行方
維心と軍神たちは、結局結界近くにあの気配を見つけることが出来ず、その夜は戻っていた。
次の日の朝、書状を受け取った翠明から先触れが来て、宮へ来ると言ってきた。
維心は話を聞くために、応接間に翠明を通すことにして、そこで対応することにした。
翠明が到着したのは、先触れとそう、変わらない時間だった。
恐らく先触れを出してすぐに宮を出て来たのだろう。
維心が応接間に入って行くと、翠明はそこで座って待っていたのだが、立ち上がった。
「翠明。」維心は、声をかけながら椅子へと座った。「わざわざすまぬな。主がこちらのことまで知らぬのは分かっておるが、それでも面倒そうなやつで。話を聞きたいのだ。」
翠明は、維心がこちらを責めて来たらどうしたら良いものかと思っていたので、維心がそう言うのにホッとした顔をした。
「良かった。もしや我に責任を取れと申すのかと肝を冷やしておったから。して、どんな亡者よ?」
維心は、ため息をついた。
「義心が気取ってな。様子見で良いかと思うたが、何やら碧黎が気になることを申すし調べに参ったのだ。そうしたら、神になりたいとか申すやつが居って。面倒なことに無神の祠に潜んで、肝試しの人々から力を吸い取り、力をつけておるようだった。気配を探るに、どうやら他の亡者も取り込まれておる様子。義心に送らせようとその場を離れたが、ちょうどやって来た人を取り込んで跳ね返して逃げた。この近くにはもう居らぬようだが、あのままでは厄介だなと思うて主の話を聞きたいと。」
翠明は、顔をしかめた。神を跳ね返すのなら、結構な力をつけて来ている。
「…確かに厄介な。そこまでになると、気を付けねばそこらの神では取り込まれるかもしれぬぞ。何しろ取り込めば取り込むほど力は大きく、穢れも大きくなる。全て祓うのに時がかかるのだが、まず抵抗しよるから。神の力を取り込まれたら、それ以上の力で抑えて祓う必要があるので面倒なのだ。主なら難なく祓えようが、抑え付けるために穢れたやつに触れねばならぬから。まあ、かなり穢らわしい心地になるであろうな。」
維心は、たかが人の亡者を祓うのに自分がやるのかと顔をしかめた。穢れなど、ついぞ受けていない。戦の時には血飛沫を浴びて穢れを受けたものだったが、それすら浴びないように出来るので、基本刀ぐらいしか祓わなくて済んだ。
それを、そんなもののために穢れるなど考えたくもない。
「…別に我でなくとも油断せねば神には何程の事もないわ。とにかくは、そんな穢らわしいものが神を取り込むようなことがないように、さっさと探し出して送るよりないの。あの様では、穢れが重すぎてとても黄泉へ昇るなど無理であろうし。黄泉の道へ直接放り込んでも良いが、あの穢れでは他の道を歩く他の命まで穢れて門が遠くなろうし。やはり順当にそこそこ祓ってから送らねば無理であろうな。」
送ると言って、維心なら直接黄泉の道へと放り込むのは出来るのだが、普通の神なら穢れを祓ってやり、自力で昇れるようにするぐらいしか出来ない。
それなりに穢れ切った命なら、神が接することで黄泉が気取り、道の力が無理やりに引っ張り込んであの空間の中で長く歩かせて浄化しようとするのだが、そうなるともし近くに普通の命が歩いていたら、その穢れを受けてしまって門が遠くなってしまい、迷惑するので面倒だった。
それでも、黄泉も考えていて、そうやって無理に引きずり込んだ命だけを集める箇所を決めてはいるようで、そこへ連れて行って真っ暗な中ひたすら凍えながら歩かせて祓うようにはしているようだ。
だが、維心はそれがどこなのか知らないし、自分が放り込むにはリスクがあるのだった。
黄泉は膨大で、維心でもその全てを知るわけではなかった。
「ならば、とにかくは様子を見たいもの。」翠明は、気が進まない様子で言った。「穢れ切った亡者など、我だって見たくはないが、対応を教えるには見てみぬことにはな。探し出したら申してくれるか。共に見に参る。」
維心は、頷いた。
「ならばそのように。」とため息をついた。「それにしてもどこへ参ったものか。他の宮にも教えておかねば。またどこぞの祠に潜んでおったら気取るのも遅れようし。連絡しておくわ。」
翠明は、頷いて立ち上がった。
「では、我はこれで。宮で連絡を待っておる。」
そうして翠明は、帰って行った。
維心はあんなものに煩わされるとはと、面倒に思いながら鵬に上位の宮へと通達させることにしたのだった。
弦は、屋久について他二人ほどの軍神と共に、そのおかしな気がする場所へと向かった。
屋久が言うように何やら面倒な気がするように思うのに、何も見えない。
この辺りは人も滅多に来ない山深い場所で、昔は人里もあったのだが今は無人で、僅かに残る古い家々は主も居らず朽ち果てようとしている有り様だ。
田畑も草が生い茂り、今は廃村なのは誰の目にも明らかだった。
人の犯罪者でも逃れて来て潜んでいるのかと廃屋の中を確認してみるものの、全く何の気配もなかった。
こんな場所には亡者が迷って居たりもするのだが、それも一体も見当たらない様子だった。
「…確かに降りたら何の気配も感じぬのにの。」弦は、眉を寄せて独り言を言った。「浮き上がると、何か嫌な気配がこちらを窺っているような気がして落ち着かぬ。」
屋久が、頷いて言った。
「ここらは人ももう居らぬし、おかしな事なのだ。」と、村の外れを指した。「時々に若い人が数人やって来るがの。肝試しという遊びらしゅうて、村の外れに小さな祠があるゆえ。」
弦は、そちらを見た。
「確かに。ですが無神のようですな。見守る人も居らぬようになれば、神もそこには降りぬようになりますし。」
屋久は、頷く。
「その通りよ。人が居った時には、我らが時に見回っていた程度で、そもそもそこには誰も留まってはおらなんだ。」
大きさは拳が一つ入る程度の小さな祠で、基本、近くの神が人が何かを供えて願う時に、誰かをやって聞いて来させる程度で、そもそもが住む場所ではない。
人と接する必要が出来た時に降りる場所、程度のものだった。
今は崩れかけていて、とてもではないが降りる気にもならない荒れ方だ。
もちろんのこと、何も供えられてはいなかったし、世話をする人が居ないのだからそうなるだろう。
弦はふと、言った。
「…そういえば、このような打ち捨てられた祠には、時に人の亡者なども潜んで悪さをすると聞いておりますが…。」
屋久は、確かに、と祠の方へと近付いた。
「言われてみれば確かにの。何か居るのか?」
屋久は、手を振って気で祠の戸を開いた。
すると中から、ブワッと黒い何かが吹き出して来て屋久へと覆い被さって来た。
「うわ!」
「屋久様!」
弦が、急いで気を放ってそれを離そうとしたが、屋久はその穢れた気に覆われてそこへ倒れた。
「ぐお…!穢らわしい…!」
屋久は叫ぶ。
「屋久様!」弦は、王とは言っても鷲の軍神の自分より気が小さな屋久を庇おうと、必死に気を放って引き剥がそうとした。「くそ…!なんだこれは?!」
とんでもなく穢らわしい気。
どうやら人の亡者の成れの果てのような気配がした。
こんなものに纏わり付かれることを考えると、身の毛もよだつ。
とはいえ、何としても屋久から引き離さなければならないと、弦は気でそれに触れて引っ張った。
「うおおおお!」
屋久は、唸り声を上げて地を転がり回った。
普通、人の亡者ごときなら神の気に触れたらおとなしくなるか、消えて行くもの。
それなのに、これは全く動じていなかった。
弦と、それに気付いた軍神達が必死に何とかしようと気を放つが、そのうちにぱったりと、屋久は動かなくなった。
それと同時に、黒い何かはスーッと消えて行った。
「…屋久様…?!」
弦は、近付いてハッとした。
おおよそ神にはあるまじき穢れの気がするのだ。
「…まさか…!人ごときが神を…?!」
後ろに居た軍神達が、おののいて言う。
「結界を!」弦は、叫んだ。「外へ出してはならぬ!屋久様は憑かれてしまわれた!」
慌てて軍神達は、まだ倒れている屋久を包むように結界を張った。
弦は自分もその上に更に結界を張り、そうして二人に言った。
「ここで待て。王にご報告して参る。このままでは屋久様は食われてしまわれよう。屋久様の力を持ったこれが放逐されてはならぬから。主らも屋久様の軍神が来たら、事態を説明して共に見張れ。神を食らうには時が掛かる…しばらくは動かぬだろうから。」
軍神達は不安そうな顔をしたが、頷いた。
弦は、何としても焔に何とかしてもらわなけばと、必死に鷲の宮へと飛んだのだった。




