プロローグ
インクが手や顔にこびりつく。私は、泣き声を上げながら、それでも魔法陣を描き続ける。
「ひっく……うぅぅ」
涙がとめどなく溢れてくる。
薄暗いたった一人の簡素な部屋の中、魔法具で作られた灯が揺れる。
私は床に魔法陣の本を何冊も広げ、そして、細かな魔法陣を、描いて、描いて、描いて。
顔や手にたくさんのインクがつくけれど、気にする余裕も、気にしてくれる人も、いない。
涙で擦れて汚れてしまうけれど。
私は描き続けた。
「だい、丈夫。だって、私には……ひっく……私には……うぅ……魔法陣があるもの」
泣いても何も変わらない。
そんなのこれまで何回も経験してきた。
金髪碧眼の両親から生まれた黒髪と赤目の異形の私。
幼い頃母に罵倒された時も。
父からお前など公爵家の子ではないと言われた時も。
兄や姉から、魔物だと蔑まれ笑われた時も。
けれども、今目の前に突き付けられる現実が、叩かれた頬が痛くて、自分はやはり公爵家では不必要なのだと思い知らされて、悲しくて、悔しくて、辛くて、涙が溢れる。
「大丈夫……大丈夫」
何度も何度も自分にそう言い聞かせる。
「大人に、なったら、公爵家を出るんだ」
自分に言い聞かせるように私は口にする。
「それで、魔法陣を毎日描くお仕事をするんだ」
家族に愛されない自分は現実で。
だからこそ、それ以外に希望を見つけたかった。
図書室で見つけた魔法陣、それに魅了された時から決めていた。
「魔法陣射影師として、私は働いて、一人でも、生きていくんだ!」
完成した魔法陣が青白く輝き始める。
それは美しい光景で、私は笑みを浮かべた。
「ほら、魔法陣は、私に応えてくるもの」
一人でもいい。
私には魔法陣がある。
魔法陣、それはかつて人の生み出した魔力を使って魔法を発動する陣である。
ただし、現在、魔法陣を発動できるほど大量の魔力を有する者は極めて少ない。