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気付き

会合を終えて維心が居間へと戻って来ると、維月が維黎、乳母が葉月を腕に、窓際で外を見ながら話をしていた。

維心が戻ったのを感じて振り返った維月は、微笑んで維心を迎えた。

「維心様。お帰りなさいませ。」

維心は、フッと肩の力を抜いて、頷いて手を差し出した。

「今、戻った。また宴に参るがの。」

と、近付いて来て、維黎を見た。維黎は、もうものが分かっている目でじーっと維心を見つめている。

その瞳の色は、生まれた時も思ったが、碧黎にそっくりな青色だった。

「只今、日向ぼっこをしておったのですわ。日に当たっておった方が良いかと思いまして。葉月は寝ておって分かっておりませぬが、維黎はこうして機嫌よく起きて、私達が話すのをじっと聞いておりますの。」

維心は、維黎を見つめて、言った。

「言葉を覚えておるのだろうの。今は気の動きを読んで、語彙を増やしておると思う。何か月で話すようになるのか、今から楽しみであるな。」

維月は微笑んで頷きながら、維黎を見つめた。

「誠に愛らしいこと。また月の宮へ参って、お祖父様にいろいろ教えていただくのよ、維黎。あなたはきっとお父様に似て利口であられるだろうし、私も楽しみにしておるわね。」

維黎は、まだ生後ひと月の赤子だったが、視線もしっかりしているし、首も座ってしっかりしていた。

対して葉月は、まだおっとりと育っている最中で、首も座っておらず、寝ている事の方が多かった。

いくら神世の子でも、葉月の様子が普通で、維黎はあまりにも子供らしくない様だったが、それでも愛らしい赤子の姿なのには変わりない。

維黎の乳母が進み出て来て、頭を下げるのに維月は、維黎を渡して、そうして維心と共に居間の定位置の椅子へと腰かけた。

乳母たちは、深々と二人に頭を下げて、そうして二人の皇子皇女を抱いて、それぞれの部屋へと帰って行った。

維心は、言った。

「誠に賢しそうな赤子。先が楽しみであるが、あれは龍ではないゆえこちらの跡を継がせるわけではないし、成人近くなれば月の宮へと行く方が良いのだろうの。」

維月は、それに頷いた。

「はい…こちらでは、どうしても神世での生き方になってしまいますので、月や地とは距離が出来てしまいます。ある程度は神世を知っておくの必要ではございますが、やはり成人してからは、あちらで慣れておく方が良いのだと思いますわ。」

維心は頷いて、ため息をついた。

「では…宴の準備をせねばならぬ。」

維月は、微笑んで頷いた。

「はい。ではお着替えを。」

侍女達が、会話を聞いていて着物を捧げ持って入って来た。

つくづくプライバシーも何もあったものではないのだが、長くこんな風に生活していると、それにも慣れて逆に便利だと思って来るのだから不思議だ。

維月は、着物を変えながら、維心を見上げて言った。

「お髪はどう致しましょうか。本日は半分だけ上げておりましたが、維心様には全部まとめた方がまとわりつかずで良いと常、仰いますわね。」

維心は、面倒そうに言った。

「このままで良いわ。変えるのも面倒であるしな。だから短くしておったのに…いつまでこのようなのかの。」

十六夜は、もうあきらめているようで、月へ戻りたいという意欲が感じられなかった。本日、蒼について来ていたぐらいなので少しはと期待したが、どうもそうではないらしい。

ただ、維黎や葉月のために、きちんと維心の子だと認めさせたいだけのようだった。

「十六夜も、時が必要なのかも知れませぬ。元々が気ままで面倒を嫌うので、きっと気楽で良いぐらいに思っているのですわ。でも、そのうちに考えるでしょうし。あれで、愚かではありませぬの。玉のままで何が出来るのか考えた時に、これではいけないと気付く時が来るはずですから。」

今、気付いて欲しいのだが。

維心は思いながら、維月に着付けられて宴用の着物に着替え終わった。

「終わりましてございます。」

維月が言うと、維心は頷いた。

「では、行って参るわ。まあ、そんなに長くは掛からぬだろう。また姿が変わらぬように気を付けねば…あやつらは、我があの姿だと目に見えて構えよるからの。距離が出来て居心地が悪うなる。」

維月は、困ったように笑った。

「確かに荘厳で華やかで凄みを感じる美しさであられますので。未だに臣下も慣れぬでおりますし…。」

時々気を抜いて不意にあの姿になるので、侍女達ですら気を抜けないのだ。普段からまともに維心を見ないようにしているようだった。何しろ、倒れたら宮から出されてしまう。王を見るだけで倒れるような臣下は要らぬと維心に言われてしまうからだ。

「まあ良い、我が気を張っておったら済むことよ。行って参る。」

維月は、頭を下げた。

「行っていらっしゃいませ。」

そうして維心は、居間を出て宴の間へと向かった。


宴の席では、もう皆が揃って座っていた。

維心が入って来ると一瞬、皆が皆目に見えて緊張したが、いつもの姿なのにホッとしたようで、その気の移り変わりが感じ取れて維心は内心苦笑した。

「待たせたの。では、皆好きなだけ飲むが良い。本日は我の子達の誕生の祝いでもあるので、酒は倉を開いていくらでも出せと言うてある。では、始めよ。」

そうして、席に座った。

頭を下げていた下位の王達が歓談を始めるのを後目に、上位の王達は一段高い所で、いつものように固まって座っていた。

維心の隣りには、いつもなら炎嘉と焔当たりが挟んで座るのだが、今日は蒼と、志心が居た。

維心が珍しいものだと思っていると、蒼が言った。

「あの…最初は炎嘉様方がお隣りだったのですが。」蒼が、落ち着かぬ風で言う。「もし月のお姿だと構えるからと、幾分平気そうな志心様と、オレとで挟めと炎嘉様がおっしゃって。」

だからか、と維心が眉を寄せると、炎嘉が蒼の向こうで言った。

「あれはない。荘厳過ぎて我が友とは違った生き物のように思うてしもうて頭が下がって仕方がないのだ。今なら良いが、主は気を抜くとすぐにあの姿になろうが。我は対等でありたいのだ。」

維心は、言った。

「我は我だと申すに。主こそ派手な外見の癖に慣れぬか。あの姿であろうと対等ぞ。月など身の内に持ってしもうたばかりにこんな…」と、額に手を置いた。「ならばいっそ、年単位で持ち回りで月になるか?主らも月になってみれば、我の心地が分かろうし。」

全員が、ギョッとした顔をした。冗談ではなく、本気で言っているのを感じたからだ。

「待て、そうコロコロ月が入れ替わるなど。」炎嘉は、慌てて言った。「我らが月など務まるはずはあるまいが。分かったゆえ、おかしな事を言い出すでない。」

維心は、炎嘉を軽く睨んだ。

「なってみれば案外扱えるわ。主らだって上位の王なのだからの。とはいえ…確かにコロコロ入れ替わるのは良くなかろうな。」と、息をついた。「誠にやめておけば良かったわ。十六夜のように少しばかり適当な性質の方が、月は良いようよ。あまりに綺麗さっぱりし過ぎると、問題が出ると維月にも言われておって…主ら、まだ婚姻を約しておっても実際には娶っておるまい?」

言われて、焔はハッとした。

確かに、駿の皇女の楓を娶ると決めている英心も、桜を娶ると決めている焔自身もまだ、準備を進めているだけで、実際には娶っていない。

あの時はそれで良いと思ったのだが、いざ娶るとなるとそこまで急がなくてもと宮の責務の方に注力し、他の欲のようなものが全く頭に浮かばないのだ。

だが、神世では正式な縁となると婚姻の準備に五年は掛けるのが普通なので、特におかしいとは思っていなかった。

最近の風潮では、娶ると決めたらさっさと娶るものなので、おかしいと言えばおかしいのだが、全く思い至らなかった。

「主自身は子まで作っておるのにおかしな話よ。」炎嘉が、酒を口にしながら言う。「やはり主が片っ端から霧を消すゆえ、欲が全く湧かないのか。」

維心は、頷いた。

「恐らくはの。碧黎にも維月にも言われたが、霧を気取ると放置出来ぬで。勝手に消してしもうておる。」

すると、蒼の前に酒瓶と共に並んで置かれている箱から声がした。

《あー、それはな、オレだって最初はそんな感じだったんだけどよ、意識して残すようにしてたんだよな。これぐらいならいけるか、って見守ってたら、そのうちに増えて来るから真ん中の凝り固まりそうな所だけを消して。そしたら大事に至らないってことさ。木の剪定に似てるかな。病気だからって葉っぱや枝を全部落としちまったら育たねぇだろうがよ。》

維心は、箱を睨んだ。

「あのな。そもそもが主が戻れば面倒はないのだぞ。なんやかんや申して主は、月として上手くやっておった。さっさと碧黎を説き伏せて戻らぬか。」

十六夜は、気楽に答えた。

《別によー、オレは長く月だったから出来てただけで、慣れたらお前の方が上手くやると思うけどな。さっきも言ったけど、維黎が育つのを待ったら良いじゃねぇか。お前が育てるんだし上手くやるだろうよ。》

相変わらずの十六夜に、蒼は言った。

「あのね、維心様には他にお仕事があるんだよ。十六夜がやってた事までさせてる自覚はあるの?オレじゃあ全部は無理なんだからね!」

十六夜は、うーんと唸ってから、言った。

《維心が忙しいのは知ってるけど、出来てるんだからさー。そもそも存在するだけで大概は務まるんでぇ。オレが意識してやってたのは霧の管理くらいだし、後は神世がゴタゴタして来た時に助けるぐらいだろ?今なら、維心はオレに聞かなくても自分で見えるし聴こえるんだから、神世だって好きに管理出来るじゃねぇか。今のが便利なんじゃねぇの?》

言われてみたら、そうだった。

蒼は、黙って困ったように維心を見る。

確かに十六夜のようにあちこちが見え、今、あの戦やら北のゴタゴタやらがあったとしても、維心一人で全て事足りる。

あそこまで拗れる事もなく、あっさり解決していたことだろう。

だが、そこへ碧黎の声が割り込んだ。

《安易に考えるでない。》何事かと皆が回りを見回すと、碧黎が出現してそこに立った。「今、あの事が起こっていたら、もっと大変なことになっておったわ。」

維心は、いつもの事なので驚く事もなく、碧黎を見上げた。

「どういう事ぞ?」

碧黎は、維心の前に座ると、言った。

「今大陸で何かあったり、こちらで何かあったとして主には見える。そして、どうする?」

維心は、答えた。

「対応を考えような。」

碧黎は、促した。

「して?」

維心は、眉を寄せて続ける。

「皆に指示して動く。」

碧黎は、頷いた。

「そこよ。」

黙って皆が聞いている中、維心はますます眉を寄せた。

「どこぞ?」

「だから皆に指示することよ。」碧黎は、怪訝な顔をする維心を見つめて続けた。「主はそれで眠りにつこうな。十六夜がそうであったようにの。」

言われて、維心はハッとした。

…言ってはいけない事を言うからか!

皆、その事実に愕然とした。

十六夜は、黙っていた。

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