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その夜

宴は運動会の話ばかりで終わった。

それを後ろで見ていて、維月は皆本当に珍しい事に飢えているのだと思った。

蒼は早く早くとせっつかれるので、準備をせねばと本当なら泊まるところを、宴が終わってすぐに月の宮へと帰って行った。

面倒を持ち帰ったので、あちらは今は大騒ぎだろう。

宴は終わったのだが、炎嘉達、泊まる神達はいつものようにそれで寝る訳ではなくて、炎嘉の控えの間に集まって飲み直しているようだった。

維心は維月と共に部屋へ帰るとごねたが、匡儀も来ていてまだ話したいと言うので、仕方なく少しだけと炎嘉の控えの間に引っ張って行かれた。

なので維月は、先に休む仕度をしておこうと、一人湯殿へ向かい、部屋へと落ち着いていた。


維心はというと、維月と少しでも離れるのが嫌なので、もう帰りたい空気を醸し出しながら炎嘉の隣りに座っていた。

炎嘉が、呆れたように言った。

「だから同じ宮の中に居るのに。主は妃にべったりし過ぎなのだ。十六夜を見よ、時々にしか顔を見せぬのだろう?」

維心は十六夜、と聞いて身を固くした。そういえば、炎嘉は何も知らないのだった。

「…離れ過ぎたら心まで離れるものなのだ。我は、それを恐れておるのよ。」

炎嘉は、不思議そうな顔をした。

「別に十六夜と維月は仲良うしておるではないか?この前の里帰りの折りには、我が領内の温泉に入りたいと碧黎と三人で訪ねて参ったぞ。相変わらず、あれで夫婦かといった風情ではあったが。」

…で、あろうな。

維心は思って聞いていた。二人は全く変わらず仲良くしていて、傍目には変わった事など何もない。そもそも体の関係がどうのなど、回りからは見えないし聞かないからだ。

碧黎も、あれから特に夜一緒でも何も無いようだし、維月は本当に今、維心とだけ夫婦といった感じで、自分達は落ち着いているのだ。

だが、そんな事情はこちらから話さねば誰も知ることも無いので、蒼が帰った今、ここに居る誰もそれを知らなかった。

維心は、炎嘉だけならいざ知らず、他の者達にまでそれを話しても良いかと顔をしかめて黙り込むと、炎嘉は何かを察したのか、言った。

「…まあ、主らは常にそんな風よな。」と、駿を見た。「ところで駿よ、主誠は皇女達の嫁ぎ先を案じて連れて参ったのではないのか。椿とあれらはたまに翠明の宮で会っておるだろう。」

駿は、バツが悪そうだったが、頷いた。

「そうなのだ。あれらをこのままどうしようかと。一人だけならいざ知らず、三人も軍神に降嫁させるのも外聞が悪いような気もするし、あれらは降嫁させるには惜しいほどいろいろ椿に仕込まれておって、どこの宮でも立ち回れる様なので、どこかに縁付ければと思うて。だが、やはり母が居らねばそんな話も妃同士の間でも進まぬしの。」

「恐らく維月はいくらでもあれらを可愛がるであろうが、当の維明と維斗があの様子であるしの。」炎嘉が言った。「そうであるなあ、黎貴は弓維だけと約しておるし、紫翠などよう顔を見ておるだろうにそんな様子は無いのか?」

翠明は、チビチビと酒を飲んでいたのだが、顔を上げた。

「無い。何しろ紫翠は、血が近過ぎるゆえな。妹の子であるから。親族の心地なのだ。」

まあそうなるわな。

炎嘉は、思って志心を見た。

「主の所の志夕は?」

志心は、息をついた。

「あれもまだ誰も娶ってはくれぬでの。一度話はしてみる。何しろ、駿の皇女達は皆よう出来た者達で、書も見た事があるが美しい。あれなら気に入るのではないかと思うのだが、何しろあれは、女にあまり多くを期待しておらぬで。母が場末の女であったから、我が悪いのだがの。」

駿は、一人だけでも片付いてくれたら、と身を乗り出した。

「誠か。志夕なら申し分ないのに…宮も近いし。何とか娶ってもらえぬかのう。」

炎嘉は、苦笑した。

「気持ちは分かるが、どこの宮も嫁ぎ先には困っておるのだ。主の皇女など皆よう出来ておって良いのに、ここのところ王達があまり多くの妃を娶らぬようになっておるから、こうなるのよな。」

焔が、言った。

「烙にも、妃をと言うておるのだが…。」と、下を向いた。「我が先だろうとあれは申して。全くそんなつもりは無いのだ。」

それには、志心が言った。

「それはそうであろうな。主の子が、臣下達だって欲しいであろうし、あれもそれを知っておる。烙は燐の子であって主の子では無いのだからの。主の方が、そろそろ考えた方が良いのだ。同族なのだから、蒼の所の杏奈を主がもらえば良かったのかもしれぬな。」

焔は、ハアと息をついた。

「誠に欲しいと思う妃でなければ、絶対に後悔すると思うのだ。現に燐は、維織とそれは幸福そうに二人で過ごしておるし、我だってあんな相手を見つけて、たった一人を大切に生きたいと思うておる。別にどうでも良い女を複数置いておくなど無理なのよ。」

前世のトラウマは大変なものらしい。

分かるが、このままというわけにはいかないだろう。そんな相手を待っても、寿命の方が先であったら結局子も残せない。久島のように。

炎嘉が、深いため息をついた。

「分かるぞ。だがの、維心は前世、やっと婚姻したのは1700歳の時だった。分かるか?こやつは1700年も女と接しずに生きたのだ。待った甲斐があって維月に出逢ったが、いつもそんなにうまく行くとは思えぬ。だからの、普通はそこそこで手を打った方が良いのよ。王であるからの。後を残さねばならぬ。それが、務めであるから。」

焔は、恨めし気に炎嘉を見た。

「己がもう炎月を手にしておるからと。」と、息をついた。「分かっておるわ。最近は、烙が鬱陶しがっておるのが分かっておるから、あれにばかり言うのもと思うて。そんなわけで、烙には我からは言えぬのよ。あれが望むならこの限りではないが、知り合っておらぬしなあ。」

炎嘉は、苦笑した。

「ならばしようがないの。まあ、我だって同じようなものであるが、ならば炎月に申してみるか。今は炎耀の妃の千子(ゆきこ)が一人で宮を回しておって、大変なのだ。誰かしっかりした妃が居った方が、こちらも助かるからの。運動会の時にでも、話が出来るようにしておこう。その時、誰か連れて参れ。炎月も連れて参るから。」

駿は、ホッとしたように頷いた。

「ならばそのように。志心殿も運動会の時に志夕と会わせてもらえるか?」

志心は、頷いた。

「ならばそうしようぞ。誰を気に入るか分からぬし、皇女達もそうであろう。裏で見合いをさせながら競技など大変であるので、気にしていられぬが、誰かに世話を頼んだ方が良いかの。」

維心が、言った。

「維月にでも言うておくか?あれの里であるし。」

炎嘉が、首を振った。

「龍王妃など敷居が高いわ。いくらあれが里ではしたい放題であっても、表の顔は崩さぬだろう。蒼の妃にでも頼むか。というか、蒼の妃は大丈夫か。言葉は学んでおるか?」

日本語が拙い状態で嫁いで来たので、皆現状を知らないのだ。

維心が頷いた。

「今は問題なく発音できておる。」と、翠明を見た。「椿を連れて参ったらどうか?娘の事なのだし、何とかするであろう。蒼の妃と椿で世話をしたら、我らが競技に必死でも勝手にやりよるだろう。」

だが志心が言った。

「そういえば、志夕は競技に出そうと思うておるのに。裏でそんなことをしておる場合ではないのだった。一人でも出来るやつは残しておきたいからの。主は炎月を出さぬで良いのか炎嘉。」

言われて、炎嘉は困った顔をした。言われてみればそうなのだ。

「…ならば、前日に。」炎嘉は、うーんと眉を寄せて考えて言った。「どうせ出場者は前日から泊まり込みで準備をするのだから、その時に茶会でも開かせてそこで目通りをさせよう。我が居たら構えるゆえ、そこは蒼の妃と椿に任せて。それで参ろう!」

翠明は、呆れたように言った。

「別に良いが、我は出ぬぞ?」皆が驚いたように翠明を見る。翠明は続けた。「駆け回るような心地ではないし、紫翠に決めさせて我は観覧だけにするつもりよ。なので、椿は連れて行く。それで良いか。」

炎嘉は、少なからずショックを受けたようだったが、頷いた。

「それで良い。しかし…まだ、立ち直っておらぬのか。」

翠明は、それを聞いて困ったように笑った。

「主らとて、愛しておった妃が亡くなって遺されたら分かる。何年経っても、忘れる事など無いのだ。まして我など、こうして大きな気を持たされてしもうて、後を追って行けるのは、あと幾年か。」

綾を愛しておったものな。

維心は、それを聞いて己の事に照らし合わせると、気の毒でならなかった。自分なら、堪えられない。現に前世で維月を先に亡くした時は、将維に全て任せて呆けていた。そして三か月後、迎えに来た維月と共に、黄泉への門を嬉々としてくぐったのだ。

もう、維月を亡くすなど考えたくもなかった。

「…そのうちに、生まれ変わって参るかもしれぬぞ。」維心は、翠明に言った。「それを見つけられたら、また会える。それだけの寿命があるゆえな。信じて待つが良い。」

翠明は、驚いた顔をしたが、少し涙ぐんで、頷いた。

場は静かになってしまって、その夜はそこで、お開きとなったのだった。

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