開式
定刻になり、恒がやって来て術を掛けた扇を閉じたままマイク代わりに持ち上げて口元へと持って行き、言った。
「それでは、只今より月の宮運動会を開催致します。」
その声は、拡声器で増幅されたような大きな音となってコロシアムに響き渡った。
それと共に、大勢の観客が一斉に静まり返る。
フィールド上に居たもの達は、全てそれぞれの控えに戻って行く。
そこは、フィールド上を見渡せる、人世の野球場のダックアウト(待避壕)のような場所で、ベンチもある。
恒は、全員がそこへ戻るのを待ってから、淡々と手元の紙を続けて読み上げた。
「参加者は陽の地の力で気を抑えられ、それを使う事が出来ない状況で戦います。皆様にお配りしましたプログラムに、参加者達の宮、または城と参加者名が記されていますので、それをご確認ください。では、プログラム番号一番、玉入れです。」
既に、籠はフィールド上に二つ、離れて設置されてあった。
月の宮の軍神達が、何度もデモンストレーションした通りにそれぞれの色の玉をその回りに撒いている。
「競技の出場者は、籠の回りの円にお集まりください。」
恒の案内に従って、維心はそちらへ足を向けた。
「参る。昨日決めたもの達はついて参れ。」
維心は迷いなく青色の玉が転がる方へと向かった。
その後に義心が続き、ヴァルラムもゲラシムに頷き掛けて出て行く。
誓心が、言った。
「何やら俄に緊張して参った。無様な様子は見せられぬし。」
言いながら歩き出すのに、志心がついて行きながら笑った。
「大丈夫よ。これは遊びなのだ。鬼気迫る様子なので気になるかもしれぬが、己が出来る事をやりきれば終わるゆえ。構えるでないぞ。」
その脇を、駿が岳と共にすり抜けて走って出て行く。
駿の気迫は回りを圧倒してしまい、皆が皆何やら落ち着かない顔をしていた。
「あやつがやる気過ぎてこちらは若干退き気味なのだがの。」サイラスは言いながらイライアスを見た。「ま、腕試しよイライアス。玉を入れるだけなのだから落ち着いて参ろう。」
そうして、次々にフィールド上へと出て行った。
玉は、面倒なほどあちこちに散らばって円の中に落ちている。
円の縁に立ってそれを取り巻いて合図を待つ間、維心はチラと赤組の方を見た。
赤組は炎嘉も出ているし、焔も、箔炎も彰炎も、とにかく王は軒並み出ているようだった。
恐らく最初で勝っておいて心に余裕を持とうという思惑なのだろう。
「…ふん。こちらも負けはせぬ。」
維心がそう呟いた時、恒が世話係の月の宮軍神達と目配せをし合い、口を開いた。
「全部で三回戦行います。では、位置について。」
皆、円の中の玉へと意識を集中し、構える。恒は最初からこれか、と思いながら、続けた。
「用意」と、手を上げた。「始め!」
途端に、全員が一目散に円の中へと駆け込んで、玉を手にして投げ始めた。
維月は、最上段の貴賓席で杏奈と椿に会った。とても広い場所で階段式に大きな椅子がたくさん設置されている場所だ。楓も桜も居て、維月を見て立ち上がった。
「維月様。この度は皆様、妃が居られる方もいらっしゃるのにお連れになっておらぬようで。このようにここは大変空いておるのですわ。」
本当にガラガラの様子で、居るのは椿、桜、楓、そして翠明の四人だけで、その四人が一か所に固まっているので、本当にガランと見える。
脇に座る、翠明が苦笑した。
「何やら皆、遊びではないと思うておるようで。妃など連れて来ておったら皆に示しがつかぬとかなんとか。紫翠がまさか戦場さながらの真剣勝負だとは思わなかったと、昨夜部屋でごちておったわ。」
ここには男は、翠明しかいない。
一人着物姿でゆったりと座っていた。
そして翠明は椿の父で、つまりは桜と楓の祖父なので、身内ばかりといった様子だ。そして、翠明とは昔からよく話したので、維月に対しても翠明は龍王妃であるという構えがなかった。
維月は答えた。
「皆様、どうぞお座りになって。翠明様には、昨夜は案じられましたでしょうに。椿様、お加減はいかが?」
椿は、座りながら頷いた。
「我は軍神でもあるので。訓練場で鍛錬していた時の事を思うたら、もう大丈夫ですわ。ですが娘達が…昨日の騒ぎに、すっかり驚いてしもうて。あの時は、騒ぎに気付いておったのですが、恐ろしくて部屋で震えておったのだそうです。本日はここへ来るのもどうしたものかと怯えて…。ですが、お父様もいらっしゃるしと、気を取り直して参ったのですわ。誠に面倒な事でした。」
若い娘ならそうだろう。
維月は、バツの悪そうな顔をした。
「翠明様には後で蒼よりご説明があるかと思いますが、あれは駿様のせいではありませぬの…。我の、相方のせいで。申し訳ない限りです。」
相方?
翠明は片眉を上げる。
「…維心殿は寝ておったよな。」
維月は、首を振った。
「維心様ではありませぬわ。月の相方…実は十六夜が。我と仲違いしておって、それで気色が悪うなりまして。結界内の神達は、軒並み影響を受けておりました。寝ておって気付かぬかたも居られたかと思いますが、駿様は眠りが浅くていらしたのでしょう。それで、普段ではなさらないようなことを。父が十六夜を諌めて落ち着くまでは封じておりますので、今は問題ありませぬ。誠に皆様にご迷惑をお掛けしてしまい申して。」
翠明は、ぽんと手を叩いた。
「そうか、それで結界が地のものなのだな。朝起きたらそんな風なので、何事かとは思うたのだ。ならば…駿には、誠気の毒な事になってしもうて。」と、フィールド上へと目をやった。「とはいえ、競技にも問題なく出ておるようだし、特に気にしておらぬようだが。」
あれだけ鬼気迫っているのに?
維月は思ったが、確かの他の神たちも緊張からか硬い表情で似たようなものだ。なので、頷いた。
「はい。誠に。」
椿は、息をついた。
「まさかそんな事であのような事をなされたなんて。ですが月の結界のせいなら抗えなかったのでしょう。まともなあの方は考えなしではあられないはずだし、おかしいとは思うておりましたの。でも…現に行動を起こしてしまわれたので、箔炎様も駿様に、何某か制裁などなさらなければよろしいのですけれど…。」
また、数百年前のような騒動になる事を案じているのだ。
維月は、首を振った。
「箔炎様には、既に競技の前に蒼がご説明されているかと思いますわ。翠明様はこちらにいらしたので、お聞きになる事が出来なかっただけで。ただ…駿様ご本人が、恐らくご存知ではないのでは無いかと。」
翠明が、顔をしかめた。
「箔炎から何かせずとも駿が何をするかということかの。とはいえ、十六夜の気のせいだと申すなら、落ち着いて参るであろうし。これが終わったら蒼が駿にも説明しようからの。あまり案じてもしようがないことよ。」
椿は、翠明の言葉に頷いた。
維月は、恒が司会をして競技が進み始めたのに、目を移した。
青と赤の玉が散った円の縁で、同じ色のジャージを身に着けた神たちがずらりと並んで合図を待っているのが見える。
維心は皆に紛れて紺色のジャージに身を包んでいたが、維月には維心がすぐに分かった。何を着ていても、維心は目が覚めるほど美しい。そのオーラが、その大きな気のせいだけでは無いのだと、こんな時に再認識して維月は維心ばかりを見ていた。
恒の声が言う。
「全部で三回戦行います。では、位置について。」
維心が、構えるのが見える。
「用意」と、恒は手を上げた。「始め!」
一斉に玉が宙を舞った。
椿も桜も楓も、翠明も目を丸くしてそれを見守った。




