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破邪の舞い3

維心の舞いは、荘厳な雰囲気のまま終わった。

だが、静かに落ち着いていたのは舞台上だけで、観覧席は大変な事になっていた。

舞いの最中だったので、治癒の者達も動くことが出来ず、終わるまで放置されていたので、下位の宮々の席ではもはや意識を保っている者の方が少なかった。

こちらのボックス席では、維月と匡儀が身を乗り出して見ていたのだが、終わった途端に二人して静かに手を叩いた。

やっと気の放流から解放された他の王達も、朦朧としながら何とか手を叩くだけの気力は残していて、二人が手を叩き始めたのを見て、慌てて何が何だか分からないながらも、必死に手を叩いた。

もちろんの事、下位の観覧席ではまともな状態の神がほとんどいなかったので、辛うじて意識を残していた者達が、必死に手を叩こうともがいている様しかなく、拍手の音は聞こえて来なかった。

維心は、そんな惨状を舞い終わってやっと知ったようで、フッと肩で息をつくと、鵬を見た。

「治癒の者を。全員治癒の対には入らぬから、軍神達に各々の控えへ運ばせよ。」と、貴賓席を見上げた。「皆無事か?ならばこれでは宴どころではないゆえ、あれらだけでも応接間へ来させよ。酒もそちらへ準備せよ。」

鵬は、深々と頭を下げた。

「はは!仰せの通りに。」

維月が、重い着物をものともせずに、上から手を振った。

「維心様あ~!!とても美しかったですわー!!」

とてもはしたない事をしているのだが、皆人事不省なので大丈夫だろうと思っているらしい。

維心は苦笑して、言った。

「維月。」そして、ふわりと浮き上がると、スーッとこちらへと飛んで来た。「参ろうか。己で動けぬだろう?運んでやるゆえ。」

維月は、頷いて維心の手を取った。

「はい、維心様。」

匡儀が、隣りから言った。

「維心、何と良い動きであったわ。我も覚えたし、帰ったら舞おうかの。主の気が清々しいし、誠に楽しめたことよ。良いものを見た。」

維心は、維月を抱き上げながら言った。

「これはそうそう舞うものではないのだぞ。主とて力があるのだから、もし舞うのなら気を付けよ。皆、大概疲れるようなのでな。」

言われて、匡儀はハッと同じ場に座っていた炎嘉達を見た。

炎嘉、志心、焔、箔炎、駿、翠明、高湊、公明は、全員がふらふらとしていて、こちらを見るのもつらそうな様子だ。

蒼が、皆の様子に驚いて、介抱しようとおろおろしている状態だった。

「なんぞ!どうしたのだ皆が皆そのように!」と、蒼を見た。「だが蒼は平気そうよ。」

蒼は、頷いた。

「確かに凄い気が放たれてるなあとは思ったけど、オレは大丈夫で。ハッとして見たら、皆様苦し気にして居られてびっくりしてしまって、気になって維心様の舞いを集中して見られませんでした。」

維心は、苦笑して言った。

「これは容赦ないからの。心の内にある、僅かな暗い思いでも消し去ろうと襲って参る。龍族はこの限りではないので、我が龍達は平気であるが、他の種族は攻撃されぬでもその力に晒されるゆえ疲れるのだ。だが、これらは善良ぞ。そうでなければ、こんな間近で我の力をまともに食らって生きておれるはずがないからの。」

炎嘉は、何とか気力で立ち上がると、ゼエゼエと肩で息をしながら維心を睨んだ。

「誠えらい目に合ったわ。今頃我が宮でも大変な事になっておるのではないかと思うと気になって仕方がない。酒は嬉しいが、もう戻りたい心地ぞ。」

それには、志心も頷いた。

「確かにの。戻って状況を見なければならぬ。これでは無事ではあるまいが。」

だが、焔が首を振った。

「いや、酒を飲んだ方が良いぞ。」皆が驚いた顔をすると、焔は続けた。「龍の作ったものを少しでも身に入れて、回復させてからでなければ宮へは帰らぬ方が良い。主らも、龍の宮から酒が土産に渡されると聞いておろうが。それは、体を治すためぞ。酒を飲めば、楽になる。特にこの、龍の結界の中で飲んでおいた方が回復が速いのだ。我は経験上知っておるから申すがの。」

維心は、片眉を上げた。

「なんだ、主、知っておるのか。その通りよ、これは本来龍族を守る力であるからの。龍の気が宿ったものを身に着けたり飲んだりするのが一番良い。恐らく、憑き物が落ちたように楽になろうぞ。参れ。」

参れと言われても、皆まだフラフラしているのだが。

匡儀は思ったが、維心は維月を抱いたまま、さっさとそこを出て歩いて行く。

他の宮の王達は、匡儀と蒼に気遣われながら、奥宮の応接間へと向けて、なんとか歩いて行ったのだった。


回廊も、倒れた神達を運んで行く軍神達があちこちしていて大騒ぎの状態だった。

いつもなら、そんな騒がしい様には眉をひそめる上位の王達だが、今回ばかりはそんな余裕もなくただ、維心の背を追って淡々と歩いた。

駿が殊の外具合が悪いようで、蒼に支えられながら何とか足を進めている状態だ。

それでも、全く意識が無い他の王達が運ばれて行くのを見ていると、意識があるだけでもマシなのだと思わせた。

それでも、何とか応接室へとたどり着くと、そこでは既に構えていた侍女侍従達が、サッと寄って来て一人一人を一人掛けのソファへと誘導して座らせた。

全員が収まったのを見てから、いつもの杯ではなく、薬湯を入れるような湯飲みに酒を注ぐと、それをまた一人一人にしっかりと手渡して、そうして維心に頭を下げると、ササーッと部屋を出て行った。

維心は、維月と並んで座りながら、言った。

「とにかく、飲め。一気に行くのだ。」

とても酒だという気持ちでは無かったが、そう言われて全員が気力を振り絞って湯飲みに並々と注がれた酒をグイグイと煽った。

焔が、急いで徳利を手にすると、また湯飲みに酒をがばがばと注いで、そうしてそれをグイッと一気に飲んだ。

そして、フーッと口の端を拭うと、ハアアアと息をついてソファへと沈んだ。

「治まった…。張維の時もこれで、チビチビ飲んでおったら結構長引いて困ったのだ。具合が悪いからと飲むのを控えておったら余計に悪くなる。」と、すっくと立ち上がった。「では、帰る。我が宮にも酒を持って帰ってやらねばならぬ。あやつらに飲ませて、楽にしてやらねば。維心、ではな。またゆっくり来るわ。」

維心は、苦笑しながら頷いた。

「軍神達がまだ回復しておらぬだろうし、気を付けての。出来たら待ってやった方があやつらには親切であろうがな。」

言われて、焔は顔をしかめた。言われてみたらそうなのだ。宮も心配だが、ここから離れているので、真側で受けた軍神達よりはマシだろう。自分より体力の少ない軍神達が、そんなに簡単に楽になっているとは思えなかった。

「…そうであるな。」と、焔は、また座った。「確かにあれらはまだ回復しておらぬの。無理をさせるのは本意ではないし、明日まで待つ。いくら何でも明日までなら体も戻ろうが。」

維心は、答えた。

「充分よ。治癒の者達が回っておるはずであるから、あれらに治療してもらえばすぐであろう。主らは酒さえあれば回復するが、他の神はそうは行かぬからの。」

炎嘉は、だるそうにしながらも酒をガバガバと注いで、焔に倣ってガンガン無理して飲んだ。すると、身の内からスーッと力が湧いて来て、今の今までだるくて仕方がなかった体が、シャンとして常より健康ではないかというほどに軽くなった。

まるで憑き物が落ちたかのように、炎嘉は突然に背筋をスッと伸ばした。

介抱していた蒼が、びっくりして炎嘉を見た。

「え。炎嘉様、どうかされました?」

炎嘉は、蒼を見て頷く。

「治った。突然ぞ。」と、まだ具合が悪そうな駿にも酒を注いだ。「駿、ほら飲むのだ一気に!二杯ぐらいで行けるぞ、我慢して飲め!」

駿は、炎嘉にぐいぐいと湯飲みを押し付けられて、仕方なくゴクゴクと喉を鳴らした。そうして、空になったと見るや、また注いだ。

それを、翠明が隣りで鬼でも見るような目で見ている。ちなみに翠明の湯飲みの酒は、全く減っていなかった。

志心が、それを見て意を決したように湯飲みを見つめると、グッと酒を煽って、そして徳利を手にしてまた、徳利ごとグイッと煽った。

蒼は、そんな惨状を後目に、慌てて翠明に言った。

「翠明、早めに飲んだ方がいい。みんなが回復したら皆で押さえつけられて無理やり飲まされるぞ。」

その様が脳裏に浮かんだ翠明は、慌てて自分もゴクゴクと必死に酒を飲んだ。

龍の宮の酒を旨いと思わずに飲むのは、これが初めてだった。

そうやって、無理して二杯を腹へと流し込んだ時、本当に突然に、フッと体が軽くなったかと思うと、驚くほど気分が良くなった。

それこそ、月の宮で浄化の光に晒されたのではないかというほど、心身ともに清々しく、美しくなったような気持ちだった。

「おお」翠明は、目を輝かせた。「何との。何もかもが洗い流されたかのようぞ。何と清々しいのだ。」

駿も、今にも死にそうな顔をしていたのに、スッキリとした顔で翠明を見た。

「誠に。なんであろうの、心の内にあった僅かな暗い心地もあっさり無くなってしもうておる。何ぞこれは…これが、破邪の舞いか?」

維心が、頷いた。

「その通りよ。全て、龍族の叛意のあるもの、そうなるやもしれぬ懸念材料である暗いものも根絶させることが目的ぞ。これであっさり無かった事になるゆえ、人が言うオールリセットという状態になるわけであるな。だが、心根自体を何とかしたわけではないので、また時が経てば湧いて来るやもしれぬ。あくまでも、今だけなのだ。」

炎嘉は、息をついてソファに座り直した。

「それはそうよな。主が力を放って人格まで変わってしまうようでは、世は龍が良いような者ばかりになってしまうわ。だが、どれぐらい続くのだ?」

維心は、首を傾げた。

「父上は、そう長くは続かなかったと申しておったから…そうよな、精々長くて百年、短くて五十年ほどかの。人世では、もっと短い。何しろ、悪い性質の者はその時の悪い考えを綺麗にしても、すぐにまた悪い事を考えるものであるから。あくまでも、今だけだと思うてくれたら良いわ。」

志心が、ふうと息をついて、ソファにそっくり返って言った。

「そんな一過性の事でこの有様か。誠に良かったのか、こんな大層な事になって。神世はしばらく回復せぬのではないのか。」

維心は、志心に答えた。

「生きている者はの。」志心は、ハッとした顔をした。維心は続けた。「今回の目的は、黄泉を整理させるためぞ。地上の亡者を、良い者は黄泉へと上げて、そうでない者は砕け散っただろう。綺麗に一層されただろうし、翠明も当分は仕事が無うなって楽になるのではないかの。ま、人はこの瞬間も死んでおるから、また新たな亡者が出来ては居るであろうが、質の悪いものに育つまでには黄泉も整理出来ておるだろうて。」

当初の目的はそうだった。

志心は、思い出していた。あまりに亡者が多くなり過ぎて、質が悪いものが神を取り込もうと襲っていたりするのを、一気に何とかするために維心は舞ったのだ。

つまり今は、下位の宮でも亡者に煩わされることなく、安心して過ごせる事だろう。

翠明は、それを聞いてふと、顔を上げた。

「…我の軍神達の様子を見て参るわ。紫翠の事も気になるし、出来たら早う帰りたいしの。酒はもらって帰るからの、維心殿。力は凄かったが、舞いはそれは美しかったことよ。出来たら次は、普通の舞いを安心して見せてもらいたいものよな。」

維心は、頷いた。

「まあ、我は普段から舞いなど舞わぬから。気を付けての、翠明。」

翠明は頷いて、自分の軍神達の様子を見に軍宿舎の方へと足を向けたのだった。

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