誰が月に
維心は、維月が落ち着いて蒼と十六夜と、まるで何事も無かったかのように、ベールも脱いで楽し気に話し始めたので、ホッとして、碧黎を見た。
碧黎は、こちら側で少し離れて、維月と十六夜、蒼が話す様を眺めている。
いつもは、こんな感じで出過ぎることも無く、ただ維月を見守って生きていたのだろう。それが、十六夜との出来事で焦りが出て、維月に見限られそうになってしまった。
失う怖さを知った碧黎は、また少し気の奥深さが増したように見えた。
「久しぶりに、紫銀にでも会いに行くか?」十六夜が、言っている。「蒼も行かねぇか?」
さりげなく、まだ二人きりにならないようにと気を遣う十六夜に、蒼は頷いた。
「そうだな。この玉に十六夜が宿ってるのを教えておいた方がいいかもしれないし。元は紫銀が守っていた玉なんだしね。」
維月も、それを聞いてあの、大銀杏を思い出したのか、頷いた。
「じゃあ、行こうか。」と、維心を振り返った。「維心様、大銀杏の所へ行って参ってよろしいでしょうか。」
維心は、頷いた。
「行って参るが良い。」
そうして、蒼と十六夜と維月は、並んで歩いて出て行った。
碧黎は、蒼の居間で取り残されてしまったので、立ち上がった。
「…では、我も戻るか。すまなんだの、維心よ。主があのように言うてくれなんだら、維月に完全に拒絶されておったわ。我も、まだまだという事だと思うた。こういう事には…まだ、慣れぬゆえ。」
幾年生きていても、愛した事が無かった碧黎にとって、恋愛における心の機微など分からないのだろう。
かくいう維心も、そうだった。
「我だって分からぬことばかりであった。十六夜に助けられて今がある。だが、その十六夜があの通り変わってしもうて、昔はもっと維月維月だったのに、最近では適当だなとは思うておったからの。良い機会であった。」と、椅子に座り直した。「碧黎。話があるのだ。」
碧黎は、立ち上がっていたが、仕方なくまた座った。
「ここは蒼の居間であるぞ?まあ良い、何ぞ。」
維心は、息をついた。
「分かっておろう、我ぞ。維月に説得されて月にはなったが、一時的なもののつもりであるのだ。十六夜の事は、どうするつもりよ。あれは、もう落ち着いておるのではないのか。」
碧黎は、それには顔をしかめた。
「確かに十六夜は、維月の事に関しては落ち着いておる。だが、問題はあれ自身の心地よな。あれはあまりにも軽すぎるのだ。何に対してもの。しばらくあの玉に籠めて、あれがどう動くのか見てみたい。月に戻すにしても、もう少し成長してからでなければ無理だと思うておるのだ。」
やはりか、と維心は長くため息をついた。
「ならば、我はしばらくこのままか。」
碧黎は、頷いた。
「しようがないわ。主が引き受けたことぞ。我はやるつもりは無かったからの。主は几帳面であるから難なくこなそうが、しかし几帳面過ぎて今のこの地上の状況よ。さっぱりし過ぎて、焔や英心の婚姻も進まぬかもしれぬし、少し緩めた方が良いぞ。せめてあれらが婚姻を済ませるまではの。」
維心は、やっぱりそうなるかと頷いた。
「邪魔をするつもりは無いゆえ。気を付けるわ。」と、息をついて、それから、思い切ったように言った。「その…実は、我もついさっき知ったのだが。」
碧黎は、眉を上げた。
「何ぞ?」
維心は、続けた。
「こちらへ来る輿の中で。維月が、勝手な事をして申し訳ありませぬと申すから、何かと思うたら…その、月になった後も、我らはいつもの通り愛し合っていた。だが、維月は違った…いつもは止めておる、卵を放出しておったのだと申して。今朝、微かな命を感じたのだと…維月に、子が出来たのだ。」
碧黎は、固まった。子…それはいつもの事だから驚きはしないが、しかし今の維心は陽の月だ。そして、維月は陰の月。
もしかして、腹の子は龍ではなく、月の眷族…?
「…それは、もしかして我らの同族かもしれぬのか。」
維心は、頷いた。
「そうなのだ。今はまだ小さ過ぎて分からぬが、しかし確かに…腹に二つの命を感じた。」
二つ。
碧黎は、思った。それは間違いなく我が同族の命達だ。数少ない我らの同族の命が、生まれ出ようとしているのだ。
「なんと。」碧黎は、フッと頬をゆるめた。「我らはいつも、対で生まれる。蒼や、維織は特殊であった。維月の腹に二つの命があるということは、それは我らの同族ぞ。おお、まさか新しい命を授かることが出来たとは。維心よ、手柄であるぞ。ようよう新しい命を生み出してくれたもの。」
維心は、拍子抜けして茫然と言った。
「え…主は、己の子が欲しかったのではないのか?」
碧黎は、顔をしかめた。そして、言った。
「だから、何から説明したら良いのかの。言うたではないか、我らは親子であって親子ではない。同族であってそれ以上でも以下でもない。誰から生まれても、同族であるのは変わりないのだ。それは、己で育てたいゆえに、我の命の種で維月が産んでくれたらとは思うが、基本どこから出ようと同じなのだ。主も、それが我らの同族の子であって龍でなければ、親子ではないぞ。己が生み出した、同族の子なのだ。」
ややこしいが、確かにそんなことを言っていた。
だからこそ、碧黎は誰が産んでも同族は同族だから、喜んでいるのだ。
「…よう分からぬが、我が維月と作っても、主の子のようなものということか?」
碧黎は、うーんと眉を寄せた。
「というか、本来子という考えがなくての。瀬利などは長く人や神と過ごして、感覚が似ておるゆえ、己が誰との間に成した子かを重要視するようであるが、違うのだ。我だって、維月の価値観が入って来ておって、子を作る行為自体はあれとしか出来ぬが、しかし誰の子だのなんだの、あまり関係ない。同族で、これから長く共に生きる命。我ら、少ないからの。大氣は子供という生き物が苦手なようだが、我は新しい命が愛おしく思う。」
維心は、それはそうだろうと思った。何しろ碧黎は、こんな風だが子供の面倒を見るのを嫌がらない。特に同族の子は毎日様子を見て育てる。維織もそうだし、維月が生んだ子供達、つまりは維心の子達の事も幼い頃はそれは可愛がった。
誰が父なのか分からないなと思うほどだった。
もちろん、十六夜と維月の事も、碧黎が育てた。
十六夜も、よく考えたら子煩悩な方だ。
維月が生んだ子を、誰でもよく面倒を見ていたものだった。
この種族は、基本そんな感じなのかもしれない。
「ならば、案じることはないか。主がどう思うかと気になっておったので。知らせておかねばと思うてな。」
碧黎は、フッと笑った。
「心強い限りよ。ならばそれらは、もし我や維月がこの世を去ってしもうても、地を守れるように月と地、両方を教えて繋がりを作ろう。さすれば、誰が欠けても問題はなくなる。案じていたことが解決した心地よ。」
維心は、眉を上げた。
「それは…予備の命と?」
碧黎は、頷いた。
「主の事を案じておった。我は維月を黄泉へ送るつもりはないが、維月は主が世を去る時に絶対に共に参るだろう。その時、我も逝くつもりであったゆえ、主の寿命がいつまでか見当も付かずでおった。だが、その子らが居れば、いざという時慌てずに済む。我も安心して旅立てるゆえな。主とて、また次は数千年など、考えたくもなかろうが。友が逝き、己だけが時を止めて生き続けるのは酷であろうて。」
維心は、確かに、と思った。炎嘉に無理を言って残ってもらい、同じ道を歩ませるのは気が重い。かと言って、また失って孤独に生きるのは、嫌だった。
「…ならば、我らを救ってくれる子らということか。」維心は、言って頬を緩めた。「楽しみであるな。」
碧黎は、笑って頷いた。
「誠にの。」と、維心をじっと見た。「維心、主は月でも充分に通用するの。というか、恐らく世間の月のイメージは主であろう。側で見ると誠にそのように思うわ。」
維心は一瞬、何を言われたのか分からなかった。
だが、ハッとして後ろで縛ってある髪を掴んで前へ持って来ると、その色は金色だった。
「またか!」維心は、慌てて黒髪に戻した。「ちょっと気が弛むとすぐにこのように。臣下達が倒れよるのだ!全く。」
碧黎は、声を立てて笑った。
「おお、道理よ。美し過ぎるからの。早う慣れよ、困ったものよな。」
碧黎の笑い声を聞いて、維心は顔をしかめていたが、内心はホッとしていた。
これでしばらくは落ち着くだろう…とにかく、十六夜に早う何とかなってもらわねば。
維心は、そう思っていた。




