縁2
炎月と志穂の縁談は、思った通りすんなりと緑翠から承諾され、志穂は鳥の宮へと来る事になった。
今ではしっかりと育った炎月を次の王とするため、一度は降ろした第一王位継承者としても立場へと戻すことを神世に告示し、それと同時に志穂との婚姻も告示された。
炎月からの結納の使者は翠明の宮へと行き、無事に結納の品も届けられた。
翠明も知らぬ仲ではないので、気楽にその使者を迎えたが、緑翠も白蘭も、初めての事に大変に緊張しているようだったそうだ。
それでも、美しい志穂に臣下も未来の王妃に相応しいと、満足して戻って来たという事だった。
炎嘉は、無事に粛々と準備が進んで行くのをホッとして見ていて、あちこちからの祝いの品と書状に囲まれて、維心と維月に改めて礼を言いに行きたくなった。
こうして、こういう日が来たのも、あの二人が炎月の誕生を助けてくれたからなのだ。
炎嘉がそう思いながら、龍の宮からの祝いの書状を手に取ると、そこには維明の直筆で、この度の祝いが書かれてあった。
…なぜに維明?
炎嘉は、怪訝な顔をした。維心か維月が、書いて来るものだと思っていたのだ。
何しろ、今は月が身の内になくなったとはいえ、炎月を生んだのは維月であって、母として息子の婚姻に、何某か言いたいのが維月の気性なら当然だろうと思われた。
忙しいとしたら、臣下に書かせて後で顔を合わせた時にということにするはずが、なぜか今回、わざわざ代筆で維明が書いて来ている。
なぜにわざわざ、第一皇子に書かせるのだろう。
炎嘉は、合点がいかなかった。
「…開。」炎嘉は、言った。「ちょっと龍の宮へ行って来るわ。嘉張を連れて行く。すぐに戻る。」
目の前で、書状を選別していた開は、急な事に驚いたが、維心に急に会いに行くなどしょっちゅうなので、しかも何も言わずに勝手に居なくなっている事がいつもなので、すぐに頷いた。
「は。では、お帰りをお待ちしておりまする。」
まだ、行くと言ってから出て行ってくれるだけましだ。
開は、そう思っていた。
炎嘉は、さっさとそこから庭へと足を踏み出し、叫んだ。
「嘉張!出掛ける!ついて参れ!」
嘉張が、慌ててやって来るのを後目に、炎嘉は龍の宮へと慣れ親しんだ道を飛んで向かったのだった。
蒼は、あの後戸惑う乳母から維黎を抱き取り、そうして傍の椅子へと座らせて、月の力を流し込んでその体を大きくするのを手伝った。
元々、この体はエネルギー体で、どうにでも出来るものなので、本当なら大人にも出来るはずだったが、維黎の体は小さな、人で言うところで五歳ぐらいの大きさになった。
それから、維明も維斗も呼んで、この事実を話し、維心と維月が戻るまでは、とにかくは神世にこれを隠して何とかしのいでおこうと話し合った。
そこから数日、維黎は小さな体で維心の居間で座り、維明と蒼を前に言った。
「我が迎えに参ったら良いのだが、まだどこにも宿らされておらず、安定しておらぬので力がなくてあの場所で長くもたぬのだ。」その小さな維黎は言った。「炎託がまだ居るはずであるが、炎月が婚姻とか言い出しておるから、あれもこちらへ転生の準備に入っておるはずなのよ。次の番人への申し送りもあるし、長く維月の側には居れぬ。父上のお力でこのように時間が掛かるのはおかしいし、恐らくは何か、問題が起こっておるのだと思うがの。」
維明が、言った。
「だが将維、長くあの場に居れぬのは維心とて同じ事であろう。碧黎は黄泉へ入らぬ限りは力が継続しようが、それでも長くは居れぬもの。もしかしてあれらは、また向こうへ共に参ろうなどと考えておるのではないのか。」
蒼は、それを見て複雑だった。
維黎は前世将維で、維明は前世維明だ。
維斗が居る時は、配慮して今生の立場のまま話すようにしているようだったが、今は維斗が政務に出ているので、自分の前世の記憶も駆使して解決しようと話すので、どうしても前世と今生の立場をごっちゃにして話してしまうようだ。
維黎は、息をついた。
「分かっておるわ。だが、維月は愚かではない。いよいよとなれば帰れと言うはずぞ。地上がどうにかなってしもうては、転生も出来ぬのだからの。蒼に聞いたところ、とりあえず十六夜が月に戻って何とか霧が制御されているようではないか。また正常になって、婚姻も進み始めておるのだろう。」
蒼が、それに答えた。
「そうなんだよ。やっぱり綺麗さっぱりし過ぎているのが原因だったみたいで、駿に聞いたらあれだけゆっくり準備していた英心から、早速に楓をそろそろ迎え入れたいと言って来たらしいし、焔もじゃあこちらもと言って、桜がこの週末にでも鷲の宮へ入ることが決まったらしい。炎月の婚姻も決まったようだし、十六夜の力は凄いなって思ってたところだ。」
維明が、蒼を見た。
「当の十六夜は、まだ寝ておるのにか?」
蒼は、困ったように頷いた。
「そうなんだけど、十六夜が戻って来たら全然違うんだ。きっと、ずっとやって来たことだから、月に戻ったら無意識にやってるんだと思うけど、まだ眠ったままで目が覚めない。」
維黎が、息をついた。
「十六夜が目が覚めたら、多分あっちへ行くと言い出すだろうし眠らされていると見た方が良かろうの。どうしたものか…まさか、戻ってすぐにこんなことになるとは思っておらなんだ。当分はのんびりと育って行こうと思うておったのに。」
維黎が、額に手を置いて眉を寄せる。そんな様子を見ながら、維明は言った。
「気の毒なことよ。我は成人するまで思い出さなんだゆえ、気負いのう育ったものを。主は赤子で思い出すとは運の悪い事よな。」
維黎は、維明を見た。
「我は、意識が薄れたのは腹に居る時と、生まれた瞬間までぞ。気が付いたら、碧黎が我を見ておった。碧黎の声を聴いた瞬間、我に返った。ああ、我は転生したのだとの。それからは、維月に可愛がられ、体は思うようではなかったが、幸福であった。それが、ほんの一瞬であったわ。」
まだ小さいけど。
蒼は、思って見ていた。ちなみに、一緒に生まれた葉月は全く我関せずで赤子のままだし、本来転生しても、最初はそんなものなのに、将維は生まれた瞬間にもう、思い出していたのだ。
それだけ、覚えておきたいという気持ちが強かったのか、それとも生まれた瞬間に碧黎という大きな力を目の当たりにして覚醒したのかは分からないが、どちらにしろ将維は、早過ぎた。
「葉月はあのままなのに。」蒼は、将維が不憫に思って言った。「維心様だって最初は何も覚えておられなかっただろう。将維だけがこれか。」
維黎は、蒼を見て頷いた。
「なってしもうたものは仕方がないと思うておる。ところで葉月は、瑞姫であるぞ?ゆえに記憶は恐らく、残っておらぬ。あの強烈な浄化の光に、あれが抗えたとは思えぬしの。」
蒼は、仰天した顔をした。死んだ蒼の最初の娘だったからだ。
「ええ?!瑞姫なのか?!って事は、少なからず月に縁のあった命ばかりってことか。」
維黎は、頷いた。
「そうよ。天から声が降って参って、あれも行かねばならぬと。炎託には、早う来いとだけ言うて来た。なので、炎月の子になるだろうと我には分かっておるのよ。」
だからそんなにべったりじゃなかったんだな。
蒼は、思った。同じ双子の十六夜と維月は、生まれた時から何をするにも一緒でそれは仲が良かった。だが、維黎と葉月はそうでもないと聞いていたのだ。
将維と瑞姫は従兄妹同士で仲は良かったが、そこまでではなかった。
なので、維黎はそこまで葉月葉月ではないわけだ。
そこへ、鵬が慌てたように入って来て膝をついた。
「維明様、蒼様、将維様。炎嘉様がお越しになったのでございます!」
維明は、驚いて立ち上がった。
「先触れは?」
鵬は首を振った。
「いつもそんなものはなくとも来られる事があるのです。単身で、嘉張一人を連れてお越しなのです。」
維明は、維黎を見た。維黎は、息をついた。
「…仕方がない。炎嘉ならば大丈夫だろう。これへ。」
蒼は、顔をしかめた。
出来たら、神世に知らせないまま事が終わって欲しかった。
だが、鵬が出て行ってすぐに、炎嘉は入って来た。
蒼は、炎嘉には全部言うしかない、と覚悟したのだった。




