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破邪の舞い2

やっとの事で観覧席までたどり着いた炎嘉と維月は、何事も無かったかのように席へと並んで座った。

維月の、一つ開けて炎嘉と反対側の隣りに座る匡儀が、疲れた様子の炎嘉に言った。

「どうした?時が掛かったの。維心は緊張しておったのか?」

炎嘉は、首を振った。

「あやつは平気な顔をしておったわ。それより維月ぞ。こんな面倒なものを着せておるのに我に頼むとか申して。龍でなければ運ぶのも難しい着物らしい。義心が申しておった。」

匡儀は、ははあ、と維月を見た。

「確かにこれは逃亡防止のための物であるからな。重ければ重いほど王の心の深さが分かる代物ぞ。なので維月は、かなりの重量の着物を着せられておると思われる。」

維心様が言っていた通り。

維月は、動くのも億劫なので何も言わなかったが、そう思っていた。

炎嘉の隣りの、志心が言う。

「誠か。我らは誘拐防止だと思うておったわ。確か龍以外が運ぶのは困難だと聞いておる。維心は常平気な顔をしておるが、我らには無理だろうの。」

炎嘉は、志心を目を見開いて見た。

「なんぞ、主は知っておったのか。我は知らぬでえらい目に合った。奥から会合の宮の回廊前までで限界であったわ。そこから義心が運んでくれたゆえ、こうしてたどり着けたがあのままでは間に合わぬところだった。」

箔炎が、志心の向こうから言った。

「維心も分かっておったろうにの。主ならいけるやもとか思うたのだろうか。災難だったの、炎嘉。」

誠にそうよ。

炎嘉は内心思ったが、鵬がいつもなら上位の王達が座る壇上の舞台に現れて、挨拶を始めたのでそちらを向いた。

途端に、ざわざわとしていた広い会合の宮会合の間の皆がシンと静まり返る。

ここは、会合を開く時に使う場所で、回りには段状に席が設けられてあり、下位の王達がそこで話を聞けるようになっていて、広い正面の舞台には、いつもならテーブルが幾つも置かれてそこに上位の王達が座って話をする。

大陸との七年に一度の会合のために、わざわざ建てた場所だった。

そこに、今はびっしりと島の宮の王族達がひしめき合い、固唾を飲んで見守っていた。

舞台上の両脇には、楽士達が緊張気味に座って、楽器を前に待機していた。

否が応でも期待が高まる中、鵬が挨拶を終えて深々と頭を下げ、そして舞台袖へとしずしずと戻って行った。

「…遂に始まるの。」

炎嘉がポツリと言う。

楽士達が頷き合い、そうして鐘の音と拍子木の音だけが鳴り響く中、維心が扇で顔を隠した状態で摺り足で舞台中央まで進んで来て、こちらを向いた状態でピタリと止まった。

「…来る。構えよ。」

焔が言う。

楽士達が物悲しい音を奏でる荘厳な雰囲気の中で、維心は扇を顔から横へと離して、舞い始めた。

途端に凄まじい勢いの気の放流が、維心を中心にぶわっと放射線状に広がって皆を圧迫した。

「く…!」

箔炎が、思わず声を漏らした。焔は、額に汗を滲ませながら、食い縛った歯の間からクックと笑った。

「やはりか。張維の時も大概だったがさすがに維心は桁が違うの。」

そうか、焔は経験があるのだ。

炎嘉は、その圧迫感に口を開けなかった。

大陸にまで波及すると言われている力なのだから、間近でいたらそれなりだろうと思ってはいたが、想像以上の力だ。

貴賓席になっている上段のボックス席なので、他の神達の様子も見えたが、女神などはもうとっくに意識はなく、他の王達も朦朧としていて意識が無いのと同義だ。

維心の舞いはそれは美しいのだが、そんな様なのでまともに見られているのは上位の王達だけだった。

「誠に美しいこと…。」

維月は、うっとりと維心の姿を見つめている。

よく見ると、龍の楽士達も、間近にいるのにそんな影響など無いようだった。

まさかと見ると、匡儀も全く平気なようで、おっとりと舞いを見つめて呆けているようだった。

…龍族め…!

炎嘉は、内心思った。元々これは龍に叛意のある者に向けての舞いで、龍族は影響を全く受けないのだ。

ならば維月はと言えば、あの鎧のような衣装がある。

それに守られて、全く平気なのだろう。

炎嘉が、段々に霞んで来る目を凝らして維心の舞いを見ていると、維心は本当に美しかった。

その美しさに魅入られて気を緩めると、気の放流に飲まれて気を失いそうになる。

そこに居る誰もが、いつまでも見ていたいが、今すぐに終わって欲しいという矛盾した気持ちに翻弄されていた。

そんな最中、翠明は必死に踏ん張りながら、自分の中の暗い思いも全てが洗い流されて吹き飛ばされて行くような心地の中で、今この気に晒されている安宗を思った。

全く穢れが無い神達でもこの有様なのに、穢れを内に持つ安宗などひとたまりもないだろう。

翠明は、美しい維心の舞いを目の前に、そんな事を思っていた。


その頃、龍の宮の他の宮々では、突然に現れた龍の宮の方向からの凄まじい気の放流に晒されていた。

事前に告示されていて、その時にどんな気が通るのかあらかじめ知らされていたのだが、どんなに構えていても、この凄まじい圧力には各宮でも対応に苦慮していた。

王の結界は問題ないのだが、それでもそれを通って来る浄化の光は、ただの一つの穢れも許さぬ構えで全てを覆い尽くして行く。

下位の宮々の中では、全員がバタバタと倒れてしまい、辛うじて踏ん張った軍神達の一部が必死に皆を介抱するような事態に陥っていた。

遠く、西の島南西の宮でも、翠明が不在の宮を守る紫翠が、維心の気が龍の宮の方向から途轍もない威力を持ってこちらへやって来るのを感じて、気を使って宮全てに叫んだ。

「来るぞ!構えよ、気を失う可能性がある者は座れ!」

その瞬間、ぐわん、という衝撃があり、維心の気の波が翠明の宮を襲った。

「うわ…!!」

紫翠は、思わず叫ぶ。

散々龍の宮から忠告されていたので、何が起こるのかは分かっていたのだが、龍に叛意が無ければ特に問題ないと思っていたのだ。

だが、これは容赦なく身の中の少しの穢れまでも許さない勢いで襲い掛かって来る。

とても、立っていられる状態ではなかった。

そんな状態なので、臣下を気遣う余裕がない。

だが、宮の中でバタバタと皆が倒れる音が聞こえて来ていて、皆が耐えられていないのを感じていた。


安宗は、翠明に命を受けた臣下から、王は龍の宮の破邪の舞いの催しへ出られるが、その折地上全ての悪いものを排除する気を龍王が放つので、それが終わるまでじっと社の中で座っておれと言われていた。

元より、翠明の言う事は絶対なので、安宗はじっと社の中に座り、その時を待っていた。

黙って座っていると、外で見張りについている、神達の話し声が否が応でも聴こえて来る。

それによると、龍王の力とはかなりの大きさで、穢れを持たぬ神であってもその圧力には耐えられずに倒れることがあるので、心して迎えるようにと通達があったらしかった。

地上に蔓延る邪悪な亡者たちなど、その力の前には一瞬にして塵となるので、しばらくはこちらの神社に嘆願に来る人も居なくなるのではないか、ということだった。

そして、外ならぬ安宗自身も、まだ穢れを身の内に持っているのだから、恐らくは駄目だろう、とひそひそと話し合っていた。

安宗の聴覚は、最近では神域で過ごしているせいか、人であった時よりずっとよくて、あちらは聞こえないだろうと思っているような事でも、しっかりと聴こえてしまう。

なので、それらが普段から自分を悪く言っているのは知っていたが、これはいつもの嫌がらせではなくて、恐らく本当のことだ。

翠明は、これが起こるのを知っていて、自分が万が一にでも助かる可能性があるように、こうして社の中でじっとしていろと言ったのだろう。

…まだ、穢れなど祓えていない。

安宗は、胸に細い縄で吊り下げた、あの時翠明にもらった根付けをグッと握り締めた。自分は、消滅する。翠明様は、最後までこんな自分を助けてくれようとしてくださった。だが、自分はあれから努めてはいたが、穢れを全て祓う事は出来なかった。

…これで、お別れなのだ。

安宗は、そう思って誰も居ない社の中で、平伏した。ここまで、機を与えてくださったことの感謝を、少しでも残して行きたい。

安宗は、自分の袖に携帯式の筆を取り出して、それで翠明へと礼の言葉を書きつけた。自分は消えても、着物は残るだろう。あの慈悲深い神に、心からの御礼を伝えて逝くのだ。

「…来たぞー!!」

遠く、宮の方から声がする。

その瞬間、何かの力がグワッとすべてを飲み込んで辺りを包み始め、安宗はこれで終わりかと床に平伏してその時を待った。

…案外に、温かく包み込むような感じだ…。

安宗は、そう思いながらその力に身を委ねたのだった。

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