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帰還

維心は、話を聞いて我らは戻れるのだとホッとしたような、少し残念なような気がした。

黄泉は、穏やかでなんの責務もない場所だ。

そこで落ち着いて暮らせるなら、それも良いと思っていたところだったからだ。

だが、大きな存在もまた、成長を目指して精進する、同じ命に他ならなかった。

皆が同じように精進する中で、自分だけが安穏としている場合ではなかった。

「…では、帰るか。」維心は、言った。「炎嘉も案じておろう。あれらが絶望しておるかと思うと、早う帰って話してやりたいと思うもの。」

碧黎は、頷く。

「我もそのように。大氣も来ておるようだったし、あれも案じておろう。もう死ぬのだとばかり思うておったから、地などどうでも良いと放って置いたゆえ、死にかけた我を引き戻そうと、地が激しく揺れたはずなのだ。人世も気に掛かる。見回っておかねばならぬ。」

維心は、そんなことになっていたのかと慌てて言った。

「ならば急ごうぞ。宮は無事なのか急に心配になったわ。参るぞ、碧黎。」

碧黎は、頷いた。

「では、帰る。」

そうして維月を抱き締めた維心と、碧黎はその場から消えた。

その様子を、離れた場所から二つの光が見守っていたのを、維心も碧黎も知らなかった。


炎嘉は、深く項垂れていたのを、顔を上げて立ち上がった。

「…宮へ戻る。」と、小さな維黎を見下ろした。「将維、我は行く。維心と碧黎が居らぬ今、もう神世も人世もどうなるか分からぬし、恐らくは全て滅びようが、それでも最後の命が黄泉へ渡るまで、苦しまぬようにと努めるのが残された我の役目だと思うておるから。全てが終わるまで千年ぐらいは掛かるだろうが、主も努めよ。今ここに生きておる我らの責務よ。」

維黎は、頷いた。

「分かっておる。せめて地獄の中で絶望のまま黄泉へ向かう事がないように、我も努めよう。」

炎嘉が頷いて、そこを出て行こうとした時、突然にパッと、維心と碧黎、維月が目の前に浮いた。

炎嘉があまりに何の前触れもなかった事に固まっていると、維心が維月を腕に床へと降り立って、言った。

「炎嘉。心配をかけてすまなんだの。全て解決したゆえ、話すために急いで戻ったのだ。」

炎嘉は、目を丸くしていたが、我に返って維心に駆け寄って、その腕を掴んだ。

「おお、実体がある。死んだのではないのだな。」

維心は、頷いた。

「死んではおらぬ。」と、碧黎を見た。「ここの調度もひっくり返っておるわ。見て参れ、碧黎。」

碧黎は、ただ呆然と浮いている、大氣を見た。

「大氣、ようここまでに抑えてくれたの。何があったか話すゆえ、共に参れ。被害を見て回らねばならぬのよ。」

大氣は、もう出て行こうとする碧黎に、慌ててついて飛びながら言った。

「え…ちょっと待たぬか碧黎!何を落ち着いておるのよ、我はもう、主は死んだのかと…!」

碧黎は、先を飛びながら答えた。

「地にまだ気配があったであろうが。だから話すゆえ参れと言うに。」

二人は、そんなことを言い合いながら窓から出て行った。

蒼は、維月をいつもの定位置の椅子にそっと寝かせる維心を見ながら、言った。

「亀裂が閉じたので、もう維心様は黄泉へ送られたのだと思っておりました。オレ、気を失って放り出されてしまったみたいで。」

維心は、寝かせた維月の隣に座りながら、頷いた。

「我も死んだのだと思うたが、実際は違った。己の間違いに気付いた大きな存在が、我らを己の居る場へ連れて参っただけだったのだ。」と、炎嘉を見た。「炎嘉、主はあの折、無駄であったと思うて叫んでおったの。その叫びが、あれを我に返らせた。己が間違った事をしようとしているのだと、それで悟ったのだ。それで、我らはここに居る。順を追って話そうぞ。」

維心は、碧黎から聞かされた、一部始終を蒼、炎嘉、維黎に話して聞かせた。

皆固い表情で聞いていたが、終わる頃には、炎嘉も肩の力が抜けて、安堵したような顔付きになった。

「…我は、少しは役に立ったのか。」炎嘉は、言った。「その大きな存在でも、それまで己が何をしようとしているのか、気付かなかったと。」

維心は、頷いた。

「その通りよ。間違っていたと、我らに謝っておったらしい。あれらもまた、成長しようと努める命に過ぎない。そう考えると、学びとは誠に長い道のりであって、我らなどまだ、ほんの入り口に立つ命なのだと思い知らされる。人が愚かと思う事もあったが、教えられる事も多いであろう?大きな存在から見てまた、我らも同じなのだ。そう、我らは元は、同じ命であるのだ。そう思うと、愚かな奴らを見ても、成長過程かと憤る心地にもならぬものよな。我らより、ただ若いだけの同じ命なのだとの。」

炎嘉は、心持ちスッキリした顔をして、維心を見た。

「ならば同胞に憤るのもまた、無駄な事よな。」炎嘉は、微笑した。「大きな存在も我らと同じ。ならば、謝っておるのだし法は破られなかったのだし、これ以上は何も言うまいよ。我らがやって参った事は、間違いでも無駄でもなかったということであるからの。」

維心は、微笑み返した。

「我もそのように。しかし炎嘉、知らねばただの大地震かと何もないまま終わったかもしれぬのに、主は面倒な想いをせねばならなんだの。また悪い時にこちらへ来たものよ。」

炎嘉は、苦笑した。

「これも流れであったのやも知れぬわ。我は主の補佐の存在であろう?助けるために、我はここへ来なければならなんだのだ。恐らくはの。」

言われて、維心はその通りなのかも知れない、と思った。維心の危機を無意識に気取り、炎嘉はここに来ずにはいられなかったのかも知れない。

「…心強いことよ。」維心は、笑った。「主に助けられたのは事実。とにかくは主も、地震の後の宮が気になろう。今は戻るが良い。あ、炎月は誰と婚姻か?」

炎嘉は、立ち上がりながら言った。

「知っておるのか?そうよ、緑翠の娘の志穂と。来月にでも宮へ入る予定ぞ。そもそもが、その知らせに祝いを書いて来たのが維明であったから、おかしいと思うてこちらへ来たのが始まりぞ。主は黄泉であったのに、よう知っておったな。」

維心は、苦笑した。どこまで言うて良いものか。

「…炎託に聞いての。」と、ハッと黙って聞いている維黎を見た。「将維!そうであった、主、蒼に手伝ってもろうてその大きさに。思い出しておったなら、早う我らに言わぬか。維月ももう黄泉へ行かねばならぬのに将維と話せなかったと悔やんでおったのだ。」

維黎は、幼子に不似合いな神妙な顔つきで答えた。

「は…父上や母上にも、もう少し育ってから申し上げようと思うておりました。何しろ、生まれたばかりで己で歩く事も出来ませんでしたし。出来たら、今少し気がねなく育っておりたかったと思うておりました。」

維心は、その気持ちも分かった。皇子として生まれると、物心ついて来た頃にはもう、帝王教育のようなものが始まってしまい、安穏と遊んで暮らすことなど出来ない。よく分からないまま、いろいろな知識を詰めこまれて、どうして己がそんなことをさせられているのか、分かる頃にはもう、父王について政務を見て学び始めている。思えば自分も、子供で無邪気に遊んだ記憶など全くなかった。そもそも、自分は気が強過ぎて、一緒に遊べる子供は愚か、大人でさえも居なかったのだ。

維心がそう思いながら、維黎に言った。

「ならば、その姿からは己で育てば良い。葉月はまだ赤子なのだし、主も子供として成長して参れ。時はある…ゆっくり休んでから、今生は恐らく、地の手助けをするのだろう。その学びを始めれば良い。」

維黎は、小さな体でぴょこんと頭を下げた。

「はい、父上。」

どうやら、体が小さいので上手く扱えていないらしい。だが、それがまた愛らしい様で、維月が起きたらまた、溺愛するのだろうなと思えて苦笑した。

「乳母が困ろうが、まだ子供なのだし、部屋へ戻るが良い。我は、これから後始末をして参る。維明が恐らく、地震の後を何とかしようとしておるだろう。」

炎嘉は、立ち上がって維月に自分の袿を着せ掛けている、維心を見た。

「では、我は帰るぞ?見送りは要らぬ。また来るわ。ではの。」

維心は、振り返った頷いた。

「すまぬな、よう来てくれたわ、炎嘉。また改めて維月と一緒に、炎月の祝いをするゆえ。炎月にはそう伝えてくれぬか。」

炎嘉は、歩き出しながら頷いた。

「ならばそのように。またの。」

炎嘉は、足取りも軽く出て行った。

疲れ切っているはずだったが、気持ちがスッキリした心地なのだろう。

維黎は、戸惑いがちに迎えに来た、乳母についてそこを出て行き、蒼は、体は疲れ切っていたが、何やらスッキリした気持ちになって、維心を見た。

「じゃあ、お二人とも戻られたし、十六夜も月で…まだ寝てるけどそのうちに目が覚めるだろうし、ひと段落ですね。後は、将維と瑞姫をしっかり育てて月とか地に振り分ける感じでしょうか。」

維心は、維月がよく寝ているのを見つめながら、頷いた。

「そうなるの。そこはまた、追々考えて行けば良いか。主も、ご苦労であったな。これからの事は碧黎と話し合ってしっかり決めて、また主にも話すゆえ。十六夜にも、もし目が覚めたら話してやって欲しい。こちらへ参るのなら、我が話すが、どちらでも良い。」

蒼は、頷いて頭を下げた。

「はい。では、維心様。オレも宮へと戻ります。またご連絡ください。」

蒼は、ホッと胸を撫でおろして、維心の居間を出て行った。

維心はそれを見送ってから、維明をこちらへ呼ぶように侍女に指示し、そうしてまた、日常を取り戻すために動き始めたのだった。

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