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思慕

箔炎は、己の琴を携えていつもの通りに翠明の西の島南西の宮を訪れていた。

これだけは、綾が亡くなる直前まで箔炎に頼んでいたことだったので、箔炎もそれを守り、翠明や綾に琴を指南していたのだ。

とはいえ、二人はもう、難なく弾きこなせるようになっていた。

今は教えた曲を共に合奏したり、楽を楽しむ時に使っていた。

椿は、綾の遺品である琴を携えて、翠明と箔炎が待つ部屋へとやって来た。

相変わらずとても懐かしい大きな包み込むような気で、前世の陽蘭を思わせる。

箔炎は、微笑んで椿を迎えた。

「娘達の相手は良いのか?我のことは気にすることはないのだぞ。」

椿は、首を振った。

「いえ、あちらはいつなり話しておるだけですので。」と、翠明を見た。「それよりもお父様、柚が。岳と長年、文を取り交わしておるようなのですわ。」

翠明は、驚いた顔をした。

「なに、岳?あれは確か、観が拾った軍神で、かなりの歳上なのではないか?」

椿は、頷く。

「それでもあれなら筆頭でありますし遜色ありませぬ。我は、その想いを大切にしてやりたいのです。」

翠明は、ため息をついたが頷いた。

「しようがないの。ならばまた、我から駿殿に話すわ。」と、何かを思い出した顔をした。「そういえば、また駿殿から文が来ておったわ。皇女達はどんな様子かと、主宛であるが、主が常我に読んで対応せよと申すから先ほど見た。」

またか、と椿は答えた。

「もう、あちらとは関係ないのですから。お父様が良いようにお答えくださいませ。ただ、臣下に当たるのはやめるように申して頂けますか。桜が申すには、我が返さぬので臣下に当たり散らすらしいのです。」

箔炎は、それを聞いて内心苦笑した。まだそんなことをしておるのか。

翠明は、息をついた。

「あれも面倒な。主がどこかへ嫁げばこの限りでもないのだろうが、独り身であるから希望も持とう。そろそろ考えた方が良いのかもしれぬぞ。」

椿は、箔炎の前でもあるので、バツが悪げに下を向いた。

「はい…。桜もそのように。」

桜というのは、なるほど椿に性質が似ておるのだな。

箔炎は思った。里へ帰った母親に、そんなことを進める娘も少ないからだ。

箔炎は、言った。

「…いろいろ憂さはあるだろうが、ここは琴でも弾いて一時忘れようぞ。」と、爪を付けた。「さあ、本日は何を弾くかの。」

椿は、そうだ、琴の指南に来て頂いているのに。

「はい。何か新しい曲を覚えたいですわ。」

没頭していたら、忘れるかもしれない。

箔炎は、頷いて曳き始めた。

「ならば…段々と紅葉も待たれる季節であるし、これを。」

箔炎は、華やかな音で弾き始める。

翠明と椿は、覚えようと集中してそれを聞き始めたのだった。


その日の指南も終わり、もう恒例になった、庭の散策を箔炎と共にしていた椿は、隣の箔炎を見上げた。

箔炎は、鳥特有の華やかな見た目で、落ち着いた王だった。

あの頃はまたお互いに子供であったが、今はどっしりと威厳のある王の姿になっている。

何やら長い年月も感じさせる落ち着きもあり、駿とは違っていた。

箔炎は、椿の視線に気付いて言った。

「…どうした?何かおかしいか。」

椿は、首を振った。

「我は…分かりませぬの。」椿が言うのに、箔炎は眉を上げる。椿は続けた。「我は、箔炎様をお慕いしておりまする。駿様と婚姻関係にあった時も、箔炎様がどこか心の片隅にはあったと、今なら分かりまする。ですがそれが、何やら生まれる前からの長い長い年月を感じさせて、戸惑いますの。まだ出逢ってもいなかった時から、想うておるなどおかしな事ですし、我にも己が分からなくて。」

箔炎は、はっきりと慕っていると言う椿に、陽蘭を思い出して苦笑した。変わらぬな…誠に。

「…そうか。我とて長らく主を想うておった心地であって、そんなはずはないと否定しておったので同じであるな。恐らく…我らは、前世に繋がりがあったのかもしれぬ。」

椿は、驚いた顔をした。

「箔炎様も?ならば、そうなのでしょうか。」

箔炎は、頷いた。

「故にの、誠に今生の心地として慕わしいと思うたなら共に居て良いかと思うておる。前世は前世であり、今生は違う生を生きておるのだからの。だからそれを見極めるため、我は何も言わなかったのよ。主はどうか?今生、我と過ごしておる中で、我を慕わしいか。」

椿は、少し考えて、そして頷いた。

「…はい。」椿は、じっと真剣な顔で見上げて言った。「今だからこそ分かるのですわ。幼い頃にはただ何やら懐かしいような心地でわけも分からず惹かれているような感じでありましたが、今は…。里へ戻って母が亡くなってから、ずっとただ語らうだけで、男女の仲を押し付ける訳では無く、時に傍に居てくださった箔炎様を、素直に慕わしいと。幼い頃のわけが分からない感情ではなく、これが我の今の心地でございます。」

箔炎は、本当にハッキリと申す、と微笑んでその手を握った。

「ならば、我の宮へ参るか。主は女神には珍しく老いが来ておらぬし、我と共に、これからの長い生を過ごして参るか。」

椿は、箔炎を見上げて涙ぐんだ。

「はい。」と、どうしたわけが後から後から流れて出て来る涙に、椿は戸惑った。「まあ、どうしたのかしら我は。なぜか…やっと、という心地ですの。あの…本当に、我は嬉しいのですわ。」

箔炎は、苦笑しながら椿の涙を自分の袖で拭い、言った。

「誠にの。ここまで、長かった。」

箔炎は、椿を引き寄せて抱きしめた。

椿は、こんなにも魂の底から幸福を感じるなんて、と、もう二度と離れたくないと強く思う自分にただただ驚いていた。


その日、箔炎はそのまま翠明に会い、椿を宮へと迎えたい、と申し出た。

翠明は、出戻りの娘であるのにと涙を流さんばかりに喜んで、これで綾も肩の荷が下りたことだろうとそれを祝福した。

その夜は、そのまま箔炎は南西の宮へと泊まって椿と過ごし、次の日の朝、単身鷹の宮へと飛び立って行った。

本来なら、娶ったならすぐに引き取るのが習いなのだが、駿の事もあるので、面倒が起こらないとも限らない。

なので、皆が揃った時に他の王達にも根回しをして公表し、それから宮へと迎えようと考えていた。

それには、運動会の後か、前に皆に会う機会があるので、その時に申し出るのが一番良いだろう。

箔炎は、まだ駿があのように文を寄越しているぐらいなので、それを言った時どういう反応をするのか考えただけでも面倒だったが、それでもそれを何とかしない事には、先へ進めない。

そもそもが、駿が先に椿をかすめ取った形になっていたのだが、箔翔がそれに対して怒って大変な事になり、結局は箔炎が箔翔を殺すことでそれを収めた。

そんな経緯もあるし、箔炎が椿を娶ったとしたら、恐らく駿は一番文句を言えないだろうとは思われた。

だが、嫉妬に狂った男ほど怖い事はない。

箔炎は、慎重にしようと思っていた。

まずは、宮へ帰って臣下に報告するところからだった。

箔炎が宮へと帰ると、筆頭重臣の玖見が出て来て、頭を下げた。後ろからは、箔真も急いで出て来ているのが見える。

「王。お珍しくあちらへお泊りになられたとかで、本日のご政務は午前中の分を午後へと移動させました。幸い、謁見はありませんでしたので。」

謁見があったらこうは行かなかった、と暗に言っているのを感じて、箔炎は苦笑した。

「すまぬな。実は、あちらで椿を妃に娶ったのだ。」それを聞いた、玖見も箔真も仰天した顔をする。箔炎は続けた。「だが、まだ連れて帰るのは早いと思うてあちらへ置いて来た。運動会の時に、皆に話して公表してから連れて来るわ。」

箔真が、渋い顔で頷いた。

「その方がよろしいでしょう。駿殿が、未だに椿殿に執心であるような噂を聞きまするゆえ。また面倒が起こってはなりませぬし。」

玖見も、深刻そうな顔で頷いた。

「誠に。とはいえ、椿様が出来たかたであるのは神世に有名なお話で、こちらの妃に収まられたら我らも助かりまする。上手く根回しさえすれば、誠におめでたいことでありまする。箔真様にも妃を娶られておりませんでしたし、我ら先はどうなるのかと案じておりましたので。」

箔炎は、まだまだ長生きなので、そんな心配はない、と思ったが、頷いた。

「箔真にそんなに責任を課すでないぞ。これは、我の臣としてようやってくれておる。それで良いのだ。」

箔真は、感謝するような視線を箔炎に向けた。箔真もあまり、面倒は抱え込みたくないのだろう。女に興味がない訳では無いようだったが、責任を負うのが面倒だと思っているのだ。

まだ、本当に愛おしい者を持ったことがないのだから、仕方がないことだろう。

「では、奥へ戻る。着替えて午後から政務に入る。」

箔炎が歩き出すと、二人は頭を下げた。

「は!」

そうして、箔炎は奥へと歩きながらどうやって駿に納得させようかと考えていた。

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