準備
維月は、維心と炎嘉の様子を見ていたが、本当にお互いに想っているようだ、と思った。
炎嘉は維心の気持ちの深さに素直に心の底から嬉しいと思っているようだったし、維心も炎嘉の望みを叶えてやらねばという、心の深さからやはり炎嘉を想っているのが感じ取れた。
ただ、維心はやはり、炎嘉とそういう関係になるのは、まだ抵抗があるようだった。
心の中では葛藤があって、でも受け入れなければ、という使命感のようなものを感じたのだ。
無理をして受け入れても、お互いに不幸だと、教えておかないとなあ。
維月は、律儀な維心が心配だったのだ。こうと思ったらこうしなければと一生懸命になってしまう。自分が我慢しなければと、思ってしまう性質なのだ。
維心はそのまま政務に向かったので、維月は帰って来るのを待つ事にしたのだった。
維心は、維月の心配を余所に、スッキリとしたような顔をして帰って来た。
午後からの政務は今日は無いようで、手に何やら巻物を持って入って来ていた。
「お帰りなさいませ。何やらご機嫌のようですけれど、何かございましたか?」
維心は、微笑んで維月に手にある巻物を差し出した。
「蒼から、会合が終わるかという時に書状が到着したのだ。来月の十日、開催するらしい。競技の内容も知らせて参った。後は、参加確認よ。宮で四人までの参加が許されるらしい。」
維月は、運動会かと微笑んだ。
「まあ。此度は少ないですわね。やはり宮の数が増えてしまったから。」
維心は、頷く。
「仕方がないことよ。」と、巻物を開いた。「そら、主も見てみよ。知っておる競技もあるが、此度は知らぬ物もあるぞ。」
維月は、巻物に書いていある競技名を見つめた。
1.玉入れ
2.ビーチフラッグ
3.大玉送り
4.棒倒し
5.騎馬戦
6.借り物競争
7.リレー
と書いてあった。
維月は、ふんふんとそれを見て言った。
「この中で維心様がご存知ないのは、棒倒しでしょうか。」
維心は、頷いた。
「そうなのだ。ここに書いてあるが、棒を中央に立てて倒しに参るのか?」
維月は、頷いた。
「はい。怪我をするかもしれませぬのでお気を付けてせねばなりませぬわね。棒を倒さぬように守る者と、棒を倒しに参る方とで戦うので、熾烈ですわね。」
うーむと維心は、書に視線を落とした。
「またこの道具を作らせて練習させておかねばならぬの。維明と維斗は参加したことが無いゆえ、走る練習もさせておかねば。忙しゅうなるわ。」
維月は、微笑んで頷いた。
「はい。では、参加のご連絡をしてから、次は組み分けですわね。どちらと同じ組になるのか、私も楽しみですわ。フフ。」
維心は、同じように笑った。
「此度は二組に分けるのかの。だとしたらあまり前のように炎嘉と争いとうないし、同じ組であったら良いのにな。」
維月は、そうだった、と維心を見上げた。
「そうでしたわ。維心様、炎嘉様との事なのですけれど。」
維心は、少しドキとしたような顔をした。
「良いと申しておったよの?」
維月は、首を振った。
「別に責めようとしておるのではありませぬの。でも、あのような感情でお受けになってはいけませぬわ。あくまでも、両方がしたいと思うた時でなければ。どちらかが否なのに無理に受け入れたりしておったら、どちらも不幸になりまする。我慢してまで、受け入れる事は無いのですわ。維心様が後悔なさらぬためにも、ご無理は禁物ですから。」
維心は、一々頷いた。
「分かった。受け入れねば炎嘉が傷つくかと思うてしもうて。だが、炎嘉も言うておったが、お互いの気持ちが大切であるな。我は、あれが大切な友だと思うておるから、出来たらそのままで良い。」
維月は、頷いて微笑んだ。
「そうですわね。ですが、お互いに分かり合っただけでも良かったこと。」
維心は微笑み返して、維月の肩を抱いた。
「我は幸福であるな。大切な妃と、友が居る。恵まれた生であるわ。」
維月は、維心が幸福そうなので、自分も嬉しくなった。
「私も幸福ですわ。愛しているかたに愛されて、大切にされておるのですもの。」
維心は、それを聞いて嬉しそうに維月を抱きしめると、頷いた。
「我は主を愛しておる。黄泉までも主と共に。」と言ってから、ハッとしたように顔をした。「そういえば十六夜は?あやつ共に来るとか申しておらなんだか。こうなってどうなったのだ。」
維月は、それには首を傾げた。
「どうですかしら。これから大切なかたが出来るかもしれませぬし、もう一緒には来ないんじゃないでしょうか。でも碧黎様も一緒に参られると仰っておったので、次は大変な事になりますし、まだまだ維心様は寿命を切られる事はありませぬのでは。」
維心は、うんざりして息をついた。
「言われてみたらそうであったな。地が居らぬようになった時の大混乱は経験しておるし、どこまで生きれば良いものやら。」
維月は、フフフと笑った。
「どこで居っても共なのですから。変わりませぬわ。私は出来る限り維心様をお支えして参りますから。共に励みましょうほどに。」
維心は、笑って維月の頭を撫でた。
「主が居るなら我も励める。確かにどこに居ても共であるものな。」
維心は、幸福そうな気を発していた。維月はそんな維心に寄り添って、もっと幸福にしてあげたい、と思いながら、運動会の話に花を咲かせたのだった。
その案内を受け取った、北西、北の神達は大騒ぎだった。
なんの事か分からない文字の羅列に皆が皆額をつき合わせて考えた結果、なんだか分からないが1日だけ月の宮へ入れるらしい、という認識になり、どこも参加の返事を返した。
北西はきちんと招待する宮に個々に送ったのだが、北だけはよく分からないと、参加する城はヴァルラムとレオニートに丸投げ状態だった。
なのであちらでは、ヴァルラムが頭を悩ませる事になっていた。
レオニートに一応どこを誘う、と聞いたものの、レオニートはよく分からないのでヴァルラムに任せる、と言う。
ヴァルラムは、仕方なく前世の記憶を総動員して、運動会のことを皆が何と話していたのか、必死に思い出した。
何しろ、こちらはその運動会に参加したことはない。
誘われた事もなく、会った時にあちらの神達が雑談で話していた内容を、思い出すしかなかったのだ。
「…確か、気を使わずに走り回るのだ。」ヴァルラムは、なけなしの知識を総動員して言った。「身体能力だけで勝負をする平和な戦いで、死人も出ぬし皆楽しんでおったと思う。月の能力で気を使えぬようにし、不正は出来ぬ。競技は勝者上位から点数を与えられ、その合計点数で最終的な勝者が決まるという形ぞ。なので、ここに書かれておる玉入れでさえも、簡単には行かぬと記憶しておる。」
ヴァルラムの話に必死に耳を傾けていたドナートとザハール、ゲラシムは顔を見合わせた。
「…聞いた事もございませぬ。」ドナートが言った。「誠にそんな催しに参加出来るのでしょうか?」
ヴァルラムは答えた。
「参加するしかあるまいが。北西も来るという大きな催しであるし、我らが無視するわけには行かぬ。とはいえ、この競技事態がこの説明ではよく分からぬから、一度直接月の宮へ行って聞いて参るわ。その上で、レオニートを含めた参加させるもの達を集めて鍛練を。でなければ、島のもの達は慣れておるようなのに、我らには不利ぞ。足を引っ張らぬためにも侮られぬためにも、我らは学ばねばならぬのだ。」
ザハールは、戸惑いながら頷いた。
「では、まずは月の宮に。」
ヴァルラムは、頷いた。
「こちらも落ち着いたし少しぐらい戯れておっても問題はなかろう。我が行って参るわ。ゲラシム、アナトリーも連れて主も来い。共に学んで主も皆に教えるのだ。」
ゲラシムは、頭を下げた。
「は。では月の宮に先触れを。」
ヴァルラムは、頷いた。
「頼んだぞ。」
ヴァルラムは、ため息をついた。月の宮の催しならば維月も観覧するだろう。無様な様だけは見せられぬ。
それにしても面倒な暇潰しを思い付くものよ…。
ヴァルラムは、また大きなため息をついたのだった。