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友に

お開きになったので、志心達は炎嘉の部屋から出ようとしたのだが、早く帰りたいはずの維心が、何やら炎嘉をチラチラと見て、何かを話したそうにしていた。

炎嘉は、分かりやすいことこの上ないなと思いながら、また怪しまれるのにと口を開こうとすると、先に焔が言った。

「何ぞ維心、炎嘉とこれからここで寝るのか。」

出て行こうとしていた皆が、ぎょっとした顔をして振り返る。

維心は、驚いた顔をして首を振った。

「違うわ!少し…炎嘉に話が。」

志心が、庇うように言った。

「無粋であるぞ焔。そっとしておいてやらぬか。」

皆、そうだったのかとそそくさと出て行く。

維心は、必死に言った。

「違うというに!主らはどうして全部そっちに結び付けるのよ!」

そんな維心の声に振り返ることなく、皆さっさと部屋を出て行った。

炎嘉は、そうでないのにそうだろうと思わせるような仕草をするから悪いのだと思いながら、言った。

「だからそのようにもじもじとしておったら、我に気があるのかと思われようが。まるで誰かに懸想しておる子供のような動きをしおってからに。それとも、今夜か?ついに決心したのか。」と、着物の衿を弛めるように動かした。「そうか、ならばちと共に湯殿でも行くかの。」

維心は、ブンブンと首を振った。

「違う!湯殿など…何度も共に入っておるのに何もないであろうが!その気ならとっくに襲っておるから!そうではなくて、主になら言うても良いと思うたが…他の者達の前で、言うのはと思うたから…。」

炎嘉は、息をついた。

「であろうな。主にその気が無いのは分かっておるわ。」と、今立ったばかりの椅子を示した。「座れ。」

維心は、おずおずとそこへと座った。

炎嘉は、その前の椅子へと腰かけて、諭すように言った。

「あのな維心、それでなくても我ら、疑われておるのだから。主は素直過ぎて、表に出てしまうのだ。我にだけ話したいから二人きりになりたかったのだろうが、いつもなら真っ先に飛んで出て行く主が、最後尾でもじもじとしておったら皆、勘繰るではないか。しかも、こんな夜中に。」

維心は、下を向いた。

「主にだけ話したいから皆出て行けなどと申したら、気を悪くするのではないと思うて。主が常、回りを気遣えと申すのではないのか。」

だから方向を間違えておるのだと申すに。

炎嘉は思ったが、言った。

「別に、関係があると疑われるぐらいなら、政務上の何かかと思おうし、前の通りに、主に話があるから場を居間へ移そうだの何だの言えば良いのよ。これからはそうせよ。まあ、もう疑われておるし今さらであるがの。今こうしておるのも、多分そういうことだと思われておるだろうし。」

維心は、慄いた顔をした。そうなのか。

「ならば居間へ帰った方が良いか。」

維心が立ち上がると、炎嘉はそれを止めた。

「だからもう遅い。今から主の居間へ参っても、維月以外は誰も知らぬではないか。もう慣れたし何を思われておっても良いわ。それより、何か我に話したかったのだろう?何ぞ。」

維心は、もはやあきらめて頷いた。

「手短に話す。というて簡単な事では無いのだが…主、十六夜と維月が仲良うしておると申しておったな。」

炎嘉は、意外なことだったのか、目を丸くしたが頷いた。

「言うた。常と変わらぬぞ。」

維心は、首を振った。

「変わっておるのだ。あれらは、もはや夫婦ではない。そういう関係を解消したのだ。」

炎嘉は、驚いた顔をした。夫婦関係を解消?

「あれらが?…どういう事ぞ、前世から主より長く一緒であったのではないのか。」

維心は頷いて、こうなった経緯を話した。炎嘉は眉を寄せてじっとそれを聞いていたが、段々に呆れたような顔になって来て、そうして最後には、ため息をついて頷いた。

「…十六夜も考えの浅いことよ。」炎嘉は、額に手を置いて、言った。「それを成した後どうなるのかなど、深く考えぬのだなあれは。長く悟らずで、碧黎の頭の中を読ませるよりないと、あれらの親の存在に思わせるぐらい、どうにもならなんだわけだ。あれの支払った代償は大きいが、しかしそれすら、分かっておらぬやもしれぬの。元々確かに兄妹で生まれておるのだし、今生はそうなってもおかしくはなかったということか。」

維心は、神妙な顔で頷いた。

「そう。あれだけ変わらなんだあれらの関係が目の前で終わったのを見て、我は急に怖くなった。維月は、我を夫だと言うておるが、それもいつまでの事かと思うてしもうて。今は信じておるが、しかし十六夜のように、その上に胡坐をかいておったらあんなことになる。いろいろと我がままなのは知っておったが、夜の行為でもそうだったとはと、我も碧黎も少し、憤ったのだがの。」

炎嘉は、それにはクックと笑った。

「10分は確かに短いわ。最低でも半時は頑張らねばのう。誠に欲だけを満たしたいならそうなるのやもしれぬな。維月もよう黙っておったものよ。あの性格であるのにの。」

維心は、答えた。

「言おうと思うておったが、早う終わるし面倒だから良いかと放置しておった結果らしい。あれは十六夜には歯に衣着せぬから。辛辣な言葉で言うておって、聞いておる我の方がつらい心地であったわ。」

炎嘉は、頷いた。

「我も傍で聞いておったら同じ心地であったろうな。とはいえ、我はそんな短く済ませる事は無いゆえなあ。前世は違うが、今生は維月だけであったし。丁寧に愛しておったわ。主に言う事もでもないであろうが。」

維心は、横を向いた。

「別に、もうなんとも思わぬ。何もかも、終わったことよ。とはいえ、これからは碧黎が相手であるから、我としても気が休まらぬのだ。今の所は、全く約束を違えることも無いし、里帰りしても手を出したりはしておらぬ。碧黎は律儀で考えが深いから、そう案じる事でもないのかもしれぬ、と思い始めているところよ。十六夜は読めぬ所があって面倒であったが、碧黎はハッキリしておって筋が通っておるゆえ、こちらも構えやすいのだ。」

炎嘉は、同情したように維心を見た。

「主も気苦労よな。とはいえ、我も碧黎は筋の通ったヤツだし律儀であるから、何があるにしても事前に申して来よう。これまでのようにいきなり大変な事になったとか、言うては来ぬだろうよ。」

維心は、炎嘉に言ってスッキリとして立ち上がった。

「では、戻る。これだけ、話したかったのよ。他のヤツには別に言うても良いが、我から皆の前で披露するような事ではないなと思うたから。だが、主には言うておかねばと。」

炎嘉は、見送りのために立ち上がった。

「別に日を改めても良かったのに。あやつらにすっかり誤解されてしもうて。」

維心は、もう諦めたように足を扉へと向けて言った。

「まあ確かに炎嘉にだけ話そうと思うのは、主には隠し事をしたくないと思う気持ちがあるからであろうし、誤解されてもしようがない。主も言うたように、もう慣れたわ。」

維心は、薄っすらと微笑んでから扉へと歩いて行く。

炎嘉は、後ろから言った。

「維心。」

維心は、何か忘れたかと振り返った。

「なんぞ…、」

すると、維心の唇に炎嘉の唇が、そっと押し当てられた。

「…え。」

あまりに維月のような柔らかい口づけだったので、維心は驚いて固まった。炎嘉は、笑った。

「激しいと主は逃げるからの。どうよ?心地よかったか?」

維心は、ハッと我に返って慌てて首を振った。

「だからそういう事をするから、誤解されるのだ!帰る!」

炎嘉は、笑って扉を開いた。

「ではの、維心。これは親愛の証ぞ。別に肉欲のためにしたのではないわ。ゆえ、主は逃げなんだではないか。」

維心は、炎嘉に背を向けながら、言った。

「不意打ちだからぞ!ではの!」

維心は、そこを逃げるように飛び出して行った。

炎嘉は、それを黙って見送った。

誠に、あれが女であったらなあ…。

炎嘉はため息をついて、扉を閉めた。

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