表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/175

借り物競争

王達が戦々恐々としている中、維月と椿はおっとりと湖の畔を散策していた。

維月は、それが前世の母だと知っているので、何やら幼い頃を思い出し、心が沸いた。

とはいえ、椿は何も覚えていない。

なので、努めて龍王妃らしく、椿と話していた。

「誠にこちらは来る度に懐かしく感じるのですわ。」椿は、穏やかに微笑みながら言う。「安心するような…でも、どこか満たされぬような。おかしな事ですけれど。」

維月は、苦笑した。恐らくは、前世の記憶なのだろう。母の陽蘭はここで、父の碧黎の側に居ながら何か、愛されていないような心地だったのだろう。愛されたかったが、相手はそれを知らない命だった。愛しているふりは出来ても、愛したことがなかったのでそれが愛情ではないことすら、碧黎には分かっていなかった。

誰かを愛して始めて、これが愛情なのだ、と初めて知って、母のことは愛していなかったと知ったのだ。

そんな陽蘭は、箔炎に愛されて初めて幸福になった。

それなのに箔炎を亡くし、それを追って黄泉まで行っていたほど、陽蘭は箔炎を愛していた。

その箔炎と、今生も出会い、遠回りをしたが再び愛し合う事になった。

本当に良かった、と維月は思っていた。

「…満たされぬなど、今は箔炎様がお側に居られますのに。」維月は微笑んだ。「箔炎様は、落ち着いた大変に思慮深いかただと維心様よりお聞きしておりますわ。」

椿は、頬を赤らめた。

「まあ…。確かに、我が傷心の間もご無理もおっしゃらず、足蹴く通うて琴の指南をしてくださいました。色好い事も、何も困った事もおっしゃらずに…。あのように思慮深いかたに嫁ぐ事が出来て、我は此度こそ幸福にと願っておりますの。」

維月は、頷いた。

「あのかたなら問題ありませぬわ。きっと幸福にお暮らしになれまする。綾様も、きっとあちらで安堵なさっておいでですわ。」

綾は、これを見ているのだろうか。

維月は、友であった綾を思った。それは美しく、その生の始めは不幸であったが、後に翠明に大切に愛されて幸福そうだった。

椿は、うっすらと涙を浮かべて頷いた。

「はい…。母に、今会いたいと心から思いますわ。」

私がこうしてあなたに会っているように。

維月は、心の中で思った。かつては母であった椿と、かつて共に歩いた同じ湖の畔を歩き、違う立場で話している。

きっと、いつかはそれが出来るのかもしれないわ。

維月は心の中で椿を慰めながら、湖をぐるりと回ってまた、コロシアムの方へと足を向けたのだった。


席へ戻ると、翠明が二人の皇女達と貴賓席に戻っていた。

「お父様、ずっとこちらに?」

椿が言うと、翠明は首を振った。

「一度紫翠の様子を見に参ったが、あちらは準備に余念が無くてな。邪魔になるからと戻って参ったのだ。」

維月がフィールド上に目をやると、何やら軍神達が折り畳んだ紙をそこに撒いているのが見えた。

「あら…?騎馬戦ではありませぬの?」

維月が言うと、翠明は頷いた。

「何やら変更になったとかで。先に借り物競争なのだそうだ。」

軍神達を休ませようと。

維月は、思った。恐らくこちらが思っている以上に、皆疲れているのだろう。

「借り物競争とは、どういった競技なのですか?」

桜が言う。維月は、答えた。

「あの、今の撒いておる紙に書かれておるものを持ってゴールするだけの競技なのですわ。でも、とんでもないものが書かれてあることがあって、前に炎嘉様が我の名を引いて、お連れに参られた事がありました。我を背負ってゴールなさったのですわ。」

桜も楓も、驚いた顔をした。

「え…。神の名の時もあるのですか。」

維月は、苦笑して頷く。

「はい。一度引いてしもうたら交換出来ぬので、何としてもそれを持ってゴールしなければ棄権になってしまいます。以前も棄権なされた方がいらっしゃいましたけど…棄権してしまうと点数が入らないので、大きな痛手でありますわね。」

椿が、途端に案じる顔になった。

「まあ、どうしましょう。我の名を駿様が引かれたりしたら、行かねばならぬのでしょうか。」

維月は、笑った。

「あれだけの中からそれを引く確率は低いので問題ないですわ。そもそも、無いかも知れませぬし。ご案じなさいますな。」

でも、維月様は引かれたのですわね。

椿は思ったが、何も言わなかった。

「それでは、時刻となりました。」恒の声が響き渡った。「参加者は、フィールド上のスタートラインにご集合ください。」

わらわらと、紺色と小豆色のジャージの神達がダッグアウトから出て来るのが見える。

…駿は居ない。

維月が思っていると、椿も同じ事を思ったのか、ホッと肩の力を抜いたのが感じ取れた。

それを見てこちらまでホッとしていると、全員が緊張気味にスタートラインに立った。

青組10人、赤組10人だったが、青組は皇子が多く、赤組は王が多い印象だった。

騎馬戦では、王は上に乗っているのでそれほど体力は使わない。なので、恐らく赤組は王が出ているのだと思われた。

恒の声が言った。

「では、借り物競争を開始致します。位置について。」維心も含めた20人全員が構える。「用意、始め!」

全員が一斉に紙に向かって駆け出した。


維心は、手近な紙は無視して慎重に奥の紙を凝視した。

いつもなら難なく透視出来る中身が、思った通り全く見えなかった。

小さく舌打ちして決めかねていると、炎嘉が同じように離れた奥の位置に立って、こちらを睨んだ。

「どれを選ぶ?維心。勝てると思うておるだろうが、我は負けぬぞ。」

維心は、炎嘉を睨み返した。

「そっくり返すわ。」と、意を決して側の紙を拾い上げた。「先に行くぞ。」

炎嘉も慌てて紙を見回した。ここで悩んでもどうせ中身は見えない。さっさと引いて、内容を確認して探しに行くのが得策なのだ。

炎嘉は、えいっと紙を掴んで、それを目をつぶって開くと、思いきって目を開いた。

『維月』

…またか!

炎嘉は、己の引きの良さを恨んだ。維月維月とどこかで思っていたら、こんな時に必ず引く。

何しろ、これだけの中からもう二回も維月を引き当てているのだ。

「…どこぞ、貴賓席か!」

炎嘉は、一気に観覧席へと駆け出した。

一方、維心はそれを開いて、眉を寄せた。

『翠明』

…さっき来ておったのに!

維心は、貴賓席を見上げた。あちらへ戻るとか言っていた。まさかどこかに行って居らぬのではないだろうの。

視界の端に、炎嘉が観客席に向かって物凄い勢いで走って行くのが見える。

維心は、それを追って自分も駆け出した。


皇子達はと言えば、落ち着いていた。

イライアスが引いた紙を見て眉を寄せているのに、維斗が声を掛けた。

「イライアス、何を引いた?」

イライアスは、紙を維斗に見せた。

「『ヴェネジクト』と書いてある。前のドラゴンの王よな。ここに居るのか?」

維斗は、そういえばと思った。確かに月の宮に居るはずだが、どこに居るのだろう。

「本部席まで行って聞いてみよ。ここに滞在しておるはずだからどこかに居るはずよ。」

イライアスは、頷いて本部席へと走る。

それを見送って、維斗は自分の紙を見下ろした。

『序列第三位の軍神』

ちなみにほとんどの王が大体筆頭と次席を連れて来ているので、こちらに三位は居ない。

月の宮の三位は誰だったか。

維斗が悩んでいると、英心が言った。

「獅子の皇女は貴賓席か。」

維斗は、眉を上げた。

「恐らくはの。主は獅子の皇女か?」

英心は、戸惑いながら頷く。

「『獅子の宮 楓』と。茶会で会ったが皆目顔を思い出せぬで。桜殿は顔を上げておったから知っておるが、楓殿はベールの中でしっかり扇を上げたままであったのだ。」

維斗は、そういえばそうかもしれない、と思った。茶会には出ていないが、維斗も二人とは面識があるのだが、桜の顔は思い出せても楓の顔は全く覚えがない。

思えばいつもしっかりと顔を隠していて、桜と柚の影に隠れて印象は薄かったのだ。

「何をしておる!」ダッグアウトから、誓心が叫んだ。「棒立ちになっておる場合ではないぞ!皆もう駆け出しておるのに!白虎の恥を晒すつもりか!」

言われて、英心はハッとした。

そうだ、競技で四位以内に入らなければ。

「…行って参る!」

英心は、物凄い勢いで弾かれたように駆け出した。

維斗は、自分も父に何を言われるか分からないと、慌てて本部席へと駆け出したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ