消える人
初めて気が付いたのは、仕方がなく参加した営業の決起飲み会の帰りだった。
その日は部長の思いつきにより行われた強制参加の飲み会でかなり酔いが回っていた。軽い頭痛に襲われながら電車に揺られ、最寄駅に着くのを心待ちにしていた。
終電ということもあり乗客はかなり少なかった。最寄駅に着いた時、席を立ったのは私を含めて4人だった。OL風の20代の女性、背筋をシャンと伸ばした眼鏡のサラリーマン、キャリーバッグを持った学生っぽい男性、千鳥足の私。
学生っぽい男性は置いといて、こんな時間まで仕事をしていたであろう二人を見て、なんとなく「おつかれさまでした」と心の中で呟いた。自分の思い通りに動かない足を少しずつ操りながら私は改札に向かった。
改札に着いた時、何かが変な気がした。改札に着いたのが私を含めて3人しかいないのだ。途中に分岐なんてものはなく、いなくなることなんてできない。トイレも近くにはない。
最後尾を歩いていた私の前には3人歩いていたはずなのに眼鏡のサラリーマンがいなくなっていた。背筋に冷たいものが流れた。だか、非現実的過ぎたし、そもそも悪酔により頭が痛かった私は見間違えということで忘れることにした。
しかし、一度起こることは続けて起きるものらしい。
翌日、仕事帰りに最寄り駅で電車を降りた時、同じようなことが起きた。また人が消えた。誰がいなくなったのかはわからなかった。でも、人数が減ったことは間違いなかった。なぜなら電車を降りたのは私を含めて2人しかいなかったのだから。
終電に乗った人が消える訳ではないのだなと、終電に対する恐怖心だけは取り除かれた。
それからというもの電車を降りる時、私は周りの人を注意して見るようになった。その後何度か人が消える現場に遭遇し、消える人の共通点を見つけた。全員スーツやオフィスカジュアルな服装をしていた。社会人のようだった。
毎回違う人が消えるため、どういう人たちなのかが気になって仕方がなかったある日、初めて見た「消える人」である眼鏡のサラリーマンとホームで一緒になった。
私は男に声がかけたくなった。私には、相手がなんなのか、人なのか、何をしているのか、聞きたいことがたくさんあった。だからそれが確かめることができると思うと嬉しすぎて興奮してしまった。
心拍数が上がるのがわかった。「こわい」という感情はなく、完全に好奇心に支配されていた。相手になんて声をかけるか考えは全くまとまっていなかったが、消えられると困るのでとにかく呼び止めることにした。
深呼吸をし、男に駆け寄って声をかけようとした時、タイミング悪く社用携帯が鳴った。大切な取引先に設定している着信音だった。一瞬着信を無視しようかと思ったが、先方に悪い気がして、舌打ちしながら慌てて携帯を取り出した。電話に出ながら前を見るとサラリーマンはもう消えていた。
電話後、「惜しいことをしたな……」と、呟きながら電話を鞄にしまおうとした時、手首に鋭い痛みを感じた。慌てて見ると、身に覚えのない小さな切り傷がついていた。突然のことに呆けている私の耳元で誰かが舌打ちした気がした。咄嗟に周りを見たが誰もいなかった。
「あぁ、消える人いるよね」
夏休みに地元に帰った時に友だちと飲むことになった。二軒目の日本酒専門店で最近遭遇した不思議な出来事について話すことになり、私は「消える人」の話をした。
私の話を聞いた友人のリアクションは非常に薄いもので、「あぁ、いるよね」と事もなげに言われた。
「おれも毎日同じ電車に乗る人がホームで消えるから、気になってこないだ声をかけてみたんだよ」
気がつくと淡々と話す友人の顔には表情がなかった。
「おれが話した人は2年前に過労で亡くなった人で自分が死んだことは認識してたよ。でも今も通勤せずにはいられないんだって」
ついさっきまで酔いで呂律が怪しかった友人の口調は突然はっきりしたものに戻っていた。友人の急な雰囲気の変わり様に悪寒を感じた。酔いが覚めていくのがわかった。
「でも、やりがいがあるらしいよ。社会に役立っている気がして楽しいんだって。一緒にどうですか?って誘われたよ」
誘われた事が余程嬉しかったのか、突然嬉々としだした友人の目は爛々と輝き、私の方を見ているのにその目は私を捉えてなかった。
「その誘いはどうしたんだ?」
「そんなの断ったに決まっているだろ。今の仕事が好きなのに」
友人は気持ち悪いぐらい口角を上げた笑顔でそう言った後、ふっと表情が緩み、また酔っ払いのいつもの態度に戻った。
その後いろいろと話していた気がするが何も覚えていない。友人の態度がおかしかったのは「消える人」の話をした時だけだったため、なんとも言えない不安が心の端に残った。
友人との飲み会から1ヶ月後、私はまた眼鏡のサラリーマンをホームで見かけた。珍しく定時で帰ることができ、まだ日も落ちていない時間帯だった。手を伸ばせば届く距離に彼はいたが、もう話しかけようとは思わなかった。
突然私の個人携帯が鳴った。画面を見ると母からだった。母から電話なんて滅多にかかってこないので、すこし驚いた。何事だろうと思いながら電話に出ると母が泣いていた。
鼻声で母は言った。
「◯◯くん亡くなったよ。自殺だって」
目の前が暗くなった。1ヶ月前に飲んだ友人の訃報をこんな形で耳にするとは思っていなかった。母がなにかいろいろと話しかけてきたが一切頭に入ってこなかった。私は適当に相槌を打ち電話を切った。
前から視線を感じた。何気なく前を見ると眼鏡のサラリーマンがこっちを見ていた。目を爛々と輝かせて、笑顔でこちらを見ていた。気持ちが悪かったので無視して通り過ぎようと思った時、男は粘着質のある低い声で言った。
「あなたもどうですか?」





