1話・2話(短編掲載)
連載始めました! よろしくお願いいたします(*'ω'*)
「これ、今日までに終わらせておけって言ったよな」
机を勢いよく叩かれ、机の上に乗せてあった魔法具のインクペンが倒れて私は慌ててそれを起こす。
壊れなくて良かったと思いながら、同じ職場で働く一応上司であるロドリゴ様へと視線を向けると、不機嫌そうに眉間にしわを寄せたまま舌打ちをされる。
私の所属する王城の研究室は、王城勤め貴族の職場としては末端の末端。それぞれ割り振られた分野に関して研究や調査を行っている。
私は王城で唯一の魔法陣射影師として研究室に所属していた。
現在では魔法使いはいるものの魔法よりも魔法具の方が発展しており、魔法陣はというと大量に魔力を必要とするため、衰退の一歩を辿っていた。
ただ、歴史的にも貴重な古代魔法陣は現代でも使われているところがあり、そうした修復も必要なため、魔法陣射影師は必要な存在だと私は思っている。
私は幼い頃に魔法陣の本を家の書庫で見つけ、それからは魔法陣の描く美しい曲線に魅了されてこの仕事を選んだ。
昔から憧れてなった仕事だったけれど、蓋を開けてみれば人気のない仕事であった。
これほど素晴らしい仕事はなかなかないのにと内心思うものの、あまりにも周知のない仕事だからなのか周囲からの風当たりは強い。
「お前、仕事舐めているのか。俺達はこの王城の末端の末端とはいえ、王宮勤めの貴族なんだぞ。しっかり仕事しろよ。おい、聞いているのか!?」
大きな声で怒鳴られ、私は身をこわばらせながらうなずいた。
「は、はい。すみません」
「すみませんじゃねーだろーが! わかっているのか!?」
「えっと、あの、どの件のことでしょうか」
そもそもの問題、ロドリゴ様が今一体何に対して怒っているのかが分からない。主語がなく怒鳴り始め、どうしたらいいのかが分からない。
しかも私は魔法陣射影師としてここに在籍しているのに、ロドリゴ様は他の仕事を押し付けてくるのでやるせない。
「はぁぁ? それくらい自分で考えろよ! 頭ないのか!? ちゃんと、頭で、考えろ!」
威圧するかのような怒鳴り声は、何度聞いても慣れない。
元々貴族令嬢として育てられた私は、最初の頃は怒鳴られるという経験さえしたことがなく、毎日毎日泣いていた。
けれど、魔法陣射影師をやめたくない。その一心で踏ん張り、ロドリゴ様の暴言や威圧的な言葉もどうにかして耐えることが出来るようになってきた。
「す、すみません……」
「はぁぁぁ。さっさと、しろよ」
「あの、でも、何のことを言っているのか分からないと」
「あぁ? 考えろっての」
そう言って背を向けられ、私はどうしようかと悩む。ただいくら考えても思い浮かばないので、もう一度声をかけようとした。
けれどまた怒鳴られるのではないかと思い、言えずに手を引っ込めると、ロドリゴ様は急に振り返って言った。
「お前聞かないと分からないなら、なんで引き留めないんだよ! バカなのか!?」
理不尽だ。
私はちらりと時計の針を見る。ロドリゴ様はこうなったらかなり長い時間、私に対して文句を言い続ける。
どんどんと時間が過ぎて行ってしまうことに焦燥感を感じながら、私はどうにか話を終えられないかと口を開く。
「あの、その急いでするので、なんのことか教えてもらえませんか?」
「お前人の話を遮るな! 今だってどうせ、この話早く終わらないかとかそんなこと思っているんだろうが! その考えが見え透いてんだよ!」
机をまた勢いよく叩かれて怒鳴られ、私はどうしたらいいのか分からずに身をすくめることしか出来ない。
薄暗い仕事の部屋には、仕事内容は違えど他の同僚もいるけれど、私のことは無視をしてまたかというような様子でため息をついている。
いたたまれないけれども、この状況では仕事も進まない。私は頭を下げながらロドリゴ様の話を聞くしかない。
ロドリゴ様は苛立たし気に鷲色の髪の毛をガシガシと掻き、それから藍色の瞳で私のことを睨みつけながら言った。
「お前さ、そのぼさぼさの頭、どうにかなんないのか。黒い髪の毛三つ編みにしてても頭の上ひどいぞ。それにその厚い眼鏡。気分が悪くなるんだよな。お前、女として終わってるだろ」
「……」
どこからか吹き出すような声が聞こえた。他にも私のことをそう思っている人がいるのだろうか。
何も言えずにいる私のことをロドリゴ様はにやにやと笑う。
「お前もかわいそうだな。名家と名高いメイフィールド公爵家の娘なのに、こんなにも落ちこぼれなんてなぁ」
それは関係があるのだろうか。
たしかに私はメイフィールド公爵家の娘ではあるが、今年で二十歳になり家を出て自立をしている。
私はぐっと堪えていると、ロドリゴ様はにやにやとしながら私のことを見つめ、その後大きく息を吐いてから言った。
「まぁいい。さっさと仕事終わらせろ。いいな」
「はい……」
そこでやっとロドリゴ様は落ち着いたのか怒鳴るのをやめて机の上に置いている資料を私へと手渡し仕事を指示してきただのだった。
ロドリゴ様の机の上には、様々なものが置かれているが、私物が多い。以前机の中に変な蛇のロゴの入った仮面を入れていたのを見てしまった時には、はっきりと言って気持ちが悪いなとすら思った。
けれど、上司である以上は仕方がないのである。
結局何のことかを教えてもらえるまでに一時間もかかった。
今指示されたことは、聞いていない仕事だったことにため息をつきそうになるのをぐっと堪えた。
仕事を押し付けられるのも、理不尽に怒られるのもよくあることだ。
だけれどもだからと言って、怒られたいわけではない。
理不尽に納得しているわけではない。ただ、諦めてしまう自分がいた。
「はぁ」
一度だけこっそりとため息をつくと私はロドリゴ様から言われた仕事を早々に終わらせていく。
そこまで大変な仕事ではない。
これならば先ほどの叱られている時間さえなければ疾うの昔に終わっていたのにと思いながら仕事を終わらせる。
部屋の中は静かになり、それぞれが仕事を行っていく。
私は早々にロドリゴ様に仕事を提出し、やっと自分の仕事が出来ると椅子に座りなおした。
姿勢を正して私は机の上に魔法陣射影綴りを取り出し、そこから一枚取り出すとそこに魔法具で出来た羽ペンで魔法陣の修復を始めた。
修復を始めると、魔法陣は青白く輝く。
この瞬間だけは私だけの世界である。ずっと自分の仕事だけ出来たらどれほど幸せなことだろうか。
魔法陣は綿密に描かれており、一線間違えればそれは本来の魔法陣とは別の魔法陣に変わってしまう。
繊細であり、綿密なそれは美しいと思う。
この瞬間だけは、この仕事を選んで、そして働けることが誇りに思える。
まぁ、怒らられることがなければもっといいなとは思うのだけれど。
ちらりと周りを見れば、皆がそれぞれに仕事をこなしていっている。
要領がいい人は怒られないし、私みたいに怒らせることもない。
小さくため息をついていると、嫌な足音が近づいてくるのが分かった。
机の上にロドリゴ様が仕事の資料をドンと乗せて言った。
「これ、今日中な」
「……今日ですか?」
「当り前だろう。お前、こっちに迷惑をかけているんだからこのくらい頑張れよ」
「……」
ちらりと積まれた書類を見れば、魔法陣射影師の私とは関係のない書類ばかりだ。
面倒な仕事をまとめて私に押し付けているのだろうか。
魔法陣射影師である私の仕事はある程度限られているはずなのに、毎回当たり前のように別に仕事も組み入れてこられる。
魔法陣射影師として働き始めた当初は、メイフィールド家の肩書があったからなのだろう。仕事を押し付けられることはなかった。しかし、私がメイフィールド家の出来損ないと呼ばれていることが知られてからは、家から見捨てられた娘として不遜な態度を取られ、仕事を押し付けられるようになった。
私個人にはもともと何の力もない。だからこそメイフィールド家の肩書がないというのは問題はなかった。
女であると言うだけでもアルベリオン王国の城で働くのは難しい。だけれど、負けたくない。
私は飾られているアルベリオン王国のエンブレムに視線を向けた。
王国の祖とされる獣の王と剣、そして古代魔法の文様が描かれたそのエンブレムはアルベリオン王国の者であれば皆見たことのあるものだ。
古代魔法の文様は、魔法陣にもよく使用されている。その形は美しく、私を魅了する。
女だから仕事が出来ないとは思われたくなかった。
この仕事を続けたいという思いは、ずっと私の胸の中にある。
時計の針がカチカチと音を立て、一人、また一人と部屋から人がいなくなり退勤していく。
上司のロドリゴ様は早々に退勤しており、気が付けば部屋に残っているのは私だけになっていた。
薄暗い部屋の中で、私は空腹と孤独と終わらない仕事の絶望感に目に涙が浮かぶ。
「はぁぁぁ……今日も、終わらない……でもあと少し。残りはちょっとだ」
昨日もほぼ徹夜だったので意識が朦朧としている。窓の方へと視線を向ければ外は真っ暗で窓に映った自分はぼさぼさの頭に目の下に隈があり、お化けのような容貌であった。
「だめだ。一回かえってシャワー浴びて、仮眠取って、それから頑張ろう……あと少しだから、明日の朝でもいけるって……」
私は立ち上がると、凝り固まった体を伸ばすように背伸びしてから、荷物を持ち、ふらふらと歩き出す。
私の住まいはこの建物のすぐ横にあり、だからこそ、休日であろうともすぐに呼び出される。
休む暇がない。けれど、やらなければ生きていけない。
「はぁぁ。疲れた……」
いつものように王城の長い渡り廊下を歩いて自室へと向かおうとしていた時であった。
男性のうめき声のようなものが生垣の奥から聞こえたかと思うと、ガサガサと草音が聞こえて、私は身構えた。
王城で変質者が出るとは考えられない。なので体調不良かなにかで人が呻いているのではないか。私はそう思うと、生垣に向かって声をかけた。
「あ、あのぉ。大丈夫ですか?」
次の瞬間、生垣の中から白い何かが飛び出てきて私は目を丸くする。
「へ? え? 何!?」
そこにいたのは、一匹の可愛らしい丸いフォルムのもふもふとした生き物であった。
猫よりも大きく、大きな犬よりは小さい。
それに見た目も猫というよりは、虎に近く、白いので白虎のような見た目だ。
「え? えぇぇぇ?」
大きな丸い青い瞳がくりんとしていて睫毛も長く、大変愛くるしく可愛らしい。
「ふわぁぁぁ」
私は思わず、迷うことなく抱き上げるとぎゅっと抱きしめた。
「かわいぃぃぃ」
抱き上げてみればそれは思っていた以上にふわふわとしていて気持ちが良かった。
おそらくその時の私の思考はかなり低下していたのだと思う。私は何の生き物なのかも分からないけれど、あまりの可愛さに浮かれていた。
徹夜続き故のテンションだ。
「へぇぇ。君、どこかの誰かに飼われている? えぇぇ。可愛いもんね。飼い主さんいるよね? 大丈夫だよぉ! すぐに飼い主さんさがしてあげるからね。うん、とにかく一旦うちに連れて帰ろう。あぁぁぁ。可愛い!」
私はあまりの可愛さに浮かれて、もふもふは驚いたような顔をしていてもがくけれど、どうにか頭を撫でてなだめる。
「ほらほら、いい子だから。ね?」
「みゃっ! みゃおーーん……」
鳴き声まで可愛らしい。
自分の鳴き声を聞いて、どこかげんなりとした様子のもふもふは大人しくなり、私はそのまま自分の部屋へと連れて帰った。
ただ、連れて帰ってから私は焦った。
「ごごごご、ごめんね。すぐに片づけるからね! 大丈夫だよ! ごはん……え、何を食べるんだろう……」
床に物が散乱した部屋だったことを忘れていた。毎日片づけようとは思うものの、常に明日やろうになってしまっていた。
「ごめんねぇ。大丈夫だからねぇ。あ、そうだ! 缶詰あった! ちょっと待ってね。まずは寝床を準備するから」
私は急いで可愛いもふもふちゃんが眠れるようにと空き箱の中にタオルケットを敷いて、寝床を作った。
それから棚の中に置いて置いた非常食の魚の缶詰を取り出すと、それを皿にのせてお盆の上に水と一緒に準備した。
「ほら、こちらへどうぞ。魚の缶詰、好きかなぁ?」
私は可愛らしい真っ白なもふもふをじっと見つめながら癒される。
もふもふは、目を細めて私と寝床と缶詰とを何度か見つめた後、諦めたかのように「ふにゃ」と声を漏らしてお行儀よく魚を食べ始めた。
「貴方ってお行儀がいいのねぇ。可愛いー。あぁ。可愛い。あなたほど可愛い人に出会ったことがないわ」
「げふっ! げふげふ、げふにゃ……っ」
咳き込んだその背を私は優しくトントンとすると、少し落ち着いてそれから私のことを見つめる。
あまりにも可愛いくて尊い。
「大丈夫?」
「ふにゃ」
私はその可愛らしい姿を見て、自分は生きててよかったと、もふもふを崇めながら思った。
「はぁぁ。可愛い。癒される。昔からもふもふした生き物本当に好きなんだぁ。飼いたいけど、自分のことすらまともに出来ないから……とにかく、明日にはすぐに飼い主さん見つけるからね。たぶん、これだけ綺麗なもふもふちゃんなら、飼い主いると思うんだよね」
そう呟きながら、そっと頭を撫でようとすると、魚を食べ終わったもふもふは私の方を見て、さっと手をよけた。
その仕草すら可愛くて悶絶する。
「はぁぁぁ。今日だけもふちゃんって呼ぶね。もーふちゃん」
「……なぉ」
「え? え? 返事してくれたの? えぇぇぇ! 可愛い。ありがとう。はぁ尊い! よし、すぐにもふちゃんの危ない物とかどけちゃうからね! ふふふ。私はメリル。よろしくね。もふちゃん」
私は気合を入れて、とにかくもふちゃんにとって危ない物はどけなければいけないと、奥の寝室の方へと、ごちゃごちゃとした荷物や洋服などを運んでいく。
そして出来るだけもふちゃんが危なくないようにと片づけた私は、力尽きて椅子に座り机の上に突っ伏した。
「あー……とりあえず、今日はこれで許して―。もふちゃん」
ちらりともふちゃんを見れば、私の横へと来ると小首を傾げている。
可愛い。
私は嫌がられるかなぁと思いながらそっと手を伸ばすと、もふちゃんは逃げることなく私の手に頭を擦りつけた。
ふわふわの毛が気持ちがよく、目を細めるもふちゃんが可愛すぎて、私は悶絶してしまう。
「可愛い、あぁ、可愛い……はぁ……でも、お腹すいた。けど……もう、眠い。無理だ……もふちゃん、ごめんね、ちょっと……寝るけど、その、大人しく寝ているんだよ……ぐぅ」
私の意識は遠のいていく。本当はもっとモフちゃんのことを撫でて、一緒に遊んですごしたいけれども、体がもう限界であった。
私の意識は一瞬で夢の中へと落ちて行ったのであった。
◇◇◇
夜が深まり、間もなく明け方となる時刻。
白い獣は本来の姿を取り戻し始める。青白い光に包まれ、もふもふの体は、逞しく鍛え上げられた元の体へと変わり、白銀色の髪と美しい空色の瞳の男性が現れた。
騎士団の服を身にまとった男性は、大きく息をつく。
「やっと、戻ったか……はぁ」
先ほどまで小さくなっていたからか、体が凝り固まっているような気がして、軽く体を動かした。
それから、泥のように眠るメリルへと視線を向け、小さくため息をつく。
「拾い匿ってもらい助かった。あのまま外で他の騎士に見つかれば、怪しいと捕まえられていたかもしれないからな……だが、女性の部屋に不法侵入しているかのようなこの状況……くっ。申し訳ない」
とにかく一度、自分の部屋へと戻ろうと思うけれど、机に突っ伏して眠っているメリルをそのままにしておくわけにもいかず、ベッドへと運ぼうと考えたのだ。
だがしかし、奥の部屋が現在荷物が押し込められているのを先ほど見ているので知っていた。
恐らく奥にベッドがあると思われるが、ベッドの上にも荷物が乗っていることが予想できる。
自分の為に、急いで片づけてくれたのが申し訳なくて、小さく息をつくと、床に、自分のためにと敷いてくれたふわふわのタオルケットを広げてその上にメリルを抱き上げて寝かせようと考える。
いざそれを実行しようと抱き上げたメリルは、軽すぎて、心配になる。
「ちゃんとした食事をとれていないのだろうか……大丈夫だろうか」
ゆっくりと寝かせる時、目の下にも隈が出来ているのに気付き、さらに心配になる。
「……優しい女性だな……あんなに俺が来たことを喜んでくれたのに、いなくなっていたら泣いてしまうだろうか……」
あまりにも嬉しそうに世話を焼いてくれていた姿を思い出し、申し訳なさを感じるけれど、だからと言ってこの場に残るわけにはいかない。
残れば明らかな不審者である。
「ありがとう。いずれ礼をしに来る……」
すやすやと寝息を立てるメリルをしばらく見つめた後、早急に帰らなければと思うのだけれど、名乗らないのも失礼かもしれないと、姿勢を正し、眠っているメリルに向かって名を名乗る。
「アルベリオン王国第二王子オスカー・ロード・アルベリオン、王国騎士団に所属している。いずれこの恩は返す。本当にありがとう」
眠っているので聞こえてはいないだろう。だけれど、どうか、覚えていてくれたらいいのにと、なんとなくそうオスカーは思った。
そして、人に気付かれないように外へと出ると、持っていた魔法具を使ってメリルの部屋の鍵を閉め、廊下を足早に進みその場を去ったのであった。
メリルは自分が拾った可愛らしいもふもふが、アルベリオン王国の第二王子であり、鍛え抜かれた逞しい騎士として大人気な男性だとは夢にも思わないだろう。
そしてそんなオスカーが、いずれ自分を溺愛してくるなんて、この時のメリルには想像も出来ないことなのであった。
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