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話し合い2

維心が黙り込んでしまったので、維月が急いで言った。

「あの…とはいえ、私も地上の命の一つで。お父様も私を想うてくださっておるようですし、維心様も愛してくださっております。ですから、私ではいろいろ不都合が出て参りますし、出来たら私の事は見ずに、他の二人を見て頂いた方がよろしいかもしれません。あの…私は大したものではありませんし、天黎様がお気に召すとか思うてはおりませんが…。」

天黎は、それを聞いて息をついて頷いた。

「そう思うか。我もそのように。主を皆が特別と思うのも道理であるなと思うてはおるが、その列に加わるつもりは我にはない。そも、争いは好まぬ。そんなものは下等な命がやることぞ。とはいえ、主らがまだ争い合う事がある命なのは知っておる。それを凌駕しようと今、学んでおる最中であるから、そこまで我と同じであれとは望んでおらぬ。いつかそうなればと見守っておるのだからの。」

維心は、それを聞いてますます眉を寄せた。確かに未だに争い合う神や人は、天黎から見たら下等なのだろうが、争ってでも譲れぬものがあるのだ。

「…主はこれまでそういう場に立った事が無いからぞ。我とて争いは好まぬが、争ってでも譲れぬものがある。黙って譲るのが意識が高い命ではないと思うぞ。それに、こちらが争いたくなくとも、相手が攻撃的であったら皆を守るために戦わねばならぬ。だからこそ、我らは戦うのだ。」

天黎は、それにも頷いた。

「分かっておる。主らは、そうやって学んで成長するために地上の過酷な状況の中で生きるのだ。いろいろなレベルの命がひしめく中で、低い意識の命の成長を促し、そこから己も学び、そうしてお互いに高め合うのだ。我らは、そんな必要がないものの集まりの中に居る。争う事などあまりない。意見の相違で激しくやり合う事はあるが、それも成長のため必要な事ぞ。我らは楽しむ。なので攻撃的ではない。まあ、地上は主らのような意識の高い命にとっては生きづらい場所であろう。だが、相手は学びの途中。分かってやるが良い。」と、息をついた。「我が言うは、己から進んでそんな諍いの只中へと入らぬと言う事ぞ。維月を巡って主らが争った過去があるのは知っておる。愚かなと見ておったし、面倒なので元凶を断とうと維月を黄泉へ向かわせようとしたこと、それ自体は間違っておらなんだと我は今も思うておる。ただ、無理に引き込もうとしたのは間違っておった。それは謝る。」

維心は、言われて言葉に詰まった。

そもそもが、諍いになるのは分かっていて維月を愛し、十六夜が自分を許さなければ今はなかった。

世をそっちのけで十六夜と維月を巡って争った事も一度や二度ではなかった。

碧黎も、前世では維月が元凶だと黄泉の道へと送ったことがあったぐらいだからだ。

今生、碧黎までもが維月を愛し、割り込んで来て大騒ぎになり、それを見ていた天黎の堪忍袋の尾が切れた。

そうなるのを分かっていてなぜにその只中へと向かうのだと憤り、そうして元凶の維月を取り上げることで止めさせようとした。

あれは、維月のせいでも天黎のせいでもなく、維月を巡って争う自分達が悪いのだ。

義心など、ただ見ているだけで維月を愛している。

自分は結局、分かっていて諍いの只中へと身を投じた愚かなヤツだと思われているのだろう。

そう考えると、自分は部下にも劣る命だと思われているのだろうと、維心は急に自信がなくなってしまった。

維月が、言った。

「諍いがならぬのは私もその通りだと思いますわ。ただ、そうしなければならない想いというのが、天黎様がまだお知りにならぬ愛情なのでございます。」天黎が、維月を見る。維月は続けた。「私も、維心様を取り上げられるとなれば悲しみましょうし…もし、他の女性が近付いて参れば、取られまいと戦うでしょう。そういう感情ですの。」

維心は、維月を感謝の目で見る。

だが、天黎は首を振った。

「違う。それは主が戦いを仕掛けられたから守ろうとしての行動であろう。もし、維心が他の誰かと婚姻という立場で居て、主はどうしたのだ。己から維心を愛して、割り込んで参ったか?」

言われて、維月はぐ、と詰まった。それに、常に言っていた、他に娶られるのなら私は月の宮へ帰ります、という言葉が、頭の中でぐるぐると巡る。

つまりは、維月は戦わないのだ。

維心が、もし別の誰かを娶ると決めたなら、そして、もし誰か居たのなら、最初から維心の側には居なかった。

「…申し訳ありませぬ。はい、私は維心様に誰か居たのなら、最初から宮へは入りませんでした。それに、維心様が誰かを娶ると仰ったなら、私は月の宮へ帰ると決めておりました。そうですわ、私は戦わない方を選らぶのですわね。つい、戦うだろうと思ってしまって…もちろん、維心様が否と仰るのに無理に押し掛けて来た妃が居るなら戦いますけれど、それが最初からでありましたらそもそも嫁いではおりませぬ。人でありましたし、一人につき一人という意識で育っておりますので…。」

維心は、失望した顔をした。だが、維月はそうなのだ。ずっと、誰かを娶るのなら私を実家へ帰してくださいと言われ続けて、怖くてとてもじゃないが他など考えられなかった。

他を望んだことも無かったのだから不自由はしていなかったが、維月はそこまで維心に執着はない。

というより、他と争うのを避けるためだと思われた。

天黎は、頷いた。

「であろうが。理由がどうあれ、主は争いの中へと己から参ったりはせぬのだ。そこは優れておると思うておる。」

維月は、下を向いた。そういうわけではないのだ。争って維心の気持ちを奪おうとしても、そんな浅ましい様を見せるなど、考えたくも無かったからだ。

それならば遠く見ているだけの方が、余程幸福だろうと思えたのだ。

そもそも心など、争って、そして勝ち取るなど出来るのだろうか。

醜く争う姿を見せてしまっては、心も離れてしまうのではないのか…。

維月は、そう思っていたのだ。

維心は、ため息をついた。

「…そうであるの。維月はそうであったな。我はまだまだ未熟なのだろう。だが、退くつもりは無い。これからも、維月を奪おうとする輩は排除して参る。それが維月の幸福であるとも思うておるから。」

それには、維月は何度も頷いた。

「はい。私は維心様のお傍に居たいと願っておりまする。力で奪いに来る男のかたなど、そもそもが好みではありませぬし、私が愛しておるのは維心様なのですから。守って頂けるのはとても嬉しいですわ。」

維心は、微笑んで維月の肩を抱いた。

「我らの幸福のためであるからの。」

天黎は、言った。

「それは防御。ゆえ、仕方のない事であるが、我が申しておるのは己から参戦するという事なのだ。まあ、話がそれてしもうたが、我はそんな愚かな戦いに参戦するつもりは無いという事を言いたかったのだ。幸福にしておる主らの間に割り込むなどあり得ぬであろうが。万が一愛したとして、碧黎と同じように見守るだけで十分よ。あれも滅多にいろいろ言うては来ぬだろうが。維心は毎日傍に置きたいようであるがの。」

確かにそうだ。

維心は、思った。碧黎は時々傍に来て、維月と話してそれで良いらしい。命を繋ぐのも、今は維月が否と言っているのですることが無いが、それでも幸福そうではあった。

本来、そんなものなのかもしれなかった。

「…主の考えは分かった。我も己がまだまだという事も。もう主が無理やりに奪うとは考えぬ。それで、感情の学びの事について、主は聞きたいのだな?」

天黎は、やっと本題がと頷いた。

「その通りよ。主はあまり感情豊かではないが、維月なら知っておろう。人世で生きた記憶がある。どうやって我はそれを学べば良いと思うか?」

維月はまた難しいことをと眉を寄せた。

「学ぶとて…自然に現れて参った事でありますので。周囲との関わりの中で、心の中に湧いて参った事ですの。とはいえ…天黎様にも、幾つかの感情はおありになるご様子。怒りもそうでありますが、歓喜の感情もですわね。お父様が良く育ったと知った瞬間など、嬉しいと思われたりしませんでしたか。」

天黎は、素直に維月の言葉を聞いて、頷いた。

「ある。主らの事もそうよ。己が育む命達の成長は、我の喜びであった。怒りの感情も、確かに愚かな行いをいくらこちらが正そうとしても止めぬ時にはイライラしたし、それがそうなのだろう。天媛が鬱陶しかった時もそうだった。」

維月は、考えながら頷く。

「はい。人世では、喜怒哀楽と申しまして、喜び、怒り、哀しみ、楽しみと言う感情が主な感情と考えます。天黎様には哀しみというものは感じられた事は?」

天黎は、首を傾げた。

「どうであろうか。人や神は黄泉へと命が向かうと悲しむが、我らにはそれはない。黄泉へ行くだけであるし、それが休息なのだと知っておる。仮に話したいと思うたら、我なら黄泉へ声を下ろす事も出来るゆえ、問題ない。あれも我が作り上げたものだからだ。ゆえに、その感情は理解できそうだが感じた事は無い。」

維月は、確かに悲しむような事がないのだから仕方ないなあ、と思った。他としたら、想う命に拒絶されたり、信用していた友に裏切られたり、悲しむシチュエーションはいろいろあるのだが、皆、天黎には縁遠そうだった。

維月は、ため息をついた。

「困りましたこと…。悲しむようなことが無いのは良いことですけれど、それではその感情は感じる事は出来ませんでしょうね。そうですわね…とりあえず、愛情でしょうか。あの、愛はいろいろな感情に通じるものがあります。共に居る幸福は歓喜であるし…分かり合うのが楽しくて、裏切られたら悲しみ、怒り、いろいろな感情が伴いますの。天黎様には、父のような愛情は、既にお持ちであるようですし、そこから始めましょう。神や人の親のような行動をなさって、その感情を理解することから始められたらどうでしょうか。というて、幼い子は今居りませんから、それを育ててという感じでは…出来たら、お父様のように子育てを経験されたらきっといろいろ分かって来られますのにね。」

天黎は、ほう、と感心したような顔をした。

「そうであるな。主は賢しいの。ならば我の子を産んでくれるか。」

維月は、びっくりした顔をした。

維心も、せっかく安心していたところだったのに、仰天した顔をして慌てて維月を袖の中に隠した。

「何を言うておる!だから無理やり奪うのではないのだろうが!」

天黎は、顔をしかめた。

「…どういうことか?」

維心は、ハッとした。そういえば、天黎は天媛と碧黎の命を作ったはずだが、命を近づけるだけだと言っていた。

もしかして、今の発言には他意がないのか。

「え…主、体を繋ぐとかではないのか?」

天黎は、困惑したようにますます顔をしかめた。

「体を?これは作った型だと申したではないか。そんな行為に意味などないぞ。やり方も知らぬしの。見ておって一応分かるが、確実に出来るかと言われたら分からぬしな。我の場合、命に触れたら良い。この型では…そうであるな、手に触れたら良いかの。」

手に触れただけで子が出来るのか。

維月は、びっくりして身を縮めた。そんなに簡単に出来るなど、維心が知っていてくれてよかった、と思った。もしもの時、そういう事があったのかと疑われて大騒ぎになるのだけは避けたい。

維心は、それでも複雑な顔をした。

「それは…何と申したら良いものか。そんな、主が感情を知るために子をなど…。」

しかし、天黎はあっさりと言った。

「その子は我を導いてくれる道として生まれるのだ。これほどに意義のある命はあるまいが。我は、ここ数百年ほど己の学びについて、行き詰っておった。もっと成長したいが、どの方向から努めたら良いのか分からない。こうして新しい学びが出来るものが見つかれば、それを成してみなければと思うもの。子は大切に育てようぞ。対で産む必要はないゆえ、陽だけ産んでくれたら良いから。それにはいろいろ教えて世を広く見通せるように育て、碧黎の助けとしたい。そうよなあ…水。水に宿らせてやろうかの。」

話が進んでいるような気がする。

維月が維心を見上げると、維心は困惑したような顔をした。

「主、もう維月に産ませると決めておるか。」

天黎は、頷いた。

「出来たらの。否なら仕方ない、待とうぞ。時などあるし。」

待つという事は、いつかはやることが決定事項ということだ。

維心と維月は顔を見合わせたが、今答えることも出来なくて、言った。

「…少し時をくれぬか。体も命の繋がぬのなら、複雑ではあるがそれほど抵抗はないし。維月と話し合ってから答えようぞ。」

天黎は、機嫌よく頷いた。

「ならばそのように。」と、手を上げた。「では、戻そう。もう日が落ちた。主らは休むだろう。」

そうして、その瞬間には、まるで始めからそこに居たかのように、龍の宮の王の居間で二人で並んで座っていた。

天黎の姿は、もうなかった。

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