前日
月の宮から各宮、各城に人数分のジャージとスニーカーを送り、青組には紺色、紅組には小豆色で分かりやすく色分けしていた。
もちろん、維心は紺色のジャージだったのだが、それを持って維月と共に輿へと乗り込み、月の宮へと向かっていた。
今回はあまり軍神を連れて来ないようにと通達されていて、連れて行ったとしても月の宮の結界内に入れる数は限られていたので、維心は参加する義心と維斗、そして帝羽を連れて、後は輿を運ぶだけの人員の少人数で龍の宮を飛び立った。
月の宮上空に着くと、まだ観覧する者達は来ていないのでスッキリとしていて混雑はしていなかった。
明日になると、近隣の宮の者達が一斉に観覧に訪れるので、ここは大変な事になるだろう。それを思うと、前日に入れて良かったと、維心は心から思った。
維月は、もう慣れた里の上空で下を覗いて言った。
「まあ。何やらピリピリしておりますこと。恐らく、明日からの来客に備えて臣下軍神達が必死に準備を整えておるのでしょうね。」
言われて維心も、下を見た。
確かに、何やら構えた感じの気が感じ取れた。
「久しぶりに宮を開くので、皆構えておるのだろうの。だが、今や月の宮の軍神達は優秀であるし、大丈夫であろう。」
維心が言うと、維月は頷いた。危機感を感じるほどピリピリしているわけではないので、維月もそこまで案じてはいないようだ。
輿が到着口へと滑り込むと、蒼が出迎えてくれていた。
「蒼。この度はご苦労であったな。」
維心は、輿から降りてから、維月の手を取って降ろしながら言った。蒼は、もう諦めたように微笑んだ。
「久しぶりの事であったので、皆ここまで大変でした。今も、明日の来客が滞りなく流れるかと皆、ピリピリしておりまして。」
やっぱりそうか。
維心は思いながら、維月の手を取って横へと並べた。維月は、言った。
「蒼、大変だったわね。でも、こうして皆が集うのも平和な証拠かと思うと、良かったと思うわ。」
蒼は、それはそうだと頷いた。
「確かに。ここ数年はいろいろと大変だったものね。」と、維心を見た。「維心様、何やら箔炎が話があると言って。炎嘉様のお部屋に焔様と三人で集まっております。維心様がいらしたら、呼んでほしいと言っておりました。」
維心は、また何の話だと思ったが、仕方なく頷いた。
「分かった。ならばこのまま参ろう。」と、維月を見た。「主は先に我の対へ行っておいてくれるか。話が終わったら参る。」
維月は、頷いた。
「はい。私の事は御心おきなく。ここは里でありますので。」
維心は頷いて、蒼について炎嘉の控えの間へと、歩いて行った。
維月は、自分の里なので身軽に歩き出すと、そのままとりあえず碧黎と十六夜に挨拶しておこうと、碧黎の部屋へと向かったのだった。
蒼と共に炎嘉の控えの間へと入って行くと、炎嘉と焔、箔炎が向き合って座っていて、こちらを向いた。
炎嘉は、維心を見て言った。
「おう、来たか。箔炎から話があるとか申してな。先に焔と二人で聞いておったのだ。それで、主にも話しておった方が良いかと思うて。志心も後から来る予定よ。」
維心は、蒼と共に空いている椅子へと座りながら、言った。
「何ぞ。何か大層なことか。にしては、駿も高湊も翠明も居らぬな。」
箔炎が、首を振った。
「あやつらには後で言う。先に主らに相談しておかねばと思うてな。」
維心は、眉を寄せた。運動会の事に集中したいのに、面倒はやめてほしいのだが。
そう思っていると、志心が入って来た。
「炎嘉?何か話か。」と、皆を見回した。「駿達はまだか?」
炎嘉は、首を振った。
「これで最後よ。主を待っておった。」と、傍の椅子を示した。「まあ座れ。」
志心は、怪訝な顔をしたが、そこへ座る。箔炎が、新たに入って来た志心と蒼、維心を見て、言った。
「実は、我は先日椿を妃に迎えての。翠明は知っておるし、高湊は関係ないし、駿には主らと話をしてから話そうと思うて、主らだけを呼んだのだ。」
維心は、眉を上げた。そんな事になっておったのか。
「…まあ、良い事だとは思う。主は記憶を戻してしもうたから妃も娶っておらなんだし、案じておったところぞ。椿なら陽蘭なのだから良いであろうし。あるべき場所へ収まったとしたら、めでたい事なのだ。とはいえ、駿は未だに椿と復縁出来るかもと思うておる節があるゆえ、確かに難しいの。」
炎嘉が、頷いた。
「我もそのように。何やら翠明に聞いたところによると、前の月見の宴の時も、皇女をだしに宴の席に来させようとしておったようだし、未だに皇女の事を聞くという口実で文も出しておるらしい。だが、椿は返す事は無くて、翠明がもっぱら返事を書いておるのだとか。まあ、もう何年も経っておるのだし、そろそろ嫁いでもおかしくはないのだ。あれは老いが止まっておって、まだ子も産めそうだしな。」
箔炎は、頷いた。
「これから恐らく長い生がまだあるだろうし、あれと二人で過ごして参ろうと思うておるのよ。あれは何も覚えておらぬが、それでも我を懐かしいと思うらしいしの。今は、密かに夜だけあちらへ通っておる。気取られたら面倒なので、単身でな。近くて良かったことよ。」
焔は、息をついた。
「まあ良い事では無いか。主だけでも望んだ妃が出来て。我も炎嘉も、目ぼしい女が居らぬしのう。臣下が煩いし、こっちだって誠に欲しいと思う妃なら娶るというに。」
炎嘉は、焔を慰めるように言った。
「まだ生まれておらぬという可能性もあるから。主だって、まだ長く生きるのだろうし、希望は捨てぬ事ぞ。」と、箔炎を見た。「それよりも、駿にどうやって知らせるかよな。いつまでも通っておるわけには行かぬし、主とて宮へ迎え取りたいだろう。」
箔炎は、頷いた。
「そうなのだ。本日、翠明が椿を連れて来てくれておるので、出来たら連れ帰ろうかと思うておるのだが…駿に、何と申したら良いかと。」
志心が、じっと聞いていたが、言った。
「あれは本日だって椿が来ておるのを知っておるから、皇女達の茶会の様子を聞いてみるかとか申しておったところよ。今、蒼の妃の杏奈と共に志夕達と茶会を開いておるだろう?何やら一人は具合が悪いからと南西の宮に残っておるようだが、二人が来ておったから。それを聞いて、理由をつけてはあれに会おうとしているのを知って、高湊も困惑した顔をしておったわ。」
それは面倒だな。
維心は、眉をひそめた。そもそもが駿がかすめ取った形になってしまって、箔翔が激怒していたものだった。それはそれで、略奪の世であるからと、皆駿の肩を持ったが、箔翔が暴走し、箔炎が箔翔を殺さねばならなかった。親を殺してまで安定した世を守った箔炎に、今更取り返されたからと、駿は文句など言えるはずではないのだ。
大体が、椿と駿は離縁してもう、何年も経っているのだ。
「…だが、駿には文句を言う権利など無いのだからの。もう離縁して幾年ぞ。あれが瑤子に逆上せて椿に愛想を尽かされたのだから、今更なのだ。別に、普通に申したら良いのではないのか。我らも、祝いを申すし婚儀をするなら出席するぞ。」
炎嘉が、ぽんと膝を打った。
「そうよ、婚儀を開けば良いのよ!さすれば、我らが出席するのだから文句など言えまいが。祝いを遣わせるので分からせるなど面倒だし、婚儀に出席することでハッキリ目に見えて態度に示せば、あれもどうしようもなかろう。それで参ろう。」
箔炎は、顔をしかめた。
「婚儀?また面倒な。準備に時間が掛かるではないか。それより、此度運動会が終わった後の宴の席で皆に申すから、主らが我を祝ってくれたらそれで良い。皆の意思がそれで示されようし。」
神世の婚儀の準備には、通常五年ぐらいかかる。
正式な縁となるとそんな感じなので、婚儀の準備だけで結構疲れてしまうのだ。ちなみに急げと言えば、一年ほどで出来るのだが、それは臣下達がバタバタと大変だった。
外からの客を多く呼んで三日ほどかかるので、対面を保つために大層な準備をせねばならないのだ。
志心が言った。
「確かに婚儀など時が掛かって仕方がないし、宴の席で申すと言うならそれで行こう。我ら、初めて聞いたふりをして祝いを申すから。駿が何か申しても、炎嘉も焔も居るし問題無かろう。どうしてもなら、維心が諫めるだろうし。案じることはないわ。」
蒼は、それを心配そうに見ている。維心は、そんな蒼を見た。
「蒼?気になるか。」
蒼は、維心に話を振られてハッとしたように頷いた。
「はい…あの、話をするのにこの月の宮を選んだのは良かったと思います。月の結界には少しは、イライラする気持ちなどを抑える効果がありますからね。でも、駿の気持ちがそれで抑えられるだろうかって。何しろ、しつこいほど椿に接しようとしているわけでしょう。文を書いたり、皇女達を使って会おうとしたり。気になるんですよね、また箔翔の時みたいに、めんどくさい事にならないかって。」
維心は、ため息をついた。
「あれは賢い王であった。あの折の立ち回りを見ても、箔翔相手に我慢強かったし良かったと思うたもの。だが、女が絡むと面倒よ。瑤子の件があるからの。やっと立ち直って参ったかと思うたが、まだそんなことを言うておるのかと…誠に、案じられるわ。」
炎嘉が、フンと鼻を鳴らした。
「離縁してハッキリと断られたのにいつまでも女々しい奴よ。己が新しい女に目移りしたからではないのか。せっかくに上手くやっておったと聞いておるのにの。ここは今志心が言うたように、宴の席で話してみるしかないの。後は様子見よ。もう成っておるものを、回りがごちゃごちゃ言うても始まらぬからな。だが、また駿が騮と代替わりせねばならぬとか、ならねば良いなとは思うがの。」
維心も、それは思っていた。駿には二人の皇子が居るが、騮も騅もまだ、妃が居ないのでその後が繋がっていない。出来たら駿には、まだ老いも来ていないのだからここで踏ん張って欲しかった。
維心は、立ち上がった。
「では、そういう事で。我は明日の準備をせねばならぬから、到着しておる己の組の王だけでも呼んで話をしておきたいと思うておったのだ。志心、主は我の組よな?共に我の対へ参ろう。他も呼ぶつもりぞ。」
焔は、ハッと思い出したような顔をした。
「そうよ!せっかくに宮を上げて鍛錬して参ったのに!」と、箔炎と炎嘉を見た。「我らも作戦会議をせねば!彰炎達も来ておったよの?」
炎嘉は、焔の勢いに押されながら、頷く。
「己の控えに居るだろうて。呼ぶか?」
「呼ぶ!」焔は言って、王なのに自分で扉を出て行こうと向かった。「ちょっと呼んで来るわ!」
維心は、そんな様子を見ながら苦笑した。
「ではの。蒼も赤よな?ここに居れ。我は皆を呼び出して誰がどの競技に出るのか話し合うわ。」
そうして、維心はそこを出て行った。
蒼は、運動会の事に集中したいのに、箔炎と駿の事が気になって仕方がなかった。




