新しい命
龍の宮へと早々に帰還した、将維と維斗を出迎えて鵬達臣下は仰天した。
何しろ、出掛ける時にはまだ幼かった将維が、成人したてぐらいの大きさまで成長し、しかも龍王であった時と同じぐらいの気の大きさになって戻って来たのだ。
鵬と祥加が並んで膝をついていたのだが、二人共のけ反るような感じで尻餅をついた。
「しょ、しょ、将維様!」鵬が、やっとのことで言った。「何とした事!そのお姿は?!」
維斗が、後ろから降りて来て、苦笑した。
「あちらで地の一部を担う事になっての。おじい様と呼ばぬように言われておるので、我もおこがましいと気が退けるが将維と呼ぶことにした。父上はまだ居間に居られるか?」
もう日が傾いて来ているので、早ければさっさと奥の間に引き上げてしまっている時間だ。
鵬は、座り直しながら頷いた。
「は。お二人がお戻りになるかもと王妃様とお二人でまだ居間に居られまする。」と、祥加が慌てて先触れに走る中、鵬は立ち上がった。「では、奥宮へ。」
二人は頷いて、鵬について、まだ驚いて将維を見つめる出迎えの臣下達の間を歩き抜けて奥へと向かった。
維心は、維月と共に居間で将維と維斗が戻って来るのを待っていた。
すると、十六夜が珍しく月から降りて来て、窓の外に浮いた。
それを見た維月が、慌てて窓へと走ってそこを開いた。十六夜は、そこから中へと入って来て、言った。
「よお。天媛もちょっと落ち着いたし、用があったから来てみた。なんか亡者がなんたらとか聞いたけど、困ってるのか?」
維心が、ため息をついて後ろから言った。
「何ぞ、突然に。蒼に話しておるだろうから、あちらで聞いて来れば良いではないか。わざわざこちらへ来るのはどういったことか?」
十六夜は、中へと維月と共に歩いて入って来ながら、腕を組んで答えた。
「オレだっていつも暇なわけじゃねぇよ。気が付いたらもう話が終わってて、維斗と将維がこっちへ帰ろうとしてたから、だったらこっちで聞くかって来た。なんか天黎が将維に地の力の一部を与えて慣らすとか言ってたし、それも詳しく聞きてぇしな。」
維月は、維心の隣りへと座りながらびっくりした顔をした。
「え?!将維をもう地にしたの?!」
十六夜は、頷いた。
「っていうか、地そのものじゃねぇ感じだった。だから詳しく聞きに来たんじゃねぇか。」
維心が、何かに気付いたように窓から空を見上げた。
「…帰って参ったわ。分かった、ならば直接将維に聞こうぞ。主はそこに座るが良い。こちらも聞きたい事があったのよ…何やら、天媛と命を繋いだとか聞いたが?」
十六夜は、言われて椅子へと座りながらバツの悪そうな顔をした。
「なんだよ、何でも知ってるな。まあ、そうだけど、別に好きだとかじゃねぇぞ?その証拠にオレの部屋に滞在し始めてからは、オレはあっちで寝てねぇ。夜は別々なんだ。あれはな、あいつがあんまりにもうるせぇから、だったら命を繋いで記憶をくれって言っただけ。そしたらあいつがあっさり了承するし、まあ、あいつにとっちゃあそんなの何でもないことみてぇだしさ。だったらいいかなって。お陰で付きまとわれなくなったし、静かだから助かってるんでぇ。」
誠に軽い気持ちでやるのだな。
維心は思ったが、維月もそのようで顔をしかめた。
「十六夜、別に嫉妬とかじゃなく言うんだけど、軽々しくやらない方がいいわよ。何が起こるか分からないじゃないの。記憶量はお父様の比ではないだろうし、狂うんじゃないかってほんとに心配したのよ?気をつけて。」
十六夜は、分かったのか分かっていないのか、うんざりしたように答えた。
「ヘーヘー、分かったよ。ま、でも面倒がなくなったからオレは良かったと思ってる。」
本当に面倒がなくなったのだろうか。
維心も維月も思ったが、口にしないうちに祥加が居間へと転がり込んで来た。
「お、王!将維様と維斗様がお戻りに!」
慌てふためいた様子に、維心は眉を寄せた。
「知っておる。なんぞ、そのように。」
祥加は、ブンブンと首を振った。
「お見苦しい様を。ですが…ですが将維様が!」
維月が、目を見開いた。
「え、将維が何?!」
祥加は、必死に言った。
「あの、あのお姿が!成人されておるのでございます!」
「「ええ?!」」
維月と、十六夜が言った。
維心は目を丸くして祥加を見た。
「将維が?…もしや地になったからか?」
祥加は、え、という顔をして、そして十六夜に今気付いたような顔をして言った。
「十六夜様がお話しになりましたか。」
十六夜は、首を振った。
「オレが話したのは、地の力を一部だけ与えられたみたいだってことだけだぞ。将維は地になったと言ったのか?」
するとそこへ、声が割り込んだ。
「我がなんだって?」と、維斗と並んで背の高い姿が入って来て、言った。「父上、我は地になったのではありませぬ。慣れるために、前世の気の大きさと同じだけの力を分けられただけでありまする。」
維月と維心は、その将維の姿を見て、絶句した。
出て行った時は、まだ小さな姿だったのに。
もはや成人した姿になってしまった将維に、維月は思わず言った。
「…せっかく小さな維心様のようだったのに…。」
可愛がれなくなってしまった。
維月は、寂しい気持ちになった。子供の期間など、少ない間なのだ。それなのに、一気に大人になってしまって、今生将維は全く戯れることも無く、こうして成人した姿になってしまった。
将維は、しょげてしまった維月に、慌てて言った。
「母上、姿などどうにでも出来ますゆえ、どうしてもとおっしゃるなら実際まだ赤子の歳なのですから、あの姿に戻ります。ですが常は、臣下も我を前世の将維と扱うので、あの姿では…維斗も、弟として扱えと言われて困っておりましたし。とりあえず、名で呼ぶようには申しておりますので。」
維心は、ため息をついた。
「まあ、姿などもうこの際どうでも良い。維明も呼べ。詳しい話を聞こう。」
祥加が、それを聞いて維明を呼ぶために頭を下げてそこを出て行く。
また面倒な事にならぬだろうの。
維心は、内心そう思っていた。
維明を待って皆でそこに黙って座っている間、維月は将維が突然大きくなってショックで下を向いてしまっていた。
何しろ、大きくなって以前の将維との違いをまざまざと突きつきられた心地だったのだ。
以前は維心にそっくりで、後ろ姿など分からぬ事もあったぐらいだったが、今は髪と瞳の色が絶対的に違うので、転生した別神なのだと思わせる。
とはいえ中身は将維なのだから憂いる事もないのだが、あの将維はもう居ないのだと言われているような気がしたのだ。
そうすると将維を失った時の事が思い出されて、悲しい気持ちになっていた。
同じ月の十六夜には維月の感情が手に取るように分かるので、維月の手を握って言った。
「だから将維は死んだんだろうがよ。この将維ならもう死ぬこたねぇぞ?二度とあんな想いはしないでいいんだから、良かったと思えよ。あの将維のままだったらまた見送らなきゃならねぇが、この将維ならそれがねぇ。維心と同じが良かったら姿なんかどうにでもなるんだし、顔はこれだけそっくりなんだから色だけ何とかさせりゃいいじゃねぇか。落ち込むなよ。」
維月は、十六夜を見た。
「別に維心様と同じがいいんじゃないわ。将維は将維だし、そんなことじゃないの。やっぱり将維はもう、新しい命なんだなって思っただけ。前世の将維は、死んじゃったんだなって実感して落ち込んだだけよ。確かに、あなたの言う通り二度と将維を見送らなくていいんだし、もう大丈夫。」
将維が言った。
「我は死んだのですが、中身はあのままでありますので。十六夜の言う通り、父上と姿は前世同様そっくりでありますので、色だけ変えた方が良ければそう致しますし。お気に病まないでください。」
十六夜が、何度も頷いた。
「そうだぞ、お前が黒髪青い瞳が好きなのは知ってるけど、オレ達はいくらでも姿が変えられるからな。見た目ぐらいで落ち込むな。」
維心が、眉を上げた。
「何と申した?黒髪青い瞳が好み?」
維月は、慌てて言った。
「あの、そうじゃありませぬの。維心様がそのようだから、その色合いを好ましく思うだけで、他の誰かがその色だからって好ましいのではありませぬ。十六夜は勘違いしておるのですわ。」と、十六夜を見た。「もう。分かってるでしょ?姿だけでどうのないの。」
十六夜は、へぇ、と初めて知った顔をした。
「そうなのか?お前ってさ、黒髪の綺麗な男を見たら見つめる時間が長いんだよな。何より一番長いのは、黒髪に青い瞳の綺麗な男。だからそういうのが好みなんだろうなってずっと思ってた。違うのか?」
維心が、眉を寄せる。維月は慌てて言った。
「ちょっと!だから違うのよ!維心様がそんな感じだから、似たかたが居たら目につくだけよ!」
維心がますます眉を寄せるのに、皆がまずい、と固まっているところへ、何も知らない維明が入って来た。
「父上。維斗が戻ったとか。」と、場の緊張を感じ取って、顔をしかめた。「…何ぞ?」
鵬が、困ったように維斗を見上げる。
維斗は、答えた。
「その…母上の好みのことで少し。それより兄上、将維がこのように。」
維明はチラと将維を見て、目を見開いた。
「将維?!主…育ったの。」
維明は前世が維心の叔父なので、前世の将維のことも赤子の頃から知っている。
その記憶があるので、将維の姿でも特に構えはしないようだった。
「そうなのです、兄上。その説明も合わせてしようとお呼びしました。」
維明は頷いて、椅子へと座った。
「父上、亡者のことで翠明殿より報告が届いておりました。」
維心は、維月の話が気になっていたが、まずはそちらだと維明へと視線を移した。
「何と申して参ったのだ。」
維明は、頷いて答えた。
「は。三体のうち二体は暴れて既に砕けて早々に黄泉に回収されて消えたとのこと。核であった一体は、ただじっと社の中央に座ったまま、微動だにせず今であるとの事でした。」
あれから数週間じっとしておるのか。
維心は、思ってそれを聞いた。
だとしたらある程度正気に戻っていて、何が最善なのか判断出来ているということだ。
「…そうか。」維心は、言った。「では、将維より話を聞こう。まずは主の事からぞ。」
将維は頷いて、話し始めた。




