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油断

義心は、維心が飛び立つのを見送ってから、亡者の男を振り返った。

「…では、主を黄泉へ。迎えが来ておらぬから、道で己の門を目指して歩くが良い。送ろうぞ。」

だが、男は飛んで立ち上がってジリジリと後ろへと下がった。

「私は…私はまだあの世になど行きませぬ!神になれないと聞きましたが、私だってここで力を蓄えた。このまま頑張れば、きっとなれるはずです!」

義心は、首を振った。

「それはただ生きている人の力や、他の亡者を取り込んで大きくなっているだけ。それは神から見たら罪であり穢れで、何より重い枷になる。それを取り払って主は黄泉路へ向かうために身綺麗にならねば。体が軽くなってすぐに参れるゆえ。」

男は、ブンブンと首を振った。

「嫌です!私は神になるんだ!」

誠に面倒なことよ。

義心が思いながら強制的に穢れを取り払おうと手を上げた時、何やら人の若者が、深夜になって山道を祠に向かって歩いて来るのが見えた。

…また肝試しか。

義心が思っていると、男は急に大きく体を膨らませたかと思うと、その若者達を包んだ。

「…やめよ!」

義心は気取って叫ぶ。

全く見えていない若者達は、それを避ける様子もなくバタバタとその場に倒れて動かなくなった。

「…嫌だ!」

男の声がしたかと思うと、義心は何かの衝撃に突き飛ばされ、祠に打ち付けられて気を失った。

…油断した…!

義心は、薄れる意識と必死に戦った。

その結果、何とか目を開くことに成功した時には、既にあの男の姿はそこにはなく、若者達が倒れているばかりだった。

「義心殿!」

上に居た軍神達が、異変に気付いて降りて来る。

義心は言った。

「…油断した。」と、指示した。「人の亡者が逃げた。追い詰められておるから何をするか分からぬぞ。捕らえて人に被害が出ないようにせよ!」

軍神達は、慌てて浮き上がった。

「は!」

そこへ、慌てた帝羽が降りて来た。

「義心!大丈夫か、主がそのように!」

義心は、己の油断に歯ぎしりしながら言った。

「たかが人と侮った。そこの人の力を吸い取って一気に放ちよったのだ。王にご連絡に参らねば…」

しかし、穢れの気をもろに食らったのでまだ体の穢れのせいで上手く動けなかった。

帝羽は、首を振った。

「我が。主はとにかくその穢れを祓うのだ。その様では王の結界に弾かれる。」

義心は、忌々しく己の穢れを祓いながら、頷く。

「頼む。我も軍神達が案じられるゆえ探しに参る。」

帝羽は頷いて、結界内へと急いで飛んで行った。

義心は、その面倒な絡み付くような穢れの気を何とか振り払い、そうして浮き上がって他の軍神達を追ってあの男の捜索に向かったのだった。


帝羽と共に祠の場所へと来た維心は、倒れている人を見下ろした。

今は祠は空で、何も居ないようだ。

だが回りには、穢れた気の残照があって、維心はそれを自分が降りて行くことで消し去った。

維心ほどの神になると、余程の穢れでないと体から発する気で全て祓う事が出来るので、これぐらいなんでもなかった。

「…この人の若者は再起出来まい。」維心は、倒れた五人の人を見て言った。「食われて中身が空の状態よ。若さゆえにただ未知のものに興味を持っただけであるのにの。そのうちに人が回収に来ようが、何をしても中身の無い器は長持ちせぬ。人世に戻って治療しても、狂い死んだと思われような。」

帝羽は、下を向いた。中身は恐らくあの亡者の中に取り込まれ、そこで糧となっている。

あの亡者が黄泉へ行かなければ、取り込まれたもの達は解放されないだろう。

「は…。たかが人と侮ったと義心は申しておりました。」

維心は、息をついて浮き上がった。

「しようがない。我も探す。常は人の能力者に任せておったが、あそこまで大きくなっておっては人には荷が重い。善良な能力者を犠牲にしたくはないからの。それにしても…厄介なことよ。翠明は何をしておるのだ。鵬に申して朝一番に書状を送らせよ。」

帝羽は、頭を下げた。

「は!」

帝羽は、急いで宮へと帰って行く。

維心はそれを見送りながら、思っていた。

…とはいえ翠明とて全て見えておるわけではない。

維心は、思いながら仕方なく空高く飛び上がってあの亡者の気配を探った。


神世には、それぞれ担当というものがある。

それをやりたいと選んだわけではないが、祖先よりそれが得意だったり、そこに能力を持っていたり、たまたま昔からその処理を多くこなしていたからだったりと様々だったが、翠明は古くから信心深い人々に囲まれる宮に居たので、自然人の世話をすることが多くなり、その中には亡者に憑かれて祓いに来る人も多く、昔から何かあればここが効くと人の間で周知され、祓いに来るので処理件数が格段に多かった。

そんなわけで翠明は、神世でも人の祓いを担当している神になってしまっていた。

他の宮と比べて昔からの処理件数がどこより多いので、確かにどんな場合でも柔軟に対応出来る方法を知っていて、他の宮からの問い合わせにも答えて来た。

たかが人ではあるが、命は皆同じと言われているように、数が集まると厄介だ。

しかも、神のように心映えが崇高であるから力を持つのではなく、己の欲などでそうなっている命ばかりなので祓うのも一苦労だった。

そんなわけで、あまり大きくならないうちに、さっさと処理するのが翠明のポリシーだった。

なので西の島には現在、厄介な亡者は居ないのだが、本島のことは知らない。

そこの土地の担当の神が基本、何とかするので、手を貸す程度にしか管理はしていなかった。

それを、維心が朝から何やら言ってきたのを見ると、あちらで面倒な亡者が発見されたらしい。

翠明は、息をついて書状を下ろした。

「…あちらまで知らぬと申すに。全くもう、大きゅうなったら面倒であるのにの。」

紫翠が、眉を寄せた。

「とはいえ…放って置く事も出来ませんでしょう。人の命を己の欲のために食ろうておるのですぞ。許せる事ではありませぬ。」

確かにそうなのだが。

「…仕方がない。ちょっと行って参るわ。ここは頼む。」

紫翠は、頭を下げた。

「は。ご油断なさらずに。」

翠明は、わらわらと出て来た侍女達に着替えさせられながら、顔をしかめた。

「分かっておるわ。」

そうして翠明は、嫌々ながら龍の宮へと向かったのだった。


その頃、焔の所には、鷲の宮の程近くにある、世話をしている宮々のうちの一つの王である、屋久が訪ねていた。

屋久は、焔が王となってから、閉じていた宮を開こうと思った時に、今の世の龍王であった維心との橋渡しのために、最初に声を掛けた宮で、その頃は大変に財政に困っていて、それを補うために宮からいろいろ支出することで、橋渡しの役をさせた経緯があった。

その屋久も、今では落ち着いた老年期に差し掛かった王となっていて、その妃であった春香は数年前に失っている。

春香は前世の炎嘉の妹の末で、それは美しく良い妃であったので、それまでは元気だった屋久も、春香を失ってからはすっかりおとなしくなっていて、ついぞ顔を見てはいなかった。

珍しいこともあるもの、と焔が応接間で屋久と会うと、屋久は老いて小さくなった体でそこに居た。

ほんの数年前まではここまででは無かったのだから、恐らくは春香を失って心労でこうなってしまったのだろうと思われた。

焔がそう思いながら正面の椅子へと進んでそこへと座ると、屋久は焔に頭を下げていたのを、上げた。

焔は、言った。

「屋久。久しいの、最近では会合にも主の第一皇子の澪久(れいく)が出て参ることが多いし、そろそろ代替わりかと皆で話しておったところ。そもそも澪久も良い歳であるからの。」

屋久は、頷いた。

「長くお目に掛からなかったことよ。確かに我は澪久に代を譲ろうと、ここのところは宮でもその手続きを進めておるところであるが、実は本日来たのは、面倒な気を結界外に感じたゆえのこと。何やら、感じるのだが見えぬゆえ、鬱陶しいことこの上なくての。離れておったら感じるのだが、近付くとかき消えるような感じで。昨夜遅くに気取ったらしく、我が軍神達が探し回っておったのだが、皆目分からぬと。我も探しに出て参ったが、今申したような塩梅で。何かあったら知らせて置いた方が良いと、臣下もせっつくので重い腰を上げて出て参った。」

焔は、眉を寄せた。

「面倒な気と?…闇や霧ではなく?」

屋久は、首を振った。

「確かに似たような感じではあるが、しかしそうではない。霧は傍に参れば見えるゆえ、封じて後は月に任せておけば良いことだが、そんなものではなくての。探し回っているうちに、離れても気取れぬようになって参った。もうお手上げであるから、こうして恥を忍んで主に報告に参った次第ぞ。」

焔は、うーんと顎に触れて考えた。

「…弦に行かせる。」焔は、言った。「案内してやるが良い。あれで対応できぬようであれば、我も見に参るがの。霧の異常発生であるとかなら我自ら行くべきであろうが、面倒な気程度であるなら…まあ、後は我らに任せよ。調べて参る。」

屋久は、頷いて立ち上がった。

「よろしく頼む。結界脇であるから気になっての。それでは、弦を案内して参ろう。感謝する、焔殿。」

焔は、頷いた。

「何でもないことよ。主も王として最後の仕事であるな。片付いたらゆっくり隠居するが良い。」

屋久は、薄っすらと寂し気に笑った。

「長く生きても良い事など無いのにの。」

やはり春香が心に掛かっておるの。

焔は思いながらも、それを見送った。

それにしても、こんな細かい面倒ばかりが下位の宮から持ち込まれて、処理をせねばならぬのだから面倒であるな…。

焔は、退屈だと言いながらも、面倒事は鬱陶しいのでそんな勝手な事を思っていたのだった。

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