行き着く場所
焔と桜は、スッキリとした顔で戻って来た。
どうなったのだろうと維月がハラハラしていると、焔が桜を後ろに座らせて、言った。
「娶る事になったわ。これなら問題なく我が宮を取り仕切れよう。しっかりしておるし、期待しておる。」
しかし、何やら婚姻特有の甘い感じは一切しない。
駿は、拍子抜けしたように言った。
「そうか。まあ、そやつなら問題なくやるだろう。しかし、誠に良いのか?返すとか言うまいの。」
焔は、笑って手を振った。
「別にお互いに見初めて婚姻でもあるまいに。これもそういうものよりも、何かの役に立ちたいようであるし、ならば問題ない。」
言うなれば就職先の面接をして受かったようなものかしら。
維月が難しい顔をしながら何とか理解しようと聞いていると、炎嘉が言った。
「めでたいことよ。良い選択であると思う。あの宮を動かしているのは主と燐だと聞いておったし、維織は月の子でそんなことにはからっきしであろうからの。烙にも妃が居ない今、主がしっかりした妃を娶るのが一番良いのだ。これで、会合の場を頼むのも気がねなく出来そうな。」
焔は、息をついて頷いた。
「我と燐だけでは他に務めがあるゆえ面倒であったしな。良かったと思うておるよ。」
駿は頷いて、桜を見た。
「主も。良いのだな?」
桜は、頭を下げた。
「はい。必ずやお役に立って見せまする。」
まあ主ならやれるだろう。
駿は頷いて、言った。
「では、どうする?式はするか。連れて帰るならそれでも良いし。」
焔は、首を振った。
「そこらの女をもらうのではないのに。一度帰って準備を整えてから迎えをやる。結納も済まさずにもらうつもりはないからの。主の皇女であるのに。礼儀は弁えておる。」
志心が、嬉しそうに微笑んだ。
「良かったことよ。誠に良い縁であるわ。」と、酒瓶を持ち上げた。「飲め。祝いぞ。」
しかし、焔は杯を持ち上げてから、少し考えて杯を下ろし、首を振った。
「もうかなり飲んでおるから。今夜はこれでやめておく。」
志心は、驚いた顔をした。いつでも、浴びるほど飲んで正体が無くならなければ部屋へ帰る事もないのに。
炎嘉は、ハッハと笑った。
「まあ良い、ならば本日の話を続けようぞ。また明日から退屈な政務ばかりなのだ、楽しい記憶は濃くしておかねばな。」
そうして、そこからはまた運動会の話に花が咲いた。
維月は、もしかしたら焔は良い方向へ行こうとしているのかも知れない、と、希望を持って聞いていたのだった。
宴が終わって、皆月の宮の客間へと帰って行く中、維心と維月は維心の対へと歩いていた。
奥へ向かって同じ方向へ来ていた蒼とも別れ、二人で回廊を渡っていると、回廊の向こうに誰かが立っているのが見えた。
今の今まで誰も居なかったのに、そんなことが出来るのは、碧黎か十六夜だけで、今は碧黎だけだった。
維心もそれには気付いているようで、黙ってそのそばまで歩くと、立ち止まった。
「…何か用か。」
碧黎は、頷いた。
「終わるのを待っておった。」と、維月を見た。「十六夜のことよ。」
維月は、頷く。忙しさに紛れて考えないようにしていたが、十六夜は庭の奥の滝の側の岩に宿って、それきりになっているのだ。
もちろん今、月には、何の気配もなかった。
維心は、頷いた。
「気にしていたことよ。だが、客が居る中騒ぎ立てるのもと思うて、何も言わなかったのだ。」と、足を進めた。「居間へ。そこで話そう。」
しかし、碧黎は首を振った。
「いや、このまま岩の所へ参ろう。あれと話さねばならぬ。いつまでもあのままではと我も思うし、月から完全に下ろすにしろ、依り代だけは考えてやらねばなるまい。さすがに岩では、何も出来ぬからな。話す事すら、我の力がなければ出来まい。何も見えても居らぬし聴こえておらぬ。真実、闇の中のようなものよ。その中で、少しは考えたのか話を聞きたいのだ。」
それを聞いて、維月は少しホッとした。碧黎は、このままだとは思っていないのだ。それどころか、もしかしたら月へ戻してくれるかもしれない。
だがそれは、今の十六夜次第だった。
案じる維月の肩を抱くと、維心は頷いた。
「ならば、参ろう。滝の所と申したの?」
碧黎は、頷いた。
「こちらぞ。維月を抱いて参れ。」
維心は頷いて、維月を抱き上げて回廊横の窓から外へと出た。
そして、飛んで行く碧黎について浮き上がると、庭の奥の滝の場所へと向かったのだった。
そこは、シンと静まり返っていた。
何となく気配がするので、どの岩に十六夜が入っているのかは分かる。
だが、月であった時と比べたら、格段に低い力の波動しか感じなかった。
碧黎は、そこへと降りて、その岩を指さした。
「それぞ。」
維心も維月も、もう気取っていたので黙って頷く。
維心は、自分も地上に降り立って、維月を下ろした。
「これだけ寄っても十六夜には我らの声が聴こえぬか。」
碧黎は、頷く。
「何も。何しろ、普通の岩と変わらぬからの。こういうものが神格化する時と言うのは、何かの原因があって、そこから意識が目覚め、そうして回りの気配を気取れるように気を蓄え始めて、力を持ってその力で見て、聞く。十六夜が宿ったことでこの岩は、神格化の一歩は踏み出したが、まだそれだけぞ。気を蓄えるには、膨大な時間が必要ぞ。」
維心は、息をついた。
「恐らく、千年単位のな。」維月が驚くのに、維心は続けた。「ここは月の結界の中であるので中にある物は少なからず気は蓄えておるであろうが、それでも神格化するとなると膨大な気が必要なのだ。それだけ、滅多な事ではそこらの岩などが神格化することは無いと言う事ぞ。十六夜は、なので中で全く回りが見えておらぬし、聴こえてもおらぬ。その力が無いからの。」
碧黎が、後を繋いだ。
「そう。維月を前に龍王の石に宿らせたのは、あれが長年龍の宮で龍王に守られて力を蓄えた、貴重な石であったからだ。きっかけは、龍王に献上しようと掘り出した神の気に触れた事から始まり、その後龍の宮で龍王の側近くにあり、そして龍達に加工されてまた長年陰の月の胸にぶら下がって龍王の愛情を受け、力は充分だった。なので、維月が宿っても問題なく人型を取れたし、難なく生活出来ていたのだ。」
維心は、碧黎を困ったように見た。
「だが、あれに十六夜を宿らせることは出来ぬぞ。常に維月の側に居るゆえ、我と維月が共に居るのをずっと見続ける事になるしの。それに、あれは我が宮の宝であるから龍の王族以外には身に着けさせぬ決まりであるし、月の宮へ譲る事も出来ぬ。」
碧黎は、息をついた。
「分かっておる。あれをこちらへ譲れなど言わぬ。維月に何かあった時の、予備の依り代は必要ぞ。地である維月に何かある事は無いと思うておるが、もしもと言う事があるからの。あれを十六夜に使うつもりは無い。」と、岩に手を翳した。「だが、この月の宮にも一応、依り代になる物がある。」
維月は、そんな大層な物があっただろうかと顔を上げた。
「え…いったい、どこに?」
碧黎は、手の先を光らせて答えた。
「かつてここを統べた神が作ったもの。それが龍の宮へと移動し、そしてまた戻って来た桜色の玉ぞ。」
維心は、目を見開いた。
「それは…あの、夢の中へ入れる玉か。」維月が怪訝な顔をしていると、維心は言った。「そら、覚えておらぬか。前世主の夢の中に、義心が入って。十六夜が結界近くの大銀杏の根元から持って来て、義心に渡したあの玉ぞ!あの後、我が管理すると宮に置いておったが、我が死んで将維は蒼にあれを返した。なので、今生は月の宮にあるのだ。」
碧黎は、頷いた。
そして、その手の上に、その桜色の玉が出現した。
「…それが、これよ。蒼は、元あった場所へ返すのが一番だと大銀杏の紫銀に言うて戻したのだ。ずっとそこにあり、ある程度の力はある。力を蓄えるだけの時間はあったからの。何しろ、この玉は作られてもう、三千年経っておる。」
そんなになるのか。
維月が思って感心して見ていると、維心が頷いた。
「この辺りの神が滅びる時、我に後を託したのだ。なので管理しておったが、月の眷属が現れて譲った。なので、それぐらいはゆうに経っておろうの。」
碧黎は、息をついた。
「本来、こんなことをするのは本意ではないのだが。」と、岩に片手を向けた。「十六夜には、気を蓄える間の数千年を、己を省みるのに使わせようと思うておった。だが、その間に十六夜の意識が死ぬかもしれぬしの。どちらにしろ、一度話を聞く。我が直接話しかけて我だけが話しても良いが、主らとも話す必要があろう。なので、これに移す。」
碧黎の右腕が、グイと何かを軽く引く仕草をすると、岩の中から光の塊が引っ張り出されて来た。
そして、手の上にある桜色の玉を見つめると、今度はそれに集中した。
すると、光は今度はするりとその玉に吸い込まれるように入って行き、そうして明るく輝くと、スッと光が退いた。
「…十六夜。」
碧黎は、その玉に話しかけた。
すると、十六夜の声が躊躇いがちに答えた。
《…親父?》
維心は、ホッと息をつく。
維月も、声を聞いて泣きそうになった。十六夜が、月から下されてこんなものに宿る事になるなんて…。
碧黎は、その玉を芝の上に置いた。
「では、話そうぞ。」
維心と維月は、言われてその玉に向き合った。




