愛情
碧黎は、蒼と天黎と共に天媛を訪ねた時の事を皆に話した。
最初はブスッと不貞腐れた様子でそれを聞いていた十六夜も、段々にまずい事になっていると気付いたようで、顔色を変えて言った。
「なんだって、オレを?!でも…あいつは別にアレに対してそんな特別な感情なんか無いみたいだったし、実際そう言ってたんだぞ。終わった後だって別に感慨も無いようだったしさ。オレも記憶をもらうのが目的だったから、その…別に楽しむような感じでしたわけじゃねぇ。」
維明、将維、維斗にはそれがどんな感じなのか分からなかったが、前に聞いた時には人や神が体を繋ぐような感覚とか聞いた事があったので、そういう事なのだろうと思いながら黙って聞いていた。
碧黎は言う。
「主の気の変動を見ておったからそれは分かる。瀬利の時のように我を忘れて楽しんでおる様子はなかったし、落ち着いておったよの。だがな、それでも初めて感じた天媛には、衝撃的な体験であったのだろう。あれは主を想うておるのだ。面倒な事になったと我も思うておる。いくら相手が何でもないとか申しても、己が心から添い遂げようと思うておるもの以外にやらぬ方が良いのよ。やってみたらやっぱり違ったという事が有り得るのだからの。これで分かったか。」
今分かっても仕方がないのだが。
こちらの三人兄弟はそう思いながら聞いていたが、維心は言った。
「主が軽々しくそんなことをするゆえ!どうするのだ、あれが維月を想うておるわけではないのを知ってホッとしたが、後にするとか申して…なぜに維月よ!学びたいだけなら他の陰でも良かろうが!」
それには、碧黎が息をついて言った。
「それは…瀬利も維織もあれが関わって出来た命であるし…結局はの、維月だけが自然発祥の命なのだ。」
維心も、維月自身も驚いたように碧黎を見た。
「え…私は自然発祥ですの?」
でも、お母様に似せて作ったとか言ってなかったっけ。
維月が戸惑っていると、碧黎は言った。
「維心もそう。最初は自然発祥の維翔であった。主もそう。最初は自然発祥の出海であった。それが黄泉へ参っておったので、我が見繕って手を加えて世に送り出したというだけぞ。だが、我らは違う。皆あれらが関わってここに居る。我らの中で、あれらが関わらずに世に出ているのは主だけなのだ。主は十六夜の片割れであった若月の命をもらって月へと上がり、そこからこの命の仲間入りをしただけであるからの。なのであれが選ぶなら維月ではないかと慌てて追って参ったのだが、誠にそうであったとは。」
維心と維月は、困惑したように顔を見合わせた。
「しかし…前世ではそうでも、今生は主と陽蘭から生まれたのではないのか。それは、あれらが関わっておらぬと?」
碧黎は、頷く。
「ようはの、その初めなのだ。我らは死ぬことは無いから分からぬやもしれぬが、死しても命は同じ。最初に発生して学びを始めた場所なのだ。十六夜は月から、維月は地上から。二人は同じであってそういう事からは同じではないのよ。」
言われてみたらそうだ。
それを聞いていた皆は思った。ということは、瀬利も維織も違うのだろうか。
「…瀬利は、お父様と同じような時期であったと聞いておるので同じ。としたら、維織は…?」
碧黎は、答えた。
「維織はの、どうやら大氣がどうして自分だけ独りなのだと騒いでおった時期であったから、恐らくあれらの意思だと思う。瀬利が長く籠って出て来る様子もないし、大氣が独りきりでは不憫だと思うたのだと思われる。だが、大氣も勝手なもので、結局維織が気に入らぬようになったであろう。維織も今は神と生活しておるしの。そう考えると、維月が一番適任だとあれが考えてもおかしくはない。というか、必然だったのだ。」
維月は、困って黙り込んだ。愛情があるならまだ考えるかもしれないが、ただ自分も体験してみたいというだけで、しかも天媛に先を越されたから焦って投げやりな感じで命を繋ぎたいなどと言うのを、聞けというのがあり得ない気持ちだ。
維心は、断固とした口調で言った。
「大概迷惑ぞ!折角に落ち着いて幸福にしておるのに!主も何を諦めておるような気を発しおってからに…命を繋がれるのが嫌なのは、主の方ではないのか!我は別に命を繋ぐぐらい良いが、それであれが維月に懸想でもしよったらと思うたら許せぬ心地なのだ!」
碧黎は、疲れたように維心を見た。
「我だって、否と思うがそれが通る相手か。我ですら敵わぬ力の持ち主であるのに、あれが本気になったら我などにどうにも出来ぬわ。主が我に持っている印象と、我があれに持っておる印象は同じ。じたばたしてもどうにもならぬのだ。あれの気が変わってくれるのを期待するしかない。」
維心は、碧黎を睨んだ。
「ならば気が変わるように努力せぬか!主ぐらいしかあれを追うことなど出来ぬのだから、さっさと参って説得せよ!我はこれ以上面倒など抱え込みとうない…亡者の事も、何とかしようと決めたところであるのに!」
維心からしたら、やっと自分が面倒でも舞いを舞って何とかなるならと嫌々ながら飲んだところで、またこんなことがあって気が狂いそうなのだ。
あんな存在が、維月を巡ってのライバルになるなど絶対やめて欲しいのだろう。
碧黎が、気が進まなさそうにスッと消えて行ったのを見送って、維月は本当に面倒な事になっている、と、つくづく落ち着きたいと願っていた。
維心が破邪の舞いを舞う準備は、粛々と進んでいた。
とはいえ前に一度頓挫したことがあったので、衣装の仕立てなどは終わっていて取り立てて改めてやることもないので、後は日程が決まって観客をどうするかということぐらいだった。
あの後、十六夜はしばらく月の宮には帰らないと月へと戻り、今のところ天媛とは接してはいなかった。
天黎も、毎晩維心が死ぬほど警戒していることもあり、あれから姿を見てはいなかった。
そうは言っても天黎なら、姿など現さなくてもこちらが見えているはずで、天黎がその気で来て阻止できるとは到底思えなかった。
そんなわけで維心は、毎日維月を体から離さないほど近くに置いて、いつもどこかを掴んでいるような状態で居た。
維月が連れ去られるというのなら、その時一緒に連れて行かせようと思っているようだった。
実は、今日は会合だったのだが、王以外が部屋へ入れない決まりになっているので、龍の宮での開催でありながら、維心は出ない、と言い切り、今回は仕方なく維明が代理で出ていた。
欠席でも良かったのだが、亡者の件で破邪の舞いを舞う事を知らせ、その日程を決めねばならなかったからだ。
維明は、一連の事を皆の前で説明し、そうして力のない神に至っては人の亡者に脅かされてしまうのを避けるため、維心が破邪の舞いを舞うべきだと、地からの進言があったと伝えた。その上で、龍の宮ではその準備が出来ているので、日程を詰めたいと言った。
炎嘉が、不機嫌に頷きながら言った。
「また大層な事をするのに、あやつは何をしておるのだ。まさか具合でも悪いなど言わぬだろうの。」
維明は、チラと炎嘉を見て答えた。
「父上は只今、天黎の絡みで面倒な事になっておって、手が離せぬ状態ぞ。宴には出ると仰っておられたので、直接話したいのならそれを待たれたらよろしいだろう。」
炎嘉は、天黎絡みと聞いて驚いたような顔をした。焔が、脇から小声で言う。
「天黎とは地より更に力のある存在ではなかったか。そんなものを相手に、大丈夫なのか?」
それは、皆が思った事だったが、維明が答えた。
「大丈夫ではないから父上はここに居らぬのだ。とりあえず、日程だけ決めてここで皆に告示しておいて欲しいと申し付けられておるので、決めてもらえぬか。それを父上に伝えてこちらは準備をするので。」
炎嘉は、フンと鼻息を吐いて言った。
「誠に維心とそっくりだの主は。なんでも丸投げしおってからに。」と、炎嘉は皆を見回した。「どうする?来月ぐらいにするか。宮で何か催しでも計画しておる奴は居るか。」
メインテーブルの皆は他の者達と顔を見合わせて、お互いの意思を確認する。
誰も意義を唱えないので、炎嘉は言った。
「…良いな?では、来月。早うせねば、その様子だと翠明も大変であろう。良かったの、しばらく厄介な仕事がなくなるぞ。」
翠明は、それを聞いて少し考えると、言った。
「…それは、いったいどれぐらいの勢いが?皆綺麗さっぱり祓われるのか、それとも砕いてしまうのか。」
維明は、首を傾げた。
「恐らくは消し去る方であるかと。穢れ切って固まってさえいなければ、祓われて軽くなるので黄泉へ勝手に上がるだろうが、穢れ切ったものは崩れて粉々であろうな。」
翠明は、考え込む顔をする。
炎嘉が、気になるのか翠明を見て言った。
「何ぞ?この前の亡者か。確か分裂して残った三体のうち二体は消滅したのだろう。残りの一体が何かあるか。」
翠明は、渋々ながら頷いた。
「そうなのだ。あれは、曲がりなりにも人を助けていた能力者だったので、あのままでは不憫であるなと思うておってな。何しろ黄泉は満員で、勝手に砕け散るのを待っておるような状態であるし。我を失って狂うておるならいざ知らず、正気に戻って己を省みておったし、我の言いつけを守ってじっと数週間、社の真ん中で微動だにせず座っておった。なので、今我に仕えさせて、キツい仕事を課しておる。そうして、己で己の穢れを祓うため、精進しておるのだ。まだ始めたばかりなので、祓えておらぬのだが…その状態で、維心殿の舞いの波動を受けたらどうなるのだろうと。」
炎嘉は、また気の長いことを、と顔をしかめた。
「屋久を取り込もうとしておったヤツの穢れなど一朝一夕では祓えまいに。今晒されたら恐らく砕けような。神を裏切った穢れは並大抵ではないからの。」
翠明は、焦ったように言った。
「だが、我はあれに気を与えたのだ。あれ本人が何かしでかしたならこの限りではないが、あれは今努めておるのに。何もかも消しておったら何のための学びなのだ。まして、あれは元は人を助けていたのだ。一度の過ちで地に落ちて、果てにやり直す機も与えられずに消滅などあまりに哀れではないか?」
翠明は、そうやって人を世話して来たのだろう。
誰より寛大で、人を思いやる神なのだ。
「…そうは言うても」焔が言う。「己に力を貸していた神を裏切り、屋久のことも裏切ったことになるのだろう?穢れが強過ぎるわ。」
すると、下位の席から声が飛んだ。
「待たぬか。」そちらを見ると、屋久だった。「そやつ、我には覚えがあったのよ。取り込まれようとしておった時に、あれの記憶を見た。知っておる男。安宗と申すのではないか?」
翠明は、驚いた顔で屋久を見た。
今日は、代替わりの報告で澪久を連れていて、澪久は眉を寄せて隣に座っている。
翠明は答えた。
「名は知らぬのだ。亡者の常で、時が経つと名を忘れるのだな。主はあれを知っておるのか。」
屋久は、頷いて続けた。
「あれから力を奪ったのは我よ。」皆が驚いた顔をするのに、屋久は続けた。「我の領地内に居た能力者であったのだ。」
皆、息を飲んだ。
ということは、その安宗という男を祓えるのは、屋久。
会合の間が、シンと静まり返った。




