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婚約

フィールド上には、皆出て来ていた。

トラックの右と左に長い線が書かれてあって、その上にずらりと皆並んでにらみ合っている状態だ。そして、王は皆、己の組の色の、帽子を被っていた。

そこへ、英心が観客席の階段を駆け下りて来て、皆に合流した。

「間に合わぬかと思うたぞ。あの皇女を気に入ったのか。」

誓心が、冗談のように言うと、英心は至極真面目に頷いた。

「は。話しておって、娶ろうかという事になりましてございます。楓と申すのですが、楓は母と姉に相談すると。楓自身は良いのだと申しておりましたので、父上にも一応申しておきまする。」

誓心も仰天した顔をしたが、後ろに居た駿も、それに回りの王達も軒並みびっくりした顔をした。

「え…?!」誓心は、言った。「主、娶るのかっ?」

誓心が素っ頓狂な声で言うと、英心は眉を寄せた。

「はい。話してみるとハキハキと明るい皇女であるし、治癒の術にも長けておって、我も背を痛めたのですが、すぐに治してくれ申した。良いかと思いまする。父上には、否と?」

駿が、ブンブンと首を振って割り込んだ。

「誓心が主に娶るように申すかというておったところだったのだ。そうか、誠に、主が娶ってくれるのなら良かったことよ!」

そうだった、駿殿が父だった。

英心は、頭を下げた。

「は。駿殿には、改めてご挨拶を。只今はこのような状態ですので。」

駿は、笑って手を振った。

「良い良い、もう挨拶など。」と、誓心を見た。「良かった、誠に。ホッとしたわ。皆行き遅れるのかと誠に案じておったゆえ。いつでも連れて参って良いからの。」

駿は、途端に上機嫌になって言った。

維心が、振り返って言った。

「こら。浮足立つでないわ。英心も、この僅かの間に婚姻を決めて来る手腕には大したものだと感心するが、しかし今は騎馬戦に集中せよ。無様に負けるわけには行くまい?」

英心は、言われて遥か上の貴賓席へと視線を向けた。

そちらから、遠目に三人の女神と、翠明が座ってこちらを見ているのが分かる。

「では、騎馬を作ってください。」

恒の声が促した。

英心は覚悟を決めて、散々練習した騎馬を、貴青と聡司(そうし)の二人と共に組み、その上に父の誓心を乗せて、身構えた。


椿と桜は、思ったより元気そうに戻って来た楓を、心配そうに出迎えた。

「楓!大丈夫だったの?英心様が転倒されたのを見て…母は、気が遠くなりそうだったわ。」

椿が言うと、楓は首を振った。

「いいえ、お母様。英心様が、身を挺して我を庇ってくださったので掠り傷もありませんでした。そのせいで…英心様は、背を痛められて。我が急いで治癒を施しましたが、すぐに競技にお出になるなんて、案じておりまする。」

本当に案じているように言う楓に、桜は躊躇いながら言った。

「まあ…あなたは、巻き込まれたのですもの。責任を感じずでも良いのですわ。こんなことに駆り出される事すら、乱暴なお話で。」

椿も、頷く。

「誠にそのように。蒼様には、終わってから一言申しておいてもろうた方がよろしいかしらと。」

楓は、とんでもないと扇を下ろして首を振った。

「そのような!これは皆様が楽しむためのものですわ。嫌なら来なければ良かったのですから。そのような事を、仰らないでくださいませ。」

翠明が、扇を下ろした楓を見て、仰天した顔をした。

「え…楓?!主…主、綾に…。」

言葉が続かない。

瞳の色は少し違うが、それでも楓は、綾にそっくりだったのだ。

これまで、いつも誰かの影に隠れて祖父の自分ですら満足に顔を見た事も無かったのだが、まさかここまで似ているとは思わなかった。

椿が、翠明を驚いたように見た。

「え、お父様?もしかして、ご存知なかったのですか?」と、楓を見た。「この子は、お母様も生前それは案じておったのですわ。自分の幼い頃にそっくりだと、姿を晒さぬようにとずっと言うて育てておりましたの。なので、この子もすっかり表に出ぬようになってしもうて。」

楓は、首を振った。

「もう、そんなことはありませぬ。」楓が力強く言うので、椿が目を丸くする。楓は続けた。「あの、英心様と。英心様が、我を娶ってくださると仰ってくださいました。とても親身になって話を聞いてくださって、我がハキハキとした明るい女神だと…治癒の術にも長けておるから、宮でも役に立つだろうと仰って。我が美しいとか、そんな事は理由ではないのですわ。ですから、英心様に嫁ごうと思うております。」

「「「ええ?!」」」

桜、椿、翠明が一斉に叫んだ。嫁ぐって?!

「ちょ、ちょっとお待ちなさい、そのような急に!簡単に決めてしまって良いのですか、英心様がどのような殿方なのかも、まだよう分かっておりませぬのに。だいたい、美しいあなたが気に入るようにとそのように仰ったのかもしれませぬのに。」

椿が言うのに、楓は首を振った。

「英心様は、そのようなかたではありませぬ。我が…生い立ちをお話したら、ならば我が娶ろうか?と。我が、英心様のようなかたならと申したからなのですわ。ガツガツと娶りたいなどと申されたのではありませぬ。」

桜が、案じて言った。

「そのような…確かに、英心様はお優しそうなかたですけれど、もっとよう考えてからではならぬのですか。」

楓は、もう決めているようで、頑として首を縦に振らなかった。

「いいえ。我は、英心様以外には嫁ぎませぬ。」

椿が困って翠明に視線を送ると、翠明は最初は困ったように楓を見ていたのだが、言った。

「そうよなあ…最初はなんと短絡的な、と思うたのだが、他をというのなら、良い縁かもしれぬ。あの一族は、確かに穏やかなのだ。志心殿がそうであろう?その実、怒らせたらあれほど恐ろしい奴はおらぬと思うたが、しかし普段は皆の話を聞いて、話を穏やかに流すことに尽力しておる。乱そうなどとはせぬのよ。そういう種族なのだろうの。誓心殿もそんな感じであるから、自然その皇子の英心もそうなったのだろう。皇子達が話しておるのを遠目に見ておったが、他は積極的に話すのだが、英心は皆の話を聞いて、その上で場を取り纏めておかしな方向へ行きそうになったら修正する役目に徹しておる。なので、皆があれを信頼しておるようだった。まだ、出会ってそう経っておらぬのにの。」

桜は、それを聞いて確かに、と思った。茶会の席でも、こちらに無理に話題を振って来ることも無く、皇子達の話をうまくまとめていた。桜と楓がだんまりなのを見て、最初は気を遣ってこちらへ話を振ろうとしたが、話を振った時の桜の反応を見て、あまり話さない方が良いと判断したのか、あちらだけで話せるようにと流して行っていたのは、英心だった気がする。

つまりは、英心はとても場を読んで相手を気遣う事が上手い皇子なのだ。

「…確かに。」椿は、冷静になって来たようで、言った。「茶会の時も、皇子達の中で一番落ち着いて見えました。よう場を読んで、常に回りを気遣っているようで。どこかへ嫁ぐと申すなら、確かにあのように、地位もあって穏やかなかたは他には居らぬかもしれませぬわ。」

楓は、頷いた。

「はい。我は、運命だと思いました。英心様が我の名を引いてくださって、頑なになっておった我を、このままではならぬと、勇気を出すきっかけを与えてくださった。そうして、話を聞いてくださって…娶っても良いと仰ってくださったのです。いろいろな事を、させてやりたいと申してくださいました。だから、我はあのかたを信じても良いと、短い時間ではありましたが決めたのですわ。」

桜は、暗い顔をした。

「でも…英心様の宮は大陸の白虎の宮。こちらの白虎の宮とは違って、とても遠いのに…。」

桜は、心配だった。そして何より、これまでお姉様お姉様と慕って後ろに隠れてついて来た、楓が急に居なくなるのがとても寂しい気がした。

楓は、桜の手を握り締めた。

「お姉様、いつでもお会いできますわ。どのみち、我らはどこかへ嫁いだら、バラバラになってしまう運命でありました。普通の皇女達より、長めに実家に居ったのですもの。我も、自立できるように、頑張らねばと思うのです。」

桜は、頷いた。楓は、ここを英心に連れられて出て行った時から、きっといろいろ変わったのだろう。自分の殻を破って、そうして表に出ようとしているのだ。

「…そうね。あなたが幸福になれば良いと、心から思うわ。嫁ぎたいと思うかたが現れて、良かったわね楓。」

楓は、涙ぐんで頷いた。

「はい、お姉様。」

「では、騎馬を作ってください。」

恒の声が言っている。

…英心様…。

楓は、これまでとは違った気持ちで、フィールドを見下ろしたのだった。

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