結審
誓心が本陣へと帰って来ると、駿と志心が笑顔で進み出て、言った。
「ようやった!後は維心殿が踏ん張ってくれれば、時間切れでこちらが勝利になる。」
駿が言うのに、誓心は首を振った。
「それでも…維心殿がやられてしもうては、大将であるからこちらが無条件に負けになるではないか。残って二騎で炎嘉を狙った方が良かったのでは。」
志心が、首を振った。
「維心は、負けぬ。」と、視線を二つの騎馬へと向けたまま、言った。「騎馬がしっかりしておる。義心の足の運びは全く衰えておらぬし、維斗も帝羽もそれに追随してしっかり動いておる。対して、炎嘉の騎馬の嘉張、炎月、炎耀を見よ。」
言われて、皆が目を凝らした。
正面を支えている嘉張は、歯を食いしばって炎嘉を支えていて、顔が赤くなっている。後ろの炎月と炎耀も、疲弊して来ていて炎嘉を支える腕が深く下へしなってしまい、維心との高さの差が出てしまっていた。
維心に上から襲われる炎嘉は、必死に背を伸ばして足で立っているのだが、全ての体重が手の平に掛かると今度は、手が離れそうになるのか指が白くなって来ているのが、遠くからでも見えた。
このままでは、騎馬が時間切れの前に崩れる。
炎嘉も、それには気付いていた。
先ほどまでは難なく維心の頭まで手が届いたのに、深く沈むので上から襲われる事になり、炎嘉は不利だった。
それでも何とかしのいでいるのだが、維心を倒さない事には、誓心が生き残っている以上、こちらの負けになる。
焦って、炎嘉も手のふりが大振りになって来ていた。
「くそ…!」
維心は、少し体重を後ろへと移動させた。すると、騎馬はそれに伴って後ろへとサッと下がって、そうして維心が体重を移動するのに従って、炎嘉の騎馬を回り込むように右へ左へと軽々と動いた。
嘉張は、それについて行こうとそちらを向く炎嘉に合わせて移動するのだが、それすらもう、足元がおぼつかなくなって来ていた。
「…もらうぞ、炎嘉!」
維心が、スイッと横へとスライドするように動くと、目の前から消えた。
「!!まずい!」
炎嘉が、一瞬見えなくなった維心に気配を探る。
…後ろ!
だが、振り返ったその時、頭の上から帽子がサッと消えるのを感じた。
「止め!」恒の声が叫んだ。「時間です!」
「取ったぞ!これはどうなった?」
維心が騎馬の上で言うと、恒は答えた。
「終了と同時でしたので、数に入ります。現在の騎馬、青組二騎、赤組0騎、そして赤組は大将が倒れましたので、青組の勝利となります。」
わあっと観客席から歓声が上がった。
そこで、ずっと観客が騒いでいた事にやっと気づいた維心は、義心達に頷き掛けて騎馬から降り、座り込む嘉張達を後目に、炎嘉に言った。
「冷や冷やさせられたわ。今少しだったの。」
炎嘉は、悔しげに維心を睨みつけた。
「主に負けたのではないわ。騎馬の質ぞ…知っておったのに。先にもっと数を減らしておければ、ここまで苦しまなんだのに。」
維心は、苦笑した。
「それらを休ませよ。次で終わり、リレーぞ。崩れた騎馬の奴らは元気になっておろうし、良い戦いが出来たら良いな。」
炎嘉は、ふうとため息を付くと、頷いた。
「次は負けぬわ。」
そうして、二人はそれぞれの陣営で、待つ仲間の所へと戻ったのだった。
維月は、上からはらはらしながら見ていたのだが、維心も炎嘉も全く疲れを見せない中、下を支える騎馬の人員が勝敗を決めたのだと見ていた。
やはり、維斗は維心の血筋で若いので動きが良く、義心も若い上に中身があの義心なのでそつがなく、そして帝羽は鷹の王の血を引く龍なのでその二人には少し劣るものの動きは軽く、維心を勝利へと導いた。
あれだけの長い間、騎馬を支えて走り回るのは、確かにかなり体力が削られるはずだった。
次のリレーでは、誰を出されるのかしら。
維月は、プログラムを見ながら思った。リレーは、各組二組ずつが走る予定だ。
一コースに六人なので、それが二組で赤12人、青12人が出るはずだった。
普通に考えて、これで最後まで戦った炎月、炎耀、嘉張は出さないのが得策だろう。
維心の方では、義心も維斗も難なく走れそうだったが、実際はどれぐらい疲れが脚に溜まっているのかは未知数だ。
翠明が、隣りでハアと大きなため息をついた。
「面白かった。我も出たら良かったかと途中思うたが、しかし紫翠でもあの様。それに、志心殿でも下されておったのを見ると、我では足手まといであったやもしれぬわ。それにしても、維心殿は良い軍神を持っておるなあ。やはり義心と帝羽は格が違うの。」
維月は、微笑んで答えた。
「まあ、紫翠様もよう動かれておりましたわ。それにしても、誓心様があそこまで生き残られて頑張られるなんて…誠に素晴らしい事だと思いますわ。」
それには、楓がポッと顔を赤くした。
楓は、試合の間ずっと誓心の騎馬を支える英心を、目で追っていたのを知っている。英心は、最後まで誓心を支えて踏ん張っていたし、あんな激戦の最中でも他の二人の軍神達を、気遣っているのも見えた。
確かにあの気立てなら、楓も安心して嫁げるのではないだろうか。
維月がそう思っていると、椿が言った。
「誠に…英心様がどのような方かと案じて見ておりましたけれど、見ておったらまあ、大変にお気遣いの出来るかたのようで。あのような戦いの最中でも、他の軍神達の事を気遣う事を忘れておられませんでした。感心致しましたわ。」
維月は、椿も気付いたのか、と驚いた。そういえば椿は立ち合いもするので、動体視力がかなり良いのだ。普通の女神とは違っていた。
「まあ…我もそのように。あのお方なら誠に良い縁であるかと思いながら見ておりました次第です。」
楓はますます顔を赤くした。どうやら、嬉しいと思っているようだった。
桜が、ホッとしたように肩の力を抜いた。
「良いかたであるなら良かったですわ。楓が、こうして表に出る事を決心するなんて…案じておりましたから。」
維月は、頷いた。桜にも、誰か良い縁があれば良いのに…。
フィールド上では、各組が自分たちのダッグアウトの方へと引き揚げて行くのが見えて、月の宮の軍神達が、それを待ってグラウンドの整備をし始めた。
リレーのための、トラックを新たに白く、石灰で書いているようだ。
維月は、たった3点の差の得点板を見上げながら、まだ勝負は分からない、と思っていた。
志心が、言った。
「こちらはどちらか一組でも二位を取れば、最悪他が三位であっても勝利ぞ。だが、四位なら、負けぞ。まだ油断は出来ぬ。」
維心は、頷いた。
「炎嘉はかなり足が速いぞ。さっきの様子を見ておっても、彰炎も恐らくは同じであろう。一人だけ速くても勝てぬのがこの競技なのだ。それから、散々練習したがバトンパスはもうマスターしたか?」
それには、紫翠が頷いた。
「は。先ほど、皇子達で集まって何度も。義心に教わりましたので、問題ありませぬ。」
義心もそれには頷いた。
「皆様飲み込みはお早いので、無駄な動きもなく受け渡しが出来ておられまする。こちらは、事前に決めておった通りで参りますか。」
維心は、頷いた。
「何としても、勝利をものにしたいゆえ、どちらか一組は一位を取りたい。それで我らの勝利は確定ぞ。二位三位でゴールして勝利しても、勝った気にならぬからの。事前に決めておった通り、志心の組と我の組で出る。」
志心が、頷いた。
「では、我の組は…」と、顔をしかめた。「誓心、だが主大丈夫か?最後まで戦っておったであろう。足は動くか。」
誓心は、息をついた。
「別に我は走っておらぬし。走っておったのはこやつらぞ。」と、まだ治療を受けている、貴青を見た。「ようやってくれたわ。あの一撃であちらの佐紀がふら付いて、箔炎が身動き取れぬようになったのだ。」
貴青は、居心地悪そうに言った。
「咄嗟の事で。我の肩が向こうの喉元に激突したので、受けた形になった佐紀殿は、両手も塞がっておるしかなりの痛手であったはず。よう立っておられたなと思いました。」
あちらもあちらで、頑張ったのだな。
誓心は思って頷いた。志心が、続けた。
「では、我の組、先鋒イライアス、次鋒翔、そして紫翠、志夕、誓心、そしてアンカーが我。」
呼ばれた順に前へと出て来る。維心は、それを見て自分も言った。
「では、我の組。先鋒匡儀、次鋒維斗、そして高湊、騅、義心、アンカーが我。」
サイラスが、ホッと胸を撫で下した。
「我が入っておったらどうしようかと思うたが、イライアスなら良いな。」
維心は、苦笑した。
「主は計測の時居らなんだではないか。イライアスはかなりの速度で走るのだ。ここに出ておるのは、皆事前の計測で速かった者達ばかりよ。だが…」と険しい顔をした。「あちらのタイムが分からぬ。走るのは今回一人400メートル、トラック一周ぞ。これが結構キツイのだ。ペース配分を間違えると後半疲れて抜かれる事になるゆえ、気を付けての。何しろ、測ったのは100メートルのタイムであったしな。」
義心が言った。
「如何にスピードを維持できるかにかかっておりまする。後半は疲れてフォームが乱れて来るので、しっかりと型を維持するのを忘れずに、100メートルを10秒から12秒ぐらいで走れたらまず、抜かれる事は無いかと思いますが。」
志心が苦笑した。
「軽く申すが、この中で一番速い維心が100メートルだけ走って8秒。一番遅かったのが騅で10秒ぞ。全力を出し切ってしもうたら後半バテるので、難しいの。維心なら10秒で配分して走り切りそうであるが。」
維心は、首を振った。
「炎嘉は速い時は7秒台で走りよる。あれは鳥であるから飛ぶように走るのだ。身が軽いわけよ。」
志心が、眉を寄せた。
「ということは、彰炎もそれぐらいかもしれぬという事よな。あれの素早さには我でも対応に苦慮したほどぞ。案じれらるが、やるしかない。」
維心も、出場する皆も頷く。
すると、恒の声がアナウンスした。
「では、最後の競技、リレーを開始致します。出場者の方は、フィールド上にお集りください。」
志心と維心は、頷き合った。
そうして、トラックへと出て行った。




