縁
その頃、炎嘉は何も知らずに普通に過ごしていた。
維心の所へ直接嘆願へ行くのが敷居が高くなってしまったという事は、炎嘉の所に嘆願に来るものが増えるという事で、炎嘉は謁見が詰めて詰めて、はっきり言って面倒な状態だった。
そんな中、緑翠と白蘭の子である志穂が、弓維と同じぐらいの年頃なのだが、兄の白翠と共に宮を訪れる機会があった。
志穂は、それは白蘭に似てそれは美しく、綾の孫となるので躾は完璧で、動きも洗練されていて淑やかで、大変に出来た皇女だった。
そろそろどこか縁談があってもおかしくはないというので、白翠が鳥の宮へ出掛けるというので、ではと共に連れて来られたらしい。
志穂の美しさは、炎耀もずっと目で追っていたほどだったのだが、しかし炎耀は、あいにく妃の千子の尻に敷かれていて、実際宮の奥は千子のお蔭で回っているようなところがあったので、言い出せないようだった。
炎月はというと、来た時にはじっと見つめていたが、例のトラウマのせいか、何も言わなかった。
炎嘉としては、この辺りでそろそろ炎月にも妃をと思っていたので、炎耀には悪いのだが、もう一人妃が居る炎耀よりも、炎月に志穂をと思い、話をするために炎月を居間へと呼んだ。
「父上。お呼びと伺いまして、参上しました。」
炎嘉は、頷いた。
「白翠が来ておって立ち合いをしておる中、呼び出してすまぬの。だが、主にどうしても話があっての。」
炎月は、そんな急に何だろうと怪訝な顔をした。今は平和で、特に神世に何かある感じではないのだが。
「はい。何でございましょうか。」
炎月が答えると、炎嘉は言った。
「座れ。」言われて、甲冑のまま炎月は炎嘉の前の椅子へと座った。炎嘉はそれを待ってから、続けた。「本日、白翠と共に志穂が来ておったの。あれを、主の妃にどうかと思うておるのよ。」
炎月は、驚いた顔をした。確かに美しい皇女だったが、自分は…。
「…確かに美しい皇女でありましたが、いろいろあった白蘭殿の子であるし…我には、あり得ないかと思うのですが。」
炎嘉は、首を振った。
「だからこそぞ。」炎月が困った顔をしているのに構わず、炎嘉は言った。「志穂は白蘭とは違い、翠明の宮で育った生粋の皇女ぞ。誠何も知らぬ箱入りの娘であるが、あのように白蘭に似て美しい。主は、白蘭との事を吹っ切るためにも、志穂を娶った方が良いと思うておる。あれは、綾の孫でしっかり躾けられて宮を回すことも恐らく千子よりようやるだろう。主を、我の跡目に正式にまた、告示したいと考えておるのだ。ゆえ、しっかりした妃が欲しいのよ。」
炎月は、戸惑った顔で炎嘉を見上げた。確かに、白蘭の育ちは複雑で、宮へ上がる前には男に媚びて何とか生きていた境遇だった。そんな難しい白蘭を若すぎて知らずに懸想して、騒ぎを起こしたのは炎月だった。
それを克服するためにも、志穂を娶るべきだと炎嘉は言っているのだ。
「は…。」
炎月が乗り気でないのを見て、炎嘉は続けた。
「主の心地は分かるつもりよ。だが、このまま妃が居らぬわけには行かぬ。我は、維月を愛して何とか主を成すことが出来、幸運だった。それが無ければ、我も心ならずも誰かを娶って子をなさねばならなんだ。主も、次の王となるならどうしても子を残さねばならぬ。炎耀では、我の能力を完全には継いでおらぬのだ。主が王となり、そうしてその子を、例え一人でも残すのが、鳥族の未来のためなのだ。過去の事にいつまでも囚われて、妃を娶れぬでそれが叶わぬと、後が困る。ここで、一度試してみたらどうか?」
炎月は、迷った。確かに美しい皇女で、初めて見た時には目を奪われた。炎耀も、気にしているようだった。だが、炎耀には千子が居て、千子に任せきりな奥の事もあり、言い出せないでいるようだった。それに、何となくホッとしたのも事実なのだ。
ならば、一度志穂を娶って見ても良いのではないか。もしかしたら、上手くやっていけるのではないか…。
炎月は、まだ気が進まなかったが、頷いた。
「は。父上がそうおっしゃるのなら、そのように。あのように美しい皇女であられたし、見た目に不足はありませぬ。ただ、まだ中身をよう知らぬというだけで。」
炎嘉は、満足げに頷いた。
「ならば、それで。緑翠に打診をしておくゆえな。あちらもその気があるからこそ、本日連れて来たのだと思うし、恐らくこちらへ来る事になろう。主も、立ち合いに戻って、もし話す機会があったら少し、話しておくが良い。あの皇女なら、問題ないと我は思うぞ。幼い頃から時々目にしておったが、奥ゆかしい皇女であるようだったしな。」
炎月は、戸惑いながらも頭を下げた。志穂…あの美しい皇女が、自分の妃になるのか。
まだ実感は湧かなかったが、王族の婚姻とはそんなもの、と炎月は己を納得させ、そうしてまた、訓練場へと戻って行ったのだった。
維心と維月、碧黎と炎託は、維月の門の前で、その中から漏れ出る光の中、どうすることも出来ずにただ、座っていた。
このままここで居るだけなのか、それともそのうちに中へ行かねばならぬような状況になるのかも分からないまま、どちらにしろ、何かが起こるのを、ただ待つより他、方法が無かったのだ。
炎託が、暗い空間を見ながら何かを気にしているようだったので、維月が言った。
「炎託?もしかして、番人としての仕事が残っておるから行きたいのではない?」
それには、維心が言った。
「今番人はこれ一人ではないし、父上の張維がやっておった時のように忙しい事もあるまい。そういえば、将維はどうした?維月がここに来ておったら、真っ先に来そうなものだがの。ここで何か起こっておるのか。」
すると、炎託は驚いた顔をした。
「知らぬのか?」維心と維月が怪訝な顔をすると、炎託は言った。「さすがに碧黎は知っておるようよな。将維は、もう転生してここを出たのだ。約したから子を成すなら出て参らねばと言うて。実は我も、そろそろ器が生じてそちらへ転生する予定でな。長くこちらに居ることが出来ぬのだ。」
維心と維月は、びっくりした顔をした。
転生…約したからと。
「それは…まさか、私たちの間に?!」
維月が言うと、炎託は頷いた。
「言うて良かったのかの。だが、事実そうなのだ。何やらややこしそうだから記憶は持って参るわと言うておった。もう思い出しておるかは分からぬが、なので我も、記憶を持って参ろうかと。」
維心と維月は顔を見合わせた。
そういえば、維黎と葉月が生まれた時、碧黎はなんと言った?…確か、維黎の頭を撫でながら、そうか、主が来たか、と言った。
まさか、維黎が将維なのでは。
「え…」と、碧黎を見た。「お父様、維黎が将維なのですか?!」
碧黎は、渋々ながら頷いた。
「そうよ。将維が主らの間に生まれると約したから、ああして出て来たのだろうなと思うておった。ただ、維心がその時月であったゆえ、月の眷族として生まれてしもうたのだろうと思う。あれとしては、恐らく龍として生まれるものだと思うておったはずだからの。ただ、前世あれは身の内に陰の月を持っておったゆえ、適任と言えば適任なのだ。扱いが少しは分かっておるからな。」
「葉月は?!」維心が、驚いたまま言った。「将維と一緒に生まれたのは誰ぞ?!」
碧黎は、いつもなら答えないのだろうが、ここが黄泉の道で、もう死ぬのだと思っているらしく、簡単に答えた。
「葉月は瑞姫よ。蒼と瑤姫の娘であった。ゆえ、あれも我らと繋がりがある命であるからそうなってもおかしくはないのだ。」
瑞姫なのか。
炎託が、何度も頷いた。
「そうなのだ。あれも此度行くべきだと天から声が降って来たというて。将維と一緒なら大丈夫だろうし、我にも早う来いと言い置いて、共にここを出て行った。なので、我も次の炎月の子の器に生まれる予定で…もう、僅かでここを出ねばならぬのよ。その準備をしようとしておったところであった。今も様子を見ておったら、どうやらあちらの準備が整いそうであるし、これはゆっくりしておられぬなと今、どうしたものかと思うておったのだ。」
将維と瑞姫は、従兄同士で仲は良かった。気安く幼い頃から話していたので、恐らく瑞姫も安心して一緒に行ったのだろうと思われた。
炎託も、そうやって仲の良かった友の将維と、妃であった瑞姫が出て行ったので、それに続こうとあちらを窺って、気が気でないのだろう。
「ということは…炎月も、妃を娶ろうとしておるのね。」
炎託は、頷いた。
「そうなのだ。これ以上は言わぬ方が良いだろうし、やめておくがの。」と、立ち上がった。「すまぬ。我は参らねば。次の番人は決まっておって、我が参るとなるとまだ全て教えられておらぬのよ。急がねばならぬ状況になっておるゆえ、今はこれまで。主らが戻れたらと祈っておる。」
維心は、頷いた。
「またあちらでの。我らも、帰れるように何とか考えるわ。維月の輪を、解けさえしたら戻れるのだから。」
炎託は、顔をしかめた。
「そんな波動は見た事が無いゆえ、我には助言は出来ぬが、せっかくに将維があちらへ出ておるのだから、主らが戻らねばとは思う。ではの。」
炎託は、そのままそこから飛んで行った。
ここで飛べるのは、番人のみだったので、それを維心は羨ましく見送った。何とかして、自分も維月を抱いて現世へと飛べたなら…。




