25話
かなりのスピードが出ていたように思う。ただ瞼を閉じていたので、どのくらいかは分からなかったのだけれど、体感としては数分もたっていない。
太陽の眩しさを感じて私は目を開けると、先ほどあったように見えた耳や尻尾などは当たり前だけれどなかった。
疲れすぎて、もふちゃんに会いたくなったのかもしれない。
もふちゃんに会いたいななんてことを思ってしまう。
ここ最近は会えていないけれど、たまにふらりとやってきて一晩私を癒しては去って行く。
どうやって去っているのかもまだ分からないけれど、もふちゃんは私にとっては可愛らしい天使ちゃんなので、もしかしたら不思議な魔法が使えるのかななんておかしなことを考えている。
そんなことで一瞬集中が切れそうになったけれど、私は気を引き締めると言った。
「上ですね。魔法陣の場所だと思われます」
「嫌な予感がするぞ」
「私もです」
オスカー様の言葉に私は同意してしまう。
魔力の痕跡を辿って今向かっている場所にいる人物を、私もオスカー様も、いや、国民も名前を知っている。
それほど有名な人物だ。
私達がたどり着いたのは、王城の上にある広い空間であり、そこからは街の人々の暮らす家々が良く見えた。
王城前の広場には、今日の古代魔法陣に魔力を流し込む姿を見ようとかなりの人が集まっているのが分かる。
私をオスカー様が地面へと下ろしてくれる。
古代魔法陣の前に立っているのは、魔法使いアルデヒド様であり私とオスカー様が来たのを見て、にこりと笑みを浮かべた。
「おやおや」
焦っているような声ではない。
現在、国王陛下は一段高い位置からこちらの様子を見ており、何かあったのだろうかと数名の騎士達が動き始めている。
私とオスカー様は、驚くほどに冷静なアルデヒド様をみて動出せずにいた。
心臓が煩くなり、意味が分からずに、現状に理解が追い付かない。
けれど、魔力を辿った先にいたのは、アルデヒド様なのだ。
「なんていう才能なのでしょうか。メイフィールド家の落ちこぼれなんて、うそじゃないですか」
くすくすと笑い声を立てるアルデヒド様は、私のことをじっと見つめると言った。
私とオスカー様はその態度に小さく目配せをしあう。
「次代の魔法使いに相応しい……か。それが、魔法陣射影師……とはね」
小ばかにするようなその言葉に、私は静かに口を開いた。
「魔法陣射影師は、素晴らしい仕事です」
そう告げると、アルデヒド様はお笑顔でうなずいた。
「もちろんそうでしょう。魔法に関わる仕事という物は常に偉大です」
アルデヒド様はマントを翻すと、恭しく一礼をしてから、魔法の杖を掲げ、そしてそれを床にコンっと打ち付ける。
その瞬間、床に描かれていた魔法陣が空中に映し出される。
それこそが、王城に掛けられた守護の古代魔法陣であり、アルデヒド様が今から魔力を流し込むものである。
そう、本来ならば。
「アルベリオン王国の祖は、獣の王と剣と古代魔法。何故、獣が王になったのか。それがそもそもの間違いだったのです」
聞いたことのある言葉を、アルデヒド様の口からきくことになるとは思わなかった。
「獣が王などと、汚らわしい……ねぇ、獣の色を濃く受け継ぐオスカー殿」
その言葉に、オスカー様がビクリと肩を揺らす。
アルベリオン王国では、獣の王が、我が国の王の祖であることは常識であり、この平和をもたらしたと思っているので、崇めている。
神殿にもその書物はたくさん記録の書として残っており、神殿が崇める神もまた、神獣である。
だからこそ王家は尊い存在なのだ。
それなのに、汚らわしい獣などと言う言葉を使うことに、私は衝撃を受けた。
「アルベリオン王国の剣として尋ねる。魔法使いアルデヒド殿。貴殿は敵か」
アルデヒド様は笑顔で杖をまた床に叩きつける。
次の瞬間、魔法陣が青白く輝いた。その瞬間に、民衆から歓声が上がる。
「えぇ。貴方から見れば。ですが、メリル嬢の敵ではありません」
「え?」
私が混乱していると、アルデヒド様は優しい声色で言った。
「魔力を持ち、そして魔法陣射影師としても優秀な貴方は敵ではありません。ね、一緒に、この国の王族を亡ぼしませんか?」
まるで、罪の意識などない言葉に、私はぞっとしてしまう。
「なんで、どうしてでしょうか。我が国は、悪い国では」
「悪い国ですよ。メリル嬢。王が悪いのです。魔法具なんてものを発展させ、魔法使いを優遇せず、魔法陣は廃れた! 悪い王でしょう!」
「そうでしょうか? 国王陛下は民のことを思い、政策にも力を入れてくださっています」
「我が兄は、魔法使いを虐げたりはしていないぞ!?」
アルデヒド様は声を荒げた。
「民のことを思っている? 魔法使いを虐げていない!? バカだなぁ。魔法使いを優遇していないではないですか! 祖は獣の王? お門違いもいいところです。王国を守っているのも、この、古代魔法陣! つまり、魔法使いがいなければ国は滅んでいるのです! つまりは、魔法使いこそがこの王国の、正当なる王なのです!」
突然何かにとりつかれたように声を荒げるアルデヒド様に、私は恐怖を感じた。
怖い。
この人は、自分の意見を正しいと思い、他人の意見などどうでもいいと考えているのだろうか。
私はロドリゴ様にそっくりだと、私はその姿にぞっとする。
「正当なる王なんて……そんなの、違います。少なくとも、今のあなたより、国王陛下の方がご立派です。民のことを考え、そして、国のことを思い、あの場に座ってらっしゃる」
「ふふふ。あはははは! ばかですねぇ。そんなのパフォーマンスでしょう? まぁでも、獣臭さで言ったらマシですがね。どちらかといえばオスカー殿の方が獣臭いので」
私は、真っすぐにアルデヒド様を見つめて言った。
「王家の人々は国を安定させるためにそれぞれの責務に従っているのでしょう? ルードヴィッヒ国王陛下は民を想い、そんな国王陛下を支えるためにオスカー様は尽力されている。そしてその周りに人が集まり、支え合い、出来ているのが王国だと、私は思います」
アルデヒド様は笑い声をあげる。
「あはははは。理想ですねぇ。好きですよ。理想。ですから、私が王となり、理想をまた別の色に塗り替えて差し上げましょう。さぁ、そろそろ魔法陣を発動させましょうか!」
わたしがアルデヒド様の気を引いてる瞬間、オスカー様は視線でルードヴィッヒ様の指示の元動いていた騎士達と呼吸を合わせそして一斉にアルデヒド様に向かって剣を振りかざした。
けれど、王国きっての魔法使いの前に、騎士達は吹き飛ばされ、オスカー様はアルデヒド様の魔法を剣で受けてたもつと、それを空へとはじいた。
そしてアルデヒド様にもう一度剣を向けようとするが、それを今度は魔法陣で防がれる。
手のひらに魔法陣を掘ってあり、それをアルデヒド様はにやりと笑みを浮かべて向けた。
「いい方法でしょう? これなら喉をつぶされても戦える……それに魔法よりも魔法陣の方が遥かに威力が強い」
現在、魔法陣が発展しなかったように、魔法事態も発展しなかった。魔法具の発展は魔法事態の衰退へと繋がった。
だからこそ魔法使いの使える魔法とは限られており、そこまで強い物ではない。
だがしかし、魔法陣を使えれば違う。
次の瞬間、アルデヒド様が反対側の手をオスカー様の方へと向けると、突風によって、オスカー様は私のいる位置まで吹き飛ばされる。
「オスカー様!」
「大丈夫だ!」
空中でオスカー様は体を反転させると、地面に軽やかに着地し、そしてアルデヒド様を睨みつけた。
オスカー様はにやりと笑うと私に小声で言った。
「メリル嬢、魔法陣、使えるか?」
「はいっ! もちろんです!」
「では、援護を頼む」
元々、もしも戦いとなり、何か不測の事態になった時には私が何が出来るか、それをオスカー様には伝えてある。
ここには国王陛下の御前だ。だからこそ、本当ならば私に魔力があることなど知られたくはない。
魔力があることも、瞳が赤いことも、私にとっては知られてはならない悪いこと。
だけれども、私も王城で働く一人であり、王国を守るために王城で働く臣下なのだ。
私は、魔法陣射影綴りを取り出すと、それを空中へと飛ばし、魔力を込め、発動する。
「魔法陣展開! 第一、第二、第三、第四魔法陣、魔力注入!」
次の瞬間、オスカー様の前に魔法を防ぐ盾が、そして剣は強化がなされる。
第三魔法陣と第四魔法陣は、国王陛下やその周囲にいる人々を守るために展開させる。
「助かる! アルデヒド殿! 逃げ場はない! 諦めるのだ!」
「逃げませんよ! 私がこの国の王と鳴るのだ!」
魔法陣が青白く輝き始め、皆がアルデヒド様が魔法陣に魔力を流し込むと考えている。
けれど、今からアルデヒド様が流す魔力は地下へと繋がっている。
つまり地下が大爆発を起こすということである。
臭い物には蓋をせよ。
アルデヒド様は全てを壊し、王族については王家の存在そのものに蓋を閉めようと考えているのだ。
そんなこと、絶対にさせてはならない。それになにより、ここで爆発すればアルデヒド様自身も危ないと言うのに。
そこで私はハッとする。
自分が王になろうとしている人が、自分を危険にさらすわけがない。
何か仕掛けがあるはずだと、私は目を凝らす。けれど見えず、少しでも見やすいようにと眼鏡をはずした。
赤い瞳は、恐ろしいと母から嘆かれた。
魔物のようだと姉からは悲鳴を上げられた。
化物だと兄からは嘆かれた。
嘲られ、虐げられたこともあった。
けれど、オスカー様と視線が合う。
オスカー様は、私の赤い瞳を見てもひるむことなく真っすぐに見つめ、そして言った。
「メリル嬢! ありがとう!」
「はい!」
怯むな。怯えるな。前を向け。
オスカー様は剣を構えると、アルデヒド様に立ち向かっていく。
その背中を見つめていると勇気が湧く。
真っすぐに私はアルデヒド様を見つめると、魔力の流れがよくわかる。そして魔力は自分の体に刻んだ魔法陣にも流れていた。
魔力は意図のように魔法陣に繋がって見える。
けれそれはとても細かな魔法陣であり、あれほどの魔法陣を描くまでにはかなりの時間を有したはずである。
だからこそ先ほど使ったような簡単な打消しの魔法陣では効かないだろう。
私は魔法具のへ値ペンを取り出すと、空中に向かって、ペンを走らせ始めた。
わぁお(*'ω'*)






