かつての友
ヴァルラムがサイラスを連れて訓練場へと降りると、皆驚いた顔をした。
もう皆帰って今、片付け終わったところだったのに、サイラスが来ているのだ。
「これらに競技の内容を教えてやれ。ヴァンパイアは夜活動するのを忘れておってな。」
軍神達は、言われて慌てて今、片付けたばかりの器具をまた、引っ張り出して来るために飛んで行った。
サイラスは、言った。
「何やらおかしな事をさせられるようであるな。主も付き合いとはいえ、大変よ。」
ヴァルラムは、首を振った。
「あちらには恩がある。霧の発生の時はあちらの助けが無ければどうにもならなんだ。その月の宮が満を持して宮を開いて行うというのに、出ない選択肢はないゆえな。」
サイラスは、目の前に準備されていく見たこともないような道具を見ながら、言った。
「…ヴェネジクトも、まさか瘴気に影響されておったとは思わずで。思えばあれは若い。父王からも何も教わらず、ザハールに下にも置かぬ育てられ方をされたのだから、そんなことは気取れなんだであろう。我は…あれを助けてやることが出来ぬで。」
サイラスは、後悔しているようだった。あの時、世の平和を願い、コンドルについていたと聞いている。
レオニートを庇って、ヴェネジクトと諍いになったのだ。ヴェネジクトが、瘴気の影響でおかしくなりかけていたとも知らずに。
「もう終わった事よ。あれは今、月の宮で回復して穏やかに暮らしておる。我は…これで良かったと思うておる。」
サイラスは、驚いたようにヴァルラムを見た。
「あのような事になったのに?我は、かつての友の末を守ってやることが出来なかった。もしかしたら、あれは何もかも忘れて生まれ出た、友であったかも知れぬのに。教え導いてやれば、恐らくあんなことにはならなんだ。」
ドラゴンの軍神達に促されて、サイラスの軍神達が進み出て道具の説明を受け始める。
ヴァルラムは、それを眺めながら、サイラスはあれが自分の生まれ変わりであったかも知れないと、後悔しているのかと、困ったようにサイラスを見た。
「…それはない。考え過ぎぞ、サイラス。」
サイラスは、怒ったようにヴァルラムを見た。
「何を偉そうに!我はあのヴァルラムの友であったのだぞ?!主より遥かに歳上であるわ!気軽に呼び捨てるでないわ!」
ヴァルラムは、息をついてサイラスを見た。
「あのなサイラス、偉そうになどしておるつもりはないわ。主とは友のつもりであった。」と、忙しくデモンストレーションを繰り返す、軍神達に目をやった。「…先に逝って、すまなんだの。」
サイラスは、みるみる目を見開くと、じっとヴァルラムの横顔を見つめた。この、似ても似つかない顔。だが、血筋ではないのだからそれは当然だ。
だが、血筋ではないのにこの気はどうだ。まるでヴァルラム…そう、ヴァルラムそのものではないか。
そうだ、なぜに気付かなかった。ヴァルラムが、己の血筋に生まれる事にこだわるはずはないのだ。ヴァルラムには、命に力がある。己を信じているのだから、王座争いに巻き込まれない位置に生まれてそこから上り詰めようと考えて、転生先を決めてもおかしくはないのだ。
「ヴァ、」サイラスは、やっと言った。「ヴァルラムか…?」
サイラスは、涙を流した。ヴァルラムが居る。あれは、帰って来たのだ。何も言わずに先に死んで逝った、あのかつての友がここに居る。
ヴァルラムは、サイラスを見て苦笑した。
「こら、何を泣いておるのだ。」と、胸元からハンカチを出した。「落ち着け。皆が不審に思うだろうが。急に老いて動けぬようになったゆえ、主に何も言えなんだのよ。あちらから見ておったが、ヴァシリーのことを助けてくれておったな。我は急いでまたあちらを出たゆえ、それからの事は分からぬが…ここの歴史を学んで、主がどう立ち回っていたのかは知っておる。思い出したのは…あの、霧の発生の折りでな。維月を見て…その瞬間に何もかもな。」
維月と聞いて、サイラスは確信した。間違いない、これはかつての友の、ヴァルラムなのだ。
サイラスは、派手に鼻をかんで涙を拭いて、言った。
「勝手に逝きおって!後をどうするとか我には何もなかったではないか!会えぬでも、何某か言い置いて参ってくれておったら良かったのに!我は…主がきっと、また戻ると信じておった。だから探して…しかしそれらしい奴もかつての主とは違って、もはや主は居らぬのだと…。」
サイラスの涙は、またぼろぼろと流れ落ちた。
ヴァルラムは、今度は紙をポケットから出して渡した。
「だからすまなんだと申すに。後で聞くゆえ!皆驚いておるではないか。」
見ると、デモンストレーションをしていた軍神達が皆、こちらを見て固まっている。
サイラスは、また涙を拭きながら怒鳴るように言った。
「こら!しっかり覚えて帰らねば、足を引っ張る事になるのだぞ!さっさとやれ!」
軍神達は、慌てて道具の方へと向き直った。
ヴァルラムはそれを苦笑しながら見て、それからはサイラスの愚痴をただ、黙って心地よく聞いていた。
サイラスがこんな風に愚痴れるのは、自分だけなのだ。
そのまま、軍神達は必死に頑張っているのに、サイラスとヴァルラムは話し込んで時を過ごしていた。
もう夜が明けて来る時間も近くなって来て、サイラスは言った。
「…そろそろ夜明けぞ。我は帰る。」と、ヴァルラムを見た。「誠主が戻って参ったのが分かった。主でなければ知らぬ事を多く知っておる。何より…あれが隠しておった心の内もな。」
ヴァルラムは、苦笑した。
「分かっておる。維月の事は、しかしもう何も言わぬつもりでおる。あれも、我が記憶を戻した事を知っておるが、維心に話しておらぬのだ。なので、我も聞かれるまでは黙っていようと思うて。主も、そのつもりでの。」
サイラスは、気遣わし気にヴァルラムを見た。
「主…今生も思うだけで終わるつもりか。」
ヴァルラムは、クックと笑った。
「さあの。まだ今生は始まったばかり。我は我慢強いのだ。無理やりになど考えてはおらぬし、今は遠く見ておるだけで良いのよ。こちらの土地は今、それどころではないしな。」
サイラスは、肩で息をついた。
「主がそう申すなら仕方がないの。だが、主がどうしてもと申すなら、我とて今生こそ手を貸すゆえな。主は妃を娶ったが、それからも維月にダイアモンドを贈っておったものな。あれだけ長い間想うた女を、今生でも忘れられるわけはないゆえ。」
ヴァルラムは、首を振った。
「だから良いのよ。我の事を案じるでない。それより、この土地を共に何とかして参ろう。我が死んでから、すっかり荒れてしもうた。これを正して参るのが先ぞ。次こそ、先を見据えて立ち回り、己が死した後も残る城を作る。」
サイラスは、少し気遣わし気な顔をしながらも、頷いた。
「我とて後どれぐらい生きるのか分からぬが…生きておるうちは、助けて参ろう。主ならば問題はない。」と、思い切ったように言った。「実は…皇子が生まれておるのだ。」
ヴァルラムは、びっくりした顔をした。皇子?
「主の?!」
サイラスは、頷いた。
「もう、百年にもなる。だが、こんな荒れた世に認知されるのは面倒が起こると思うて、公表してこなんだ。イライアスと申す。」
ヴァルラムは、これから先は繋がったのかと、微笑んだ。
「良かったではないか。若い頃に成した子はあの折亡くしておったから、どうなるかと思うておったのだ。妃もあの折全て亡くしておったし…主は、あれから世捨て神のようにストイックになっておったからの。」
サイラスは、それでもあまり気乗りのしない顔をして頷いた。
「そうなのだ。妃は居らぬ。侍女の一人が産んだ子で。別に子を作るつもりなど無かったが、思いもかけず出来たので、臣下も喜んで育てておった。もう姿だけなら一人前で、そろそろ皆に披露目ねばとは思うておった。主が、落ち着いた世を作る王であるのを見極めたらの。」
ヴァルラムは、頷いた。
「そうか。ならば安心して公表するが良い。」と、ハッとした。もしや…?「…此度、あちらへ連れて行くのか。」
サイラスは、頷く。
「そうしようかと今思うた。主が戻っておるのを知ったし、連れて行ってあちらの神たちにも認知させようかと。ただなあ、あやつは昼に弱くて。日が昇ると眠くてたまらぬのだ。なので、どうやって起こしておくかが問題よな。」
ヴァルラムは、顔をしかめた。
「昔の主にそっくりではないか。仕方がない、夜に散々寝かせておいて、次の日に眠気が来ぬようにするしかない。昔の主がそうだったようにの。」
サイラスは、神妙に頷いた。
「まだ若いゆえなあ。二百を越えたらちょっとは調節が効くようになって参るから、マシになるのだがの。」
他の神の反対であるものな。
ヴァルラムは思って、それを聞いていた。
サイラスは、しかし出発口まで来ると、急に晴れやかな顔をした。
「ではの!ヴァルラム、我は、誠ホッとしておるのだ。主が戻って、良かった。」
そうして、サイラスは軍神達と共に満面の笑みで飛び立って行った。
ヴァルラムはそれを見送って、自分が居ない間にいろいろ起こっていたのだなあと、今更ながらに実感していたのだった。




