休憩の時
そろそろお昼も近付いて来て、見ている維月も少し、疲れて来た。
集中してじっと見つめるので、参加していない維月達も、何やら参加している心地になって、翠明もハアと息をついて、準備されている冷たい茶を自分で注いで飲んで、言った。
「見ておるだけでこれだけ疲れるのだから、恐らくあちらは死ぬほど疲れておるだろうの。休憩はないのか?」
維月は、首を傾げた。
「あるはずなのですわ。でも、いつなのか決められてないので…恐らく、赤組のあの様子を見たら、そろそろ休憩を入れるのではないでしょうか。」と、小豆色のジャージの蒼が、フィールドを横切って青組のダッグアウトに向かって行くのが見える。「あ、ほら。多分このままでは試合にならないので、休憩を入れようと提案に向かったのではありませぬか?」
思った通り、蒼は青組のダッグアウトに入って行って、何かを話している。
維月は、少し休もうと椿達を見た。
「さあ、恐らく休憩ですわ。少し歩きませぬか?我も本日は重い着物では無いので動きが楽ですの。ここは里なのでよく知っておりまする。湖の方まで行きましょう。」
椿は、少し飽きて来ていたのか、微笑んで立ち上がった。
「まあ!嬉しいこと。」と、娘たちを見た。「あなた達はどうしますか?あまり歩くのがと申すなら、ここに居っても良いのよ。」
そういえば、この二人はあまりアクティブな女神ではなかった。
維月が思っていると、二人は顔を見合わせて、首を振った。
「我はこちらに。お祖父様と居りますわ。どうぞ、お母様はいらしてくださいませ。我らは足が遅いですし、足手まといになりましょうし…。」
椿は、そういえば女神にしては歩くのが速いのだ。
もちろん維月も、月の宮に居る時は普通に歩くので速かった。
椿は、苦笑しながら頷いた。
「では、こちらに。我は維月様と参りますわ。」
そうして、二人は立ち上がって貴賓室を出て行った。
蒼が近付いて来るのを見て、維心はそれを待ちながら、言った。
「…恐らくあちらが戦えぬのではないか?」
思った通り、蒼は到着してすぐ、ハアハアと息を切らせながら、言った。
「あの、すみません。あちらは怪我をしておる者も居るので、ここで休憩を入れようと思っております。一時間の予定でして、よろしいでしょうか?」
維心は、やはりな、と思いながら頷いた。
「一時間で大丈夫なのか?次は騎馬戦だろうが。こちらは問題ないが、怪我人まで出ておるようだとあちらの騎馬が少ない状態で始めねばならぬのでは。我は、戦うならあちらも万全の状態で戦いたいのだ。満身創痍の敵と戦って勝っても面白うないではないか。確実にこちらが上だと知らしめるためにも、回復してもらわねばならぬのだ。」
駿は、何か言いたそうにしていたが、それを聞いて口をつぐんだ。恐らく、今戦って徹底的に叩き潰したいと思っていたのだろうが、維心はそれでは意味はないと言っているのだ。
確かに、あの時は疲れていたからと逃げ口上に使われたら腹が立つ。
蒼は、言った。
「では、お待たせしてしまいますが二時間で。月の宮にはあちこちに時計がございますので、それを見て、13時半にこちらへ戻って頂けますか?」
維心は、頷く。
「ではそれで。炎嘉に早う皆を回復させよと申せ。それから、我が儘に付き合うと負けるぞ、とな。」
蒼は、あちらのチームワークが散々なのを見抜かれている、と渋い顔をしながら、頷いた。
「はい。では、オレはこれで。」
そうして、蒼はまた走って、今度は本部席の恒の方へと向かった。
それを見送りながら、志心が言った。
「こちらは余裕が出たのう。維心が少しでも疲れておる間に騎馬戦をした方がまだ勝てたやも知れぬのに。大玉送りひとつで、もったいないことよ。」
維心は、苦笑した。
「運動会の経験者ではない同族を束ねるのに苦心しておるのだろうよ。炎嘉も歯ぎしりしたいのではないか。」
すると、恒の声が言った。
「ただいまより二時間の休憩に入ります。月の宮の時計で13時半に、再開の予定です。それまでにお席にお戻りください。二時間の休憩に入ります。」
その声を背に、維心はダッグアウトから裏の控え室へと戻って行ったのだった。
維月と椿が去った後、翠明も恒のアナウンスを聞いて立ち上がり、紫翠の様子を見てくると言って、そこを出て行った。
ここは貴賓席なので一番上で、裏手にある階段を降りなければ下の観覧席には行けず、その階段の手前には月の宮の軍神達が居て、ここまで誰かが迷って来られる事はない。
それでもいきなり二人きりにされてしまった桜と楓は、広い空間で身を寄せあって座っていた。
下を見ると、フィールド上では月の宮の軍神達が整備を始めていて、端の方では紺色のジャージの数人が、何やら話しながら変わった形の騎馬を組み、また崩しと繰り返している。
どうやらそれは、志夕、翔、英心、維斗、紫翠、弟の騅、それに維月が言っていたサイラスの皇子のイライアスのようだった。
こちらの赤組では誰もフィールド上に出ていない中、どうやらあちらは皆、余裕があるようだった。
「…皆様凛々しい方々ばかり。」と、楓は言った。「でも…お父様のようなことをなさるかもと思うと、我には恐ろしいばかりですわ。」
桜が、言った。
「お優しいかたもいらっしゃると思うの。お母様はそのようにおっしゃっておったし、蒼様など誠にお優しいかたで。でも…それをどうすれば知る事が出来るのかは、誰も教えてくれませぬ。お父様の所に居ては、我らもこれからも恐ろしい思いをせねばならぬかもだから、箔炎様が我らを引き取って下さるから、安心すれば良いとおっしゃるし、それで良いのではないかしら。鷹の宮でお母様と共にのんびりと暮らすのも、良いのではと思うのです。」
楓は、息をついて頷いた。
「我もそのように。お母様のような苦労はしたくありませぬし。」
それでも、楓は綾から遺伝したのだと思われる美しい容姿で、控えめ過ぎて扇を他の神の前で下ろさないので、祖父ですらそれを知らないのではないかというほど姿を晒さない皇女だった。良く見ると瞳の色はうっすらと紫で、パッと見た所は茶色なので、それを知る者すら少ないのではと思われた。
桜は、言った。
「あなたはそれほどに美しいのに。茶会の席でもベールはおろか扇すら下げないで、しかも目も伏せたままだったでしょう。その上、我の影に隠れて口も開かぬでおったし。良い所があれば、あなたは絶対に大切にされるのですし、日陰の身ではもったいないと思うわ。」
楓は、扇を下げて桜を見返した。
「お姉様…我はお姉様と共に居たいですわ。ただ美しいと言われてだけなど…お祖母様は、美しければ美しいほど、不幸になることがあるので姿は見せぬ方が良いと常、申されておりました。我は、それを守ろうと思います。」
楓は、幼い頃からそれを知っている。
祖母の綾が、自分の幼い頃にそっくりだと、喜ぶよりも案じていたのだ。会う度に、姿を晒してはなりませぬ、幼いからと誰かに見られるような遊びをしてはなりませぬと、それはそれは楓に言っていた。
ほかならぬ綾自身が、幼い頃に庭で駆け回っていたのを、その時の鷲の王の煽に見つけられて宮へと召されたからだ。
それが幸福であったら良かったのだが、あいにくそうでは無かった。あまりに不幸な記憶であったので、同じような事が己の孫に起こってはと、それはそれは案じていたのだ。
楓は、なのでとても男性を警戒していたし、絶対に姿を晒してはと徹底していたのだ。
桜は、息をついた。
「誠に…。お祖母様は、我がお父様に目が似ているけれど、お母様にそっくりでしっかりしておるから、楓をお願いと常、申されておりましたもの。あなたがお好きになさって良いのよ。」
楓は、ホッとしたように頷く。
桜は、この妹の一生が、隠れて忍ぶばかりで終わるのは残念な事だとそんな楓を見ていた。




