんな茶番やめろ!」
ロドリゴ様がそう怒鳴り声をあげた。
今の状況が全く分かっていないのだろう。ロドリゴ様が少しでも魔法陣に詳しければこれから起こることをもっと防げたはずなのにと私は唇を噛む。
けれどそう思っても仕方がない。
私は魔法陣に向かって、自らの体の中に流れる魔力を注ぎ込む。体が青白い光に包まれ、糸が広がるように、魔法陣へと魔力が流れ込んでいく。
その光景に皆が息を呑んだ。
「嘘だろう、なんだあの魔力」
「始めて見た」
「魔力って……あんなの……ありえない」
私は真っすぐに魔法陣を見つめて言った。
「発動!」
その瞬間、私の体をオスカー様が守るように抱きかかえるのが分かった。
魔法陣が広がり、突風が吹き荒れ、巨大な爆発が巻き起こる中、一か所に集められた騎士団とロドリゴ様だけは、私が生み出した魔法陣によって結界が張られ間一髪爆発から守られる。
炎と粉塵が勢いよく結界へと吹き付け、数名がしりもちをつく。
ロドリゴ様は転げ、悲鳴を上げた。
私が展開した魔法陣はそれだけではない。
天井や壁が吹き飛ばないように、出来る限りの魔法陣を転写し発動させたため、被害はある程度抑えられたはずだ。
ただし、私は急ぐあまりに自分自身は安全圏内から少し外れており、オスカー様がいなければ吹き飛ばされていたであろう。
逞しいオスカー様の胸にぎゅっと顔を現在押し当てている状況であり、私は動けなかった。
「な、なななななななんだ一体! 何が起こったのだ!」
ロドリゴ様は体を起き上がらせると声を荒げてそう言った。他の騎士達も立ち上がりながら、一体何が起こったのかと分からない様子である。
爆発の炎は、私の仕掛けた魔法陣によって最後に吸い込まれ、ボフンと音を立てて消えた。
その場に残ったのは粉々に砕けちった魔法陣の痕跡と、巻きあがっていた砂埃だけである。
「なななななんだ! 安全じゃないじゃないか! 危険だ! 俺をこんなところに連れてくるなんていうことだ!」
大きな声で叫ぶロドリゴ様の声に、私は小さく気が抜けて息をつく。
生きていて良かった。
下手をすれば全滅であった。
私は、自分自身こんなことになるなんて考えておらず安易に仕事を引き受けてしまったなと少しだけ反省した。
もっとちゃんと準備をしてくるべきだった。
これは大きな反省点だなぁと私は静かに思ったのであった。
時間の流れがどんどんと早く感じます(●´ω`●)