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決裂

維心は、泣きじゃくる維月を抱いて自分の対へと戻って来た。

維月は、維心に抱き着いてオイオイ声を上げて、まるで子供のように泣いている。

龍の宮から着いて来ている維月の侍女達が、その声に気付いて慌てて入って来るが、どうしたら良いのか分からずに維月の後ろで右往左往していた。

維心は、そんな侍女達に頷き掛けて下がらせ、正体も無く泣く維月をなだめようと、居間の椅子へと促して座らせた。

「維月…。」

だが、何と言うたら良いものか。

維心が言葉を探していると、維月は涙で濡れた顔を上げて、言った。

「宮へ連れ帰ってくださいませ。もう、このような場所に居たくありませぬゆえ。どうか、今すぐ龍の宮へ連れて帰ってくださいませ…帰りとうございます…。」

ここが里なのにか。

維心は、滅多に自分から里帰りの時でも龍の宮へ帰ると言い出さない維月が、こんな夜遅くに帰りたいと言うなど、余程の事だと思った。だが、こんな夜中に帰ったら、蒼に礼を失することになってしまう。

「維月…心地は分かるが今宵は我が傍で話を聞くゆえ。運動会を開いてくれた蒼に悪いであろう。挨拶も無しに帰るわけには行かぬのよ。」

だが、維月はもはやしゃくり上げながら首を振った。

「もうここには居たくありませぬ!龍の宮へ帰りたいのです!早く維心様の結界内へお連れくださいませ!」

維心は、深いため息をついた。

最近では、ついぞここまで無理を言う維月を見ていなかった。

だが、思えば昔はこんな感じでよく無理を言ったものだった。人であったゆえの考え方の違いから来る誤解での無理だったりしたのだが、今回は違う。

維月は、もう月の眷属自体が嫌になってしまっているのだ。

「…困ったの…。」

維心は、考えた。維月が落ち着かない限りは、あの二人が何を言っても聞かないだろうし、ここに居る限りはあの二人に見張られているような気がして、落ち着かないのだろう。

一刻も早く落ち着かせるためには、維月が言う通り、龍の宮へ帰るのが一番良いのだ。

「…分かった。ならば、蒼には我が文を。明日の朝に届けさせようぞ。」と、維月の背を撫でた。「帰ろうぞ。準備をさせる。だから落ち着くのだ。」

維月は、維心を見上げた。

「誠に…?」

維心は、頷いた。

「連れ帰る。気に病む事はないのだ。」

維心は、そう言うと侍女に命じて墨を持って来させ、せめてと蒼へと自ら筆を走らせて急に帰る事になったと理由も簡単に説明して書きつけて、そうしてそれを月の宮の侍女へと託した。

そして、もう寝る準備を整えようとしていた軍神達を呼び集め、驚く皆を引き連れて、そうして、維斗だけには理由を話して月の宮へと残し、維心は月の宮を飛び立った。

後に残る、十六夜と碧黎が気になったが、今は維心にもどうしようもなかった。


碧黎は、泣きじゃくりながら去って行った維月を追う事も出来ず、十六夜と二人でただ、そこに茫然と根が生えたように立ち尽くしていた。

十六夜が維月と命を繋いで、それだけで良いと言い出した時、まずいと思った。

維月の価値観は未だに人の頃を引きずっている。

なので、十六夜と命を繋ぐぐらいならと、飲むのではないかと焦ったのだ。

維心は何も言わない。元より維心は十六夜と維月を共有して来て己の中で妥協する事を覚えている。まして、価値観は維月と同じで命を繋ぐぐらいならと思っているのではないかと思われた。

だが、碧黎は違う。

十六夜と維月が日常的に命を繋ぐなど、考えたくもなかった。

維心なら、己からやることが出来ない事だし何より約した事は守るので、安心していることが出来たが、十六夜は違う。

そもそもタガが外れてしょっちゅう繋ぐだろう事は、容易に想像出来た。

なので、つい維月に話を聞こうともせず、以前の状態へ戻そうとしたのだ。

記憶さえ消してしまえば、十六夜には命の繋ぎかたが分からないのでやろうにも出来ないと思ったのだ。

だが、維月は思っていた以上に十六夜に、夫としては愛想をつかしていた。

そんな維月に以前の関係を強いろうとしたのだから、維月が物のように扱われている、と感じておかしくはなかったのだ。

隣りでただ、ショックを受けて立ち尽くしている、十六夜を苦々しげに見て、碧黎は言った。

「…主はもう、意識の根底から変えぬ限りは、維月からの男女の愛情など望めぬのだ。あの行為を重要視する考えは、主の方が詳しいだろう。主は全てに軽すぎる。維月は主の考えについて行けぬようになって、主とは夫婦などもう無理だと、そう思うておるのだ。一度失ったものはそう簡単には戻らぬ。」

十六夜は、碧黎を睨み返した。

「…分かってらあ。まさかあそこまでとは思ってなかったからよ…維月は、あれからも変わらなかったし。ちょっと言えば、仕方ないなって相手してくれるぐらいに思ってたんでぇ。だが、ダメなんだって今やっと分かった。あいつは…勝手なオレにとっくに愛想つかしてたんだってな。」と、足元の玉を見た。「で?オレは玉のままか。」

碧黎は、頷いた。

「本当はまた岩に戻してやりたい心地ぞ。三千年もすればその玉ぐらいには力が使えるようになろうしな。主に情けを掛けた己が口惜しいわ。」と、宙に浮いた。「我まで失くしてしもうた信頼を、取り戻さねばならぬ。この後のことは己で何とかすれば良いわ。月には戻さぬ。よう考えよ。全ては主一人が浅はかであったから起こったことぞ。肝に銘じよ。」

碧黎は、吐き捨てるようにそう言うと、スッと消えた。

十六夜は、桜色の玉を見下ろして、息をついた。本体から離れる事も出来ない。こんなに力のない状態で、月でなくなった自分にいったいどんな価値があるのかと、十六夜はこれからの事に眉を寄せたのだった。


次の日の朝、蒼は侍女から維心の文を受け取って、驚いた。

昨夜、帰ったのか。

今の月の宮の結界は、碧黎のものだ。

なので蒼は全く気取れなかったのだ。

その内容を読んで、また困った事になった、と頭をか抱えた蒼は、その桜色の玉を探せと嘉韻に命じて、他の客を見送らねばと、急いで出発口へと向かった。

そこには、運動会に参加した神が全員居て、維斗が何やら中心で話しているようだった。

皆深刻な顔をしている中、蒼はこえを掛けた。

「皆さん、帰らないんですか?」

炎嘉が、振り返って言った。

「維心が居らぬから維斗から話を聞いておった。十六夜が碧黎の逆鱗に触れて何やら小さな玉に籠められておると?」

蒼は、そうかそのために維斗を残していたのかと、渋い顔をしながら頷いた。

「はい。維心様から御文を戴いたので、オレも今朝知りました。始めは庭の何の変哲もない岩に降ろされていて、昨夜まではそこに居たんです。それが、昨日宴の後に十六夜、碧黎様、維心様、維月の四人で話したようで…維月は、あの二人に怒って維心様に連れ帰って欲しいと泣いて頼んだのだとかで。維心様はやむなく昨夜、帰られたようです。」

維斗は、頷いた。

「我には詳細を皆に伝えよと言い置いて行かれた。なのでこちらで朝から待っていて、話していたところだったのだ。」

焔が、息をついた。

「主らのような大きな力を持つ眷族の間の仲違いは、我らにも影響がある場合があるので案じられるのだ。早う何とかして欲しいもの。」

蒼は、自分もその眷族なので、何もしていないのだが頭を下げた。

「申し訳ない。何とか落ち着くように取りなすので。」

匡儀が言った。

「蒼が悪いのではないではないか。そもそも十六夜が軽すぎるのだ。月があれではと案じていたが、元凶はあれだろう。とにかくは、心根を入れ換える事を望むものよ。月が不在では、またこの前のような事にならぬかとそちらが恐ろしいわ。」

蒼は、普段は空気のように当然そこにある月や地の力が、大きな範囲での影響力を持っているのは知っているので、神達の懸念は分かった。なので、頷いた。

「早急に話し合って何とかする。とにかくは維心様は維月を連れて宮へ帰られたし、こちらで碧黎様と十六夜と共に話を聞くから。どうなったかは、また追って知らせる。」

匡儀は頷いたが、まだ顔をしかめていた。

志心が、息をついて言った。

「せっかくに運動会で汗を流して楽しんだのにの。まあ、早く解決することを祈るわ。」

そうして、皆順番に月の宮を飛び立って行った。

良い事も多かったが、考えても無かった懸念も生まれた二日間だったと蒼は頭が痛かった。

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