人の痕跡
維心が義心に案内されて行った先には、大勢の軍神達が配置されてあり、皆が皆下を見て何やら困惑した顔をしていた。
維心が来たのを気取り、全員が宙で膝をついた。
「良い、そのまま。」と、維心はそんな軍神達を足元に下を見下ろした。「確かにの。何やらおかしな気配が。」
維心は言って、下へと降りて行く。
義心は、その後ろにぴったりとついて共に地上へ降りて行った。
義心が報告して来た通り、おかしな気配は地上へ近づくと消える。
恐らく軍神達も、それに対して困った顔をしていたのだろう。
「…何やら人の気配がするような。」維心は、探りながら言った。「人にしては強い念。そういえばこの辺りは、人里から少し離れた位置で祠があったか。」
義心は、頷いた。
「はい、確かに。とはいえ打ち捨てられた祠で、今は誰も居りませぬし人も来ることはない所であったはず。時々に若い人が数人訪ねて参りますが、ひとしきり騒いで戻ります。」
維心は、眉を寄せた。
「騒ぐ?ここで?」
義心は、頷いた。
「はい。人の間では心霊スポットとか申して、肝試しに使う場所のようでありますな。ここは人里から良い感じに離れており、それに遠すぎないのでそのようなことに使われるようでございます。」
肝試しか…。
維心は、維月の記憶を探った。そういえば人は、亡くなって黄泉へ向かえず現世に留まってしまっている命を亡者といい、見えないのだが勘の良い人には見えたりするし、時に念の強い亡者なら普通の人にも見えたりするので、それを楽しむためにこのような場所に来たりするらしい。
維心からすれば、亡者にしたら大概迷惑なので、愚かな行為だった。
亡者を導いてやれる能力の持ち主ならこの限りでないが、そうではないのに珍しいもの見たさにそんなことを娯楽にするもの達は、恨まれてろくなことにはならないものなのだ。
そんなものに憑かれて大騒ぎで維心を奉る社へ助けを求めて来る人も少なくはなかった。
「…だとすると面倒な気が生じておるのやもしれぬな。」と、チラと回りを見た。「そこ。」
義心がハッと振り返ると、青白い顔をした男が、ブルブル震えて立っていた。
どうやら隠れて居たようだったが、維心には見えていたのだろう。
「…主。我らが見えておるな?」
相手は、まだ震えながら地面にひれ伏した。
「はい。申し訳ありません。身が切られるようで…こちらへ来られるたびに祠の中へ隠れておりました。」
だから近付くと消えるのか。
祠は、神の聖域なので、中は一応見えなくなっている。
見ようと思えば見えるのだが、見ないのが神の中ではエチケットとして習慣化されていて、積極的には覗かなかった。
とはいえここには神はもう居ないので、亡者でも潜める絶好の場所だった。
義心が思っていると、維心はため息をついた。
「迷うたか。己が死んでおるのは自覚しておるな?」
男は、平伏したまま頷く。
「はい。ですが…どうしても、やらねばならない事があって。死ぬわけにはいかないのです。なので、神になれたらと思い、こうしてここに。」
維心は、またため息をついた。
「死んでからではどうにもならぬ。人が神にはなれぬのだ。人から神になりたければ、生きておるうちにどこかの神に心底奉仕し、穢れを受けぬように精進して生きて、死した後はその神に許されたらその下で長く修行をして、なれる者も居る。そうでなければ、世のためになる事をして、人々に敬われ、神として祀られてその上で修行するか、どちらかしかない。もちろん、祖先信仰などもあって、己の子孫に長く守り神として祀られておるうちに、神となる人も居る。それぞれであるが、とにかくは死んでからでは無理ということぞ。生きておるうちに、何某かなければ神にはなれぬ。身が滅んだのなら長くここに居らず、黄泉へと参って次は神となれるような生き方をするよう、励むよりない。去るが良い。」
しかし、男は食い下がった。
「でも…!それではこの世が見られないし、何も出来なくなる!生まれ変わったら、全て忘れてしまうのでは?」
維心は、もう浮き上がって言った。
「主の命の学びの速度ではそうなろうな。焦るでない。まだその時ではない。皆、この世に未練を多かれ少なかれ残して参るのだ。死んでから悔やんでもどうしようもないと言う事ぞ。ではの。」と、義心を見る。「送ってやるが良い。迎えも居らぬし己では行けまい。」
義心は、頭を下げた。
「は!」
維心は、その場を離れて行った。
男は、飛んで行く維心を感じて慌てて顔を上げた。
だが、その時にはもう、維心はそこには居なかった。
維月が、案じて窓から空を見上げながら維心を待っていると、維心はそう待たない間に居間へと飛んで戻って来た。
それを見た維月は、パッと明るい顔をして、急いで窓を開いた。
「維心様!」
維心は、その窓の前へと降り立つと、歩いて中へと入って来ながら維月に手を差し伸べた。
「維月。待たせたの…う。」
維月は、維心が言い終わらない間に飛び上がってその首に抱き着いた。
「維心様!お早かったですわね。」
維心は、維月をぶら下げたまま中へと足を進めながら、その背を抱いて落とさないようにしながら椅子へと歩いた。
「維月…重くはないが、いきなりこのように。碧黎の心地が今さらながら分かるわ。構えておらねば共に吹っ飛んでしまうぞ。」
維月は、バツが悪そうな顔をして、維心から腕を離して降りた。
「申し訳ありませぬ。お戻りが嬉しくて、つい。」
維心は、微笑んで維月の肩を抱くと、共に椅子へと座った。
「月の宮から急いで戻って参るほどではなかったやもしれぬ。気になっておった気配は、人の亡者であった。結界外の無神の祠に、神になりたいと潜んでおったのだ。」
維月は、口を押さえた。
「え、人の亡者が?…神に気取られるほどというと、結構な力なのでは。」
維心は、息をついた。
「執着よな。それを気取って義心は落ち着かなんだのだ。長く居るようであったが、段々にその執着の心が大きくなっていて、しかも生きている人がそのつもりは無くとも、肝試しと称してあれを詣でておるだろう。そのエネルギーを溜め込んで、良くない方向に力を蓄えようとしておった。とはいえ、義心に送るよう申したゆえ、今頃黄泉ではないかの。」
維月は、息をついた。
「まあ…。強い未練があったのでしょうね。ですが人には、出来る事はありませぬわ。神でも抗えないのに。」
維心は、頷いた。
「人は神は死なぬと思うておるからの。ただ人より寿命が長いだけなのだがな。神とて休まねばやってられぬのに…神になりたいと申しておった。死してからでは無理であるのに。」
維月は、神妙な顔をした。
「はい…。人は知らぬから。ですが人として何度も転生しておれば、自然学びも進んでいつかは神になれましょうし。今は黄泉で休むのが一番ですわ。」
維心は、頷いた。
「そうであるな。それにしても…」維心は、眉を寄せて考え込む顔をした。「碧黎は何を案じておったものか。あのようなもの、我でなくとも見つけさえしたら軍神達でも処理しよる。祠に潜んでおったからか?それにしても大層な。我の結界外とはいえ、側近くで某かあるわけもあるまいに。」
維月もそれは思った。
力を付けているとはいえ、たかが人の亡者なのだ。神にどうにも出来ないはずもなく、そこまで力があるわけでもないからこそ、気取るのが遅れたのだろう。
それなのに、なぜ…?
するとそこへ、帝羽が駆け込んで来た。
「王!」と膝をついた。「義心が、油断したと…!一瞬、気を失って倒れたとのことです!」
維心は、立ち上がった。
「義心が?!」
維月は、袖で口元を押えて絶句する。
維心は、足を進めた。
「参る。」
そうして、帝羽と共に維心は居間を出て行った。




