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穢れ

屋久は、続けた。

「あれは、それは忠実で賢い男だった。なので、臣下に命じてあれの声が聴こえたら、助けてやるようにしていた。毎日を真面目に生きて、膨大な報酬を求める事もなく人を助けていたが、あれの弟子は、更に欲のないヤツでな。我らの声もよく聴こえるし、力も通りやすい能力のあるヤツだった。そうすると人々は、より少ない見返りで助けてくれる方へと流れた。安宗にしたら、今さら見返りを低くは出来なんだのだろうの。段々に強引なやり方になり、欲に憑かれ始めた。穢れて来るとこちらの声も通りづらいし、我らから見たら人を助ける道具なら他があったら良かったし、なのであれから力を奪ったのだ。もう隠居すれば良いと思うてな。」

翠明は、頷いた。

「確かにの。だが、あやつは隠居しなかった。」

屋久は、眉を寄せて頷いた。

「その通りよ。人が生活するための糧を得るのに、他に方法はあったはずだが、あれはそれをしなかった。そして、もう我らの声が聴こえぬのにも関わらず、さも助けているふりをし始めた。それこそが大きな穢れとなり、穢れた亡者を呼び寄せて、あれは食われた。そして命を落としたのだ。死したあれが、弟子の男を恨んでいるのは知っていた。だが、その後我の領地内から居なくなったので、黄泉へ昇れたのかと驚いておったのだ。あの穢れでよう昇れたなと思うて。」

維明は、言った。

「…父上が申しておったには、神になりたいと龍の結界外の無神の祠に潜んでいたようだ。神は皆そうのように、祠の中までは確認せぬからの。どれぐらい居ったのか分からぬが。」

屋久は、息をついた。

「恐らく、五十年ほどかの。つい最近の事であるから。力がついてきて気取られて、そうして無意識に己の郷里へ逃れて来たのだろうの。こちらでも祠の中であったが、やはり気取ったからの。」

翠明は、ならば全ては屋久一人なのだと思った。裏切られた上に取り込もうとした人の男を、許すとは思えなかった。

「…ならば、許せまい。」翠明は、あきらめたように言った。「主にしたら、世話をしてやった人にそこまで面倒を掛けられたのだからの。」

澪久も、横で黙って聞いている。

しかし、屋久は首を振った。

「いいや。別に我は怒ってはおらぬ。」そこに居る全員が仰天した顔をするのに、屋久は涼しい顔で答えた。「確かに取り込まれる感覚は穢らわしくて二度と味わいたくないが、あれは古い亡者だった。あやつは中でただ戸惑っているようだったしの。砕けたとか言うておった奴らではないかの。あやつの中には多くの命があったが、二体だけが攻撃的でな。他は怖がっているだけだった。核であるあやつが手を貸さぬから力を十分に発揮出来ず、我を取り込めなかったのだ。我は主らとは違い、この程度の気の大きさであるからな。あの折の数で襲われたら本来一瞬だったわ。ゆえに特に何も。元々真面目なやつなのは知っておるし、裏切られたとか思うておらなんだ。ただ、力を奪っただけぞ。それで手打ちと思うておった。」

翠明は、屋久を見つめた。

「…ということは、あれは人を謀った罪だけだと。」

屋久は、頷く。

「神の名のもとに謀ったのだから軽い罪ではないが、その通りよ。なので、我を裏切ったことに関しては祓っても良いが、残りはあれ次第よな。どちらにしろ大きな穢れであることには変わりないし、維心殿の力でどうなるかはあれ次第ではないか?」

翠明は、穢れを持った身で回りの神に忌み嫌われて遠巻きにされながらも、毎日キツい務めを果たして努力している安宗を思った。毎日先が見えない中、1日の終わりには翠明を祭る祠の前で額付き、機を与えた翠明に感謝を述べる。その心に偽りがないのは、忌み嫌って避けている臣下達にも伝わって来ていた。

「…ならば、祓えるものだけでも祓ってやってはくれぬか。」翠明は、言った。「あれにもやり直す機を与えたいのだ。あとひと月でどこまで祓えるのか分からぬが、後は己次第なのだから。砕けたらそれがあれの運命ぞ。」

屋久は、頷いた。

「分かった。ではそのように。我も人の世話をして参ったゆえ、主の心地は分かるつもりよ。命は皆同じ。死してからでも努めておるなら、学ぶ機会は与えてやらねばな。」

これが、人の言う神の姿か。

それを見ながら、維明は思っていた。

龍も人の世話をするが、ここまで深く側まで降りて行って見ているわけではない。世を乱す輩は許さないし、最悪消すことを選ぶ。

だが、これらは寛大で、どこまでも信じて助けてやろうとするのだ。多くの人が居るにも関わらず、それを人とひと括りにするのではなく、一人一人を見て手を差し伸べる。

なかなか出来る事ではなかった。何しろ、普通の人ならいざ知らず、穢れてどうしようもないと思われるような命なのだ。

とはいえ、課せられた役目が違うのだ。龍族は土地や神を守って生きる場を整える任を負っている。だからこそ、世を乱す輩を蔓延らせるわけには行かなかったし、他にも面倒があるのに細かい事にまで時をかけている暇がない。だからこそ、否、となったらすぐに消す。そういう厳しさを持たねば、世は安定しないのだ。

「…ならば、そちらは主らで何とかせよ。」炎嘉が、言った。「こちらはこちらで進めるゆえ。維心には、宴の時に話そうぞ。ま、あやつも何やら大きな面倒を抱えておるようであるし、どっちでも良いのかもしれぬがの。では、いつもの議題に移る。」

炎嘉はそう宣言し、そうして常の議題へと移った。

会合は、始めにそんなことがあったにも関わらず、いつも通りに終わったのだった。


維心は、維月を連れてもう、宴の席に座っていた。

誰も居らずガランとした大広間の上座に二人きり、維月はほとほと困っていた。

ついぞ維心のこんな様子は見ていなかったが、言われてみたら前はこんな感じの時があった。

碧黎と十六夜と、皆で維月を取り合って、神経質になっていたからだった。

ここのところはそれもなく、ただ穏やかに二人で過ごしていたのに、天黎が現れてまた、逆戻りだ。

維月はほんとに迷惑だと思っていた。

では月に帰っていたらとも思うのだが、天黎はどこへでもやって来れる。

月になど帰ったら、逆に維心が来られないのでやめてくれと言われてそれもできなかった。

維心に肩を抱かれて一時ほど、じっと黙って座っていると、ざわざわと声が聴こえ始めた。

どうやら、会合が終わって皆、こちらへ移動して来たようだった。

維明と炎嘉が先頭で大広間へと入って来たのだが、もう維心が居るのを見て、驚いた顔をした。

そして、むっつりとした表情になると、維心の隣に座って、言った。

「こら。なんだ、こんなところでじっと座っておるのなら、会合ぐらい出られたであろうが。なんぞ、維月と離れたくないからとか言わぬだろうの?全く。」

維心は、頷いた。

「そうよ。」皆が驚いた顔をするのに、維心は続けた。「皆座れ。わけがあるのだ。我だってこんなことをしているのは疲れる。維月だって面倒になって来ておるのは分かる。主らが知らぬところでまずいことになっておる。」

志心が、座りながら言った。

「なんぞ、また維月が拐われるとか?」

冗談であったようだが、維心は頷いた。

「そうよ。」皆がまた今度は仰天した顔をした。維心は続けた。「維月は会合に連れて行けぬし、ゆえに我もいけなんだのだ。天黎が、維月と命を繋ぐとか言い出して。順を追って話す。」

維心は、大広間の下位の席に皆が入ってくるのを感じながら、上座の王達に事の次第をかいつまんで話した。

炎嘉が、眉を寄せて言った。

「それは…結局、十六夜が悪いのではないのか?あれが余計な事をせなんだらこんなことには。」

維心は、何度も頷いた。

「そうなのだ。大概迷惑しておるのだ。あれが節操なくあっちもこっちも命を繋いだりするからこんなことに。」

維月が、十六夜を庇って言った。

「ですが、起こってしまったことを今さら言うても仕方ありませぬわ。十六夜だって後悔しておりましたし、まさかあんな力の持ち主が、自分に懸想するなんて思わなかったのだと思うのです。天黎様も…意地などで私と命を繋いでも、後々後悔なさるだけなのにと思うておりますの。未だにお姿も現さないのは、きっとそれに気付かれたからだと思うのですけど。」

そこへ、鵬が控えめに進み出て、言った。

「王、皆様お揃いでこざいます。」

開式の宣言をしろということだ。

維心は面倒そうに、立ち上がりもせずに言った。

「皆、始めるがよい。」そして、また炎嘉を見た。「そんなわけで、維月はこう申すが碧黎も来ぬし、まだ油断はならぬと側を離れられぬのだ。連れ去られるのなら、我も共に連れて行かせようと身を離せぬでの。」

皆が、戸惑いがちにざわざわと酒を飲み始める。

炎嘉は、言った。

「そんなもの、離れていようが抱いておろうがあれならさっさと維月だけ連れて参るわ。そんなにくっついておっては生活もままなるまいが。そもそも、破邪の舞いはどうするのだ。本日、来月に行うと取り決めて参ったのだぞ?舞っておる間は離れねばなるまいが。」

維心は、顔をしかめた。

確かにそうなのだが、自分の目が届かないところで維月が居なくなったらと、案じて仕方がないのだ。

「…それまでに何とかするしかない。」維心は、歯を食い縛って言った。「碧黎を呼べば天黎も来るし、対策の取りようがない。どうしたら良いのだ。」

炎嘉は、困ったように維心を見返した。

「我に聞いてもの…主にも無理なのに我らがなんとか出来ると思うてか。」

志心が、横から言った。

「やはり同族同士でなければ分からぬであろうて。碧黎だけを呼ぶことは出来ぬのか。」

維心は、首を振った。

「碧黎を呼んだら必ず天黎がついて参る。あやつは碧黎にくっついておるのだ。今の我と維月のように。」

そんなにべったりなのか。

そうなって来ると碧黎も、大概面倒になって来ているのではないかと思えた。

現に十六夜はたまらず逃げ回り、そうして遂に命を繋いで記憶をもらうという離れ業でそれから逃れたのだが、後がもっと面倒な事になっている。

そんなわけで、碧黎も逃げる場所が無いのだろうと思われた。

皆がお通夜のような顔をして考え込んでいると、そこへパッと碧黎が現れた。

「!!」

皆がびっくりして茫然と碧黎を見つめる中、碧黎はズカズカとやって来て、維心の前へと座った。


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