誕生
それからは、普段と変わらず何の問題もなく過ぎて行った。
維月の腹は段々に大きくせり出して来て、いつもより重い。あれから半年だが、とてもそうは思えない大きさになっていた。
宮の龍達に診てもらったところによると、やはり双子で、男女であろうということだった。
とはいえ、維心が気配を読んだところによると、腹の子達は龍ではなかった。
間違いなく自分の気の色を継いでいるのに、龍ではないという事実に始めは混乱した。
生まれたら、神世になんと告示しようかとそればかりが気になった。
何しろ、今維心が月であることは、上位の宮の王達しか知らない事なのだ。
「私はあれから公の場に出ておらぬのですから、子が居る事実を言わねば良いのでありませぬか?」維月が言う。「生まれても、告示せねば良いのでは。」
しかし、維心は首を振った。
「それでは子達の立場が決まらぬ。我の正妃の子が、何の地位も無い子ではあまりに哀れぞ。他の子達と、違う扱いなどさせてはならぬ。」
維心はこれで、子供の事を大事にしている。普段はあまり表に出さないが、己の子の事はきちんと考えているのだ。
すると、そこへ碧黎の声が割り込んだ。
《ならば十六夜との子として告示すればどうか?》
維心と維月がびっくりしていると、目の前に碧黎が現れた。いつもの事だが、聞いていたようだ。
維心は、顔をしかめたが、文句を言っても変わらないので、言った。
「我の子なのにか?」
碧黎は、頷く。
「前にも言うたが誰の子など関係ないのよ。我らの同族であるからの。神世でそれが必要ならば、我らの中の誰かの子ということにすれば良いではないか。生まれてすぐにあちらへ連れて参れば、子らも混乱することはない。十六夜も今はやることがないし、我と二人で育てるゆえ大丈夫よ。」
しかし、維心は頷かなかった。
「我の子が我を知らずに育つなど。それに、気ままな性質もこちらで幼い頃からしっかり育てれば抑えられるはず。後の事を考えても、我はこちらで育てたいのだ。」
言われてみたらそうなのだ。
維月は思った。環境がその命を作って行くので、本来が気ままでも、恐らくここで育てばある程度はしっかりするだろう。十六夜も碧黎も、なんだかんだ言って気ままなので、そうなることを維心は案じているのだろう。
碧黎も、十六夜がああなのでそれは思うところがあるらしく、渋い顔をした。
「まあ…確かに神と接して生きるのなら、主の言うようにこちらで育つ方が本人達も楽であろうが。」
維心は、息をついた。
「ならば…やはり、次の会合で我の現状を告示しようぞ。十六夜がすぐに戻ればと考えて黙っておったが、まだ時が掛かりそうであるし、ならばこれ以上は黙っておれぬわ。我は己の子には責任を持つ。龍であろうとなかろうと、我の子には変わりないのだからの。」
碧黎は、仕方なく頷いた。
「主がそう言うならばそうすれば良い。だが、此度はこれまでとは違って完全に我らの同族ぞ。我や十六夜が教えねばならぬ事もある。生まれたら、月の宮にも頻繁に通わせるが良いぞ。我が教える。」
維心は、それには頷いた。
「ならばそのように。」と、維月を見た。「維月?」
維月は、腹に違和感を感じていた。まだあれから半年しか経っていないのに、何やらもう、生まれようとしているような。
まだ早すぎる、と思いながらも、蒼の月の命の時はたったの三ヶ月で生まれて来たし、維織の時も早かった。
もしかして、もう生まれるのか。
維月が思いながら顔をしかめて腹を抱えていると、碧黎が言った。
「…気が乱れておる。」と、慌てて維月の額に手を置いた。「…なんと!生まれるのか!」
「なんと申した?!」維心は、慌てて維月を抱き上げた。「誰かある!維月が産気付いたぞ!」
途端に、侍女達がドッと居間へと駆け込んで来た。
「王妃様!お早く産所へ!」
維心も、もはや碧黎など見えていないのか、維月を抱いて走り出した。
「産所を整えよ!連れて参る!」
その声は、念の力も手伝って龍の宮に響き渡った。
維心も必死のようで、他の何にも気が回らないのか、去って行く後ろ姿は金髪だった。
途端に大騒ぎになる宮の中に、碧黎ですらうろたえてしまい、しばらくはどうしたら良いのか頭が働かなかった。
だが、ハッと我に返ると慌てて構えて、一瞬にして月の宮へと飛んで行ったのだった。
「まあ大変!」産所にと設えてあった部屋へと入ると、治癒の神たちがわらわらと入って来て、そうして寝かされた維月を診察して、叫んだ。「なんてこと、もうお生まれになりますわ!」
維月は、声を出せなかった。
常の出産なら、普通に痛みが来ては退いてを繰り返し繰り返し、そうして何時間も頑張って生まれるものなのだ。
それが、今は何しろずっと痛みが来ていて、最初の違和感からずっと、ひたすらに絞るような痛みが続いていたのだ。
「なんと?!もう?!」
維心はもう、自分の姿がどうのと構っていられない状態だったので、金髪のその場に不似合いな豪華な様だったが、あいにく治癒の神たちも、急な事にうろたえてしまってそんな維心の様子にも気が付かないようだった。
治癒の神たちは、見事な連携で維月を寝かせて着物を広げて足元を隠すと、痛みに顔をしかめる維月に言った。
「王妃様、いつでもお気張りくださいませ!もう、もう今にもお生まれになりそうなのですわ!」
維月は、頷いて思い切り息を吸うと、一気に腹に力を入れた。
それを見ながら、維心はまだ名も決めていなかった、と臣下に目通りの時の言葉を案じていた。いつも、名をなになにとする、と宣言するのだが、今回はまだまだだと思い、維月とどの名にするのか最終詰めをしていなかった。
「おお、どちらが先か。」
治癒の神たちは、首を振った。
「まだ分かりませぬ…!」
維月は、必死にいきんでいる。
そこへ、十六夜の玉を持った碧黎が、パッと現れた。
「生まれるか?!」
維心は、咎める余裕もなくて維月の手を握ったまま振り返った。
「これからぞ!というか、もう生まれるのだ!」
碧黎は、頷いた。
「知っておる。」と、十六夜の玉を見た。「そら、もう生まれるぞ。陽の型が先ぞ。」
男が先か。
維心が驚いていると、玉から十六夜が出て来て浮いた。
「そうそう、オレ達の場合はだいたい男が先に出て来るからなあ。きっと、先に出て外を確認してから弱い陰が出て来るって感じなんだと思うけどさ。」
そうなのか。
維心は、ますます驚いていた。
「お生まれになります!」
治癒の神が叫ぶ。
それまで、維月は無言でひたすらにいきみ続けていた。
「おぎゃあああ!!」
赤子の泣き声が響き渡る。
途端に、ハッと息をついた維月は、そのままハアハアと呼吸を整えて力を抜いた。
「第三皇子様であられまする!」
捧げ持った布の向こうで治癒の神が叫んでいる。
慌ただしい中で、維月はハアと痛みが引いているその瞬間を、肩の力を抜いていた。
が、ずっと聴こえていた赤子の声が止まったと思った途端、また強い痛みが来た。
「!!来た!来ましたまた痛みが!」
維月が叫ぶ。
「ほらあ、あいつが泣き止んで大丈夫だって知らせてんだよ。だから出て来ようと思ってさー。」
十六夜の、呑気な声が聞こえた。
「それどころではない!」維心は、維月の手を両手で握って言った。「維月、あと一人ぞ!踏ん張れ、すぐに終わるゆえ!」
確かにいつもの出産とは勝手が違う。早く終わりそうだが、だが痛みが半端なかった。
維月は思いながら何度も頷いて、そうして必死にいきんだ。
「はい!お生まれになります!」
速い!
維心も思ったが、碧黎も思った。陽蘭は、もっと生み出すのに難儀していたものなのだ。
「うーーーん!!」
維月は、これまで培って来た子を産む時のいきみの経験を生かして、一気に押し出しにかかった。
「おぎゃあああ!」
こちらも、元気な産声が響き渡る。
「ハアアアアア」
維月は、いつもよりスッキリとした心地になって、力を抜いた。なんだろう、この全部出し切ったような解放感は。
それに、いつも出産後に感じる腹の違和感も全く無く、何やら出産などしたのではないようなスッキリ感だった。
「…第三皇女様ご誕生でございます!」
やはり女だったか。
維心は、息をついた。いつもの出産は、何時間もかかるのでそれは維心も疲れ切るのだが、今回は一瞬だったので、全く疲れていない。
それより、終わったという解放感が、また半端なかった。
ほう、と休んでいた維月は、ハッとした顔をしたかと思うと、維心を見上げた。
「そうですわ維心様、名前ですわ!まだ最後、どれにするのか決め切れておりませんでしたのに。」
十六夜が、面倒そうに治癒の神たちに洗われて着物を着せられている、赤子たちの方を見ながら言った。
「別になんだっていいじゃねぇかよ、将維が居ないし将維とかにしとけよ。」
維心が、とんでもないと十六夜を見た。
「何を申す!生まれてすぐに親が与えてやれる、生涯持って参るものであるのに!」と、維心は維月を見た。「あの中から、主が今決めよ。あの中なら我はどれでも良いから。」
維月は、布に包まれて持って来られる子達を見ながら、焦ってあの、リストの中の名を思い浮かべた。何しろ、維心とゆっくり考えようと、二人でおっとりいろいろ名を思い付くままに書き付けて、その中からこれとこれとと幾つか選んだ状態だったのだ。
「…ええっと、では皇子は…維黎、皇女は葉月でいかがでしょうか。」
維心は、手渡された子達を腕に、頷いた。
「ではそれで。」
十六夜が、横でそれを聞いていて顔をしかめた。
「なんだよ、結局適当じゃねぇかよ。」
維心は、十六夜を睨んだ。
「きちんと事前に候補を挙げて考えておったわ。維黎はの、維月が碧黎の名を一文字とってみてはと言うて考えておった名で。葉月は、人世の月の読みにあって音が良いからそれでと申して。」
碧黎が、驚いた顔をした。
「我の名を取ったのか。」
維心は、頷いた。
「その通りよ。同族だと申しておったと我が言うたら、ならばとの。」
と、やっと腕の包みを覗き込んだ。こうしてみると、やはり維心に似ているが、しかし今回は、維月にも似ているようだった。
「維心様、顔を見せてくださいませ。どちらに似ておりますか?」
維心は、微笑んで維月に包みを見せた。
「こちらが維黎。こちらが葉月ぞ。」
二人は、もう泣き止んでこちらをじっと見ていた。皇子の方は維心にとてもよく似ていて、しかし髪は青いような銀髪のような色で、瞳は維心より少し明るい青色だった。皇女の方は、金髪だったが瞳は赤で、維月に似ていたが、維心にも似ている整った顔立ちだった。
「まあ…愛らしいこと。」と、二人の頬を、代わる代わる指で触れた。「母よ。これからよろしくね。」
十六夜が、割り込んで来て言った。
「へえええ綺麗な顔してらあな。でも、葉月の方は維月に似てるって言ってもそこまで似てねぇなあ。維心の方が近いかって感じだ。でも、この色って陰の月の色だもんな。金髪に赤い目。」
維月は、苦笑した。
「本当に。月同士の子だから、こうなったのね。」
碧黎が、後ろから二人を見た。こうして並べてみると、維黎は維心の子なのに碧黎の方に色合いが似ているのが不思議だった。
それに、よく見てみると、維心に似ていると思っていたが、碧黎にも似ているような気がして来た。
「…なんとの。」碧黎は、二人の頭を撫でた。「確かに同族ぞ。同じ命の波動を感じる。そうか、主らが来たか。これから長く共に生きるのだぞ。励もうの。」
維黎も葉月も、じっと碧黎を見上げている。
維心は、微笑んで言った。
「では、臣下の前へ参る。」
その時、後ろで片付けていた、治癒の神がバタバタと倒れた。維月が、ビクッとして振り返る。
「!!え、どうしたの?!」
維心も、驚いて振り返る。
すると、また二人ほど治癒の神が失神して倒れた。
「あ」維月が、慌てて言った。「維心様!髪!お姿がまた、戻っておるのですわ!」
きっと、みんな必死で出産中は気付かなかったのだ。
それが、今になってハッとして倒れたのだろう。
維心は、またかと慌てて髪を元へと戻した。
「もう!いい加減慣れよと申すに!もう半年であるぞ!?」
維心はプンプンと怒りながら、二人を抱いて臣下達が待つ控えの間へと出て行ったのだった。




