再会
久しぶりの里帰りには、維月は維黎を連れて行くことになった。
結局、維黎に改名するかと聞いたら、どちらでも、父上と母上が良い方で、と言うので、維心はもう、面倒だから将維でいい、と宣言し、生まれた時維黎と名付けられた維黎は、将維と改名された。
臣下達はそれを何の抵抗もなく受け入れ、神世にはわざわざ公表はされなかった。
何しろ、皆が皆将維と呼ぶので、今更だったのだ。
そんなわけで、将維と維月は、義心に守られて月の宮へと向かった。
炎月は、久しぶりに母の維月に会えるというので、志穂と、息子の炎託を連れて、月の宮へとやって来ていた。
志穂には、ワケあって炎月が月の宮で育ったこと、なので維月が頻繁に里帰りをして母代わりに育ててくれたと話して、実の母ではないが、母と呼んでそう思っているという風に説明していた。
志穂はそれを素直に信じていて心苦しかったが、今はもう身の内に陰の月を持っても居らず、自分は見た目にも母とは何の繋がりもないのだから、と、炎月は己を騙すように言い聞かせ、そうして月の宮へと到着していた。
「炎月。」蒼が、客間へと入って来て声を掛けた。「維月が着いたよ。今、部屋へ入ったところだ。どうする?会うならどこかに来るように言おうか?」
炎月は、苦笑して首を振った。
「母上は、龍王妃であられるから。我より地位は上だし、我の方から参る。今はどちらの対に?」
蒼は、頷いて言った。
「維心様の対。一緒に行こうか。」と、隣りで頭を下げる、志穂を見た。「志穂殿も。」
志穂は、顔を上げた。
「はい、蒼様。」
そうして、乳母に頷き掛けると、乳母は炎託を抱いて、そうして炎月と蒼に続いて、客間を出て維月が居る維心の対へと向かった。
維心の対は、奥近くにあり、結構歩かなければならない。
黙々と歩いて到着すると、蒼は、扉の外から声を掛けた。
「維月?炎月を連れて来た。入るよ。」
中から、維月の声が答えた。
「蒼?どうぞ、入って。」
扉を開くと、維月が小さな将維と共に、並んで奥の椅子へと座っていた。
小さなと言っても、将維は今は月の眷族なので、無理の大きくした体なので、小学校の低学年ぐらいの大きさはある。
炎月は、やっと母に会える、と思って気が沸き立っていたが、後ろの志穂は緊張気味にしていた。
思えば、滅多に合うことも無い本来龍の宮深くに居て、龍王にガッツリ守られて出て来ることも無いはずの龍王妃が、目の前に居ると思うと緊張するかもしれない。
そんな志穂の緊張を感じながらも、炎月は部屋へと足を踏み入れた。
「まあ、いらっしゃい。炎月殿もご立派になられましたわね。」
炎月は、進み出て言った。
「母上、ご無沙汰いたしております。こちらは、我の妃の志穂。そして、子の炎託でありまする。なかなかにお目通りも出来ませず、ご挨拶が後になってしまい、申し訳ありませぬ。」
維月は、自分を母と呼ぶ炎月に驚いたが、志穂は妃なのだからちゃんと話しているのかもしれない。
なので、頷いた。
「よろしいのよ。あなたもお忙しいと王からお聞きしておりますから。こちらは、我の第三皇子の将維。見知って置いてね。我が王が月を兼任なされた時に生まれたので、こちらと月の眷族と同じ命なのよ。なので、まだ生まれてそう経っておりませぬけれど、こうして身も大きいのですわ。ところで志穂様は、緑翠様の皇女様だとか。緑翠様の御母君の綾様とは、在りし日に仲の良いお友達でありましたの。お会い出来て嬉しいですわ。どうぞ、およろしくね。」
志穂は、カチカチに固まっていたが、美しく頭を下げた。
「はい、龍王妃様。」
維月は、確かに白蘭に似てとても美しい皇女だこと、と微笑ましく志穂を見ていた。こうして炎月が妃を持つことが出来、子を成して幸せにしていると思うと、感無量だ。炎嘉がここで、炎月が生まれたと喜んでいたのは、つい昨日の事のようなのに。
炎月は、乳母から炎託を受け取ると、維月に見せて、言う。
「母上、炎託です。我の、初めての子なのですよ。」
維月は、微笑んで言った。
「まあ。では、こちらへ。母も側で見たいわ。抱いても良いかしら。」
炎月は、頷いて寄って行くと、維月に炎託を手渡す。
維月は、炎託を受け取って、その顔を見た。
…炎嘉様にそっくり。
維月は、思った。炎月が炎嘉に似ているのだから、似ていて当然なのだが、炎月と志穂の子なのに、まるで炎嘉の子ではないかと思うほど、炎嘉に似ているのだ。
金髪のような茶髪に、薄っすらと赤い瞳。整った顔立ちで、懐っこそうな雰囲気だ。
維月は、隣りにじっと黙って座っている、将維を見た。
「将維。御覧なさいな、炎月様の御子よ。歳が近いので、大きくなったらあなたも共に世を動かせるのではありませんか。」
将維は、じっと顔を覗き込んだ。
そうして、嬉しそうに微笑んだ。
「母上。炎託とは友になれそうです。」
維月は、微笑んで頷く。
「そうね。また龍の宮にも遊びに来てもらわねばね。」と、炎月を見た。「炎月様。とても良い御子でございますこと。炎嘉様にそっくりであられて。先が楽しみでありますわね。」
炎月は、頷いて維月から炎託を抱き取った。
「はい、母上。我はワケあって母上にお育て戴きましたが…我は、この子を宮で志穂と共に育てたいと思おうております。」
そういう風に言うておるのね。
維月は納得して、頷いた。
「良い事ですわ。緑翠殿の御子であられる志穂殿ならば、きっと恙無くお育てくださると思うから。将維とも歳が近いのですし、また宮にも連れていらしてくださいませ。この子も他の兄弟と離れて生まれたので、年の近い話し相手も欲しいものですから。早う大きくなられたら良いわね。」
炎月は、頷いた。
「はい、母上。」
蒼が、言った。
「じゃあ、お茶でも淹れさせようか?座って話そう。」
維月は頷いて、二人に傍の椅子を示す。
炎月と志穂はそこへ腰かけて、そうしてしばらく、四人で語り合って、将維はそれを、分かっているのだが黙ってただ、聞いていたのだった。
夕刻近くになって、炎月たちが名残惜し気に帰って行くと、将維は言った。
「…誠に、炎託であった。我は…またあれと語らうことが出来ようか。」
維月は驚いて、将維を見た。
「何を言うておるの?大きくなったらいくらでも話せるわ。まだ赤子だったんですもの、此度は話せなくて当然でしょう。」
将維は、首を振った。
「そうではないのです。確かにあれは炎託であったが、炎託の記憶が感じられなかった。もし、あれが記憶を持って来るのに失敗しておったら、我はもう、二度とあれに会えぬのかと。急に、怖くなり申した。誠…あちらを出る時、突然でありましたので、挨拶もそこそこに別れたので。もし、あれときちんと話が出来ぬのなら、どうしてしっかりと話しておかなかったのかと、悔まれてしもうて。」
維月は、将維の頭を撫でて、苦笑した。
「そのように。大丈夫よ、維明だって記憶を戻したのはかなり大きくなってからだったわ。維心様が記憶はないかと探られたけど、その時には分からなかったの。持って来ていても、すぐには戻らないものなのよ。あなたはあまりにも早過ぎたわ。私達だって、成人してからだったもの。あちらが育って参るのを待つしないわね。きっと大丈夫だわ。」
将維は、維月を見上げて、表情を緩めると、笑った。
「そうであるな。母上、我は…誠、またお二人のお傍に生まれて幸福であります。今度は月の眷族に生まれかわってしもうたが…それでも、我は我でありますし。前よりも、お役に立てるのではないかと。」
維月は、息をついた。
「将維…役に立つなんて、気にしなくて良いのよ。でも、維心様とも話しておったのですけど、もう将維が先に逝ってしまって悲しまずでも良いなと。あの折は、私達はとても悲しかったわ。あなたを失って、本当に何かが終わってしまった気がしたのよ。でも、こうしてまた生まれて来てくれて。維心様も私も、今回はいつまで生きなきゃならないか分からないし、その間にたくさん親しい神を亡くしてしまうでしょう。でも、あなたは傍に居てくれる。だから、心強いなって。」
そんな風に思ってくれていたのか。
将維は、約束したから生まれ出なければと、急いで出て来たのだ。それが、龍なのか月なのかなど、あの時には考えてもいなかった。だが、生まれてみたら龍ではなかった。最初は戸惑ったが、そもそもが陰の月を身の内に持っていた過去があるので、それはすぐに馴染んた。
だが、こんな自分が役に立つのだろうかと、心配だった。父の後を継ぐことも出来ないし、未だどこにも宿っていない自分が、どうやって皆の力になるのだろうと。
だが、父と母は、生まれて来てくれて心強いと言ってくれるのだ。
ならば、出来る限りの事をしよう。
将維は、そう思って新しい生を生きることに思いを馳せたのだった。




