縁談と
そんなこんなで神世は運動会の事で持ち切りだったが、その裏では、駿の皇女達である、桜、柚、楓がひたすらに緊張していた。
自分達は、別に婚姻などしなくても良いのだが、父の駿はどうも、誰か一人だけでもどこかへ嫁いで欲しいという考えのようで、今回の月の宮の運動会の時に、母と月の宮の蒼の妃の杏奈の二人が開く茶会に出るようにと言われていた。
その席には、志夕と炎月、それに、北西の白虎の宮の誓心の皇子、英心と、宇洲の皇子である翔、そして、彰炎の皇子の錬彰が来るのだという。
つまりは、これは見合いの茶会なのだ。
父はとにかく、数を揃えれば何とかなると思ったのか、結構な数の皇子達を呼んでいた。その中で、面識があるのは炎月と志夕だけで、北西の皇子達には会ったこともなかった。
父に命じられて、運動会の日までは西の島南西の宮へと預けられ、そこで母の椿に改めて礼儀見習いをしておくようにとの事だった。
母の側近くに居られるのは嬉しいが、それでも事が事だけに、三人は緊張してばかりで心が休まる暇がなかった。
椿が、そんな娘たちに言った。
「あなた方の心地は分かるわ。でも、別に気に入られなくても良いし、気に入らなくても良いのよ。だって、そんなに簡単に婚姻のお相手など見つかるはずもないのですもの。どうしてもどこかにと思うのなら、ここなら良いかと思う方がいらしたら、そちらへ参っても良いかと思うけれど…。」
三人は、お互いに庇い合うようにして座っていたが、長女の桜が他の二人を守るように少し前に出て座っているのがいつもの事だった。
桜は、最初に生まれた駿に似たそれはキリリとした美しい顔立ちで、獅子特有の鋭い目であるのに、やんわりと見える優しい気を発していた。
三人には、回りの格下の宮からならそれはたくさんの縁談が来ていたのだが、上位の宮の皇女が嫁ぐにはあまりにも小さい宮で、こちらが支援をしなければならないのではないか、つまりは、こちらの支援を期待しての婚姻のような感じだった。
そんな婚姻はさせられないと、駿も二の足を踏み、そうして三人とも残ってしまった経緯があった。
だが、他の宮の皇子達も育って来て、上位の宮の妃に収まる率が高くなった。
なので、この機に一気に三人のうち誰か一人でも、どこかの宮の皇子の妃に収まってくれたらと思ってのことだろうと、椿は分かっていた。
しかし、桜は言った。
「お母様の仰ることは分かりますわ。ですがお父様は、我らにどうあっても良い場所へと嫁がねばならぬと仰って…」と、柚を見た。「柚には、想う相手が居りまする。」
柚が、頬をポッと赤くした。椿はパアッと明るい顔をして、言った。
「まあ!ならばそちらへ参れば良いではないの。我がお祖父様からお父様に申してもらいまする。どこのどなたなの?」
柚は、首を振る。
椿は、眉を寄せて困ったように桜を見た。桜は、言った。
「…岳なのですわ。」椿が驚いた顔をすると、桜は続けた。「お父様より年上の臣下であるので、柚も言い出せずで。ですが、ずっと文はやり取りしておりますの。面と向かってお話することも叶いませぬが、それでももう二十年は思うて参ったかと。」
そんなに?!
椿は、柚が不憫になった。確かに岳は、もう四百を越えようとしている歳だろう。対して柚はまだ、二百の真ん中を過ぎた辺り。
だが、筆頭軍神なのだから、降嫁させてもおかしくはなかった。
「…岳ならば、筆頭なのですから。あなたがご降嫁されてもおかしくはないのよ。もっと早く母に話してくだされば良かったのに。そちらは、我が進めておきましょう。案じなくても良いのですよ。」
しかし、柚は心配そうな顔をした。
「ですがお母様、茶会の席には出なければならないのではありませんか。もしも、どちらかとお話になってしまったら、どうしたら良いのでしょう。我は…岳様以外とは、とても婚姻など…。」
椿は、頷いた。
「それが誠の心というものですわ。岳を愛しておるのですね。ならば、尚更。茶会には、体調がと申してここに残っておれば良いでしょう。他の二人は、柚のような事は無いのね?」
桜と楓は、顔を見合わせてから、首を振った。
「我らは、何も。柚のことだけが気がかりでありましたの。お母様がそのように仰ってくださるのなら、安堵致しました。誠に…お父様だけでは、我らも誰にご相談すればよいのか分からずで。」
椿は、申し訳なさげに言った。
「我が宮を出てしもうたから…。あなた達を連れて参ったら良かったのかもしれないけれど、あちらの方が良い縁があるかと思うたのですわ。お父様は新しい妃のかたに夢中であられたし…あなた達も、誰かと婚姻になれば我の申して居る事が分かると思いますけれど。」
桜は、また首を振った。
「分かっておりますわ。あの時のお父様はご勝手であるなと我も思うておりましたし、騮と騅も…殿方と申すのは、勝手だなと思うてしまいましてございます。」
それはまずいわ。
椿は、思わず眉を寄せた。もしかして、そんな父親と弟たちを見ていた桜は、男性不審になってしまっているのでは。
「…全ての殿方がそうなのではありませぬ。お祖父様は未だに亡くなったお祖母様を想うておられるし、畏れ多くも龍王様でさえ、たった一人の正妃を大切になさっておられまする。結局、個々の神の性質によるのですわ。そんな事で、皆同じだと思うてしまってはなりませぬよ。」
気持ちは分かるが。
椿は、内心思っていた。確かにただ一人を想う王も居るのだが、大体は複数居て、その中で特に気に入った妃に通うものなのだ。そして、その妃が思うようでなくなったら他の妃に戻ったり、それもあまりなら他の誰かをまた娶ったりする。
地位があって何事も思うままの王が、たった一人をずっと守るのはなかなかに無いことだった。
桜は、息をついた。
「分かっておりますわ。ですがお母様、お父様とお母様もそれは仲睦まじい様でありましたのに、大陸から一人来られたらそれであのように。我は、あまり殿方に期待はしておらぬのです。仕方のないことだと思いまする。」
桜は、椿に似て公の場では淑やかなのだが、こうして家族の間になるとはっきりと物を言う。
嫁ぎ先によっては難しいかも知れなかった。
「まあ…我がとやかく申す事ではありませぬし、あなたがそのように思われるならそれでも良いのです。別に絶対に嫁ぐ必要はないと我も思うておりますし、己で決めたら良いわ。お父様には、お祖父様から良いように言って頂きますから。お父様が面倒を見られないと申すのなら、こちらへ来ても良いのよ。だから、気楽にしておると良いわ。」
それを聞いて、楓もホッとしたような顔をした。
恐らくは楓も、桜と同じように男など面倒、ぐらいに思っているのだろう。
そこへ、侍女が入って来て頭を下げた。
「椿様。箔炎様がお越しでありまする。」
椿は、そうだ琴の指南の日だった、と立ち上がった。
「まあ。すぐに参ります。」
すると、桜が言った。
「お母様は、箔炎様と再縁なさるのですか?」
椿は、驚いて桜を見た。
隠しているつもりでも、こう頻繁に箔炎が来て、いくら翠明が一緒でも会っていたならそう思われてもおかしくはない。
それに、最近では古くからの友のような、もう婚姻してかなりの時を経ているような空気もあって、椿は箔炎が来るのを楽しみにしていた。
なので違うと答える事も出来なくて、椿が返す言葉に困っていると、桜はその様子を見て、息をついた。
「…やはり。お父様が何やら勘繰っていらして、もう離縁しておるのに未練がましいことだなあと思うておったのですわ。」
椿は、慌てて言った。
「違うの。箔炎様は何も仰らないし、話していて楽しいのでそれで良いかと。お会いするのは…確かにいつも心待ちにしておるけれど。」
桜は、言った。
「でしたら箔炎様の妃になられた方がよろしいですわ。」椿が驚いていると、桜は続けた。「お父様も、いつまでもお母様が独り身であられるから、つい期待なさるのだと思うのです。誰かの妃に収まれば、もうそんなことはありませんでしょう。意味ありげに独り身であられるのはどうかと思いますわ。未練をお持ちのお父様は、何かというと椿椿と、まだ己の妃であるかのように申されるのです。我らの事も、直接にお母様に御文を出されたり。結局お祖父様がそれに返して来られて、イライラして臣下に当たっておったりなさるのです。もう諦めて頂くためにも、箔炎様とご婚姻なされた方がよろしいのでは。」
あちらはそんな風なのか。
椿は、初めて聞く事に眉を寄せた。確かに駿からは未だに皇女達がどうのと椿に文が来る。だが、もう関係のない事だからと、父の翠明に返してもらっている。
龍の宮の月見の時も、宴の席で皇女達を見て欲しいなど言ってきていたが、椿は茶会で話す旨を父に伝えてもらい、駿と顔を合わせるのを避けた。
未だにそんな風なのは、確かに鬱陶しいとは思っていたのだ。
椿は、桜に頷いた。
「皆に迷惑をかけるのは本意ではありませぬ。まだ分かりませぬが、我も身の振り方を考えたいと思うわ。」
そうして、着替えるために部屋へと向かった。
その道すがら、箔炎はどう思っているのだろうと、椿は考えに沈んでいたのだった。




