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道にて

維月は、フッと意識が途切れたかと思うと、次の瞬間には見覚えのある黄泉の、四角い門の前に倒れていた。

黄泉の門をくぐるのは、あくまでもその命の意思でなければならないので、いきなり黄泉の中へと飛ばされるような事は、いくら大きな力の存在でも無かったようだ。

ああ、また寒いのか。

維月は、もちろん黄泉の門の中へと入るつもりなど無かった。

だが、入らないと段々に命が孤独を寒さと感じて寒くて仕方が無くなるのだ。

入らないと決めたら門は消え去り、この空間に置き去りにされ、真っ暗な中さまよう事になる。

それが、限りなくつらいのだ。

維月がむっくりと起き上がってとにかくは動かないでおこうと座り込んでいると、パッと目の前に見慣れた顔が出て来た。

「維月?!何をしておるのだ、こんな所へ来て!」

維月は、顔を上げてパアッと表情を明るくした。心細い中で、一番見たかった顔だったのだ。

炎託は、言った。

「…この感じ。月と切り離されておるな。死んだのか?一体、何があったのよ。見回っておったら何やらあり得ない気を感じるし、もしや我は幻覚でも感じておるのかと見に来てみたら座り込んでおるから驚いたではないか。」

維月は、炎託に最近の出来事から、順を追って話した。そうして、十六夜の存在意味を悟ったところで碧黎と口論となり、睨み合っていたら突然にこんなことになってしまったのだと。

「私、あの瞬間黄泉の気配を間近に感じてこれは黄泉へ送られる、と悟ったの。それで、生まれたばかりの子達の事を考えて、維心様がすぐに追って来たりしないように、子達をお願いしますって頼んだのだけど…。」

炎託は、息をついた。

「ならばすぐに迎えに参ろうぞ。問題ない。月へ戻れば済むだけぞ。前世のように、人の体を使っておったのではないし、それを維持しておく必要もないゆえな。戻ればそれで事足りる。」

維月は、それでも首を振った。

「でも、お父様の親の存在がこうしたのよ?簡単に戻れると思う?」

炎託は、そう言われると確かにと思い、顔をしかめた。

「では…どうするのだ。ここにずっと居ったら命が固まってしまうぞ。我は番人であるからずっとここに居れるから、主が居る間傍に居るつもりであるが、それでも責務を放り出すことになるしな。長くは無理であるゆえ、主を連れてあちこちせねばならぬようになる。その間に、維心殿が何とかしてくれたら良いが…いくら維心殿でも、碧黎の親など相手に無理であろうしの。」

維月は、今度ばかりは黄泉の門をくぐる事になるかもしれない、と思いながら、黄泉の真っ暗な空を見上げた。星すらない、真っ暗な空間だ。

維月はため息をついて、どれぐらい炎託に迷惑を掛ける事になるだろうと思いながら、言った。

「…それより、炎託はいつまで番人をするの?炎託も力があるんだし、転生しなきゃならなくなるんじゃ。」

炎託は、息をついた。

「それどころではあるまいが。先にこっちを解決せねばの。とはいえ、我は己で志願してこうして責務を負っておるゆえ、いつでもこの任を降りることが出来るのだ。そろそろなのであるが、炎月の子として生まれようと考えておる。」

維月は、そうだったのかと頷いた。

「そうなのね。でも炎託、炎月はまだ王座に就くのか分からないし、次の王になるとは限らないわよ?それでもいいの?」

炎託は、苦笑した。

「第一皇子の責務は重いし、我は王などなりたくはないしな。補佐で済むならその方が気楽で良いわ。次は気楽に生きたいと思うしの。それより、戻れること前提で話しておるが、主は誠にまずい状況なのだぞ。碧黎の親とは話は出来ぬのか。」

維月は、息を付いて首を振った。

「だって、お父様ですらお顔を見た事も無いと仰るのに。一度、お母様がご無理を申して大騒ぎした時に、出ていらしただけよ。その時に話したらしいけれど、次は何千年後か、と申されておったらしいし、話して下さらないと思うわ。」

炎託は、困ったように維月を見つめて、言った。

「それにしても主がここに居るという事は、あちらは月の眷族がまた減ったということよな。双子が生まれたものの、まだ生まれたての赤子であろう。陽蘭が神になり、主がここに居り、向こうには大氣、瀬利、碧黎、十六夜、維織、そして蒼。少な過ぎぬか。」

維月は、頷いた。

「でも、維織が何とか陰の月をやって、瀬利が地の陰を私みたいに兼任したら、維黎と葉月が育つまでは何とか出来るとは思うわ。でも、それをお父様が良いと言うかどうか…。」

すると、炎託はピクと何かに反応した。

そして、じっと暗闇に目を凝らすと、目を細めて言った。

「…碧黎が来た。」

維月は、え、と暗闇を見た。だが、維月には何も見えない。

「…私には分からないわ。でも、お父様が来ても、私を連れて戻るのは難しいのではないかしら。」

炎託は、片眉を上げた。

「連れて戻るぐらい雑作なかろう。またこちらへ送られるのが問題なだけで。」

維月は、苦笑して着物の裾を上げた。

「見て。」

上げた着物の下から覗く維月の左足首には、光の輪のようなものが巻き付いていて、そうしてその先は、背後に開いている、維月の門へと繋がっていた。

炎託は、びっくりしてそれを見つめた。

「…何ぞこれは。番人をしておってこんなのものは見た事が無い。」

維月は、頷いた。

「私もよ。あなたと話している間に、何かが足を掴んだ感じがしたからそっと見たら、これが巻き付いてて。私、ここから離れられないんだわ。」

炎託は、いよいよまずいと思った。これは、本当に戻れない状況ではないのか。

炎託が維月の足首を見て愕然としていると、後ろから碧黎の叫び声が聞こえた。

「炎託!主、こんな時に何をしておる!」

炎託が振り返ると、碧黎は息を切らせてそこに立っていた。

炎託が答える前に、碧黎はずかずかと側まで歩いて来て、炎託を引っ張った。

「これを連れて帰らねばならぬのだ!主とべたべたしておる場合ではない!」

炎託は、ムッとして言った。

「そうではないわ。何を見ておるのよ。これの足を見よ。ここから離れられぬわ。」

碧黎は、言われて初めて維月のむき出しの足首を見た。

そこには、光の輪が巻き付いていて、しっかりと後ろの黄泉の門へと繋がって、枷になっていた。

「…これでは、連れて帰れぬか。」

碧黎が力なく言うと、炎託は頷いた。

「その通りよ。どうしたものかと今、枷を見ておったのだ。いくら何でも、こんな事態に維月とどうの考えぬわ。そもそも、我は維月に懸想などしておらぬしな。」

碧黎は、維月の枷に手を触れた。そうして、諦めたように息をついた。

「…我の親の気配がする。」

維月は、袖で口を押えて、頷いた。

「はい…。きっと、私をどうしても黄泉へと思われておるのでしょうね。諍いの元になりますから…。」

維月には、分かっていた。

十六夜と碧黎の間があんなことになったのも、全部間に維月が挟まっての事だった。

碧黎は、これまで品行方正で間違いも少なく、感情に流されず地上を守って来たのに、最近は感情的になって時に慣れない感情に流されて、間違いを犯してしまう。

恐らくは、十六夜を月から下したのも、そんな経緯からではないかと思われた。

それを指摘されて素直に戻せば良かったのだが、碧黎はどうしても、十六夜に謝るという事が出来なかった。

十六夜もあんな言い方をするのが悪いのだが、碧黎もいきなりに十六夜を下ろして、それが間違いだったと気付いているはずなのに、十六夜のせいにして、何かを悟れだの理由をつけては戻すタイミングを計っているようだった。

十六夜はそれを気取っていて、月へは戻らない、黄泉へ送れとまで言っていた。

お互いに意地になってしまっていたのは、見ていた維月も知っていた。

手詰まりな中で、恐らくどこかの誰かは、痺れを切らしてこうしたのだろう。

ならば、元凶である維月を黄泉へ送り、維心を下ろして十六夜を月へと戻せば後は上手く回るだろうと。

維月は覚えているのだが、これと同じことが、実は前世あった。

あの頃、維心と十六夜が維月を取り合って大騒ぎになり、炎嘉も混じってもめ事が起こった時に、碧黎が切れて維月をあっさりと黄泉の門の前へと送ってしまった事があった。

そうすれば、皆自分の責務にまい進するだろうというのがその頃の碧黎の考えだったのだ。

だが、実際は違った。維心は維月を追って行こうと毎日自分を刺しては血だらけになり、それでも碧黎に死ぬのを許されず、政務もままならず、将維に任せきりになってしまった。

十六夜も月へと籠り、時に降りて来ては維月の亡骸を見ては涙を流し、月の責務どころの騒ぎではなかった。

維月は、維心が気付いて迎えに来るまでの間、この空間でずっとさまよっていたのだ。

そのうちに、維心と十六夜がもしかしてまだ門をくぐっていないのではと気付いて、維月を迎えに来た。

なので、維月は復活したのだ。

碧黎には、神や人が愛する相手を失った時の、反応が予測できなかったのだ。

そうして、碧黎は知らぬ事を知ろうと維月に名を付けてもらい、それから神と接して生きるようになった。

そうして、今があるのだ。

「…お父様。」維月が、言った。「覚えていらっしゃいませぬか。私が前世、お父様に黄泉へと送られそうになった時の事を。維心様と十六夜が、あまりに私にかまけて責務がおざなりになっていると申して…でも実際は、二人とも責務どころではなくなってしもうて。私を迎えに、黄泉へと来て…連れ帰ってくれました。」

碧黎は、それを聞いて黙った。炎託は、遠い記憶だったが、思い出して頷いた。

「そういえば、そんな事があったらしいの。将維が、父上は呆けてしもうて、いつも血だらけであられたと言うておったわ。将維が主がさまよっておるのを夢で見て、それを維心殿に話したら、ただの夢ではないのではと言い出して、そうして黄泉の道へと十六夜と共に主を迎えに参ったのだと。実際、主は門へ入っていなかった。将維は、正夢を見ておったのだ。」

維月は、懐かしく遠い記憶を探りながら、頷いた。

「そうだったわ。あの頃は、お父様もまだ、私達の感情や考え方が分からぬでいらして。そうすることが、地を平穏に保つため、二人が責務に邁進するのに必要だと信じていらしたの。でも…あの時は、名も無くて。私が、碧黎と言うお名をお付けして、そこから交流し始めて…少しずつ、こちらの考え方も理解してくださるようになったのよ。」

碧黎は、遠い目をした。あの頃は、確かに何も分からなかった。ただひたすらに、地を平穏に、自分の駒である維心や十六夜を、的確に動けるようにしておきたいと、それが維月一人のために責務を放り出して何をしておるのだと憤った。そうして、維月を黄泉の門の前へと送ったのだ。

まさに、今自分の親がそうしているように…。

「…我は愚かであった。」碧黎は、本当に悔やんでいるように言った。「あの時は、誠にあれで上手く行くのだと思うておったのだ。それが…二人とも、もっと使い物にならぬようになった。維月が居るから、二人は責務をこなしておられたのだとその時知った。恐らくは…親も、あの頃の我と同じ。我と十六夜が、主を巡ってこのようだと、恐らくは憤ったのだろう。何より我が…愚かにも己の意地のために、十六夜に己の過ちを認めなかった。そもそもは、我が感情にあかせて十六夜を月から下したのが問題であったのに。我のせいで、維月は黄泉へと送られようとしておるのだ。」

碧黎にも、どうしようもないようだ。

話している間にも、何とか出来ないかと足の光の輪に手を翳すものの、それはびくともしなかった。

このままでは、維月は黄泉の門の前から離れることが出来ず、ここで囚われたまま一人凍えることになるのだろう。

今は炎託が番人で、炎託ならば少々決まりを冒してでも維月の側に居続けてくれるはずで、維月は守られるかもしれないが、それほど長い時間は無理だろう。

炎託にも、番人である以上、やることが多くあるからだ。

碧黎は、あまり長い時間ここに居ることが出来ない。それは維心も同じで、長くウロウロしていると、方向を見失って戻れなくなってしまうのだ。それがどれぐらいの時間なのか、碧黎にも予測はつかなかった。

何しろ、そんなに長い時間ここに居た事が無かったからだ。

碧黎が項垂れていると、炎託がまた、フッと空間の向こうへと視線を受けた。

「…維心殿の気配が。こちらへいらっしゃるようぞ。」

維月は、パッと顔を上げた。

「維心様が…。」

会えるのは嬉しいが、生憎自分は繋がれていて、連れて帰ってもらうことが出来ない。

維月もその事実に気付いて嬉しそうな顔から一転、暗い顔をした。炎託は、暗くなった維月を見た。

「そのように。何とか方法を考えようぞ。主までが黄泉へと行ってしもうたら、葉月が育つまで陰の数が全く足りぬようになってしもうて混乱が生じるだろう。碧黎だって、維月無しで地上を守るための意味を見出せぬようになりそうだし…。」

碧黎は、首を振った。

「我は、維月が黄泉へ入ったらそれに続く。この姿のまま黄泉へ入れば、しばらくすれば気が尽きて我は死ぬ。地との繋がりが切れて、黄泉の住人になるのだ。維月一人を、黄泉へなど行かせはせぬ。」

炎託は、顔をしかめた。恐らく、本気だろう。冗談でそんなことを言う碧黎ではない。

この上碧黎まで黄泉へと去ったら、地上は大混乱になってしまうだろう。

そこへ、維心の声がした。

「維月!」と、駆け寄って来て、言った。「炎託、碧黎。傍に居ってくれたのだの。感謝しておる。さあ維月、迎えに参ったぞ。」

維月は、維心の顔を見て、その手を引っ張った。

「維心様、こちらへいらしてくださいませ。」

維心は、言われずとも近寄るがと維月を抱き寄せた。

「どうした、体が重いか?」

維月は、首を振った。

「足が…。枷があって、門から離れられぬのです。」

維心は、維月の足元を見た。

そうして、光の輪の枷があるのを見て、目を見開いた。

という事は、維月は連れて帰れないという事だ。

維心は、やはり面倒な事になっているのかと、頭を抱えたい心地だった。

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