17話
朝五時に目覚めた私は、頭を抱えて悶絶を続けていた。
デートというやつなのだろう。しかも自分が誘ってしまったという状況なのだろう。
これはだめだ。デートという物には普通おしゃれをしていくものだと聞く。けれど私は化粧品の一つだってもっていない。
昔は一応侍女がついていたけれど、私は眼鏡をはずすのが嫌で、化粧も全て断っていた。
そして昔は一応ドレスを着ていたけれど、今では基本的に王城勤めの制服しか着ない。なので洋服がない。
昔の洋服を引っ張り出してみるが、ワンピースを着て、もしこれがデートだと勘違いしたという落ちだった場合、私は死ぬ。
間違いなく悶絶して死ぬ。
「一体、どうしたらいいの」
時計の針はカチカチと容赦なく進んでいく。私は悩みに悩んだ末、仕方がないと気合を入れてお風呂に入り、準備をする。
そして、制服をいつものように着た。
「うん……これにしよう。出かけるって言っても、うん。聞かざる必要なんてない」
鏡に映る自分を見て、前髪を何回もチェックする。それから髪の毛を耳に掛けたり、下ろしたりしてみるけれど、やはり、なんだかダメだなと思い、髪型も戻して三つ編みにぐっと結びなおした。
結局出来上がったのはいつもの自分だけれど、ちょっとだけ勇気が欲しくて、一つだけ持っていた、香水をつける。
いつもと同じ見た目だけれど、香水のおかげでちょっと勇気が出る。
その時、扉がノックされ、いつの間にかに時間が来ていたことに私は驚いた。
慌てて私は返事をして扉を開けると、そこにはシャツにズボンと、いつもよりも簡素な服装姿のオスカー様がいた。
その手には花が持たれていた。
「おはよう。メリル嬢。今日は晴れてよかった。これ、よかったら受け取ってくれるかな?」
可愛らしい花束であった。けれどハッとする。うちに花瓶なんてものはあっただろうか。
「あ、ありがとう……ございます」
どうにかそう声を絞り出すと、オスカー様が袋も一緒に手渡して、その中には箱が入っている。
なんだろうかと思っていると、オスカー様が言った。
「これ花瓶なのだけれど、とても可愛らしくて、よかったら、これに花を活けてもらえないかなぁって思って……迷惑でなければ」
「え! ありがとうございます。あ、えっと、ちょっと活けてきます」
「出かける時にすまない。やっぱり、最後に渡せばよかったかな。悩んだのだけれど」
私の中では、もてもてでいつも悩まずに女性をエスコートしていそうなオスカー様がいた。だけれど、私の為に色々考えてくれたのだろうか。
そう思うだけで、心が浮足立つ。
「いえ、あの、嬉しいです。ちょっと待っていてくださいね」
「あぁ」
私は部屋に戻ると、机の上に花を飾る。オスカー様の持ってきてくれた花瓶はとても可愛らしくて、花を活ければ部屋の中が華やかになった。
部屋の中もここ最近はオスカー様と仕事をしているおかげなのか、無理な仕事を押し付けられることもなく残業が少ないことからある程度片付いている。
「可愛い……あ、急がなきゃ」
私は外へと出ると、オスカー様が私に手を差しだした。
「では行こうか」
「あ、はい」
私達は手を取って歩いていくのだけれど、なんだかエスコートされていることがむず痒くて、私は本当に良いのだろうかという気持ちになる。
「馬車を用意してあるから、それに乗って行こう」
「はい」
なんだか緊張してきた。私は本当に良かったのだろうかと思いながら、仕事のつもりだったのにと、この雰囲気でもいいのだろうかと悩み始める。
馬車に乗り、まだ緊張七ているとオスカー様が笑った。
「今日はいつもよりも口数が少ないな。あ、そうだ。神殿に行く前に少し寄り道をしてもいいだろうか?」
「え? あ、はい」
「せっかくの城下町だから、制服だと気も抜けないだろう? よかったら私の行きつけの洋服店で着替えたらどうかと思うんだ」
「は? あ、え、でも、私はこれで大丈夫です!」
「うん。君はどのかっこうでも可愛らしいと思う。けれど、町でその格好だと、逆に目立つからな」
「あ」
盲点であった。確かに、制服姿だ城勤めの貴族であることが丸わかりである。
オスカー様は優しく微笑む。
私はうなずき、オスカー様に案内されるままに洋服店へと向かったのであった。
その店はとても可愛らしいこじんまりとしたものであった。王族専用の洋服店に連れていかれたらどうしようかと緊張していたので、ほっとした。
「オスカー様いらっしゃいませ。あら、そちらのお嬢様は?」
お店の中にいたのは身長の高い素敵な貴婦人であり、私は背筋をただした。
「メリル嬢。こちらの女性はアンバー。昔は王城で働いて痛んだが、今はここで洋服店を営んでいるんだ。アンバー、こちらはメリル嬢だ」
アンバー様は一礼をすると笑顔を私に向けてくれる。
「ふふふ。オスカー様がこの店に女性を連れてくる日がくるなんて、とても嬉しいですわ」
「こんにちは。突然お邪魔してしまいすみません」
「あら、ここはお店ですから、もちろんいつでも来ていただいて構いませんわ。今日はどのようなものをお求めで?」
「一緒に街を出かけたいんだ」
「それなら可愛らしいワンピースがこざいますわ。どうぞこちらへ」
アンバー様に案内され、私は洋服を見せてもらうけれど、値段が気になってしょうがない。私は今、家からの支援は受けておらず、王城勤めでもらったお給金で暮らしている。
ある程度貯蓄もある。だけれど王族の来る店というのは、高いのではないかという思いから値段が怖い。
その時、オスカー様が言った。
「プレゼントさせてほしい。だから、君の好きなものをえらんでくれ」
「オスカー様が女性に洋服をプレゼントをする日が来て、アンバーとても嬉しく思いますわ」
「アンバー。あんまりからかってくれるなよ」
「はい。申し訳ございません」
くすくすとアンバー様は笑い、私の方を見ると言った。
「せっかくなので、一番お気に召した物を教えてくださいませ」
「でも、えっと」
出来るだけ安いものにしたいと思ったら、アンバー様が言った。
「大丈夫ですわ。私のお店は丁寧に仕上げているのである程度の値段でございますが、それは市民の方でも買える値段ですから」
その言葉に、私はほっとした。
それと同時に気遣ってもらってしまったと思いながら、洋服を選ぶ。一番目を引いたのは花柄の可愛らしいものであった。けれど、私はそれは手に取らずに、地味な色合いのワンピースを手に取ると、アンバー様が私が先ほど見つめていたワンピースを手に取って言った。
「こちらがお似合いになりそうですわ」
「あ……でも」
「着てみませんか? あとよろしければ、髪の毛を結いなおしてもかまいませんか?」
「え? あ、はい」
私はアンバー様に連れられて、カーテンで仕切られた部屋の中へと入るとそこで着替えを済ませ、それから髪の毛を一度解かれると可愛らしく結われる。
自分で結うともさっとした印象にしかならないのに、結ってもらうととても可愛らしく仕上げられた。
そして、アンバー様が言った。
「少しだけメイクをしても?」
「あ……えっと、眼鏡をはずしたくなくて」
そう告げると、アンバー様が言った。
「では、口紅だけしましょうか」
「え? あ、はい」
「ふふふ。可愛らしいですわ。デート、楽しんでくださいませね」
「え!? あ、えっと……でも、私なんかオスカー様には相応しくありませんし、そのデートっていうか」
「ふふふ。私の知っているオスカー様は、女性に興味なんてこれっぽっちもない方ですのよ」
「え?」
「大丈夫。ほら、こんなに可愛らしい女性なのですもの」
鏡に映る自分を見て、私は恥ずかしくなった。
「こんなかわいい洋服、似合いません」
「そうかしら? それはオスカー様の反応を見れば分かると思いますわ」
「え?」
「ほら、行きましょう」
私は本当に大丈夫だろうかと思いながら、外へと出ると、私を見たオスカー様は、椅子から立ち上がり、それから私の方へと向かってくると、考え込むかのように口元に手を当てた。
「可愛い」
「え?」
オスカー様は私のことをじっと見つめて言った。
「制服姿の君も可愛いが、やはりいつもとは違った洋服というだけでもさらに可愛く見える。うん。だが、困ったな」
「え?」
「何だろうか。自分の中にあった感情を、自覚させられている」
「え? それは一体」
何のことを言い始めたのであろうかと思っていると、アンバー様がコホンと息をついた。
「オスカー様、場所は大事です。ここでは」
そう声をかけられたオスカー様はハッとしたようにうなずくと、私に向かって言った。
「さぁ、用意が出来たから行こうか」
「え? あ、はい」
「アンバー。ありがとう」
「いえ、楽しんで行ってきてくださいませ。預かっている洋服などは王城へ送っておきますので」
私は持ってきていた財布や魔法陣射影綴りやノートとペンなどについては、アンバー様からこれが合うからと差し出されたカバンの中へと入れた。
私はオスカー様に手を取られ、アンバー様に一礼をすると外へと出た。私はオスカー様と共に街中を歩いていく。
街中を着飾って歩く日が来るなんてと、私は心臓がドキドキとしたのであった。
朝と昼、定期的に読んでくれる人がいるみたいで嬉しいです(●´ω`●)ありがとうございます!






