月の屋敷
維心に呼び出された匡儀、誓心、宇洲、志心、駿、高湊、紫翠、ヴァルラム、イゴール、アルファンス、サイラスの11人は、維心の対でずらりと円を描いて椅子に座っていた。
翠明は最初から運動会には出ないと言っていたので、話を聞きに来たのは実際に出場する紫翠だ。
今頃は、炎嘉の控えにも、同じだけの神が集まって、作戦会議をしているだろう。
維心は、言った。
「皆、宮で鍛錬して参ったと思う。もう、競技の名前が分からぬとか言うまいの?」
皆が頷く中、サイラスが手を上げた。
「我は一度きりしか見ておらぬ。しかも、ヴァルラムと話しながらであった。だが、まあ何とかなると思う。軍神達は鍛錬しておったわ。」
維心は、顔をしかめた。
「そんな簡単な事では無いぞ。主はもう眠そうであるが、大丈夫なのか?」
サイラスは、目をしょぼしょぼさせながら答えた。
「寝ておったのに叩き起こされたからぞ。到着したら眠れると思うてやっとたどり着いて寝ておったのに、呼び出しおって。まあ今夜は仮眠するつもりでおるし、明日は問題ないかと。」
体調は整えてもらわねばならぬのに。
維心は思ったが、久しぶりに出て来たサイラスには最初からあまり期待していなかったので、頷いた。
「では、玉入れから。これが得意であった者は居ったか?」
維心が言うのに、誓心が手を上げた。
「ああ、うちの英心が驚くほど速く多くの玉を投げ入れたわ。全くぶれぬのでな。」
維心は、言った。
「玉入れは一組24人出場することになる。つまり、普通に考えてひと宮につき二人選出したら良いのだが、得意な者を使った方が良いのだ。ちなみに義心は我のサポートをするのが上手いので、我と義心は出るつもりでおるが、他はどうする?自信がない者がいたら、こちらの維斗も出すがな。」
匡儀が言った。
「サポートとは何ぞ?」
維心は、頷いた。
「玉が散らばっておるので、いちいち手で拾って投げねばならぬのだ。だが、誰かがサポートとして玉を拾って次々に投げる者に渡して確実に決めていけば、それだけ多くを投げ入れる事が出来る。一つでもミスすれば命取りぞ。あちらも本気であるから、ミスはしまいしな。」
無駄な動きを徹底的に排除するのだな。
匡儀は、そんなやり方があるのかと驚いた。
誓心が、頷く。
「そうか、屈んで拾って投げ上げてとなるとその分無駄であるものな。ではうちも、英心に投げさせて貴青にサポートさせようぞ。」
ヴァルラムは、言った。
「ならばうちは、我が投げてゲラシムにサポートさせるか。」
維心は、言った。
「そこは主らが決めよ。己の連れて来た者達のことは、一番知っておろうしな。」と、蒼にもらった、プログラムを袖の中から出した。「では、この調子で一つずつ注意点など話して行こうぞ。我は何度も競技をしておるから、分かるのだ。次は、ビーチフラッグぞ。」
維心は、さっさと話しを進めて行く。
皆は、知らない事なので必死に集中して、維心の話を聞いていた。
ただ一人、サイラスだけはウトウトと居眠りをしていたのだった。
維月は、維心が自分の対へと帰っているのは知っていたが、そこに皆を集めて明日の運動会の会議をしているようだったので、そのまま碧黎の部屋に居た。
そこへ、十六夜が訪ねて来て言った。
「よお維月。戻って来たか。」
維月は、碧黎と並んで座っていた椅子からぴょんと立ち上がった。
「十六夜!珍しいわね、降りて来たの?」
十六夜は、笑った。
「お前が帰って来てるしな。明日はまた気を奪ってあいつら遊び回るんだろ?」
言い方がアレだが、その通りだったので頷く。
「ええ。平和な証拠かなって言ってたの。最後に運動会があってから、思えばいろいろあってそれどころじゃなかったし。みんなが楽しめるなら、いいんじゃないかな。」
十六夜は、苦笑した。
「まあなあ、蒼と恒は大変だったけどな。」と、維月の手を握った。「なあ、それよりちょっと出掛けようや。昔住んでた月の屋敷の辺りに行ってみねぇか?屋敷もちょっと荒れて来てて、蒼が手を入れなきゃなって言ってたんでぇ。」
月の屋敷は、維心に月の宮を建ててもらうまで、皆で住んでいた人の屋敷の大きな物だった。そこも、前世の維心に助けられて増築したので大きな屋敷になっていたが、今は誰も住んでいないので、確かに荒れているかもしれない。
維月は、様子を見て来たいと思ったので、頷いた。
「分かった。」と、碧黎を見た。「ちょっと行って参ります。」
碧黎は、頷いた。
「行って参れ。だが、夕刻には帰るのだぞ。今回は里帰りではないから、維心がどこへ行ったと騒ぐゆえの。」
維月は、苦笑しながら頷き返した。
「はい、碧黎様。」
そうして、十六夜と維月は、手を繋いで北東にある、昔住んでいた月の屋敷へと飛んで行ったのだった。
そこは、数百年前の記憶を全く同じ形でそこにあった。
元々持っていた祖母の家の裏に、前世の維心の妹の瑤姫が嫁いで来るので増築する形で、建てられた平屋の幾つかの対が連なった形の屋敷だった。
今は、隣りに立っている神社の持ち物としてそこにあるのだが、こんな山の中の田舎でこんな大きな屋敷が、使う必要もないわけで、手前の対は時々神社の催しで使っているようだったが、奥の対は全く使っていないようで、入れないように柵がしてあるほど廃れてしまっていた。
木造なので、真新しかった木の柱も、今は黒ずんでしまって所々軋んで歪んでいる。
確かにこれは、手を入れなければ維持出来ないと思われた。
今は、月の神社は前世の維月の娘の、有の子達が繋がってその子孫が神主を務めて維持しているようだった。
神社は綺麗だったが、確かに少人数でこの規模の屋敷を維持するのは大変だろう。
維月は、変わり果てた月の屋敷に寂し気な顔をした。
「…まあ、長らくこちらには来ていないから。」維月は、その庭へと足を踏み入れて、言った。「私もここにはそんなに住まなかったものね。維心様と婚姻してから建ったから、里帰りの時に入る程度だったわ。」
十六夜は、頷いた。
「オレも降りて来た時だけしか入ってないし。だが、ここへ来たら前世の記憶がハッキリするような気がする。」と、手前の増築する前の建物の方を指した。「あっちの家のが思い出があるよな。オレが初めて降りて来て、住んだのがそこだったから。」
維月は、そちらへ足を向けた。維月の祖母の美月が所有していた家と土地で、そこを維月が継いでいたもので、造りは古く、入ってすぐは土間になっており、横には竈まである本当に古い家だった。
それでも、こちらの方は手を入れてくれてあるようで、古いながらも所々新しい柱に入れ替わっている場所もあり、補修して当時の形をそのままに残してあった。
維月は、引き違い戸を開いて、中を見た。
炭の匂いがして、懐かしい竈が右手にある。
左手には、皆でご飯を食べた畳の間があって、奥へと伸びる廊下も見えた。
「…懐かしいわ。」
維月は、今でも呼べば、奥から有や涼、恒、遙が出て来て、ここで夕飯を食べられるような錯覚を起こした。
大勢で集まって、大きめの卓袱台を並べてそこで皆で食事をした。
人だったので、毎日三回も…。
「…食事をしなきゃお腹が空いて大変だったものよね。しかも、食べないと死んじゃうし。今の生活に慣れてしまって、あの頃の事は何だか遠いわ。月になってからも、最初は食べる習慣が抜けなくて、毎日三食食べていたものね。」
十六夜は、笑った。
「そうだったな。オレも要らないってのに食べされられてさあ。」と、維月の肩を抱いた。「不便だったけど、それでもこじんまりしててオレは気に入ってたよ。戦だ何だと騒がなくて良かったしな。」
維月は、頷いた。十六夜の言う通りなのだ。ここで家族で集まって生活していた時、神世の事など何も知らなかった。なので、何をしたらいけないだの、誰かと付き合っておかねばだの無くて、ただ本当に家族だけで生きていてそれで幸せだった。
ただ、それだけでは生きてはいけなかった。
なぜなら、皆が不死だったからだ。
人世では、それ以上生きることが出来なかったのだ。
「…でも、いつかはここを離れなければならなかったわ。いつまでも老いずに死なない私達が、ここで暮らしていては人に存在を気取られてしまうもの。維心様が月の宮を作って神世を教えてくださって、本当に助かったのよ。どうしたら良いのか分からなくて、あちこちさすらう事になっていたかもしれないわ。」
そう。あの平穏な日々は元々長くは続かないものだったのだ。今は、こうして皆が維心に贈られた月の宮に移り住み、幸福にやっている。過去を懐かしんでいても仕方がないのだ。
維月は、昔の思い出が残るその家から出た。十六夜が驚いたように後を追って来た。
「おい、中を見て回らねぇのか?昔のお前の部屋とか、そのままだぞ。」
だが、維月は苦笑して首を振った。
「いいのよ。だって、それは前世の私だし。別にその時に帰りたいとも思わないわ。今が幸福だし、皆あるべき場所に収まったと思っているの。確かに懐かしいけど、もう良いわ。」
十六夜は、不満そうな顔をした。維月は、浮き上がりながらそんな十六夜の顔を見た。
「何?見て来たいなら、行って来て。待ってるから。」
維月が言うと、十六夜は維月を不貞腐れた顔で見た。
「懐かしいから、もっと喜ぶかって思ったんだ。オレ達がまだ夫婦だった時の場所だしさ。」
維月は、ふうと肩で息をついた。
「確かに懐かしいわ。でも、今が幸福だから。あの時は、先もよく分からなくていつも不安だったわ。蒼の将来とか案じていたしね。でも、今では安定してるし、神世にも慣れたわ。何より、一度死んで生まれ変わったし。だから、もういいの。」
十六夜は、維月の前に浮き上がって、言った。
「なあ、オレ達はもう夫婦じゃないが、もう一度やり直すことは出来るか?」
維月は、驚いた顔をした。もしかして、十六夜はそれが言いたかったから、ここへ連れて来たのか。
「…それは無理だわ。話し合った通り、私達はもう兄妹なんだから良いでしょう?」
十六夜は、維月の肩を掴んだ。
「でも、オレには今、特別に親しくしてる女も居ねぇし…お前も相手してくれなくなったし。命は繋ごうとはしねぇから、元通りにしていくことは出来ねぇのか。」
維月は、顔をしかめた。
「それって、ヤル相手が欲しいって事なんじゃない?この前言ったじゃないの、そういうのじゃダメだって。私達はもう、そういう仲じゃないのよ。もしかして、昔を思い出したらまた、元に戻ろうなんて思うと思ったの?」
十六夜は、ぐ、と黙る。維月は、フッと息をついて、十六夜の手から自分の肩を抜いた。
「私だって長く生きているし、そんなに簡単に流されたりしないわよ。特に、私の事に関しては、維心様や碧黎様も関わって来るんだし、そういう事には前よりずっと慎重よ。一度決めて承諾した事なんだから、十六夜も守って。守れるとか言ってたけど、ほんの数か月でそれじゃあ誰もあなたを信じないわよ?」
維月は、兄妹なので十六夜には辛辣だ。十六夜も、自分が無理を言っているのを分かっているのでそれ以上、何も言わなかった。
維月は、そんな十六夜を後目に、急いで月の宮へと自分だけ帰って行ったのだった。




