親
将維と維月が滞在して三日目、やっと碧黎が疲れ切った様子で維月に会いに戻って来た。
将維は中身が将維とはいえ、体はまだ小さいので早めに休んで日が上る頃まで眠っている。
なので、碧黎が来た時には、まだ眠っていた。
親子とはいえ、維月は将維と一緒に寝ているわけではないので、碧黎に起こされて慌てて起き上がった。
「お父様!まあ、お忙しいと聞いておったので、そんなにご無理をなさらなくてもよろしいですのに。」
碧黎は疲れ切った様子で、維月が起き上がった寝台に腰かけた。
「すまぬの、まる二日も放って置いて。だがの、最近は天黎と天媛が、我と十六夜に話しかけて来てなあ…あちこち言うように整えるのに、時を取っておったのだ。」
維月は、目を丸くした。そんなに気軽に話しかけて来るの?!
「え、これまで滅多に話しかけては来なかったのに?」
碧黎は、疲れ切ってため息をついた。
「そうなのだ。十六夜は言うてなかったか?我はまだ良いのだ、大まかに指示して来るだけで、あちらも何も言うては来ぬから。だが、十六夜は大変ぞ。あちらは主に天媛らしいのだが、いちいち力の降ろし方にしろ、やり方にしろ、そうじゃないこうだ、とか、もっと右からやれとか、とにかく細かいのだ。十六夜はそもそも気ままであるから、そうやって指示されるのがかなりつらいらしいが、我にもどうにも出来ぬでな。気になって見ておったのだが、天媛はどこにでもついて来るゆえ…というか、どこに居ても声が届くゆえ、十六夜は逃げ場がない。なのでやるより無いわけだ。」
維月は、目を丸くして口を押えた。
そういえば、あの黄泉への事件の後に、あいつらあんなに気軽に話しかけて来る感じだったかあ?とか言ってたような気がする。
あれから、全く話しかけて来ないのでどうしたのだろうと思っていたが、もしかしたらあれからずっと…?
「…もしかして、十六夜は強制的に学ばされているのでは。」
あまりに進まないから。
とは、維月は言わなかった。だが、碧黎はため息をついて頷いた。
「そうなのだ。あのような事があったのも、結局いくら持って生まれた性質だはといえ、十六夜がなかなかにしっかりしないからなのよ。天黎の方はそこまでやる方ではないので、あまり口出しはしないようだが、天黎から解放された天媛が、いちいちあれこれ申して横やりを入れて来るのだ。それにつられて天黎も、我にあっちを見て置いたらどうか、とか、あちらの力加減はそろそろ強めて置いた方が良いぞ、とかあれこれ話しかけて来るし、我も気が休まる暇もなくてな。ただ、我は仕事が速いゆえ、十六夜ほど難儀してはおらぬ。だが十六夜は全部手取り足取りの状態なので、面倒な事になっておるのだ。」
それは大変だ。
維月は思ってただただ目を丸くしていた。
恐らくは適当にやっていた事を、いちいち正されているのだと思われた。
あちらからしたら、これまで放って置いたからこうなったと思っていて、それを何とかしようとしているのだろう。
だとしたら、途方もなく時間がかかりそうだった。
「…大変ですこと。十六夜は、それこそ寝ておる時間もないのでは…。」
そもそもそんな概念はないはずの命だし、本来ずっと起きていても平気なはずなのだ。
碧黎など、つい最近になって睡眠というものが心を休めるのに良いのが分かったとか言っていた。
十六夜も、自分達と生活するようになって眠る習慣が出来たので、毎日寝てはいないようだが、時には寝たいと思うだろう。
「我だって寝た事がなかったぐらいだから、恐らく天黎や天媛には必要ないし分かるまいな。あの時、我が我らと共に生活してみては、と言ったのが悪かったのかもしれぬ。そうしたら我らや神のことに理解が進もうと。あれらは忙しいから無理だと申しておったのに…他の世界はどうしておるのか。」
すると、碧黎の脇から声がした。
《今は他の対の者らに頼んでおるのだ。》これは、天黎の声だ。《我ら、主らの生活とやらに興味を持った。ゆえに学ぼうと思うて。よう考えたら命の管理しかしておらなんだし、ならば主の言うように主らの中に降りていろいろ見た方が、もしや学びも進むのではと話し合っての。》
碧黎は、最近では慣れているのか、顔をしかめた。
「それが間違っておるとは言わぬが、あれでは十六夜が疲れよう。主の対なのだから、一言申してくれぬか。」
すると、回りの空気が動いたと思うと、するすると光が収束し始め、目の前に人型のような光が現れた。
その気の圧力は相当なものだったが、相手は気がついていないのか、そのまま言った。
《あれは対とは言うて思うように動くゆえ。これまで、我の言うように動くよう、取り決めていたのだが、この度個々で動こうと取り決めた。あれは我の言う事は聞かぬし、我もあれの言う事は聞かぬつもりよ。》
まさか仲違い?
維月は困ったように眉を寄せたが、碧黎は言った。
「もしや長く対で来たのに仲違いか?」
天黎は、首を振った。
《仲違い?いや、別にあれは居っても居らずでも同じなのだが、一応対であったから同じ場所で同じ学びを続けておっただけ。我らには、感情というものが分からぬので、主が我らの関係をどう思って聞いているのか分からぬが、とりあえずそんな感じだとだけ申しておこう。まして別々に動くと決めた今、我はあれに責任を持つ事もないのだと解放された心地であるしの。恐らくあちらもそうであろう。》
なるほど淡白な感じなのだ。
維月は思った。
感情があまりない状態なので、愛情などももちろん分からず、感じていない。
「でも、お子は?碧黎様と、大氣、瀬利はあなた方のお子でしょう。その…私達の間では、お子が出来るような行為自体を、軽々しくしないので…。」
天黎は、笑ったようだった。
《ああ、あれか。何から説明したら良いかの…まずそもそも、我らのような命には、命を作るのにそんな行為は必要ない。》
それには、碧黎も維月もびっくりした顔をした。必要ない?
「え…だが、我らと同じ命なのではないのか。だが、我らはあの行為が無いと子が出来ぬ。」
天黎は、答えた。
《それは主らがそれで子が出来ると信じておるからぞ。我らは命を近づけて命をと思うだけで、新しい命が生まれ出る。もちろん、やり方はそれぞれであるし、我らのような対の命はまだ数組居るゆえ、己らがお互いにもつ型で補い合う形で命を作るという方法を取る者達も居た。そこから数多くの命が生まれ出て、それらは人でもあるし神でもあり、どんどんと我らから離れるに従って違う未熟な命となって地上に繁栄していった。我らは増えた命達が我らのように学べるために、地上を整えるために主らを生み出したのだ。地上では、どんどんと人や神が我らの思っていない場所で増えて行き、管理をする命が必要だった。だから主らを作ったのだ。だが、主らのような行為は必要ないからしていない。どうだろう、これで分かっただろうか?》
碧黎は、息をついた。
「主らが近付いて思うだけで命を生み出せるということは。」碧黎は答えた。「では…我らも、あの行為なしで子を成すことは可能なのだろうか。」
天黎は、すぐに頷いた。
《可能ぞ。だが、強い思いが必要であるし…主らの中では、あれが命を産み出す行為だと思い込んでおるしなあ。そう簡単には行かぬだろう。人や神とは違うから、あれらよりは簡単だろうが、難しい。陽の型があの行為以外で陰の型に己の種を送れぬだろう?》
そこまで話した時、将維がきちんと乳母に着物を着付けられて、入って来た。
そして、天黎の姿を見るより先に、フッと気を失ってその場に倒れた。
後ろについて来た乳母はと言うと、もう先に倒れていて後ろで床に転がっていた。
「将維!」
維月は、慌てて将維に駆け寄った。碧黎が、急いで言った。
「こら!主は気の圧力が半端ないゆえ大変なのだ!しっかり実体化するか、あっちの空間から話しかけるかどっちかにせよ!我らは平気だが、こんな子供にはひとたまりもないのだ!」
天黎は、頷いて段々にハッキリした姿になったかと思うと、しっかりとした人型になった。
維月が将維を抱いて振り返ると、そこには見事な長い金髪の、すらりと背の高い夢のように美しい男が、こちらを空のように澄んだ青い瞳で見て、立っていた。




