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茶会

内宮の応接室はたくさんあるのだが、その中でも中庭がよく見える白い石の壁を使った部屋を、今回は維月は茶会の部屋に選んでいた。

維月が弓維と黎貴、康貴と共にそこへと入って行くと、既に来ていた椿とその娘である桜、柚、楓、それから蒼の妃である杏奈と皇子の納弥(いりや)、高湊の妃の燈子、皇子の高彰(たかしょう)が立ち上がって、頭を下げた。

維月は毎度の事ながら着物が重くて前に進むのが遅い自分に内心、イライラしながらも、皆にはにこやかに微笑みながら、上座の席へと歩いた。

「皆様、お待たせしてしまいました。娘の弓維が戻って参りましたの。」と、弓維を振り返った。「夫であられる黎貴様は、御子の康貴様をお連れになって来てくださいましたが、すぐに王達のお部屋へ参られまする。」

黎貴は、女ばかりの部屋に落ち着かぬ顔をしていたが、維月に言われて康貴を傍の子供用の椅子へと座らせると、言った。

「では、我はこれで。」と、弓維を見た。「楽しむが良いぞ。」

弓維は、微笑んで頷いた。

「はい、黎貴様。」

そうして、黎貴はそこをそそくさと出て行った。どうやら女ばかりは苦手であるらしかった。

維月は、とにかく早く座りたかったので、侍女に手伝われて椅子へと座った。そうして、言った。

「皆様も、どうぞお座りになって。本日はようお越しくださいました。夕刻の宴までお時間がございますし、お子様方は宴にも出れぬという事で、このような茶会を開かせていただきましたの。どうぞお寛ぎになって、お子様にも伸び伸びと過ごして頂いてよろしいのですよ。」

納弥は8歳、高彰は4歳、康貴は1歳で、納弥と高彰は意思の疎通が出来ているのだが、康貴には二人も、興味深げに見ているものの、赤子という認識であるので、口を開いてはいなかった。

椿が、言った。

「皆様可愛らしい御子様をお連れになっておって。我もこれらが幼い頃を思い出すようですわ。」

維月は、微笑んで頷いた。

「誠に。椿様にもご壮健のようでよろしいこと。」

椿は、頷いた。

「はい。本日は父もこちらへ参るという事でしたので、連れて参ってもらいましたの。駿様がこれらを連れて来るのだと父から聞いておりまして。久方ぶりに会いたいと思いましてございます。」

維月は、三人の娘たちを見た。

もう適齢期に差し掛かっていて、もう嫁ぎ先を決めなければ一生宮に居る選択になるのかというギリギリの歳なので、駿も慌てて連れて来たのだと思われた。

三人共に美しい顔立ちで、それに椿が育てたので書も美しく、宮での采配も問題ないのだが、如何せん格下の宮では外聞も悪かろうと、なかなかに決められないでいるらしい。

「皆、お美しくお育ちでありますし、父王様もご自慢なさりたいのでしょうね。」

いろいろ思惑は透けて見えていたのだが、維月はそう言った。

そうしていると、侍女達が、維月が準備させてあったケーキを持って入って来た。皆が黙って、目新しいそれに釘付けになった。

康貴が、それを見て言った。

「母上、これは何ですか?」

まだ一歳の赤子が、ハッキリとした言葉を口にしたので、皆がびっくりした顔をする。

弓維は、苦笑して答えた。

「これは、ケーキと申すものですよ。おばあ様が、人世の物を作らせてくださったの。我もよく、こちらに居る時には食した物なのです。」

生クリームとフルーツで飾られたそれは、康貴どころか皆が初めて目にするものだったのだろう。

しかし、納弥が言った。

「そういえば、父上が同じような物を戴いて帰って来たことがありました。」納弥も、言葉はしっかりしているが、口調は幼く言った。「母上、チョコレートケーキというものです。何年か前、食したのではありませんか。」

言われて、杏奈は頷いた。

「そうね、そういえばそうでありました。」杏奈は、維月を見た。「それに、お里帰りの時には、よくお持ちくださいますわね。」

維月は、それに頷いた。

「はい。蒼は我の前世の息子であるので、我が作る物は懐かしがるのですわ。なので、よく持って参りますの。」と、皆の前に揃ったのを見て、言った。「戴きましょうか。」

維月は、自分が先に手を付けなければ、と表向きおっとりと、内心は急いで楊枝を手にして、ケーキを一口大に切って口へと運んだ。

それを見た椿や桜、柚、楓が一斉に楊枝を手にしてケーキを切った。

この四人は、既にケーキのおいしさを知っている上、恐らくあまり宮ではケーキなど作らないので、滅多に食べられないのだろう。その素早さに維月は内心フフフと笑っていた。

「母上、我も。」

康貴が、隣りで言っている。弓維は、微笑んだ。

「そうね、戴きましょう。」

そう言いながらも、弓維は動かない。乳母が、せっせと切り分けて康貴に食べさせていた。

維月は、その様子に苦笑した。そうか、王族だものね…私は、世話をしたものだったけど。

維月の子育ては、乳母と侍女との連携で行っていたものだった。維月は王妃としての仕事があるので、基本子供の世話をするのは乳母なのだが、時間が空けば必ず維月が世話をした。それを乳母たちが補佐してくれて、維心が呼べば、また乳母と侍女が世話をしてくれる、という感じだった。

だが、弓維は自分の手が空いていても、乳母任せなのだ。

そんなものなので、維月は特にその事に関しては何も言わずに、康貴を見た。

「どうですか?康貴様。初めて召し上がったのですわね。」

康貴は、もぐもぐと味わっていたが、維心に似ているのに華やかな顔で、パアッと笑った。

「とても良い味わいです。おばあ様は優れた職人なのですね。」

維月は、目を丸くした。言葉をたくさん知っているのは聞いていたが、本当にこの子は賢いのだ。

燈子が、言った。

「まあ…。康貴様はいろいろな言葉をご存知であられるのですね。」

維月は燈子を見て頷いた。

「我もそのように。驚きましたわ。」と、納弥と高彰を見た。「あなた方も、召しあがったら庭へでも出ておっても良いのですよ。こちらでずっと居ると退屈なさるでしょうし。納弥の事は月の宮でよう会っておるので知っておりますけれど、高彰様はいかが?お庭などで遊ぶのはお好きかしら。」

燈子は、おっとりと美しい様で頷いた。

「はい、維月様。宮の庭では飽きてしもうたようで、此度はこちらのお庭を見るのだと大喜びでついて参りましたの。」

維月は、頷いた。

「では、納弥はよう知っておるから。」と、納弥を見た。「あなたは、こちらの庭に詳しいわね?」

納弥は、頷いた。

「はい。高彰とは先ほどから話をしておって、とても言葉が上手なので嬉しいです。康貴殿も…でも、歩くのが難しいでしょうか?」

康貴が、頷いた。

「まだ、足が思うように動かぬで。ならば我は乳母に抱いて行ってもらう。」

乳母付きというのは納弥ぐらいの大きさになると、結構疎ましがるものなのだが、納弥はきちんと弁えているので、頷いた。

「では、共に。我がいろいろ案内して差し上げよう。」

杏奈が、横から言った。

「では、まずケーキを食べてしまわねば。ほら、茶も。」

納弥は頷いて、素直に目の前のケーキに取り掛かった。

杏奈は蒼の妃なので、常は月の宮でおっとりと、特に礼儀もうるさくなく生活している。なので、今のこの状況はとても疲れるだろうが、それでも文句も言わず、面倒そうな気も発せず、茶をすすっていた。

そんな話をしている間に、もう椿は目の前のケーキを食べ終わって、ホッと息をついた。

「相変わらずとても良いお味の菓子でありますわ。母が在りし時には、龍の宮で菓子を御馳走になるのをそれは楽しみにしておりましたのを思い出します。父は今でも、母が亡くなった日が近付きますと、戴いた作り方で侍女に作らせて、母の墓前に供えておりますの。」

維月は、それを聞いてふと、寂しい顔をした。綾…確かに、とても食べる事を楽しみにしていた。なので、自分も綾を呼ぶとなると、いつもいろいろな菓子を作らせて…。

翠明もそれを知っているので、今でも綾にと作らせるのだろう。

あれからもうかなりの年月が経ったが、それでも翠明は、まだ綾を想っているのだ。

…最初は、憐れんで娶った縁であったのに。

維月は、そう思っていた。翠明は綾を愛し、綾もそんな翠明を愛して、最後まで幸福だったと微笑んで逝った。

本当に幸せなど、どこにあるのか分からないものなのだわ。

維月は、心底そう思っていた。

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