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天の話

その知らせは、龍の宮にも届いた。

蒼から急ぎの文が来たと聞いて、何事かと開いてみると、なんと碧黎の親が実体化したのだという。

将維はその気の圧力で倒れ、一時はどうなるかと思ったらしいが、思ったよりおとなしく、無理なく滞在しているようだ。

基本、天黎は何にも口出しはせず行動せず、皆の動きを興味深く眺めているだけで、本当に無害な様子らしい。

碧黎には、知らない場所の力加減の事などを指示していることはあるようだが、他には基本、不干渉だった。

それでも、宮で会合などをしていると、ふらりとやって来てただ黙ってじっとその様子を眺めていたり、軍神達の立ち合いの訓練などを見学していたりして、皆落ち着かないのだそうだ。

本神にしたら、恐らく天では常にいろいろ勝手に眺めていたので今さら特別なことをしているつもりはないらしいが、それでも目に見えて側に居られると気になることには変わりない。

最近では、碧黎と共にあちこちの宮を見に行くとか言って、月の宮を出ていく事もあるらしいが、そんな時は蒼も皆もホッとするのだという事だ。

という事は、こちらにも来ておるかもしれぬな。

維心は、思いながら眉を寄せた。別に悪いことをしているわけではないので、見られていても問題はないが、姿を現してうろうろされると皆の動きに支障をきたす。

維心は、また面倒なことになったものだと頭を抱えた。


一方、里帰りも一週間を過ぎて、将維は最近では高瑞とヴェネジクトと仲が良いので、毎日北の対に出掛けて行っていた。

維月はというと、碧黎がたまに相手をしてくれるのだが、そこには天黎もついて来ているので、いつものようには行かなかった。

天黎は、話を振らないと基本黙って聞いているだけで、割り込んで来る事もなく、話さないからと怒る事もなく、無害なのだが居るだけで気に掛かる。

なので、維月は気を遣っていつも話を振るようにしていた。

蒼も暇ではないので維月の相手ばかりをしていられないので、碧黎も天黎付きだが頻繁に維月を訪ねるので、結果三人でいつも話すことになってしまっていた。

今日も三人で庭を歩いていると、碧黎が言った。

「十六夜は何やら瀬利の屋敷に籠っておるようよ。」碧黎は、話題の提供にと、言った。「あちらの結界内が、最近よく見えぬでな。何をしているのかは分からぬが、月がこれまで以上に仕事をしておるので恐らくそこで励んでおるのだろうの。」

維月は、天黎を見た。

「天黎様には、ご覧になれるのでしょうね。十六夜は励んでおりますか?」

天黎は、頷いた。

「主らが天媛と呼ぶ我の対も、あちらに実体化して十六夜を教育しておる。十六夜が気が散るとか申すので、結界を張って我に見えないようにしようとしておるようだが、そも己が作ったこの地上を我が見えぬなどないので、見えておるな。あちらは我と離れて力を使った事がないので、我の力の限界など知らぬのだろう。」

維月は驚いた顔をしたが、碧黎も驚いて言った。

「己の対の結界すら主には抜けて参ると?」

天黎は頷いた。

「関係ない。今も申したが、あれは我を補佐していただけで、地上を作る時も見ていただけ。地上を作るなど我一人で充分であったから。一人で何が出来るのかと思うがの。」

普段何を聞いても穏やかで淡々としているのに、今回は言葉には棘を感じた。

どうやら、天黎は天媛が自分から離れて好き勝手するのは少し、わだかまりがあるようだ。

維月は、言った。

「生まれて初めて一人になって、はりきっておられるのかも知れませぬ。どちらにしろ、十六夜は学べるので、よろしいのではないでしょうか。」

天黎は、息をついた。

「まあ、良いかと思う。我も、離れてみて分かったが、別に共に居らずで良いのだ。必要な時だけ呼び出せば良いからな。常、側にあって守らねばと気を遣うのは面倒であったのだと今、思っておって。離れておれば、何かあっても我の責任ではなく、己の責任であるからの。出現してこの方、己だけでなく対まで考えて行動するのは当然として来たのだが、今は解放されて楽になった。だからこそ、余計な事はして欲しくなかったのだからな。あれがしたことに責任を持てと言われるのが、我はとにかく嫌であったから。今は違うゆえ、なんでも好きにすれば良いと思うておる。」

自分の対に対してその程度の感情なのか。

というか、感情がないからこうなるのだろうか。

維月には分からなかったが、碧黎が神妙な顔をした。

「我も…生まれた時から対と定められて生きていたので、前の陽蘭の時は誠にそのように。対なのだし、何とか世話をと共に居たが、全く性質が合わぬで。ある程度は我慢して合わせておったが、ある日ぷっつり何かが切れてしもうての…やはり、いくら対でも別々の命なのだから、それぞれで励んだ方が良いのだと我も思う。」

天黎は、頷いた。

「見ておって、地上のバランスのために存在するだけで良いのだから、諍いばかりなら離れてもとは思うていた。何しろ主はイライラしておって、気が乱れておったからの。それに…あれは性質は悪くなかったが、育ち方が悪かったのか少しわがままであったしな。神ぐらいで良かったのだ。ゆえに今は、よう励んでおると思うぞ。神の中で揉まれておるからな。やり直せばまた、こちらへ来る事も出来ようし。とはいえ…陰と申すのは、元々補佐の役割であるから、そこまで優秀でなくとも己の対を見て学ぶためにここに生まれておるから、いくら我らに近いからと皆、常にここに居らねばならぬ命でもない。陽蘭のように、単独で学びたいなら神になれば良いのだ。人もそうよ。神、人の命は皆平等で、陰陽で優劣などないからな。この、我らに近しい命だけ特別なのだ。」

維月は、口を押さえた。つまり自分も月の眷族だが、その場所に相応しい育った命だからではなく、そこそこなので陽に学べとここに居るということになる。

次は神でも、充分にあり得るのだ。

とはいえ、普通なら不死なので、陽を見倣って学ぶだけの命だったろう。

長い年月励めば、それなりになるという考えなのかも知れない。

だが…。

「…私はそこまで優秀ではないので、しっかり学べということなのだと思いますが、私の対は十六夜で…私は、十六夜に倣って学ぶということでしょうか。」

となると、他の陰より敷居が低くないか。

碧黎もそれは思ったようで、天黎の返事を待って黙った。

天黎は、苦笑した。

「あれもの、性質はとても良いのだ。素直であるしな。だが、まだ我らの中では若い命であるから…ただ、向こうで見ておって、碧黎が己でどうにも出来ぬ霧を何とかしたいと思うておるのは分かっておった。我らも、命が増えすぎて良しない心の持ち主も多くなり、黒い霧が増えるのを何とかせねばと思うておったし、これの考えは分かっていた。ただ、欲と申すものが必ずしも悪いことばかりを引き起こすわけではないのも分かっていたし、全てを清浄にされてはまずい。そこで、天媛に申して少し…いい加減と申すか、細かい事は気にしない命を作った。生まれたのが十六夜で、それを対にするために黄泉から適当な命をよって来て合わせて共に陽蘭の腹に下ろしたわけよ。」

碧黎は、びっくりした顔をした。

維月は驚いた…もしかして、十六夜は天黎の孫と思っていたが、子供なのか。

「え…十六夜は、あなた方が生み出した命でありますか?!」

天黎は、それこそ驚いた顔をした。

「何を申す?碧黎は常、同族であって血の繋がりなどないと言うておったであろう?主は知っておるのではないのか。」

知らない。

維月は混乱していた。碧黎が言った。

「では…では、我らが作ったわけではなくて、主らが我らに子が必要と思うたら上から見ていて増やして下ろしていたと?!」

天黎は、それこそ驚いたような顔をした。

「知らなんだのか。そうよ、だから血の繋がりとかないのよ。滅多な事で子が出来ぬのはそのため。上で調節しておった。いくらあの儀式を繰り返そうと、主らは我らが授けなければ子は出来ぬ。陽蘭とも、最初すぐに出来なんだであろう?あれは、上でどうしようか考えておったからよ。十六夜が出来て、すぐに下ろしたが、しばし時が掛かった。」

維月は言った。

「あの、将維は?あの子は神でしたのに、この度同じ眷族として生まれましたけれど。」

天黎は、答えた。

「あれが転生したがっていたしの。どちらにしろ命が少な過ぎてそろそろ手が回らぬようになりそうだと思うておったから。なので、我らだって新しい命を作るのはそれなりに力も要る事だし、ならば育っているあれと、適当な近しい命を共に同じ命として送り出した方がとそうした。本来維心があちらにいたらそうしたいところであったが、維心は地上を治めさせるのが一番良いからまた地上に居ったし仕方がない。あれは本来、不死で地上を見守っても良いほどに育った命なのだ。碧黎の手柄よな。誠に良い命を作り出したものよ。」

碧黎は、戸惑いながら言った。

「それは…黄泉に居った優秀そうな命を選んで整えて世に送り出したのは我であるが…。」

確かに初代龍王の維翔を転生させたのが維心だったはずだ。

維月が思っていると、天黎は維月を見て微笑んだ。

「これもよな。太古に見た命であるが、人へ落としたのは神の諍いに巻き込まれぬためだったと見ておる。だが、それなりに強い命であったから、月の力を使う人へと転生させたのだと。だが、その後流れでこうなった。まあ、こうなるべくしてなった命であるわな。」

維月は、これまでいろいろ時をかけて知って行ったことを、天黎一人がここに居るだけで、さっさと知ってしまえるのに目を白黒させていた。

「ですが…私はまだまだ未熟であって、役に立つかと言われたら特に何も…。」

陰の月だけの時は面倒ばかりを起こしていたし。

天黎は、息をついた。

「まあ…確かに別に、陰の同族ならば別に他の命でも良いと我は思うた。」それには、碧黎が抗議しようと顔を上げたが、天黎は手を上げてそれを止めた。「分かっておる。今はそうは思うておらぬ。そもそもが、主らがこれが居る事により、良い気を発するのを見ておったのに…だが、これを巡って諍いを起こすのなら、居らぬ方がと思うてしもうたのだ。別に、陰なら他でもいけるとな。だが、そうではなかった。我は、あの時意地になってしもうた。もしかして、あれが感情と申すものかもしれぬ。主らを見ておって、なんとのうそれに興味を持った。なので、こうして己が作った世界の中に実体化して、それを学ぼうと思うたのだ。そうでなければ、己が作った世界の中になど降りぬわ。そうであるな、言うなれば、己が描いた絵画の中に入るような…書いた物語の中に入るような。それが学びになるなど思ってもいなかった。それが、中に生きる主らが成長し、我らが知らぬものを見て知り、我らも学べるやもと思わせるほどになったのだと…。」

天黎は、感慨深げに遠くを見るような目をしてそう言った。

確かに、自分が作って思い通りになる世界に、降りて来てもメリットなどないと思って来たのだろう。

そこに生きる命を観察し、それらを育てることに尽力し、それがまた自分達の学びにもなるだと考えてひたすらに見守って来た。

それが、ここへ来て皆の動きを見て、自分の中に沸き起こった知らなかった感情というものを知りたいと思い、こうして降りて来たということなのだ。

天黎もまた、学んで更に賢くなり、上を目指している命なのだ。

「ならば今のように見ておるだけではならぬかもしれぬの。」碧黎が、苦笑して言った。「それでは一緒に居るだけで天に居る時と同じではないか。我だって、これらを傍で見ておったが一緒に実際に同じように生活してみて、やっとわかったのだ。同じものを見て同じ事を感じ、共に笑い、共に悩んでそうやって生きてみぬことには、分かる事などない。主はこちらへ降りて参っただけで、やっておることはあちらに居る時と変わらぬではないか。」

天黎は、それを聞いて眉を上げた。

言われてみたら、その通りだと思ったようだ。

「そうか…確かに。」と、維月を見た。「ならば維月よ、主、我と主らがやっておる恋愛とやらをしようぞ。これや維心が主を取り合っておるのは向こうで見ておったので、興味があった。」

維月は、目を丸くした。

「え…恋愛を?!」

しようと言って出来ることではないのに。

維月が言葉に詰まっていると、結界外に維心の気配がした。

維心が、やっとあちらでの責務を片付けて、月の宮へと維月を追ってやって来たのだ。

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