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宴の席で

「維月!」維心は、すぐに立ち上がって維月に寄って行った。「よう参ったの。どれ、よう見せよ。おお、似合っておるわ。やはり我がこの着物が良いと申したであろう?」

維月は、フフと苦笑して頷いた。

「はい、維心様。大変に気に入りましてございますわ。」と、脇の桜と楓を見た。「駿様の皇女達をお連れしましたの。」

維心は、維月の手を握って引き寄せながら、その二人に言った。

「表を上げよ。そのようにかしこまることはない。」

二人は、緊張気味に顔を上げた。

皆が皆こちらを向いていたのだが、その視線は、顔を上げた二人に一斉に集中していて、そして何より、あれだけ背を丸めて後ろに引っ込んでいた楓が、しっかりと背筋を伸ばし、扇も過剰なほど上げていたのを顎の辺りまで下げて持ち、真っ直ぐに前を向く様には、皆が皆、目を奪われたのだ。

楓は、絶世の美女だと謳われた祖母の綾にそっくりな顔立ちの、我を忘れるほどに美しい皇女だったのだ。

ポカンと口を開いたまま皆が呆けている中で、英心が慌てて立ち上がって楓に寄って行った。

「楓殿。父上に紹介しようぞ。こちらへ。」

楓は、緊張して固まっていたのだが、英心の顔を見て幾分ホッとした顔をした。そして、その手を取って、頷いた。

「はい、英心様。」

英心が、楓を連れて移動する間、あまりに皆がこちらを見るので、英心は居たたまれ無かった。確かに、こうして見ると信じられないほどに楓は美しい。あっさりと我に嫁ぐと申しておるが、本当に我で良いのか。

英心が不思議に思いながら誓心の前へと進んで行くと、その隣りを維心も維月を連れて自分の席へと戻って行った。

桜が、その後ろを静々とついて来ていて、父である駿の後ろへと収まって座った。

そこから見ていると、英心は自分の父の誓心の前へと歩いて行き、楓と二人で頭を下げた。

「父上。お話致しました、こちらが駿殿の第二皇女であります、楓でございます。この度、婚姻を約しました。」

誓心は、楓に見とれていたが、嬉しそうに頷いた。

「誠に麗しい皇女よ。まさか主がこれほどに出来た皇女を娶る事が出来ようとはの。」と、隣りの駿を見た。「駿よ、まさかこれほどとは思わなんだ。式の日取りなどどうするかの。」

駿は、苦笑して頷いた。

「別に我はいつでも良いぞ。そちらで決めるが良い。荷などもすぐに準備出来るし、英心が本日連れ帰りたいと申すなら、後から式でも良いからの。それは、主らで話をするが良い。」

そんな性急な。

英心は、思った。楓はやっと決心したばかりなのに。

「…我は急ぎませぬゆえ。楓と話し合い、これの希望も聞いて決めて参りたいと思います。」

駿は、それを聞いて感心した。志心や誓心と感じが似ている…それは同族なのだからそうだろうが、英心は更に、それに蒼を足したような感じがするのだ。

女に対しても、気遣いが出来る皇子なのだろう。

「では、主らで良いようにの。」と、杯をあげた。「誠にめでたい事よ。楓、幸福にな。」

楓は、深々と頭を下げた。

「はい、お父様。」

仕草も完璧で、さすがは綾にしつけられた椿の娘と皆が思った。

「こんなに美しいのなら、もっと早う表に出しておれば良かったのに。」焔が言う。「何も不足はないではないか。桜のほうも主に似て涼やかに美しいし、しっかりしておりそうであるから第一皇子の妃に相応しかろう。」

駿が、焔を見た。

「そこまで申すなら主はどうか?」駿は、焔を見つめて言った。「これは中身は椿に似てしっかりしておるし気が強い。少々の争いならいなしてしまおうぞ。仮に複数の妃が居っても、これなら心労で死んでしまうこともなかろう。そろそろ考えねばと言うておったではないか。」

焔は、返す言葉に詰まった。

維月は、維心の後ろで乱暴な話だと思ったが、王族の婚姻などこんな感じで父王同士が決めてしまう。

維月が気になって桜の方を見ると、桜はベールの中で固まっていた。

とはいえ、焔はこれまで何を言われても婚姻関係は笑って断っていたし、前世のトラウマは大きいようなので、簡単には首を縦に振らぬだろう。

維月がそう思っていると、焔が口を開いた。

「…そうよな。」しばらく黙った後、焔は言った。「確かに我は烙にばかり期待して、あれとの間も最近ギクシャクしておったし、何とかせねばと思うてはいたのだ。宮をしっかりと回してくれる妃が必要であった。桜さえ良ければ、少し話をしても良いかの。」

それには、そこに居た全員がびっくりした顔をした。

これまで、何があっても妃などと言っていた焔が。

勧めた駿ですら、まさか焔がそんなことを言い出すとは思わなかったので、目を丸くしている。

維月がハラハラしていると、桜がグッと扇を握りしめたかと思うと、言った。

「…お父様。」駿が、目を丸くしたまま桜が見た。桜は続けた。「焔様がそのようにおっしゃってくださるのなら、我はお話しとうございます。」

え、良いの?!

維月は、扇の下で仰天して目を見開いた。

焔は酒癖も悪いし、暇だ暇だと単身あちこちの宮へ押し掛けては飲みに明け暮れているのだと聞いている。

政務は確かに完璧で王として問題ないが、そんな王で大丈夫なのだろうか。

炎嘉が、言った。

「父が言うからと気を遣わずで良いのだぞ?まあ、確かに焔は賢王であるし、素行が悪いのも女以外のことで、前世にあまりに後宮が乱れた経験から妃に大しては慎重ぞ。なので一度娶れば大切にはするかと思うが…。」

初心者には扱いが難しい。

とは、炎嘉は言わなかった。

これが椿ででもあったなら、安心して行けと言うところだが、何しろ若い娘にはかなり難しい王だった。

しかし、桜は言った。

「我は、他にお心を移すような方をお慕いしてお仕えする自信はございませぬが、焔様は我を慕わしいのではなく、宮をしっかりと回すためにとお考えでいらっしゃる。ならば我にはそれが出来まする。そのためにお仕えするのなら、我も最初から気に病む事もありませぬから、よろしいかと思います。」

またハッキリと申すな。

回りの王達は、皆軒並みそう思って聞いていた。

維心はと言うと、まるで維月を見るようだと好印象だった。維心は維月しか愛していないので、維月に似ていたら全部良い印象になるのだ。

駿は、慌てて言った。

「また主はそのようにこのような場で。」と、焔を見た。「すまぬな、しかしこれで分かったかと思うが、これは後宮争いなど気にも掛けぬゆえ…。」

焔は、目を丸くしていたが、そのうちにクックと笑った。

「…そうか。ならばこちらも気が軽い事よ。」と、桜に手を差し出した。「参れ。話をしようぞ。参るにしても、主に宮の現状を話して、誠に回せるか考えねばなるまい。」

桜は、立ち上がって焔はと寄って行き、その手を取った。

「はい。我に出来ますかどうか、ご判断くださいませ。」

そして、焔も立ち上がってその場を出て行った。

楓も英心の後ろで驚いていたが、炎嘉が去って行く二人を見ながら言った。

「…何と言うか…どこかで見たような性質よなあ。」と、維心を見た。「のう維心よ。」

維心は、笑いながら頷いた。

「ハッキリしておって分かりやすいゆえ、良い皇女だと思う。維月にそっくりよ。」

維月は、後ろで顔を赤くした。分かっているが、公の場ではおとなしくしているのに。

駿は、困ったように言った。

「あれは、綾殿や椿に性質がそっくりで。ハキハキとしておって…だが嫌味は無い。いつも楓や柚を庇って前に出てな。己が矢面に立って二人を守って来たのだ。そういう性質よ。」

翠明が、頷いた。

「楓を守って参ったのは桜。これは綾が案じて顔を出さぬようにと育てたゆえ、過剰に恐れて親や我でさえも滅多に顔を見る事もなくての。これほど綾にそっくりに育っておるとは、つい先刻知ったところであった。まるで綾が生きてそこに居るような…とはいえ、まだ顔立ちは我が出逢った時の綾より幼いがの。」

英心は、楓を見た。まだ幼い…これより育って妖艶になれば、気が抜けぬ毎日になりそうな。

誓心がそれを見透かしたように言った。

「これに色気が加わったらと思うと末恐ろしいの。しっかり守らねばならぬから、主も気が抜けぬな。」

英心は、下を向いた。

「は…。」

そこまで、大層な妃が欲しいと考えた事もなかったのに。

だが、楓はその美しさを隠して生きて来たのだという。過剰に美しいと、それを巡って回りが騒がしいからだ。心ならずもおかしな所へ縁付かねばならなくなるぐらいなら、自分が守ってやるのが一番良いのかもしれない。

チラと楓を振り返ると、楓は扇を目元近くまで上げて、心配そうに英心を見つめていた。英心は、その目に英心が自分を厄介者だと思っているのでは、という懸念を感じ取った。

英心はそんな楓に手を差し出して、その手をそっと握ると、誓心の方を振り返って、言った。

「…父上。では、我は自分の席へ戻ります。」

誓心は、もう戻るのかと思ったが、確かに王達に値踏みされて視線に晒され続けるのは哀れだと思い、頷いた。

「分かった。では、日取りだけ話し合って参って、後で我に申せ。」

英心は、頭を下げた。

「は。」

そうして、深々と頭を下げている楓を促して、皇子達が待つ自分の席へと向かった。

あちらでも、楓の事を申すのだろうな。

英心はそう思いながら、楓に小さな声で言った。

「後しばらくの辛抱ぞ。あちらでも皇子達がいろいろ申すであろうが、気にするでない。我は主を守るゆえ、案じるな。」

楓は、英心の思ってもいなかった気遣いに、嬉しくてポッと赤くなった。

「まあ…我は、英心様さえお傍に居てくだされば、それで。お心おきなく。」

英心は微笑んで頷き、楓を連れて歩いた。楓は、そんな英心に何やら暖かい気持ちになって、取られている手すら、愛おしいような気持になり、戸惑っていた。

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