僅かな懸念
義心は、維心が出て行ったので、宮を維心が留守の時の警備体制に変えて、自分は夜番では無かったので、宿舎の部屋へと戻っていた。
維心が出て行く前に、どうしても話しておきたいことがあったので、維心が出発する前に居間を訪ねて、報告をした。
今の神世と言えば、特に面倒もなく綺麗に回っていて穏やかだが、しかし義心達軍神の仕事は、そんな中でも懸念の材料が無いかとつぶさに目を光らせておく事だった。
他の宮なら義心ほどの立場になると、外回りなどあまりしないのだが、義心はそうではない。
むしろ頻繁に外へと出て、龍の結界の回りに何か無いかとしっかりと調べる。
下士官たちに任せきりにはしないのだ。
朝昼夜としっかりと見回る事で、何かあればすぐに気取るのだが、今回はどうもおかしい。
目に見えて異常と言うのではなく、どことなくと面倒な気がするような心地がして、近寄るとそれは無くなる。
しかし、離れてまた遠く居ると何やら気取る。
出所が良く分からないと報告のしようがないと、あちこち探すのだが分からず、仕方なく維心には、曖昧な報告しか出来なかったが、放って置くわけにも行かなかったのだ。
維心は、それを聞いて結界外なら様子を見ると言って、月の宮へと出掛けて行った。
義心は、それでも何か面倒が起きてはと思っていたので、自分が何かを気取った場所には、多くの軍神達を配置して、いつもより多くが結界外の警備に当たっていた。
そうして考え事をしながら寝台へと横になると、出て行ったはずの維心の気が、どんどんと迫って来るのを感じた。
…王がお帰りに?!
義心は、急いで起き上がると甲冑を身に着けて、慌てて窓から維心の気が戻って来る方向へと結界外へ迎えに出た。
本当なら、到着口で待つものなのだが、帰って来るはずのない王が戻って来た時には、何かがあったと考える方が妥当だ。
なので、すぐにでも維心の命令が聞けるように、義心はそうやって維心を待って結界外へと出て行ったのだ。
思った通り、維心は月の宮の方向からいつものように飛んで来る。
しかも、その腕には維月を抱いていた。
…まだ月の眷族の間で何かあったのだろうか。
義心がそう思って空中で膝を付いて待っていると、維心が義心に気付いて目の前まで来て、止まった。
「義心か。良いのだ、特に何がと言うのではない。ただ、先ほど申しておった事を詳しく聞きたいゆえ、戻って参った。ついでに維月も連れて戻ったのだ。」
あの時は様子を見ると言っておられたのに。
義心は思ったが、頭を下げた。
「は。では、その場所にご案内を。」
維心は、頷く。
「しばし待て。維月を居間へ置いて参る。」
維月は、首を振った。
「結界に入るだけですから私の事はお気になさらず。どうぞお仕事をなさってくださいませ。」
維月は、維心の腕から離れると、維心の結界へと入った。維心は、結界の中と外で見つめながら、言った。
「すまぬな、すぐに戻るゆえ。碧黎が気になる事を申すから、気になってな。」
維月は、首を振った。
「大丈夫ですわ。よう分からぬと気持ちが悪いものですもの。私の事はお心置きなく。」
どうやら、維月は帰りの道すがら、維心から何となく聞いているようだ。
維心は頷いて、義心を見た。
「では、参る。案内せよ。」
義心は、スッと宙で立ち上がると、その場所へと先導しながら飛んだ。
「は。こちらです。どうぞ。」
維心は頷いて、義心について問題の場所へと向かったのだった。
一方、碧黎は地の宮へと取って返していた。
当然の事ながら天黎もついて来るかと思ったが、いつものように瞬間移動した先には、天黎はついて来なかった。
不思議に思ったが、別に呼ばなくても見ているだろうと考えて、碧黎は十六夜と天媛が居た、自分の居間へと足を向けた。
すると、そこでは暗くなった部屋の中で、十六夜と天媛が、目を覚ましたばかりのように、茫然と呆けた状態で並んで座っていた。
碧黎が、手を上げて灯りを灯すと、十六夜がハッとしたように碧黎を見た。
「…親父。」
碧黎は、呆れたように腰に手を当てると、十六夜を見た。
「我の宮で何をしておるのだ主は。隠れて何かしたいのなら己で房でも建ててそこでせよ。勝手に使いおって。」
十六夜は、バツが悪そうに言った。
「別に…最初はやるつもりじゃなかったが、あんまりこいつがついて来てやいのやいの言って来るから、だったら記憶をくれって言ったわけだ。断るだろうと思ってたら、良いって言うんで繋ぐことになっちまって。」
「で、今までか。」碧黎は、息をついた。「何時間よ。どうせまた夢中になっておったくせに。」
言われて、十六夜は肩身の狭そうな顔をした。結局は、楽しんでいたのを碧黎に見透かされているからだ。
「まあ…せっかくだし。」と、天媛を見た。「お前は大丈夫か?初めてって言ってたもんな。どこも何ともないか?」
天媛は、ぼうっとしていた目をハッと見開いて、十六夜に答えた。
「いや…大丈夫よ。何やら、初めての感覚で。何と申すか…感情と申すものを、十六夜の記憶からいくらか学んだ。まだ実感は無いが、何とのう、こんな事かと分かったような。それに…何やらおかしな心地で。こうして命を繋いでみると、思ってもおらぬような心地が良いような…それに、十六夜がとても近いように感じる。何と表現して良いのか。」
碧黎は、眉を寄せた。もしかして、やった事が無いだけで、命を繋ぐのは天黎や天媛のような命にとっても心地良いのでは。
十六夜が、それに気付かず言った。
「おかしなことが無いなら良かった。これをすると近いような気がするが、しばらくしたら忘れるよ。とにかく、オレはあんまりまとわりつかれるのは嫌いなんだ。分かっただろ?」
天媛は、それにはすぐに頷いた。
「分かった。主は気ままであるからの。では、主が面倒に思わぬ程度に、我は口出しすることにする。そうよな…とにかくは、側近くに。我も月の宮で過ごすか。主は月の宮に降りるのだろう?」
十六夜は、頷いた。
「まあ、あっちがオレの宮だからな。お前、月の宮で居て、オレが降りて来るのを待つってことか?」
天媛は、頷いた。
「その通りよ。それならば主も、気が向いた時に来れば良いから問題あるまい?」
十六夜は、腕を組んでうーんと考えた。
「そうだな…それだったらいいか。」
碧黎は、慌てて言った。
「こら。そうなると部屋を準備せねばならぬではないか。蒼に相談するが良いぞ。それに、今あちらの炎嘉が使っておった対を天黎が使っておる。ややこしゅうならぬか。」
天媛は、首を振った。
「特に問題はない。あれは我に興味などないし、放って置くだろう。それより…我は、何やら目を開かれた心地ぞ。なんと申すか、これまで感じたことのない…暖かいような、そんな心地もあって。出来たら十六夜の側近くに居たいし、話したい。否と申すなら無理は言わぬが、時々には…。」
碧黎は、それを聞いて落ち着かなかった。
もしかして、命を繋ぐことで天媛は、十六夜に懸想するようなことになっておるのでは。
「…それは、十六夜に厭われたくないが、側に居たいとか?」
十六夜は、驚いた顔をする。
天媛は、頷いた。
「そう。まさにそのように。十六夜にも、我の側に居たいと思うて欲しいものだと。」
まずい。
碧黎は、思った。
もしかして天媛は、十六夜と命を繋ぐことで惹かれ始めたのでは。
十六夜も、それは思ったようで、慌てて言った。
「それはな、直後だからだ。しばらくしたら忘れるしあっさりどうでも良くなるから。オレも経験あるから分かるけどよ、ほんの一月ほど離れたら分かるから。ちょっと待て。分かったか?」
天媛は、せつなげに十六夜を見たが、素直に頷いた。
「分かった。」
どうやら、十六夜の言うことは聞いておかねばと思っているらしい。
いよいよまずいと思ったが、恐らくこれは一時的なもの。
そう思い込むことにして、十六夜は月の宮へ天媛を連れて戻ることにして、碧黎と共に夜の空を天媛を挟んでゆっくりと飛んだのだった。




