12話
「なぉーん」
白虎のような見た目だけれど、可愛らしい鳴き声のもふちゃんに、私はぎゅっと抱き着くと、大きく息を吸った。
「なぉ……」
もふちゃんは動きを止め、私はもふちゃんの匂いを全力で吸い込んだ。
「すーーーーーーはぁぁぁぁぁ」
明日になればきっとオスカー様の無事が分かるはずだ。私はそう自分に言い聞かせる。
「はぁぁぁ。オスカー様、大丈夫かしら」
「なぉ」
一回一回しっかりと相槌をうってくれるもふちゃんの賢さに、私は感動する。こんなに可愛らしく賢いもふもふがいるとはと瞳を輝かせる。
「賢い! もふちゃん、賢い!」
「な……ぉ」
顔をなんだか嫌そうにゆがめる姿も可愛らしい。会話が成立しているような気がして私は不思議なもふちゃんだからなのかなぁと思いつつ、庭の先を見つめた。
「オスカー様……はぁ、心配。早く寝て、朝一で確認をしにいこう」
「なぉ」
私はもふちゃんを連れて自分の部屋へと帰ると、鍵をしっかりと閉めたのを確認し、それからもふちゃんの寝床を新たに整えていく。
「お腹はすいていない?」
「なぉ」
「もふもふしていい?」
「な……ぐるる」
本当に威嚇しているわけではなく、わざとらしくぐるるという姿に、私は笑ってしまう。
「かーわーいーい! はぁぁぁ!」
私はもふちゃんを抱きしめると頭を撫でまわし、キスを降らせる。
「なぁ! にゃ! なぁぁあ!」
可愛すぎる。私にキスされるのが嫌なのかもがくけれど、決して爪で私をひっかいてこず、体をよじったり肉球でふみふみとして私をどうにかどけようとする。
「はぁぁぁ。可愛い。癒される」
「にゃぁぁ」
しばらくすると私をどけるのは無理だと悟ったのか、全身の力を抜くもふちゃん。
やりすぎたかなと、私はもふちゃんの前で正座をして謝罪する。
「やりすぎました。ご機嫌直していただけないでしょうか」
「なぉ……」
可愛い。
私は言葉を本当にやり取りしているようなもふちゃんが、可愛くて可愛いくて、またもふもふとしたい衝動を必死で押さえたのであった。
「さて、もふちゃん。私はお風呂入るから大人しくしててね」
「なっ……ぉ」
「あ、もふちゃんも一緒に入ろうか?」
せっかくだからもふちゃんがもっともふもふになるように一緒にお風呂に入ったらいいと私はもふちゃんを抱き上げようとしたのだけれど、今までにない程俊敏にもふちゃんが逃げる。
「え? お風呂嫌い? でも、もとふわっふわになれるよ?」
きっときれいに洗った後、もふちゃんはもっとふわっふわになるはずだ。抱きしめたらそれはそれは幸せな気持ちになるであろう。
そう思ったのだけれど、もふちゃんは軽やかに私から逃げると、棚の上の方で座ってしまった。
これは絶対に入りたくないという意思表示なのだろう。
私は、すごく汚れているわけではないし、嫌がっているのに無理やり入れるのはよくないなと思い諦めることにした。
「わかったよ。もふちゃん。じゃあお風呂入ってくるね」
「みゃぉん」
残念だなぁと思いながら私は出来るだけ早くお風呂をすませた。
お風呂からあがるとだいぶさっぱりとした気持ちになる。
髪の毛を乾かしつつ、部屋へと戻ると、もふちゃんはお行儀よく、寝床の上に丸まっており、大変可愛らしい。
「もーふちゃん」
私はもふちゃんを抱き上げて、膝の上にのせたのだけれど、もふちゃんは私が抱き上げるとピンっと耳としっぽを伸ばした。
「みゃぉぉぉぉ!」
どうしたのだろうか。
私は頭を拭きながら、濡れてたのが嫌だったのかなぁと思った。
お風呂上りは暑いので短いナイトドレスで過ごす。このナイトドレスの優れている点は薄くて軽くて涼しいことだ。
そして、ここには誰もいないので髪の毛を下ろしていても眼鏡をかけなくてもいいということも開放感があっていい。
髪の毛を櫛で解かしながら、私は部屋に置いていた久しぶりに綺麗になった化粧台の前に行くと、自分の姿を見てため息をついた。
「はぁ……」
鏡に映る自分の姿にため息をつく。すると、少し驚いた様子で、もふちゃんが鏡の前へやってくると、私の瞳を覗き込んだ。
「あれ。もふちゃんも、もしかして気になる?」
「みゃ……」
私は笑うと、自分の目を見つめながらため息をついた。
「なんで私の髪も目はこんな色なんだあろう……こんなんだから、メイフィールド家の出来損ないなんて言われる……いや、それ以前の問題か」
もふちゃんが心配そうに私のことを覗き込むので、私はもう逃げないのかなと思って抱き上げると、膝の上へと乗せた。
もふちゃんは少し体を強張らせたけれど、私はその背を優しく撫でながら呟く。
「メイフィールド家は、金髪碧眼が当たり前なのに……私は黒髪に……魔物みたいな赤い瞳。小さい頃から、お父様はお母様のこと疑っていて、お母様にはお前のせいだと言われた……姉様やお兄様からは、魔物のようだと汚らわしい化け物って言われてたの」
「っ……」
私は、もふちゃんに話しかけながら、小さくため息をついた。
「そんな私の周りには誰もいなくてね……私、よく図書室で一人で本を読んでいたの。そこで出会ったのが、魔法陣の本。美しい螺旋、繊細な文様。一つ一つに意味があって夢中になったのだけれどね……もう一つ私には不幸があった。魔法陣をね、私、発動できるだけの魔力を持っていたの……幼かったから、それがおかしなことだって分からなかった」
今、不安が押し寄せてきていて、だからこそ自分を落ち着かせるように私はもふちゃんに話しかけていた。
「お母様に見つかってね、頬を何度も叩かれて、それで、これは秘密だって。絶対に誰にも言ってはダメだって……だから、ずっと秘密にしていたの。だけれど……」
私は体が震え始め、怖くてたまらなくなる。
「どうしよう……魔力を、使ってしまった。使ってしまった」
涙がぽたりぽたりと溢れて、あの日、お母様が私のことを化け物を見るかのような瞳で見つめて、叩いてきた日のことが思い浮かぶ。
「私、どうしよう……どうしよう。平静を保って、何事もないようにしていたけれど、怖い」
「みゃ!」
「え?」
私のことをぎゅっと抱きしめるように、もふちゃんに抱き着いてきた。
驚きながらも私はもふちゃんをぎゅっと抱きしめ返す。
「ありがとう……私、私……これからどうなるんだろう」
私が魔力を使ったと、分からなかったのだろうか。
もしかしたら、魔法陣に詳しくないからこそ私が魔力を使ったということが分からなかったのかもしれない。
「……嫌われるのは嫌だな」
人から嫌われるということが怖い。
私は小さくため息をついてから、もふちゃんおことをぎゅっと抱きしめたのであった。
「オスカー様に、嫌われたくないな」
「みゃっ!?」
「え? もふちゃん?」
もふちゃんは私の顔が見えるように顔を離すと鳴き始めた。
「みゃ、なぉ、みゃむぁ、みゃみゃみゃみゃ」
「励ましてくれているの? 優しい子だねぇ。うん……オスカー様、すごく素敵な人だから、嫌われたくないの」
「みゃ!? みゃ、みゃぁぁぁぁ」
「ふふふ。だってね、女性が働いているのにも偏見がなくて、こんな見た目な私を嫌がることもないなんて、懐が広すぎるでしょう?」
「みゃ……なぁん……」
「え? その顔は、え? うーん。分からないけれど、もふちゃんって表情豊かねえ」
その後何とも言えない声でもふちゃんが鳴くものだから、なんだか私は笑ってしまう。
綺麗に片付いた部屋の中、先ほどまではオスカー様と一緒だったのになぁと思う。
「今度花瓶買おうかな……オスカー様と一緒に、また、ご飯食べられたら、運よく食べられたら、机の上にお花飾ってたら、もっと素敵かなぁ」
部屋の中が寂しく感じられて、私はふと思いついたことを呟く。
「みゃぁ」
「ふふふ。良いアイディアって思ってくれてる?」
本当に人の言葉を理解して話しているみたいで、本当に理解してくれていたらいいのにと思ったのであった。
いつも読んでいただきありがとうございます(^^♪






