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子供

維月は、維心を見上げた。

「どう致しましょう。」維月は、困って言った。「別に良いのですけれど、私も自分の子である以上放置は出来ませぬし、月の宮で育てることになるのでしょうけど、また頻繁に通う事になりますわ。こちらの責務の事もありますから、どうしたものかと思うのです。」

維心は、息をついた。

「誠にの。だが、いつかと言われるのなら早う済ませて置いた方が良いかもとも思う。いつかいつかと思いながらは我とてつらい。まして、身を繋ぐわけでもないのだからの。」言ってしまってから、維心はハッとした顔をした。「そういえば、天媛も懐胎して命を生み出したと言うておったか?あれらはどうやって生み出すのだ。」

維月は、そういえば、と思って顔をしかめた。事自分に関しては、恐らく身籠って産むのだろう。天黎は、産んでくれるか、と言った。

だが、天媛がそうだったとは、聞いてはいない。

何しろ、出来た命をこちらへ送り出し、陰の腹に宿らせたのだと言っていたからだ。

うーんと二人で悩んでいると、十六夜の声が言った。

《あの二人の場合はな、あの空間で命を触れあわせて新しい命を、と念じたら生じて、目の前に現れるんだ。その光の玉をだな、天黎がおふくろとか維月に降ろしてたってわけさ。》

突然に割り込まれたが、もう慣れているので維心は窓から暗い空を見上げた。

「誠か。ということは、あちらでは陰が産むのではないのか。」

十六夜は、答えた。

《あいつの記憶を見たから知ってる。天黎が新しい命を下ろそうと思ったら、天媛に話しかけて来て、命を近づけたら目の前に出現するって感じだ。そこに愛情なんてねぇし、天媛にとっちゃ作業だな。だが、生み出した命は大切に思っていたがな。》

だから天黎も、子供を産んでくれという時、あんなにあっさりしていたのか。

天黎にとって、命を生み出すのは作業なのだ。そして、出現させた後見守ることに重きを置いているのだろう。

地上の者達のように、愛し合って子を成すとか、そんな感覚ではないのだ。

「…そうか。ならばやはり、そういう事なのだな。維月の場合は、産まねばならぬようだったが。」

十六夜は、呆れたように言った。

《またあれか、あいつはおかしなことを言ってんのか。維月に子供を産んでくれって?》

維月は、答えた。

「違うのよ、私が悪いの。父性愛はおありになるみたいだったし、だったらそこから愛情を広げて行けば良いと思ったんだけど、今小さな子供なんて居ないでしょう?葉月ぐらいよ。あの子は陰だし、面倒な事が無いとは言えないから勧められなくて…そうしたら、産んでくれるかって。すっごく気軽に。」

十六夜は、ハアとため息をついた。

《あいつにとっちゃあそうだろう。そうだなあ、別に体も命も繋ぐ必要ねぇわけだし、子供ぐらい産んでやったらどうだ?ちなみにあいつには、腹の子を宿った、育った、産んだって一瞬で進められるぞ。長い事孕んでて大変とかないから大丈夫だ。》

それには、維心も維月もびっくりした顔をした。

「え、一瞬なの?!それって子供は大丈夫?!」

維心は、横から言った。

「維月の体に負担がかかるのではないのか。無理はさせとうないのだが。」

十六夜は、答えた。

《まず維月、子供たってオレ達の子と同じで命だけだから問題ねぇ。それから維心、そもそもオレ達の体は月だっての。思念体だから問題ねぇ。そんなわけで大丈夫だ。》

維月は、維心を見上げた。維心は、維月に頷き掛けてから、言った。

「…まあ、天黎であるからの。主が言うようでもおかしくは無いし、信じられないわけではない。そうか…ならば尚更断る意味はないか。里帰りの時にでも、作って産んで戻って来れるということであろう?何よりこれ以上いろいろ煩わしいことが起こらぬためにも、子育てに夢中になっておってくれる方が助かるようにも思うしなあ…。」

維月は、頷いた。

「はい…。感情の問題が長引くのもとも思いますし。では、次の里帰りの時に産みましょうか。なんだか、変な感じですけれど。」

維心は、本当に大丈夫だろうかと少し心配になったが、頷いた。

「そうであるな。命を繋ぐとか言うて来ぬようになろうし、そうするか。出産もどうなるか分からぬし、その時は我も参る。良いな?」

維月は頷いたが、苦笑した。

「天黎様がついておって何かあるとは思えませぬけれど。」

そうだった、あやつはなんでも出来るのだった。

維心は、ため息をついた。

「確かにの。碧黎が居てさえ安心であるものを、あやつが居たらもっとであろうな。最悪黄泉へ入っておっても連れて帰って来ようし。」

十六夜の声が答えた。

《そうなんだよなーあいつはチートなんだよ。分かってるから基本見てるだけで何もしないわけだ。でも、子供が出来たら、子育てを楽しむ間は静かだろうし面倒も無いだろうし、いいと思う。》

良いと言われたら複雑だったが、成長を渇望する天黎の気持ちを穏やかにするためには、それが必要なのだろう。

維心はため息をついて、維月と共に奥の間へと入って行ったのだった。


安宗は、今日も粛々と翠明に課せられた責務を果たしていた。

それは長く、つらいものだったが、それでも自分の犯した罪に比べたら何ほどのものでもない。

それに、翠明には返しきれないほどの恩があって、その翠明の期待にも応えたいし、少しでも役に立ちたいとも思っていた。

なので、何を言われても一生懸命こなした。

翠明は自分の様子を見に来ることは無かったが、毎日日が昇る前に社の前に額づいて挨拶をして、一日の終わりにはまた、社の前で礼を言った。

そうやって過ごしていたら、何やら身が軽くなって、頭がどんどんハッキリして来るような気がしていた。

そこへ、翠明が一人の神を連れてやって来た。

突然の来訪に、床に平伏して二人を迎えた安宗は、そこで初めて、自分の名を思い出した。

翠明が連れて来たのは、自分を助けてくれていた、安宗の神だったのだ。

その神は、自分を覚えていてくれていた。助けてもらっていながら裏切るような行為をして命を落とした自分などを、その神は心に留めてくれていたのだ。

自分が恥ずかしく情けなくて、顔を上げることも出来ずに居た安宗に、翠明は言った。

「屋久というのだ。主の神だった男ぞ。ちなみに、主に憑いておった亡者が取り込もうとしておったのも屋久ぞ。主は二重に屋久に面倒をかけておったのだ。」

安宗は、仰天した。あの時、自分は混乱していて身動き取れずにいた。

その隙に、あの二体が脇から出て来て体を動かし、あのような事を繰り返して回りの亡者を取り込んで力を付けて行った。

そして、遂には神にまで手を掛けようとしていたのだ。

あまりの事に、取り込まれた他の命も戸惑っていたし、安宗自身もどうあっても神だけは手に掛けたくなくて、じっとしていた。

そうしたら、跳ね返されて気を失ったのだ。

「ま、誠に申し訳…私は、何と大きな罪ばかりを冒してしもうたことか…。」

安宗が言うと、屋久はなんと笑って手を振った。

「別に良いのだ、安宗。我はこうして無事であったし、主が真面目に努めておったのは知っておる。だがの、欲に憑かれて穢れてしまい、我らの声が通りづらくなったゆえ、もう使えぬなと力を取り上げたのだ。主の弟子達は優秀であったし、代わりが居るから主は隠居せよという意思のつもりだった。なのに、主は偽りを申して能力者を続けたであろう?だから、あのようなものが寄って参ってあんなことになるのよ。とにかくは、翠明殿に拾ってもらえて主は幸運よ。どれ、我を謀ったとかいう罪の穢れは祓ってやろうぞ。別に我は怒っておらぬしの。」と、手を上げた。「じっとしておれ。誠に穢れてしもうてからに。」

安宗は、じっと平伏したまま震えていた。

すると、温かい光が降りて来て、自分の体をすっぽりと覆うようになったかと思うと、サーッと風に吹かれたように脇へと流れて、消えて行った。

「…よし。まあ己で作った穢れが多いゆえなあ。更に精進するが良いぞ。まだまだ掛かろうがの。」

安宗は、顔を上げて自分の手足を見た。

本当に、すっかり軽くなっている。さっきまで、軽くなったとはいえまだ枷を付けられているようだったのに、今の体は人だった時に動いていた程度の重さしかない。

「ああ…!!ありがとうございます!」安宗は、涙を流しながら屋久を見上げた。「あなた様が…私の神であられましたか。」

安宗は、屋久の顔を見た事はなかった。

いつも、その声を頼りに施術していて、必ず助けてくれたものだった。

屋久は、頷く。

「その通りよ。だが、普段は臣下が手助けしておるのが多かったがの。今は、翠明殿が主の神。ようよう仕えて、残りの穢れを祓うのだぞ。」

安宗は、深々と頭を下げた。

「はい!本当に、本当にありがとうございました!」

…後は、破邪の舞いの波動にどこまで耐えられるか。

翠明と屋久は、そう思いながら視線を合わせた。安宗は、何も知らずに喜んでいる。

だが、この程度の穢れなら、恐らく維心の力の前では一瞬にして塵だ。その時に、その穢れの持ち主共々消し去るかどうかは、その穢れの浸食具合にもよると聞いていた。

舞いの当日までに、何としても安宗は、自分の穢れを少しでも減らして、その量を減らして浸食を防いで戦うしかない。

二人は、せっかく助けた命なのだから、何とか生き残って立ち直って欲しいもの、と思いながら喜ぶ安宗を眺めた。

そして、せめてもと、龍の宮から維月が作ったと贈られた、刀の根付けを外して、安宗に手渡した。

「これは、龍王妃が作ったそうな。龍王妃は月の陰で、浄化の象徴ぞ。これを肌身離さず身に付けて、主の穢れを祓う助けとするが良い。その穢れが見事なくなった時、返してくれれば良い。分かったの。」

安宗は、驚いた顔をしたが、涙を流しながら頭を下げた。

「はい、必ず。私のようなもののために、ありがとうございます、翠明様、屋久様。」

そうして、屋久は満足げに帰って行った。

翠明は、一月後が気になって仕方がなかった。

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